2015年 04月 12日

注目新刊:李珍景『不穏なるものたちの存在論』、ほか

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不穏なるものたちの存在論――人間ですらないもの、卑しいもの、取るに足らないものたちの価値と意味
李珍景著 影本剛訳
インパクト出版会 2015年4月 本体2,800円 46判並製312頁 ISBN978-4-7554-0253-1

帯文より:誰かを心地悪く不安にさせる、不穏なるものたちの素晴らしい出会い。

★発売済。韓国の社会学者・李珍景(イ・ジンギョン:1963-)さんの著書の本邦初訳本です。原書は2011年刊。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「不穏なるものたち」とは「《人間ですらないもの、生命なきもの、卑賤なもの、なんでもないもの、下等》だと貶められ非難されるものたち」だと著者は本書の冒頭に書きます(7頁)。本書では障害者(ママ)やバクテリア、サイボーグ、オンコマウス、フェティシスト、プレカリアートといった形象が取り上げられます。

★「この種の不穏なるものたちを通して試みる存在論とは、人間の高貴さを通して存在の意味を探し出す類のことではなく、わたしたち地震を卑賤なものたちとともに、一つの平面に位置づけ思惟することであり、これらとともに求めようとする存在の意味とは、あらゆる根本的位階さえも消え去った一つの平面において、これらと出会う様相の中で発見されるものだ。それは世の中を、卑賤なものたちでいっぱいになった巨大な存在の海の真っ只中へと、引きずりこまねばならないものだ。〔・・・〕卑賤なものたちを通して、別の生きる道を探すという点で一つの倫理学であり、この道をふさぐものたちと対決する方法を探すという点で一つの政治学でもある」(7~8頁)。

★本書の末尾で著者は「思いもよらないものと対面するときの、「あちらの人たち」が感じる心地悪く不安な感情ないしは気分を、不穏さであると定義し、この不穏性を引き起こすものたちを自分なりにいくつか選んで、存在自体を問い直す「存在論的な」層にまで、推し進めようと試みた」(301頁)とまとめています。「わたしにとって親しい世の中は、ごく一部であるのみで、むしろ一種の例外的部分としてのみ存在する。世の中の大部分は見知らぬ地であり、わたしはどこへ行っても外人(ママ)であり、よそ者であり、他者である。世の中は名も知りえない木と雑草が茂る森である。〔・・・〕敵を探すために木を切り倒し、自分が育てるもののために無用に見える「雑草」をすべて除去してしまうとき、かれは自分の好みをあらわす小さな庭園を一つ持つことになるだけだろう。〔・・・〕そのとき確実に知るだろう。自分がこれまであれほどの苦難の戦いによってつくってきたものは一つの巨大な災難であったことを、自分が除去しようとしたまさにそれであったことを」(305頁)。

★「避けたかったものが、まさしく自分の共であったことを知るとき、見知らず心地悪いもの、外部者たち、ずっと「敵」だと信じていた者たちが、自分の生を支えてくれる友であったことを知るとき、〔・・・〕わたしたちは、友すらも結局は「敵」としてやってくる果てしない戦争の平面において、野獣や災難すらも友としてやってくるような、また別の存在論的平面へと、乗りこえて行けるだろう。決して楽観できない、到来するのかわからない「未来」、未だ来ていないがゆえに、誰も閉じられたと言うことのできない、小さな出口に出会うだろう。〔・・・〕「卑しい」ものたち、とるにたりないものたち、追放され捨てられるものたちの片隅に立つとき、私たちはそこでようやく平和と平穏を発見するだろう」(306頁)。「不穏なるものたちを通して、わたしたち自身の生を別の平面へと推し進めたかったという意味で、この本はそれらと友になる方法に関するものであり、それらと友情を交わす方法に関するものだと言ってもよい」(308頁)。

★訳者の影本さんはまだ20代の若手です(1986年生)。影本さんは本書のもとになったという2011年春にスユノモNで開かれた李さんの講義を聴講されており、「それまで考えすらしなかったことを開かれる体験をした」と振り返っておられます。本書の分類コードは「社会科学総記」になっていますが、哲学思想書棚の「現代思想」コーナーに置かれてもいいかもしれません。人文書ご担当の書店員さんは本書の註をご覧になって、どんな思想家や本が言及されているかをチェックしてみてください。本書の隣には、既刊書ですが小泉義之さんの『生殖の哲学』(河出書房新社、2003年)があると良さそうです、と書こうと思っていたのですが、版元品切なのですね。文庫化を期待したいです。同じく小泉さんの『ドゥルーズと狂気』(河出ブックス、2014年)や、江川隆男さんの『アンチ・モラリア――〈器官なき身体〉の哲学』(河出書房新社、2014年)、田崎英明さんの『無能な者たちの共同体』(未來社、2007年)、などをひもとくと、不穏性についてさらなる着想を得ることができるのではないかと思われます。


