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2014年 04月 20日

注目新刊:フォスター『第一ポップの時代』河出書房新社、ほか

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◎河出書房新社さんの4月新刊4点

第一ポップ時代――ハミルトン、リクテンスタイン、ウォーホール、リヒター、ルシェー、あるいはポップアートをめぐる五つのイメージ
ハル・フォスター著 中野勉訳
河出書房新社 2014年4月 本体2,700円 46変形判368頁 ISBN978-4-309-27488-1

帯文より:ポップ・アートのハードコア! ハミルトン、リクテンスタイン、ウォーホール、リヒター、ルシェー――5人のポップ・アーティスト第一世代の表現の核にあるのは何か? アメリカを代表する批評家が描き出す現代美術の到達点。

目次:
イメージ=人間〔ホモ・イマーゴ〕
1 リチャード・ハミルトン、または表的なイメージ
2 ロイ・リクテンスタイン、または紋切型のイメージ
3 アンディ・ウォーホール、または消耗したイメージ
4 ゲアハルト・リヒター、またはフォトジェニックなイメージ
5 エド・ルシェー、または澄まし顔のイメージ
ポップというテスト
訳者あとがき


★発売済。原書は、The First Pop Age: Painting and Subjectivity in the Art of Hamilton, Lichtenstein, Warhol, Richter, and Ruscha(Princeton University Press, 2011)です。美術批評の分野では日本でも20年以上前から高名なフォスターですが、単独著の訳書としては『デザインと犯罪』(五十嵐光二訳、平凡社、2011年)に続いてようやく2冊目です。聞くところによると、来月また別の版元からフォスターの訳書が刊行されるようです。『第一ポップ時代』は、著者あとがきに相当する「ポップというテスト」によれば、「ポップアートには政治的な誘発性があるのかどうかを考え抜きたい、とくにポピュラーカルチャーに対してそもそも批判的なのか、あるいはつねにそれとも共犯関係にあるのか尋ねてみたい」(277頁)という問題意識が出発点のひとつだったようです。本書で取り上げる5人のアーティストについて、著者は「他の誰にもまして彼らが、ポップの第一時代において絵画と観者とを規定していた諸条件の変化を生々しく喚起してくれる」(12頁)と評価しています。1950年代半ばから末にかけての時期に始まったものと著者が見ている第一ポップ時代において、イメージと主体性の在り方にある変化が生じたとフォスターは指摘し、その好例がこの5人の作品だと言います。「力説しておきたいのだが、ポップは文化のなかのさまざまな矛盾にスポットを当ててみせるのであって、その結果、じっさい批判的な意識を生み出すことがあるのだ」(278頁)。ポップアート研究の基本書として本書は早くもその地位を確かなものにしているように見えます。


評伝 バルテュス
クロード・ロワ著 與謝野文子訳
河出書房新社 2014年4月 本体2,400円 46判上製244頁 ISBN978-4-309-25553-8

帯文より:バルテュスが生前に認めた唯一の評伝! 猫の目のように表情を変える《バルテュス芸術》の本質を解き明かす傑作評伝。

推薦文(金井美恵子氏):二十世紀に描かれた現代絵画の中で、その特異な性格と際立った魅力によって、なぜこのような時代に描かれたのか、描いた存在はどう生まれ、何を考え、どのように生きたのかを知らない、と思わせる画家は、バルテュスとベーコンをおいて、考えられないだろう。

★発売済。バルテュスについては彼自身へのインタヴューが近年(2011年、没後10周年記念)、『バルテュス、自身を語る』(鳥取絹子訳、河出書房新社)や奥様の節子・クロソフスカ・ド・ローラさんによる回想録がいくつか出ていますけれど、今回出版されたのは、バルテュスと50年来の友人であった作家クロード・ロワ(Claude Roy, 1915-1997)が最晩年に発表した伝記です。原書はガリマールから1996年に刊行された画文集で、1997年にガリマールとの共同出版として河出書房新社さんが刊行された『バルテュス 生涯と作品』の文章のみを改訂して再録したものです。同画文集はすでに品切なので、今回の再刊で初めてロワの伝記に接する読者もおられることでしょう。帯やカバーソデにはこう謳われています。「バルテュスが生前に認めた唯一の評伝」だと。本書は単なる評伝ではなく、友情に満ち満ちた愛の書でもあります。バルテュス自身の絵を読み解くための鍵になるかもしれないこんな言葉を、バルテュスはロワに語っていました。「絵画は見世物ではない。そうであったとしても、あくまでも副次的にそうなのだ。一つの言語だよ。三面で下手な記者が語る出来事を例に取ってごらんよ、「車にひかれてしまった犬」風な記事になっている。真の文学者が扱って表現したら、まったく違うものになるよ」(161頁)。なお、ロワさんは、篠山紀信さんがバルテュス夫妻や愛娘の春美さんを彼らの自宅やアトリエで撮り下ろしたマスターピース『Balthus』(朝日出版社、1993年)の序文もお書きになっています。


