2015年 05月 12日
眼底痛がひどくて週末に更新できませんでした。職業病と言うべきか、寄る年波と言うべきか・・・。 ◎3冊同時発売:『哲子の部屋』河出書房新社 『哲子の部屋 I 哲学って、考えるって何?』國分功一郎監修、NHK『哲子の部屋』制作班著、河出書房新社、2015年5月、本体980円、46変形判上製104頁、ISBN978-4-309-24705-2 『哲子の部屋 II 人はなぜ学ばないといけないの?』國分功一郎監修、NHK『哲子の部屋』制作班著、河出書房新社、2015年5月、本体980円、46変形判上製96頁、ISBN978-4-309-24706-9 『哲子の部屋 III “本当の自分”って何?』千葉雅也監修、NHK『哲子の部屋』制作班著、河出書房新社、2015年5月、本体980円、46変形判上製104頁、ISBN978-4-309-24707-6 先週から再放送開始となったNHKのEテレ特番『哲子の部屋』の、國分功一郎さん御出演の2回と千葉雅也さん御出演の1回が書籍化されました。『哲子の部屋』は女優の清水富美加さんとマルチタレントのマキタスポーツさんと、気鋭の哲学者の國分功一郎さん(3回目は千葉雅也さん)が哲学をめぐって鼎談する番組で、書籍版ではテレビではカットされていた会話も収録されていてより分かりやすく、さらに「こんなことも話していたのか」と楽しめます。第1回ではドゥルーズ、第2回ではユクスキュル、第3回では再びドゥルーズが援用され、映画や音楽などの「教材」を参考にしつつ、哲学することとはどういうことなのかが実践的に示されます。今までの哲学の入門書や新書は専門家が執筆するため、どうしてもある程度の「理解の下地」を求められる部分がありがちでしたが、今回の3冊の本はそうした下地やら素養やら予備知識は必要ありませんし、非常に入り込みやすく、短時間で苦もなく最後まで読み通せると思います。 その分、物足りなく感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうした方や、本書を読んでさらに学んでみたくなった方は、例えば國分さんでしたら『暇と退屈の倫理学 増補新版』(太田出版、2015年3月)、千葉さんでしたら『別のしかたで――ツイッター哲学』(河出書房新社、2014年7月)をお読みになってみてください。3回の講義で紹介されていたドゥルーズ+ガタリの『哲学とは何か』や『千のプラトー』(どちらも河出文庫)、もしくはユクスキュルの『生物から見た世界』(岩波文庫)にいきなり行くのもいいですが、通読するには若干ハードルが高いかもしれません。拾い読みや飛ばし読みから初めても良いと思います。あるいは古書店でドゥルーズ+ガタリ『リゾーム』(豊崎光一訳、朝日出版社)を見かけられたら購入しておくことをお薦めします。豊崎さんの巻頭言では予備知識や教養が必要とされていないことが大胆に説かれています。『リゾーム』は『千のプラトー』の序文なのですが、日本語訳版では内容的にも造本的にも豊かにその魅力が拡張されていて、複数冊持っている私にとっても個人的には今なお再刊されてほしい一冊です。 『リゾーム』の1987年の復刻版で編集を担当されていた赤井茂樹さんはほかならぬ國分さんの『暇と退屈の倫理学』も手掛けられているヴェテラン編集者でいらっしゃいます。赤井さんは朝日出版社から太田出版に移籍され、同書の増補新版を担当されました。増補新版では新しい「まえがき」と付録の論考「傷と運命──『暇と退屈の倫理学』新版によせて」が収録されています。國分さんの次回作は『欲望と快楽の倫理学』となるようです。 さらに國分さんや千葉さんつながりで読書したいという方には、お二人が高く評価されている新人さんの卓抜な書籍をお薦めします。石岡良治(いしおか・よしはる:1972-)さんの第2作『「超」批評 視覚文化×マンガ』(青土社、2015年3月)や、松本卓也(まつもと・たくや:1983-)さんのデビュー作『人はみな妄想する――ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』(青土社、2015年4月)です。少し大げさに言えば、人文書ご担当の書店員さんでこのお二人のご活躍が視野に入っていなかったら、環境的にやや情報不足かもしれません。特に石岡さんはほかならぬ『哲子の部屋』で國分さん、千葉さんに続いて今月登場されますから、要チェックです。 ◎コールハース『S, M, L, XL+』は伝説の『S, M, L, XL』の本文プラス最新エッセイ集 『S, M, L, XL+――現代都市をめぐるエッセイ』レム・コールハース著、渡辺佐智江・太田佳代子訳、ちくま学芸文庫、2015年5月、本体1,400円、386頁、ISBN978-4-480-09667-8 『表現と介入――科学哲学入門』イアン・ハッキング著、渡辺博訳、ちくま学芸文庫、2015年5月、本体1,500円、576頁、ISBN978-4-480-09655-5 『幻獣辞典』ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、柳瀬尚紀訳、河出文庫、2015年5月、本体1,100円、336頁、ISBN978-4-309-46408-4 『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル著、高山宏訳、佐々木マキ画、亜紀書房、2015年4月、本体1,600円、四六判上製224頁、ISBN978-4-7505-1428-4 『ソラリス』スタニスワフ・レム著、沼野充義訳、ハヤカワ文庫、2015年4月、本体1,000円、420頁、ISBN978-4-15-012000-9 『レジナルド』サキ著、井伊順彦・今村楯夫・ほか訳、池田俊彦挿絵、風濤社、2015年4月、本体2,400円、四六変判上製192頁、ISBN978-4-89219-395-8 まず『S, M, L, XL+』ですが、原書『S, M, L, XL』(1995年)のような図版たっぷりの分厚い本がそのままお手頃な文庫本になるのか!