2015年 04月 26日
『サルトル伝――1905-1980』上下巻、アニー・コーエン=ソラル著、石崎晴己訳、藤原書店、2015年4月、本体各3,600円、四六上製672頁/656頁、ISBN978-4-86578-021-5/022-2 『未来世代の権利――地球倫理の先覚者、クストー』服部英二編著、ジャック=イヴ・クストー著、藤原書店、2015年4月、本体3,200円、四六上製360頁、ISBN978-4-86578-024-6 『石造りのように柔軟な――北イタリア山村地帯の建築技術と生活の戦略』アンドレア・ボッコ+ジャンフランコ・カヴァリア著、多木陽介編訳、鹿島出版会、2015年4月、本体2,900円、A5判並製208頁、ISBN978-4-306-04621-4 『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』デヴィッド・グレーバー著、木下ちがや・江上賢一郎・原民樹訳、2015年4月、本体3,400円、四六判並製368頁、ISBN978-4-906738-10-6 『はたらかないで、たらふく食べたい――「生の負債」からの解放宣言』栗原康著、タバブックス、2015年4月、本体1700円、四六判変型並製224頁、ISBN978-4-907053-08-6 『近代政治哲学――自然・主権・行政』國分功一郎著、ちくま新書、2015年4月、本体820円、256頁、ISBN978-4-480-06820-0 ★『サルトル伝』は、Sartre 1905-1980, Gallimard, 1985の翻訳。ここ半年ほどで日本ではデリダ伝(白水社)、ブランショ伝(水声社)、セガレン伝(水声社)と、かなり読み応えのあるフランスの伝記大冊が立て続けに訳されてきたわけですが、ここでついにサルトル伝の決定版が発売されました。サルトルの思想遍歴や政治活動だけでなく、異性関係もしっかり書かれています(「多妻主義」と著者は評しています)。性に留まらず、生のあらゆる領域において貪欲な探究心を持っていたサルトルが活写されており、その生きざまから少なからぬ刺激をもらえる気がします。本書はすでに11カ国語に翻訳されているそうで、著者は「日本の読者へ」と題した序文で「サルトルのメッセージは、いまやかつてなく今日的なものとなっている」と強調しています。 ★『未来世代の権利』は高名な海洋学者クストー(Jacques-Yves Cousteau, 1910-1997)による地球倫理をめぐる2本の講演「地球の将来のために」(1992年)と「文化と環境」(1995年)や、インタヴュー「人口増加と消費激増が地球資源に致命的負荷」(1992年)、さらに回想録『人、蛸そして蘭』(1997年)の抄訳に、クストーに関係するユネスコの資料などをまとめた貴重な一冊です。この星の未来に責任を持とうと呼びかけるクストーの真摯さに胸を打たれます。たとえば、大きな政治改革をもたらした一国の大統領に対してであろうと、クストーの直言は明解です。チェコのハヴェル大統領とのやりとりはクストーの面目を伝えるものではないかと感じました(74頁)。クストー再評価のきっかけを本書は提供してくれます。 ★なお、藤原書店さんが来月発売の61号をもって学芸総合誌『環』の第I期を終刊されることについて特記したいと思います。「来季、新しい姿で再び読者の前に現れることを願っている」と藤原社長は投げ込みの月刊PR誌「機」277号の「出版随想」欄に記されています。 ★『石造りのように柔軟な』は、Flessibile come di pietra (CELID, 2008)に、大幅な加筆と再編集を施したもので、原書以上にヴィジュアル的にも優れた訳書になっています。著者はトリノ工科大で教鞭をとる建築家。「社会の多様な発展モデルおよびそれらが地球レベルでおよぼす社会的、経済的、環境的な影響に特別な関心を寄せてきた」(14頁)という彼らは、「現代の発展モデルは、〔・・・〕このまま無制御に続けていけるものではなくなってきた」(15頁)と考え、「より小規模で身近なレベルから修正をはじめながら新しい発展のモデルを探求しなければならない」(同)と述べます。よりサステイナブルなモデルを求め、彼らはアルプスの山岳地帯の建築と文化を調査しました。その美しく啓発的な成果が本書です。 ★『デモクラシー・プロジェクト』は、The Democracy Project: A History, A Crisis, A Movement (Spiegel & Grau, 2013)の翻訳です。