2014年 08月 17日

注目新刊:『日亜対訳 クルアーン』作品社、ほか

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日亜対訳 クルアーン――「付」訳解と正統十読誦注解
中田考監修 中田香織・下村佳州紀訳 黎明イスラーム学術・文化振興会責任編集
作品社 2014年8月 本体4,800円 A5判上製788頁 ISBN 978-4-86182-471-5

帯文より:イスラームの聖典を正統派の最新学知で翻訳。【本書の三大特徴】正統10伝承の異伝を全て訳す、という、世界初唯一の翻訳。スンナ派イスラームの権威ある正統的な解釈に立脚する本格的翻訳。伝統ある古典と最新の学知に基づく注釈書を参照し、教義として正統であるだけでなく、アラビア語文法の厳密な分析に基づく翻訳。

推薦文(内田樹氏):「モロッコからインドネシアまで拡がり、人口16億人を擁するイスラム共同体を理解することなしには21世紀の国際社会の見通しを立てることはもうできなくなった。これから私たちは『クルアーン』を必須のレフェランスとして座右に置かなければならない。」

★発売済。日本語-アラビア語の対照新訳です。スンナ派が正統と認めるクルアーンの十通りの読誦法「正統十読誦注解」(松山洋平訳著)が付され、巻末には索引もあります。本書はまずパイロット版『訳解クルアーン』が2011年3月に黎明イスラーム学術・文化振興会より刊行され関係者に配布されましたが、このたび一般発売が叶い、私たちも読めるようになりました。イスラームへの理解がますます必要になっている現代社会への大きな贈り物ではないでしょうか。

★これまでの代表的な既訳には、井筒俊彦訳『コーラン』(岩波文庫、1957-1958年)、藤本勝次・伴康哉・池田修訳『コーラン』(中央公論社『世界の名著15』、1973年;中公バックス『世界の名著17』、1979年;中公クラシックス、全2巻、2002年)、三田了一 訳・注解『聖クルアーン 日亜対訳・注解』(日本ムスリム協会、1983年)などがあります。今回の新訳の方針として「アラビア語の原文に可能な限り忠実に逐語的に訳すことと、邦訳の本文だけを読んでも意味が通る読み易い訳」を心がけたとのことです。

★周知の通り作品社さんではヘーゲル、カント、ハイデガーの新訳を手掛けられてきただけでなく、田川建三さんによる新約聖書の新訳を刊行中です。今回はさらにクルアーンの新訳ということで、時代が要請する古典や聖典の新訳を着実に進めておられます。新訳を監修された中田さんは推薦文を寄せられた内田樹さんとの共著『一神教と国家――イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書、2014年2月)があるほか、『正典としてのクルアーン――ヘブライ語聖書・新約との比較分析』(ムスリム新聞社、2007年)、『イスラームのロジック――アッラーフから原理主義まで』(講談社選書メチエ、2001年)などの著書を上梓されています。


新版 アリストテレス全集(3)トポス論/ソフィスト的論駁について
山口義久/納富信留訳
岩波書店 2014年7月 本体5,800円 A5判上製函入542頁 ISBN978-4-00-092773-4

版元紹介文より:ソクラテスとプラトン以来の哲学的方法である「ディアレクティケー」(問答法)を理論的に整備し、討論での特定の言明への賛否を論証する方法を論じた『トポス論』。誤謬推論を系統的に述べ、現代の「批判的思考」の核となる『ソフィスト的論駁について』。両著作はアリストテレスの思想形成を考えるための重要資料である。

★発売済。新訳全集第5回配本です。2月発売第3回配本の時点では本書は第4回配本予定でしたが、第13巻『問題集』(丸橋裕・土屋睦廣・坂下浩司訳、岩波書店、2014年6月)と順番が入れ替わりました。「トポス論」は山口義久訳、「ソフィスト的論駁について」は納富信留訳です。これらは岩波版旧訳全集では第2巻に収録されており、「トピカ」村治能就訳、「詭弁論駁論」宮内璋訳でした。ちなみに現在入手可能な「トポス論」の既訳には、池田康男訳『トピカ』(京都大学学術出版会「西洋古典叢書」第IV期第2回配本、2007年)があります。今回の配本の「月報5」は、清水哲郎さんによる「状況に向かう姿勢と状況把握――アリストテレス的行動分析から臨床現場へ」と、伊勢田哲治さんによる「クリティカルシンキングの系譜」が掲載されています。なおご紹介しそびれた前回配本『トポス論』付属の「月報4」に掲載されていたのは、酒井建雄さんの「人体を理解することが問題だ」と、中務哲郎さんの「感覚理論とギリシア語表現」でした。