◎注目新刊:クレーリー『24/7』、バスカー『弁証法』ほか

24/7――眠らない社会』ジョナサン・クレーリー著、岡田温司監訳、石谷治寛訳、NTT出版、2015年3月、本体2,500円、四六判上製208頁、ISBN978-4-7571-4331-9
弁証法――自由の脈動』ロイ・バスカー著、式部信訳、作品社、2015年4月、本体5,800円、46判上製656頁、ISBN978-4-86182-523-1
セルデンの中国地図――消えた古地図400年の謎を解く』ティモシー・ブルック著、藤井美佐子訳、太田出版、2015年4月、本体2,800円、四六判並製300頁、ISBN978-4-7783-1439-2
空飛ぶ円盤が墜落した町へ――X51.ORG THE ODYSSEY 北南米編』佐藤健寿著、河出文庫、2015年4月、本体820円、256頁、ISBN978-4-309-41362-4
ヒマラヤに雪男を探す――X51.ORG THE ODYSSEY アジア編』佐藤健寿著、河出文庫、2015年4月、本体820円、216頁、ISBN978-4-309-41363-1
世界が変わるプログラム入門』山本貴光著、ちくまプリマー新書、2015年4月、本体820円、208頁、ISBN978-4-480-68938-2
『『週刊読書人』と戦後知識人』植田康夫著、論創社、2015年4月、本体1,600円、46判並製184頁、ISBN978-4-8460-1415-5

★クレーリー『24/7』は、24/7: Late Capitalism and the Ends of Sleep (Verso, 2013)の訳書。「不眠社会の誕生」「加速するテクノロジーと消費」「24/7の管理社会」「生の物象化と共同性の夢」の4章立てで、現代人が生きる不眠社会への批判を展開しています。ジョナサン・クレーリー(Jonathan Crary, 1951-)はアメリカの美術批評家。本書はこれまでに訳されてきた著者の視覚文化論(『観察者の系譜』『知覚の宙吊り』)とは違う味わいがあります。睡眠は「資本主義が取り除くことができない唯一不朽の「自然条件」であ」り(96頁)、「道具化も外部からのコントロールも最終的には不可能になる条件でもある」(33頁)と彼は書きます。「グローバルな現在の容赦ない重荷のラディカルな中断〔・・・〕、拒絶として」(163頁)の睡眠。眠らない社会は、「プライバシーが不可能で、永遠にデータを収集され監視される場となる状態にまで個人生活を変える」(132頁)ものでもあります。「オンラインに関係しない現実生活の活動は、退化しはじめ、意味をもつのをやめる」(76頁)という著者の鋭い指摘に思わず震えました。

★バスカーの大著『弁証法』は、Dialectic: The Pulse of Freedom (Routledge, 2008)の訳書。ロイ・バスカー(Ram Roy Bhaskar, 1944-2014)はイギリスの哲学者。訳書には『科学と実在論』『自然主義の可能性』があり、本書と同じくいずれも式部さんによるものです。本書は「予備的考察――批判的実在論・ヘーゲル弁証法・哲学の諸問題」「弁証法――不在の論理」「弁証法的批判的実在論と自由の弁証法」「メタ批判的弁証法――非実在論哲学とその帰結」の4章立てで、「「批判的実在論」の最重要書」と帯文に大書されています。「われわれがこの世に存在するというのは、何者かになりうること、すなわち事故発展の能力を有することであり、その能力は普遍的で具体的に単独化された人間の本来的な自律という原理に立脚した社会においてのみ完全に実現されるからである。弁証法とはそうした道のりであり、それこそが自由の脈動に他ならない」(588頁)。難解な本ですが、イーグルトンは本書がいずれ多くの人々に認められるであろうと評価しています。巻末には人名・事項索引と用語解説を完備。たいへんな労作です。

