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2014年 06月 30日

太洋社本社移転の影響を考える(その2)

拙稿「太洋社本社移転の影響を考える」に対していただいたご意見の中から応答すべきと感じたものについてコメントさせていただこうと思います。

これは主に、松井祐輔さん(『HAB』編集発行人/本屋「小屋BOOKS」店主)のFACEBOOKの2014年6月25日4時23分に投稿されたエントリーとそれに対する梶原治樹さん(扶桑社)と神谷康宏さん(フリー)のコメントに応答するものです。このお三方のことは、どういう経歴でどういう部署で仕事されてきた方なのか業界人ならよくご存知でしょうからいちいち注釈しません。ちなみに以下の「やりとり」はともすると字面だけ見ればヒリヒリしたものに見えるかもしれませんが、梶原さんも神谷さんも私の知人ですし、松井さんも知人の知人なので、ざっくばらんに書きます。ただし、前回よりもさらに突っ込んだ内容になるため、書くのをためらった部分があることは確かです。当ブログのトップエントリーでお断りしている通り、「日々この業界ではたくさんの出来事が起こっていて、それぞれにコメントしたい気もするし、実際言うべきこともままあるのですが、出来事に振り回されるのは嫌だし、こみいった背景をうまく説明できなかったり、しがらみのせいではっきり言えなかったりするのが現実」だからです。今回もその好例ですから、すべて書き尽くせるわけではないことをあらかじめお詫びしておきます。

まず、松井さんのご感想を引用します。整理はしますが「編集」はしたくないので、パートに分けつつ全文を引用します。まず最初はこちら。

|うーん。(もはや)いち消費者として、感じるのはむしろ、
|−以下引用−
|(ちなみに他社より1日早く太洋社に見本出しすることや、
|宅配便で見本日午前中に納品するという選択肢は、
|印刷製本の事情で弊社には現実的ではありません)
|−引用オワリ−
|かなぁ。
|〔中略〕
|いずれにしたって、お客さんと現場にとって重要なのは
|「可能な限りの発売日統一」であって、それができるなら、
|見本なんて束見本と(内容については最悪)プルーフでも
|いいんじゃないのかしら。
|間違ってたら、だれか指摘してください。

松井さんの仰る「いち消費者」というのは後段の「お客さん」すなわち、読者のことかと思います。「現場」というのは「取次」や「書店」と受け止めていいでしょうか。「可能な限りの発売日統一」が読者にとって重要だというご意見には共感を覚えます。ただ若干補足して言えば、書店や取次にとっては事情が異なるかもしれませんね。発売日統一がすでに昔からずっと困難であることは松井さんもご存知のはずではと拝察します。書籍の場合、発売日協定※を定めてある本は別として、版元が統一に貢献できるのはせいぜい取次搬入日です。そこから先、つまり書店さんに届けるまでの取次さんの領分では、輸送の都合で着店日は東京都内より地方の方が遅いですし、北海道や九州、沖縄はさらに本が届くのが遅いですね。そんなわけで、書店や読者に本が届く日数には物流上の地方格差が昔から厳然としてあるわけです。ですから松井さんのご意見は再度拙稿との交点を考慮した上で言えば、まず当面は「太洋社への見本出しが取次他社より遅れないようにしたらどうか」という論点へと集約されていくものとして仮に受け止めておきます。

※出版流通や発売日協定については、Yahoo!知恵袋の「書籍の流通について質問させていただきます。」というエントリーをご参照ください。

松井さんは「それ〔発売日統一〕ができるなら、見本なんて束見本と(内容については最悪)プルーフでもいいんじゃないのかしら」と発言されています。そういう方式は経験的に言ってずばり、取次の仕入窓口に嫌がられます(松井さんは取次ご出身なので、それを承知で提案されているのだと思いますが)。様々な「事故」を防ぐためには新刊がどういう本なのか現物で確かめる、というのが取次さんの大前提であるはずではないでしょうか。ですから、束見本と校了紙で充分だと取次さんが公言することは原則的に「ない」わけです。先物取引じゃあるまいし、というご判断でしょう。

梶原さんは松井さんの発言を受けて、

|そうそう、だったら一日早く校了すれば?
|と私なんかは思うんですけどね。

と発言されています。一日早く校了したことによって一日早く見本ができあがると仮定したとして(実際は一日早く校了したところで一日早く見本ができあがるとはまったく限らないわけですが、この一日という単位はあくまでも比喩だと理解しておきます)、一日早くできあがればやはり真っ先に持っていくのは日販でありトーハンであって太洋社ではないんです。ですから校了が一日早くなろうが、一か月早くなろうが全然関係ありません。