と期待していた読者には残念だったかもしれないものの、同業者として推察すれば、あの膨大な図版すべての版権をクリアするのは不可能です。原書は原書で買う、というのが正解なので、洋書も扱える本屋さんは訳書と一緒に原書を販売して下さると素敵だと思います。『S, M, L, XL+』は末尾に+(プラス)と付いている通り、『S, M, L, XL』のテキストにその後の重要エッセイを増補した特別版となっています。増補されたエッセイを列記しますと「クロノカオス」2010年、「スマートな景観」2015年、「ヨーロッパ+アメリカの前衛」1996年、「ユートピアの駅」2004年、「ベルリン――建築家のノート」2006年、「汚れを背にした白いブリーフ――ニューヨークの凋落」2004年、「二つの新しい東京」1996年、「ピクセル東京」2007年、「最前線」2007年、「ジャンクスペース」2001年、の10篇です。 ちくま学芸文庫の今月新刊では、イアン・ハッキング(Ian Hacking, 1936-)の初の文庫化となる『表現と介入』にも注目したいです。親本は産業図書より1986年に刊行、副題は「ボルヘス的幻想と新ベーコン主義」でした。奥付手前の頁の特記によれば、文庫化にあたり、千葉大学の吉沢文武さんの全面的な協力を得て「文意を損なわない範囲で底本の訳語を改訂し」「著者名の表記や副題を変更した」とのことです。文庫版の解説として、戸田山和久さんが「『表現と介入』のどこがスゴいのか」を寄稿されています。ハッキングの既訳書で現在品切になっている『記憶を書きかえる――多重人格と心のメカニズム』(北沢格訳、早川書房、1998年)も文庫化されるといいなと思います。 『幻獣辞典』は晶文社さんで幾度となく再刊されてきたロングセラーの文庫化です。わずか2年前(2013年10月)に晶文社さんでは本文を新組にし、スズキコージさんの挿画12点を新たに加えた「新版」を発売されたのですが、これはすでに昨年(!)の時点で版元品切になっていたとのことで、スズキコージさんの人気のすごさを感じます。ちなみにこの新版でのスズキさんの絵はカヴァーではカラーですが、本文中では白黒で、これがオールカラーだったらなあと少しもったいない感じがしますけれど、なにぶん短期間で売り切れた版なので、今後は古書価が上がる可能性があるかもしれません。今回の文庫化では、カヴァーの装画は山本容子さんが担当されています。こちらも素敵です。挿画はありませんが、本文で言及されている古典籍からの図版が転載されており、古さがかえって正統な雰囲気を醸し出しています。巻末の「文庫版へのあとがき」によれば、「河出文庫に収められるにあたって、またしても迷路をさまようという幸せな作業に集中することとなった。その作業の結果を新たにできるだけ反映したのがこの文庫版である」とのことです。つまり74年の初版刊行以来初めて、訳文に改めて手を入れたということなのだろうと拝察します。 高山訳『不思議の国のアリス』は原著刊行150周年記念出版とのことで、高山さんは『新注 不思議の国のアリス』(東京図書、1994年)以来の改訳で、挿画は佐々木マキさん、装丁はcozfishの祖父江慎さんと鯉沼恵一さんが手掛けられ、なんとオール2色刷の美しい本となっています。買っておいて絶対に損はない一冊です。高山さんはあとがきで『鏡の国のアリス』のご自身三度目となる改訳の機会が将来的にあるかな、と匂わせておられます。いっぽう沼野訳『ソラリス』は、早川書房さんの創立70周年記念作品で、親本は国書刊行会より2004年に刊行された、ポーランド語原典からの完全翻訳版です。ハヤカワ文庫では従来の『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和訳、1977年)も継続販売されており、絶版にしないという当面のご判断は高く評価されるべきではないかと思います。 最後に『レジナルド』は〈サキ・コレクション〉の第一弾だそうで、サキの第1短篇集『レジナルド』全15作に第2短篇集『ロシアのレジナルド』から表題作1作を足した「レジナルド」ものすべてを一冊にまとめた本となっています。既訳があるのは16作品中1作だけなので、ほぼ初訳です。グレーの本文用紙に墨で刷られており、池田俊彦さんによる幻想的でちょっと怖い銅版画と挿絵を19点収録し、たいへんそそる造本となっています。なおサキの第3短篇集『クローヴィス物語』の新訳も奇遇ですがほぼ同時期に和爾桃子さんによる初完訳で白水uブックスから先月(2015年4月)刊行されています。こちらはA・A・ミルンの序文と、エドワード・ゴーリーの挿絵16点を収録。サキ・ブームが再来しつつあると言えるのかもしれません。白水uブックスでは3月にアルフレート・クビーン『裏面――ある幻想的な物語』を再刊しており、クビーンによる自筆挿絵とともにおどろおどろしい物語世界を再び楽しめるようになりました。ちょうど1年前の3月には、クビーンの親本と同じく河出書房新社さんの70年代の素晴らしいシリーズ「モダン・クラシックス」から出ていたグスタフ・マイリンクの『ゴーレム』も白水uブックスで再刊されています。新しい読者との出会いがすでに生まれ初めているに違いありません。幻想文学が復活しつつあるのでしょうか。
by urag
| 2015-05-12 01:26
| 本のコンシェルジュ
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