★ブルック『セルデンの中国地図』は、Mr. Selden's Map of China: The Spice Trade, A Lost Chart & The South China Sea (Profile Books, 2013)の訳書。ティモシー・ブルック(Timothy Brook, 1951-)はカナダの歴史家で専門は中国史。既訳書には『フェルメールの帽子――作品から読み解くグローバル化の夜明け』(本野英一訳、岩波書店、2014年)があります。「セルデン地図」とは、イングランド人法律家ジョン・セルデン(1584-1654)が1654年にオックスフォード大学ボドリアン図書館に遺贈した、中国および近海と日本を含む近隣諸国を描いた広域古地図で、印刷ではなく手描きのため、一枚だけしか存在しない地図です。セルデンが寄贈した大量の書籍に埋もれ、長らく特別扱いされなかったものの、近年「再発見」され、本書の著者はすっかり魅了されて、この地図と関わった歴史上の人物たちを追いかけます。その成果の一端が一冊にまとめられたわけです。「セルデン地図」はボドリアン図書館のウェブサイト上での閲覧が可能です。右上のツチノコのようなずんぐりむっくりした島が日本です。地図の来歴の細部に迫る学者の執念を感じさせる好著です。

★佐藤健寿『空飛ぶ円盤が墜落した町へ』『ヒマラヤに雪男を探す』は、『X51.ORG THE ODYSSEY』(夏目書房、2007年;講談社、2008年)の大幅増補改訂&改題&分冊&文庫化です。著者の佐藤さんは近年では『奇界遺産』(エクスナレッジ、2010年)や『世界の廃墟』(飛鳥新社、2015年)などで良く知られていると思われますが、「x51.org」と聞いて懐かしいと思える読者は佐藤さんの活躍を10年以上前から知っている方だろうと思います。そういう古くからの読者にも今回の分冊文庫版は新規原稿が入っているのでお薦めです。担当編集者はつい先日マクルーハンの『メディアはマッサージである』新訳文庫を担当したYさん。河出さんで刊行されているソンタグの日記や、森山大道さんの『実験室からの眺め』もYさんのご担当です。アートも人文もやれる振幅の広い編集者です。ちなみに河出文庫では今月まもなく「南方熊楠コレクション」全5巻の新装版が発売となり、さらに来月にはボルヘス『幻獣辞典』柳瀬尚紀訳、宇野邦一監修『ドゥルーズ・コレクション1』が刊行予定です。後者は『無人島』『狂人の二つの体制』から重要テクストをテーマ別に編んだアンソロジー、とのことです。

★山本貴光『世界が変わるプログラム入門』は、コンピュータや数式ぬきで、紙と鉛筆とアタマでプログラミングの手順や心得を教えるという画期的な入門書です。山本さんはこのところ『文体の科学』(新潮社、2014年11月)、『サイエンス・ブック・トラベル』(河出書房新社、2015年3月)と立て続けに新刊を上梓されており、相当に御多忙なはずなのですが、ここに来てさらに書き下ろしの出版です。書名にある「世界が変わる」という言葉の意味ですが、「あとがき」にはこうあります。「一つは、プログラムを身につけることによってほかならぬ自分のものの見方が変わり、その結果世界が変わるだろうという意味だ。もう一つは、巻頭でも述べたように、プログラムを作ることは新しいコンピュータの使い方を発明・発見することであり、引いては世界を変えることでもあるという意味だ」(193~194頁)。なるほど、本書はプログラミングのために何を考え何を準備するべきかが順を追って丁寧に解説されているので、こういう過程が必要なのかと様々な発見があるはずです。こんなプログラムを作ってみたい、という自身の隠れた欲望の発見にも繋がるでしょうね。本書は山本さんの『コンピュータのひみつ』(朝日出版社、2010年)の姉妹篇と見ていいと思います。

★植田康夫『『週刊読書人』と戦後知識人』はまもなく発売。「出版人に聞く」シリーズの第17弾です。著者の植田康夫(うえだ・やすお:1939-)さんは上智大学文学部新聞学科の名誉教授、日本出版学会の元会長、書評紙「週刊読書人」代表取締役社長でいらっしゃいます。著書は読書人の記者だった20代の頃から発表されており、こんにちまで多数出版されています。デビュー作『現代マスコミ・スター――時代に挑戦する6人の男』(文研出版、1968年;改題『ヒーローのいた時代――マス・メディアに君臨した若き6人』北辰堂出版、2010年)を高校時代に読んだ、とインタビュアーの小田光雄(おだ・みつお:1951-)さんは冒頭で発言されています。私自身は68年生まれなので、当時のことは遡及的に知ることができるだけです。その点、半世紀にわたって出版業界の出来事を体感されてきた大先輩ならではの証言と警句に本書を通じて接することができるのは、後進の私たちにとって実にありがたいことですし、研究者の先生方にとっても(何度も書いている気がしますが)貴重な史料であると思われます。「私にいわせれば、俗がわからなくて、出版のことがわかるかということになる」(152頁)という小田さんの言葉は、出版人や書店人なら共感できるのではないでしょうか。
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by urag | 2015-04-12 23:12 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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