★第1回配本の『カテゴリー論/命題論』と今回の『トポス論/ソフィスト的論駁について』、そして現在は未刊である第2巻の『分析論前書/分析論後書』が出版されればアリストテレス哲学を学ぶ上での基礎となるいわゆる「オルガノン」が新訳全集で出揃うことになります。『トポス論/ソフィスト的論駁について』は現代社会に生きるビジネスパーソンにも有効な議論が展開されています。会議や討論において屁理屈や水掛論に終始しないための教養を身につけるための一巻であると言っても極論ではありません。次回配本は8月27日は第15巻『ニコマコス倫理学』です。

★岩波書店さんの今月の新刊には、19日発売予定のテリー・イーグルトン『文学とは何か (上)』(大橋洋一訳、岩波文庫、2014年8月)、26日発売予定のジャン=リュック・ナンシー『思考の取引――書物と書店と』(西宮かおり訳、岩波書店、2014年8月)などがあります。特に後者は業界人にとって楽しみですね。書店員の皆さんと一緒に読みたい本です。


神学大全(
トマス・アクィナス著 山田晶訳
中公クラシックス 2014年7月 本体各1,950円 新書判並製416頁/444頁 ISBN978-4-12-160148-3/160149-0

帯文(上巻)より:「神は存在するか」と問われトマスは頷く。その「聖なる教」の意義と価値、信仰と理性の統合。
帯文(下巻)より:「神はどう認識されるか」、その問いにトマスは〈存在〉の形而上学から答えて神の本質を語る。

版元紹介文より:西洋中世の精神世界に聳立した「聖なる教」。「神」とは何か。存在するのか。神を巡るさまざまな回廊を最大のスコラ哲学者トマスが先導しながら遺した畢生の大作。「神」とは何であるか。何でないか。神は被造物にどういう方法で認識されるのか。また、「神の知」とは何か。神を知り、その意義を語るトマスの「存在」の思想。

★発売済。『世界の名著(続5)トマス・アクィナス』(中央公論社、1975年)からのスイッチです。凡例によれば、親本で省略された第16問「真理について」の新訳および訳註を京大の川添信介教授が担当されています。川添さんは本文や註の補完や訂正も担当され、さらに巻頭の解説「『神学大全』 西洋哲学への最良の入門書」(5-33頁)も寄稿されています(親本にあった山田さんの巻頭解説「聖トマス・アクィナスと『神学大全』」は収録されていません)。さらにそれぞれの巻末には「本書を読み終えたら」と題された同じ内容のブックガイドが付されており、聖トマスの既訳本や入門書、研究書、関連書が紹介されています。

★聖トマスの著作の訳書は手頃なものでは岩波文庫の2点、『形而上学叙説――有と本質とに就いて』(高桑純夫訳、1935年)や『君主の統治について――謹んでキプロス王に捧げる』(柴田平三郎訳、2009年)くらいしかありませんでしたから、中公クラシックスに『神学大全』が入ったのはとても意義深いと思います。関連書では先月、エティエンヌ・ジルソンの晩年作『キリスト教哲学入門――聖トマス・アクィナスをめぐって』(山内志朗監訳、松本鉄平訳、慶應義塾大学出版会、2014年7月)が刊行されています。同出版会では来月、山本芳久さんによる『トマス・アクィナス 肯定の哲学』を発売予定だそうです。


神曲 天国篇
ダンテ・アリギエリ著 原基晶訳
講談社学術文庫 2018年8月 本体1,480円 A6判並製672頁 ISBN978-4-06-292244-9

版元紹介文より:神の力が横溢する天国でのダンテの神秘体験。天国でダンテは、ベアトリーチェに代わる聖ベルナールの案内によりついに神を見る。そして神との合一を果たし、三位一体の神秘を直観して、三界をめぐる旅は終わる。