こころは体につられて――日記とノート1964-1980(下)
スーザン・ソンタグ著 デイヴィッド・リーフ編 木幡和枝訳
河出書房新社 2014年4月 本体3,000円 46変形判並製408頁 ISBN978-4-309-20648-6

帯文より:終わった――名誉ある敗北。なんにも学びたくない。痛みがあるならそれでもいい。でも、生きつづけさせて。ソンタグ36歳から47歳までの日記。映画製作、訪中計画、転移性乳がん、敬愛するバルトの死、ブロツキーとの交流……。批評の鋭さは増し、自らへの沈潜はより深まる。スーザン・ソンタグ、没後10年。

★発売済。ソンタグの子息デイヴィッド リーフの編纂による日記三部作(既刊書はすべて木幡和枝訳で河出書房新社より刊行:『私は生まれなおしている――日記とノート 1947-1963』2010年、『こころは体につられて――日記とノート 1964-1980(上)』2013年12月)の、第二部上下巻の完結です。今年はソンタグ没後10年ということで(デリダも没後10年)、タイムリーな刊行です。『こころは体につられて』が書かれた時期は、『反解釈』にせよ『隠喩としての病』にせよ、ソンタグの代表作の多くが刊行されたいわば最盛期でした。訳者が指摘しているように、これらの日記にはいわゆる創作ノートの類はほとんどありませんが、「探究の軌跡が刻み込まれて」(402頁)いるのは事実です。呟きのような、吐息のような断片があれば、長々と心情を吐露する文章もあります。ソンタグを身近に感じることのできる書物になっていると思います。個人的に興味深かったのは、1973年の年の暮れに記した、シモーヌ・ヴェイユについての考察です。ソンタグはシモーヌ・ペトルマンによるヴェイユの伝記本(『詳伝 シモーヌ・ヴェイユ』全2巻、杉山毅・田辺保訳、勁草書房、1978年;新装版2002年)を読んで、「粉々にされるような読書体験」(164頁)だったと綴っています。「この伝記は、突き刺さる痛みをもってSWの神話を解体する!」(同)と書くソンタグは、ヴェイユのセクシュアリティについて自身の経験と対比しつつ言及しています。どうぞ手にとってご確認ください。


生き生きした過去――大森荘蔵の時間論、その批判的解読
中島義道著
河出書房新社 2014年4月 本体2,500円 46判上製240頁 ISBN978-4-309-24655-0

帯文より:現代哲学の巨人・大森に教え子・中島がすべてを賭けて挑み、ふたつの哲学が火花を散らす――愛と畏敬にみちた対決だからこそ迫ることができた大森哲学の魅惑と奈落、そして人間・大森の真実。

