2015年 05月 17日
『二十世紀の怪物 帝国主義』幸徳秋水著、山田博雄訳、光文社古典新訳文庫、2015年5月、本体860円、256頁、ISBN978-4-334-75311-5 『文語訳 旧約聖書I 律法』岩波文庫、2015年5月、本体1,080円、480頁、ISBN978-4-00-338034-5 ★『二十世紀の怪物 帝国主義』は発売済。秋水の師匠である中江兆民の『三酔人経綸問答』(鶴ヶ谷真一訳、光文社古典新訳文庫、2014年3月)で解説を書かれていた山田さんによる現代語訳です。カバー裏紹介文は以下の通り。「ホブソン、レーニンに先駆けて書かれた「帝国主義論」の嚆矢。仏訳もされ、基本文献として高く評価されている。師・中江兆民の思想を踏まえ、徹底した「平和主義」を主張する「反戦の書」。大逆事件による刑死直前に書かれた遺稿「死刑の前」を収録」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本篇に先立って収録されている「『帝国主義論』へのはしがき」(原文では「『帝國主義』に序す」)の著者である内村鑑三の著書についてはほかならぬ光文社古典新訳文庫で3月に河野純治訳『ぼくはいかにしてキリスト教徒になったか』が刊行されたばかりですし、上記紹介文で言及されているレーニン『帝国主義論』も光文社古典新訳文庫で刊行されています(角田安正訳、2006年)。こうした文脈ある出版というのはとても有意義ですし、好感が持てますね。 ★「帝国主義は「愛国心」を経〔たていと〕とし、「軍国主義」を緯〔よこいと〕として、織りなされた政策ではないだろうか」(第二章「愛国心を論ずる」、27頁;原文は「帝国主義は所謂愛国主義を経となし、所謂軍国主義〔ミリタリズム〕を緯となして、以て織り成せるの政策に非ずや」)と幸徳秋水は書きます。また第三章「軍国主義を論ずる」ではこうも書いています。「戦争はただ悪知恵を比べる技術である。戦争の技術が発展するということは、悪知恵が発達するということだ」(125頁;原文「戦争は唯た猾智を較するの術也、其発達は猾智の発達也」)。本書の帯文に「これ、本当に100年前に書かれたんですか?」とありますが、本書には今なお私たちの胸に刺さる警句がいくつもあります。『帝国主義』の現代語訳は数年前にも刊行されており(『現代語訳 帝国主義』遠藤利國訳、未知谷、2010年)、今回の新訳とあわせ、仮名遣いを現代風に改めた原文(『帝国主義』山泉進校注、岩波文庫、2004年)と対照させながら読むと味わいが深くなると思います。 ★幸徳秋水の著書については近年では『帝国主義』の新訳のほかにも、『現代語訳 幸徳秋水の基督抹殺論』佐藤雅彦訳、鹿砦社、2012年)や、『日本の名著』からのスイッチ『平民主義』(神崎清訳、中公クラシックス、2014年11月)が出版されていて、再読再評価の機運が高まりつつあると言えそうです。大きな枠組で言えばアナーキズムの再ブームですが、グローバリゼーションに伴う経済的帝国主義や軍事的領土拡大主義、世界資本主義やいわゆるショック・ドクトリンが多方面で圧倒的な猛威をふるうこんにちにおいて、人々の危機感が募ればつのるほどアナーキズムはより鮮烈に回帰します。アナーキズムは、「エコ」「リサイクル」「オーガニック」「スロー」「DIY」「フェアトレード」「エシカル」等々の様々な潮流や社会運動と隣接しており、一部の書店さんではこれらのいわば「オルタナティヴ」を雑貨の販売と併せてうまくまとめ上げる書棚が近年生成されつつあるように見えます。例えばリブロさんがららぽーと富士見店で初めて導入された「andante 大人の人生ゆっくりと」などにもそうしたテイストを感じます。「andante(アンダンテ)」は年配向けだそうですが、実際は20代から楽しめるものです。同店の時同書売場「わむぱむ」を訪問する若いママ・パパにもアピールできれば、相乗効果はいっそう大きくなるでしょうね。 ★光文社古典新訳文庫では今月、モラヴィア『薔薇とハナムグリ――シュルレアリスム・風刺短篇集』(関口英子訳)も刊行。