アナキスト人類学者グレーバー(David Graeber, 1961-)の著書が訳されるのは、『アナーキスト人類学のための断章』(以文社、2006年)、『資本主義後の世界のために』(以文社、2009年)に続いて本書が3冊目。久しぶりの新刊を待ちわびていた読者もいらっしゃるのではないかと思います。ウォール・ストリートで始まったオキュパイ運動に密接に関わった著者が、この運動の経緯と民主主義の可能性について書いたのが本書です。「国家による暴力独占に基礎づけられた民主国家など矛盾なのだ」(281頁)とグレーバーは書きます。情熱あふれる記述は、日本人のもやもやした「現在」にも反射光のように痛烈に突き刺さってきます。 ★『はたらかないで、たらふく食べたい』は、『大杉栄伝』(夜光社、2013年)でブレイクの兆しが著しい脱力系アナキストの星、栗原康(くりはら・やすし:1979-)の4冊目の著書です。ここ何年かのうちに発表されたエッセイ(論文というほど堅苦しくないのが栗原さんの美点)に書き下ろしを加えた1冊。今までの著書の中で一番売れる気がしてならない魅力的な新刊です。本屋さんでは人文書や社会書で置かれるだろうと想像するのですが、ともかくこれらのお堅いジャンルで近年こんなにも読者を笑わせてくれるのは、この本を措いてないと思われます。恐怖のあまり二度寝、ですとか、痛い目に遭ったのにまた合コンに行きたい、ですとか、親孝行からの親不孝、ですとか、色々とひどいです(褒め言葉です)が、ただの与太話で終わらないのが栗原さんの魅力です。初めてかと思いますが、カバーに顔写真が載っています。俳優のように端正な顔立ちと、本文でのダメっぷりのギャップにもやられます。 ★『近代政治哲学』は大学での講義がもとになったという啓発的な概説書です。ボダン、ホッブズ、スピノザ、ロック、ルソー、ヒューム、カントらの著書から読み解く政治哲学の歴史を手際よく解説されています。「我々は近代政治哲学が構想した政治体制の中に生きている。そして、その中にあまりに多くの問題点があることを知っている。だが、それにもかかわらず未だ有効な改善策を打ち出せずにいる」(9-10頁)と國分さんは書きます。本書のキーワードは副題にある「自然・主権・行政」です。国民主権と行政との関係性を問い直すきっかけを与えてくれるだけでなく、現代人にはほとんどなじみがないかもしれない自然権についても注意を促してくれます。本書は一見すると西欧近代の哲学史を扱っているように思えるのですが、実際にはすべて現代の日本社会を考える上で欠かせない問題群を扱っているということに、読者の皆さんは気づかれるのではないかと思われます。
by urag
| 2015-04-26 00:00
| 本のコンシェルジュ
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Comments(2)
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by
久野広
at 2015-04-30 10:03
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フランス系思想家の伝記が立て続けに出版され、サルトル伝がでたことは喜ぶべきことですね。ドイツ系でも、アドルノ伝も素晴らしかったですね。なかなか営業的には厳しいと思われ、各版元の努力には頭が下がるとともに最大限の敬意を表したいと思います。
一方で、日本の思想家については何故こうした浩瀚な伝記がでないのか訝しく思うこともあります。丸山真男については、新書レベルでは苅部先生のものなどがありますが十分とは言えないですね。個人的には、吉本隆明は、その生と思想の全体が描かれてしかるべきで全集刊行と合わせ、そうした仕事がされないかなと思います。(スガ氏、好村氏、高澤氏らの評伝は部分的なもので、やはり全体を通したものが必要ではないかと)。他にも、廣松渉、竹内好などもそうでしょうか。
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by
urag at 2015-04-30 12:29
久野広さんこんにちは。仰る通り、日本の思想家の浩瀚な伝記にはなかなか出会えませんね。人文系の在野の優れた伝記作家がいない、という現実もあるかもしれません。軽い本が書き手に求められる時代ではあります。
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