そこでむしろ、太洋社への搬入日を遅らせないために、その他の取次の搬入日を太洋社に合わせて遅らせることが版元にとって現実的かどうかが問われてくるわけですが、そのやり方は残念ながら「採用できません」。この点についておべんちゃらや綺麗事を言うつもりはありません。本件を太洋社さんの取次窓口の方と協議した際に私自身はっきりと認識できたのは、出版社が太洋社を取次上位他社より優先できないことは太洋社の仕入窓口の方すら承知している、という現実です。それは業界五番手であるということをよく自覚されているからではないでしょうか。とても嫌な言い方になりますが、業界の弱肉強食の実態そのものは最初からフェアではありません(むろん太洋社さんにとってみれば、弊社はよっぽどちっぽけな存在ですけれどね)。

松井さんのご発言に戻ります。

|たった「一日」でも見本→印刷/搬入の日程がずらせない
|スケジュールで、印刷/搬入が進行している事実。それで
|いて、搬入日一日遅れはやむなしとするのは、一体誰の為
|の仕組みなんだろう。

一出版人として言えば「たった一日」という感覚はまったくありません。一日早めるのが出版社や印刷製本所にとってどれだけ大変なことか。それと搬入日が一日遅れるのは、取次がどこも「基本的に新刊見本は午前中に持ってきてください」と案内されているからであって、出版社の事情ではないです。それと「午前中に持ってこい」という取次さんの事情を私は否定するつもりはまったくありません。それでずっとやってきているわけなので。

|もしかして「見本」とは名ばかりで、本印刷したもの(すで
|に全部数刷り上がっている)を取次に見本だしする為に、
|印刷会社で数日寝かせているから、コストがかかるとか?

それは違います。見本ができればすぐに取次に持っていくわけですから。わざわざ商品を寝かせる理由がありません。

|そうそう、窓口が遠くなって人間関係が希薄になるのは、
|仰る通りだとおもいます。ただ、それで希薄になるくらいの
|人間関係は、所詮その程度のものでしかないよね。実際に
|会わなくたって、重要で濃密なコミュニケーションは十分で
|きるかな。

同じことを現役の仕入窓口の方が仰るとは思えないです。窓口に顔を出してほしいというのは取次さんの昔からの変わらぬご要望だと思いますよ。行かなくたっていいなら版元は行かなくなるかもしれません。仕入窓口は出版社との取引の重要な絆であり、かなめです。顔が繋がっていてこそ、いざという時に出版社も対応できるわけです。「実際に会わなくたって、重要で濃密なコミュニケーションは十分できる」ということを私は否定はしません。しかしそれは、窓口業務とはおそらく別種のコミュニケーションだと思います。窓口も版元営業マンもどんどん担当者が変わりますから、顔を繋いでおくことは大事です。本の「現物」と受注短冊(もしくは受注一覧や指定一覧)を手に対面でやり取りするということの「確認重要性」(版元がへまを流通に持ち込まないよう監視すること)は仕入窓口の現場では当面は変わりにくいのではないかと私は見ています。

ですから、神谷さんが、

|たかだか一種類を何千個しか売らない商品のためにもう
|ちょっと流通のプロセスって合理化できないのかね?って
|門外漢としては思います。わざわざ手持ちで商品見せにいく
|のが最も合理的だった時代ってもう昔のことじゃないの笑

と仰ることについてはこう答えたいと思います。そもそも出版社サイドは合理化してほしいと思っているけれど、見本出し自体の「確認重要性」(たとえそれがとっくに形骸化しているとしても)まで否定しようとは思わないです。それにしても神谷さん、経歴上ご自身を門外漢とまで仰ってはダメじゃないですか(笑)※。

※神谷さんとは後日電話でお話しし、発言の真意について伺いました。神谷さんが考えている「見本出し」の方法があり、業界の弱点を突く非常に興味深いものでしたが、それは本エントリーとは別に立てて論じるべきことなのでここでは省きます。

神谷さんのこのコメントについては梶原さんはこう書いておられます。

|たかだか数ヶ所に見本を持ってくだけで全国に営業しなくても
|勝手に配本してくれて(時間はかかるとはいえ)おカネを払って
|くれるという…究極の効率的流通ですよね。他の産業からしたら
|なかなかありえないんじゃないかと。これを「維持」したいと
|思うなら、喜んで校了早めますよ。

効率的流通というご評価について異論はありません。ただし、大手版元と零細版元では「効率」の内実が異なるようです。ちなみに弊社の新刊は受注配本なので、「勝手に配本」されることはありません(太洋社さん以外は)。また、「維持」と「早期校了」は弊社では上述の通り結びついていません。とはいえ出版人同士のこうした現実の類似と差異は梶原さんにとっては織り込み済みかと推察します。