さらに続刊予定には、メルヴィル『書記バートルビー/ベニート・セレーノ』(牧野有通訳)や、マルクス『資本論第一巻草稿――直接的生産過程の諸結果』(森田成也訳)などが予告されており、楽しみです。他社本になりますが、文庫新刊で今月まだ当ブログで取り上げていない書目の中には、講談社文芸文庫で蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像――マクシム・デュ・カン論(上)』(下巻は6月発売)、講談社学術文庫で酒井直樹『死産される日本語・日本人――「日本」の歴史-地政的配置』、松岡心平『中世芸能講義――「勧進」「天皇」「連歌」「禅」』、山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』などがあり、とても充実しています。学術文庫では来月、ゾンバルト『ユダヤ人と経済生活』(金森誠也訳)を発売予定とのことです。 ★『文語訳 旧約聖書I 律法』は発売済。好評既刊書『文語訳 新約聖書 詩篇付』(岩波文庫、2014年1月)に続く「文語訳聖書」第2弾。カバーソデ紹介文によれば「旧約聖書全39書の文語訳版(明治訳)を、「律法」「歴史」「諸書」「預言」の4冊に収める。第1冊「律法」には、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数紀略」「申命記」を収録。明治期に完成し、昭和30年に口語訳が出るまで多くのひとに親しまれてきた、近代日本の生んだ一大古典。(解説=鈴木範久)(全4冊)」。文語訳は現代人にとってみれば理解しにくいところがありますが、日本語としてのリズムに優れており美しいです。総ルビなので、音読に適しています。旧約の現代語訳や口語訳は各種あるので、一緒にお買い求めになれば内容が理解しやすくなると思います。 ★「【二二】ヱホバ神曰たまひけるは視よ夫人我らの一の如くなりて善悪を知る然れば恐くは彼其手を舒べ生命の樹の果実をも取りて食ひ限なく生きんと 【二三】ヱホバ神彼をエデンの園よりいだし其取て造られたるところの土を耕さしめたまへり 【二四】斯神其人を逐出しエデンの園の東にケルビムと自から旋転する焰の剣を置て生命の樹の途を保守りたまふ」(創世記第三章、14頁)。ブログでは無理ですが実際はすべての漢字に仮名が振ってありますから(=総ルビ)、読めないところはありません。暗唱できるようになれば、いっそう趣きが増しますね。 +++ ★このほか、ここ最近では以下のような新刊との出会いがありました。 『エイゼンシテイン・メソッド――イメージの工学』大石雅彦著、平凡社、2015年5月、本体5,800円、A5判上製516頁、ISBN978-4-582-28261-0 『球技の誕生――人はなぜスポーツをするのか』松井良明著、平凡社、2015年5月、本体2,800円、4-6判上製336頁、ISBN978-4-582-62703-9 『[新装版]遊廓のストライキ』山家悠平著、共和国、2015年5月、本体2,400円、菊変判並製276頁、ISBN978-4-907986-16-2 『理性の権利』トマス・ネーゲル著、大辻正晴訳、春秋社、2015年4月、本体3,200円、四六判上製264頁、ISBN978-4-393-32346-5 『アリストテレス的現代形而上学』トゥオマス・E・タフコ編著、加地大介・鈴木生郎・秋葉剛史・谷川卓・植村玄輝・北村直彰訳、春秋社、2015年1月、本体4,800円、四六判上製482頁、ISBN978-4-393-32349-6 ★特記しておきたいのは、ネーゲル『理性の権利』です。年頭に刊行された啓発的なアンソロジー『アリストテレス的現代形而上学 Contemporary Aristotelian Metaphysics』に続く、シリーズ「現代哲学への招待」の最新刊。原書は、The Last Word (Oxford University Press, 1997)で、「序論」「なぜ外側からの思考は理解できないのか」「言語」「論理学」「科学」「倫理学」「進化論型自然主義と宗教恐怖症」の全7章立て。