★発売済。ついに完結です。人生の大半をこの翻訳に費やしたという訳者の努力にはただただ頭が下がります。ダンテによる天国の描写は圧倒的で神々しく、神とのコンタクトはそれ自体が哲学的です。特に私が好きなのは次のくだりです。「おお、あふれるほどの恩寵よ、そのおかげで私は尊大にも/永遠の光の中に視線を打ち込んだのだ、/そこで我が視力の限りを尽くしきるまで。/その深淵の中に私は見た、/宇宙全体に散り散りになって散逸している紙片が、愛によってただ一冊の書物に綴じられ、収められているのを。」(第三十三歌、500頁)。愛による全世界の結合=製本、などと言い換えると陳腐になりますが、この美しいヴィジョンを私は一出版人として切実なまでに、胸に抱いていたいと感じます。

★訳注と解説によって抽象的な表現も理解しやすくなっており、これまでの訳書では得られなかった表現の奥行きを感じることができるのではないかと思います。一方で自己流に解釈したい読者もおられると思うので、そうした方々はほかの訳書も手に取ってみるのもいいかもしれません。以前書いた通り、現在『神曲』は入手可能な文庫版だけでも岩波文庫、集英社文庫、河出文庫、角川ソフィア文庫、そして講談社学術文庫と5種類も併存しています。これは実際、驚くほど恵まれた時代と言わざるをえません。紙媒体のエディションは、今この時が頂点なのかもしれないのです。


必然的にばらばらなものが生まれてくる
田中功起著
武蔵野美術大学出版局 2014年9月 本体3,000円 A5判変型上製288頁 ISBN978-4-86463-018-4

帯文より:言ってみれば前衛美術史の構造そのものというか、ひとつ前の定義されたものを疑い、再定義し直し、芸術とは何かをそのつど見出していくことが「アヴァンギャルド」の教科書的な見方ですが、こうしたコンテンポラリー・アートに充填されている思考は、「自分の場所を疑う」というぼく自身の態度に親和性があります。

版元紹介文より:いまこの時代に「つくること」の意味を記録し続ける田中の作品に出逢う時、あなたは何を思うだろう。第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2013)日本館代表アーティストとして特別表彰を受賞した田中功起の本。ヴェネチア・ビエンナーレのコラボレーション(協働作業)とコレクティヴ・アクト(集団行為)から1998年の初期の映像作品まで、現在から過去へ年代順に遡り、27のテーマに分けて「作品」と「制作行為」を具体的に論じた書き下ろしテキストを収録。また展覧会カタログや美術雑誌への寄稿のほか、2000年に野比千々美名義で発表した評論を再録。東京国立近代美術館キュレーターの蔵屋美香、美術家の藤井光、評論家の林卓行との対話も収録し、アーティスト田中功起の真髄に迫る。

★8月28日発売予定の新刊です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。年代ごとに4色に刷り分けられ、最後の2014年パートは2色刷りで、合計6色を使ってのカラフルな印刷となっています。大きさとヴォリュームの割に手に取って軽やかなのは本文用紙やカヴァーなどの資材の選択を工夫されているため。デザインは寺井恵司さんが担当されています。田中さんのアート作品は個人的な模索にせよ集団的な協働作業にせよ制作過程そのものも作品を構成する要素として記録するところに問題提起のかたちが表れているようです。そのあくなき疑問符の行進はある意味でモノづくりに携わる自営業者の生きざまにつきまとうあの幽霊に似ています。それが堂々巡りの自分探しなのか、それとも《生きること=創ること》の否応ない本質的な困難さなのかは、書物という物体に束ねられたアーカイヴである本書がおのずから示していることのように感じます。月並みな言い方になりますが、田中さんの実践は、日常の中にある芸術性について気づかせてもくれるものであるように思います。