この梶原さんのご発言を受けて神谷さんはこう応答されています。

|メーカーの都合としてはそうなんでしょうけどね…。
|だけど問屋はそのために何人かそれなりの練度の人が
|一年中張り付きで結局返品がどっさり戻ってくるようですし…。
|難しいですね

より正確に言えばメーカー「だけ」の都合ではないし、メーカー「すべて」の都合でもないですね。すべての版元が押し紙ならぬ押し配本をしているわけではないですし。いずれにせよ、悩ましい問題であることには違いありません。

松井さんは梶原さんや神谷さんのコメントに対してこう締めくくられています。

|ぶっちゃけ、窓口に見本だしはもうなくてもいいんじゃないか
|と思いますね。いまや、もっと効率が上がりそうな代替手段が
|たくさんありますし。大きなシステムはともかく、こういう
|細かい部分で改善できるところはいっぱいあるかな、と。

「窓口に見本だしはもうなくてもいい」というのは太洋社ご出身の方のご発言としてはいささか衝撃的ではあるのですが(笑)、松井さんの仰る代替手段や神谷さんの仰る合理化というのは、色々困難があるにせよ、今後実現されないわけでもないかも、と予想できます。

・・・さてここで最初に戻り、松井さんが「いち消費者として」残念に思われていることについて、可能な範囲で弊社と太洋社の具体的な現実をお話ししたいと思います。太洋社帳合の書店しか利用することのできない読者の方は確かに今後、都内であれ地方であれ新刊の着荷が遅れることの影響を受ける可能性が高まるかもしれません(しかし、前エントリーに書いた通り、太洋社さんにだけ見本出しが遅れる事態に対しての予防策は弊社はきちんと講じますし、リスクが現実にならないよう全力を尽くします)。具体的に言えば、芳林堂、知遊堂、カルコス、友朋堂、附家書店、といった書店チェーンをご利用のお客様です(サンミュージックは少し前までは太洋社帳合でしたが、今はトーハンに帳合変更されたので、話から外します)。

ただし、弊社の新刊はこれらの書店チェーン全店のうち、ここ半年の受注実績ベースで言えば1~2店舗にしか配本されません。配本数は各1~数冊です(TRCSBや既刊SBを除くと、弊社の書店受注規模においては、軒数・冊数ともに取次全社トータルの中で太洋社さんのシェアは1%強です)。このほか、太洋社さんは余分に何冊か仕入れて、帳合書店の数店舗未満に見計らいを出されているようですが、こうした見計らい配本は弊社が取引している取次他社ではほぼまったく行われません。弊社は発売日協定を組まなければならないようなベストセラー必至の新刊は出していませんし、一日を争うような即日売り切れる本も出していません。そのぶん扱い書店は多くないですから、弊社本を入手することの難しさ(と言っても高いハードルかどうかはお客様の環境次第ですけれど)は、特に地方の場合、今までと同様にこれからもあまり変わらないと思います。つまり、「いち消費者」としての松井さんに与える影響は、弊社本のご購入に限って言えば、ほとんど以前と状況は変わらないかもしれませんし、もし変わったとしても代わりとなる入手方法は色々あると申し上げたいと思います。

最後にTRCのSBの帳合変更リスクの上昇について。どなたかがtwitterでいみじくも「バタフライ効果」と比喩されたように、太洋社の本社移転の影響は万が一悪い方に転がれば、太洋社や太洋社一手扱いの版元と書店にまで気がかりな連鎖が広がる可能性があります。TRCは太洋社より売上が大きい会社なので、力関係としては将来的にTRCが自社に有利な選択を下すことがありえないわけではないと推察できます。
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by urag | 2014-06-30 18:03 | 雑談 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 梶原治樹 at 2014-07-01 03:58 x
別の場所でコメントしていたことで、ご不快にさせたとしたら申し訳ございませんでした。

今回の記事を拝見して改めて、商品の特性や規模によって考えることは違うものだな、と思いました。特に私の場合は現在書籍ではなく「雑誌」担当なので、部数の規模、委託の有無、「発売日」に対する感覚など、 貴社とは状況がより大きく異なりますね。

なお、本件に関わる私の一連の発言は 、個人の意見・感想であって、所属する会社を代表した発言ではないことを、この場を借り付け足させていただきます。
Commented by urag at 2014-07-01 14:06
梶原治樹様、ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。また、FACEBOOKで率直なご感想をいただけたこと、嬉しかったです(私自身はFACEBOOKはやっていないのでコメントを残せずすみません)。私に謝る必要はないです。梶原さんのご活躍は内沼さんや神谷さんから伺っています。今後も等身大の意見交換ができたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


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