巻末にはソーカル+ブリクモン『「知」の欺瞞』(訳書は岩波現代文庫)への書評「理性の眠り」(1998年;Concealament and Exposure [OUP, 2002]所収)が付論として日本語版のみに特別収録されています。訳者後記のこんな言葉が目を惹きました。「訳出にあたり想定していた読者は、大学生を含めた一般読書人である。〔・・・〕そんな理由もあって、訳文では「的」を排した。翻訳者をこの上なく楽にしてくれ読者にこの上なく負担を強いる文字、翻訳の哲学書をときには意味不明にしてしまうこの文字を、可能なかぎり避けている」(241頁)。一編集者の経験則から言えばこれは非常に重要なポイントで、「的」をより正確で具体的なにどんな日本語に直せるかどうかというのは大きな問題です。日本語表現をうまく簡略化してしまえる「的」(さらに言えば「の」も同様です)は時として誤読を誘発しますから、それを避けるというのは賢明かつ健全な判断なのです。 ★その時々の懐具合だったり親本を持っている再刊本だったりでまだ未購読なここ半年ほどの新刊の一部には以下のものがありました。こう列記してみると、目に留まるものすべてどころかその一部にすら追随していくのは不可能だとも感じますが、いかんともしがたいです。 アラン『芸術論20講』長谷川宏訳、光文社古典新訳文庫、2015年1月 トマ・ピケティ『トマ・ピケティの新・資本論』村井章子訳、日経BP社、2015年1月 ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』山形浩生訳・解説、ハヤカワ文庫、2015年2月 マイケル・イグナティエフ『火と灰――アマチュア政治家の成功と失敗』添谷育志・金田耕一訳、風行社、2015年2月 ミチオ・カク『フューチャー・オブ・マインド――心の未来を科学する』斉藤隆央訳、NHK出版、2015年2月 ジル・クレマン『動いている庭――谷の庭から惑星という庭へ』山内朋樹訳、みすず書房、2015年2月 ヴァーノン・リー『教皇ヒュアキントス――ヴァーノン・リー幻想小説集』中野善夫訳、国書刊行会、2015年2月 スチュアート・シム『ポストモダンの50人――思想家からアーティスト、建築家まで』田中裕介・本橋哲也訳、青土社、2015年2月 ゲーテ『FAUST』三木正之訳、南窓社、2015年3月 細野晴臣+星野源『地平線の相談』文藝春秋、2015年3月 荒俣宏『サイエンス異人伝――科学が残した「夢の痕跡」』講談社ブルーバックス、2015年3月 エリック・ホブズボーム『破断の時代――20世紀の文化と社会』木畑洋一・後藤春美・菅靖子・原田真見訳、慶應義塾大学出版会、2015年3月 鞆の津ミュージアム監修『シルバ~アート 老人芸術』朝日出版社、2015年4月 岩田圭一『アリストテレスの存在論――〈実体〉とは何か』早稲田大学出版部、2015年4月 ホフマン『くるみ割り人形とねずみの王さま/ブランビラ王女』大島かおり訳、光文社古典新訳文庫、2015年4月 ダニエル・C・デネット『思考の技法――直観ポンプと77の思考術』阿部文彦・木島泰三訳、青土社、2015年4月 ニクラス・ルーマン『社会の道徳』馬場靖雄訳、勁草書房、2015年4月 ロベール・カステル『社会喪失の時代――プレカリテの社会学』北垣徹訳、明石書店、2015年4月 山下純一『グロタンディーク巡礼――数学思想の未来史』現代数学社、2015年4月 倉谷滋『形態学――形づくりにみる動物進化のシナリオ』丸善出版、2015年4月 ドナルド・モグリッジ編『ケインズ全集(21)世界恐慌と英米における諸政策』東洋経済新報社、2015年5月 ハイデガー『存在と時間 新装版』上下巻、松尾啓吉訳、勁草書房、2015年5月
by urag
| 2015-05-17 18:47
| 本のコンシェルジュ
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