◎平凡社さんの新刊より

もりむらやすまさ『たいせつな わすれもの』平凡社、2014年8月、本体1,800円、B5判上製88頁、ISBN978-4-582-20675-3
ピエール=フランソワ・ラスネール『ラスネール回想録――十九世紀フランス詩人=犯罪者の手記』小倉孝誠・梅澤礼訳、平凡社ライブラリー、2014年8月、本体1,500円、HL判並製320頁、ISBN978-4-582-76816-9
雨森芳洲『交隣提醒』田代和生編注、東洋文庫、2014年8月、本体3,200円、全書判上製428頁、ISBN978-4-582-80852-0
子どもとつくる たのしい和食』栗栖正博監修、平凡社、2014年8月、本体1,700円、B5判並製120頁、ISBN978-4-582-83668-4

★『たいせつな わすれもの』は発売済。アーティスティックディレクターに森村泰昌さんを迎え、2014年8月1日~11月3日に横浜美術館や新港ピア(新港ふ頭展示施設)を主会場に開催している、ヨコハマトリエンナーレ2014「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」の公式ひらがなカタログです。展示されている作品の写真がただ並べられているのではありません。すべてひらがなで綴られた森村さんによるコンセプト説明や作品紹介や問題提起が絵本風に表現されています。「日ごろ忘れていることに気づかせてくれる。それが芸術の力です」と森村さんは仰っています。帯文には「美術家モリムラの「忘却」絵本、10のお話。こどもにかたる、げいじゅつの心」とあります。

★『ラスネール回想録』は発売済。平凡社ライブラリーのオリジナル新刊です。単独著の翻訳としては本邦初です。強盗にして人殺しであり、詩作もする代書人だった19世紀前半のフランスの一アイコンの回想録の初訳。ドストエフスキー『罪と罰』のラスコーリニコフ、ユゴー『レ・ミゼラブル』のモンパルナス、ルブラン「アルセーヌ・ルパン」シリーズのルパンのモデルとなったというラスネール。数え年で33歳の折に死刑となり、数カ月後に出版された回想録は当時ベストセラーになったそうです。家庭に問題がなかったとは言えない幼い時分の思い出から、一貫して偽善を憎み社会を憎んで成長とともに徐々に悪事と犯罪を重ね、処刑を待つ身になるまでが、不愉快なほどプライド高く饒舌に大胆に語られています。信仰の問題に差しかかるとしばしば検閲されて読めないのが残念です。先ごろアラン・セルジャン『アナーキストの大泥棒――アレクサンドル・ジャコブの生涯』(高橋治男訳、水声社、2014年6月)が出たばかりで、今度はラスネール。これで『ヴィドック回想録』(三宅一郎訳、作品社、1988年)が再刊されるか文庫化されるといいですね。

★『交隣提醒』はまもなく発売。東洋文庫の第852巻です。帯文に曰く「「欺かず争わず」「誠心の交わり」――江戸時代の朝鮮外交に携わった芳洲が説く善隣外交の真髄。詳細な校注と解説を加え、今こそ再読すべき外交指南書の名著が最良のテキストとして蘇る」。前半が「資料校訂編・解読編」、後半が「原文編」です。前半では読み下し文と注がありますが現代語訳はなく、巻末の解説「『交隣提醒』が語る近世日朝交流の実態」で要所が訳されています。表面的な友好関係ではなく、互いの違いを知り尊重しあってこその「誠心の交わり」であることを説いた本書は帯文にある通り今こそ読み直す価値があると思われます。東洋文庫次回配本は『バーブル・ナーマ(I)』です。

★『子どもとつくる たのしい和食』はまもなく発売。京都の高名な割烹料理屋「たん熊北店」の三代目、栗栖正博さんの監修による、イラストで分かりやすい和食料理指南書です。版元紹介文に曰く「親子で一緒に料理を作りながら、和食のおいしさや良さを楽しく自然に学べるマンガつき入門書」。小学生や中学生などのお子さんがいらっしゃるご家庭では、夏休みに自宅で調理実習を行う宿題が出ている場合もあるかと思います。そんな時に役に立つ一冊で、料理が苦手な男親でも「子どもと一緒にやってみるか」という気持ちになってくる内容です。監修者の栗栖さん曰く「和食の心とは、相手を思う心です。感謝の心こそが和食の基本であると私は考えています」と。美しい和食の写真の数々は見ているだけでも癒される気がするのは、作り手の思いやりのおかげかもしれません。

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by urag | 2014-08-17 23:28 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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