目次:
まえがき
1 立ち現われ一元論
2 過去がじかに立ち現われる
3 過去透視・脳透視
4 「思い」の立ち現われ
5 過去の制作
6 生と死
あとがき

★発売済。戦後日本を代表する哲学者の一人である大森荘蔵(1921-1997)さんの思想体系はけっして分かりやすいものではありませんが、一方でそのエッセイは教科書や大学入試にも採用されるほど親しまれてきました(例えば「真実の百面相」や「『後の祭り』を祈る」など。2編とも平凡社ライブラリー『大森荘蔵セレクション』で読めます)。中島義道さんは大森さんの弟子であり、中島さんが大森さんのインタヴュアーを務められたこともあります。数多くの中島さんの著書のうち、大森さんに関する思い出話や入門的紹介はあっても、本書のように一冊丸ごと大森哲学と向き合って意見を述べたというのは初めてになるようです。「本書は、大森哲学を「過去論」という観点(だけ)から裁断するものです。私見によれば、「過去論」こそが大森哲学の根っこであって、初期の「立ち現われ一元論」もその後の「言語的制作論」も、過去のあり方を巡る哲学的考察であったように思われます。大森哲学は知覚を中心に展開しているように見える。しかし、もっと深いところでそれを動かしていたのは、「想起」でありその対象としての「過去」なのです」(8-9頁)。「先生はふと「奈落」が開けているのを見てしまったのです。四次元連続体の広大な宇宙などまったく「ない」こと、それはただそのつどの〈いま・ここ〉で制作されるだけのものであること、この意味で世界は「空無」であることを見て取ったのです」(10頁)。本書では大森さんの思惟の変遷を追いつつ、「繰り返しの自己批判であり自己否定」(124頁)である大森哲学の相貌を解説されています。見事な大森哲学入門であるとともに、中島さんご自身の思索の重ね合わせも透かし見える中島哲学序説でもあるように感じます。


◎注目の新刊と既刊

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt, 1963-)著 高橋洋訳
紀伊國屋書店 2014年4月 本体2,800円 46判上製616頁 ISBN978-4-314-01117-4

帯文より:リベラルはなぜ勝てないのか? 政治は「理性」ではなく「感情」だ――。気鋭の社会心理学者が、哲学、社会学、人類学、進化理論などの知見を駆使して現代アメリカ政治の分断状況に迫り、新たな道徳の心理学を提唱する。左派と右派の対立が激化する構図を明快に解説した全米ベストセラー。E・O・ウィルソン、M・ガザニガ、P・ブルームほか、科学界の大御所が絶賛!

★まもなく発売。『しあわせ仮説――古代の知恵と現代科学の知恵』(藤澤隆史ほか訳、新曜社、2011年)に続く、ハイトの訳書第二弾になります。 原書は、The Righteous Mind: Why Good People Are Divided by Politics and Religion(Pantheon, 2012)です。著者が政治学者でも哲学者でもなく社会心理学者だというところがミソです。右か左かという対立的な選択肢のどちらかに優位を与える議論ではなく、「なぜ人々は政治や宗教をめぐって対立するのかを考察」(485頁)しています。著者はこう結論付けます、「その答えは、「善人と悪人がいるから」というマニ教的なものではなく、「私たちの心は自集団に資する正義を志向するよう設計されているから」である」(同)。そして、不毛な対立を回避するために、次のような処方箋を出しています。「異なる道徳マトリックスを持つ人と出会ったなら、次のことを心がけるようにしよう。即断してはならない。いくつかの共通点を見つけるか、あるいはそれ以外の方法でわずかでも信頼関係を築けるまでは、道徳の話を持ち出さないようにしよう。また、持ち出すときには、相手に対する称賛の気持ちや誠実な関心の表明を忘れないようにしよう」(485-486頁)。本書が全米ベストセラーになったと聞くとき(実売10万部を超えているとか)、少しばかりではあれ安堵と慰めを得たような心地がします。


贈与の哲学――ジャン=リュック・マリオンの思想
岩野卓司(いわの・たくじ:1959-)著
明治大学出版会 2014年3月 本体2,500円 B6判上製仮フランス装194頁 ISBN978-4-906811-08-3

帯文より:来たるべき贈与論への扉を開く、フランス現代哲学界の重鎮J.-L.マリオンの思想をめぐる講義録。マリオン=デリダ論争の解説を含む。

★発売済。「野生の科学研究所」で2013年7月~10月に行われた一般向けの講義(全三回)に大幅に手を入れ刊行されたものです。高山宏さんと中沢新一さんの対談本『インヴェンション』に続く、叢書「ポッシュ」の第二弾。「贈与の現象学」「デリダvsマリオン――贈与をめぐる論争」「キリスト教と贈与」の三章立てで、各章の冒頭に中沢新一さんによるイントロダクションが付されています。あとがきによれば、中沢さんから講義の依頼を受けた岩野さんはこう受け止めたそうです。「ふと「妄想」のようなものが頭に浮かんだ。それはジャン=リュック・マリオンとクロード・レヴィ=ストロースのマリアージュというものである。「野生の科学」がモデルとして参照しているレヴィ=ストロースの人類学にマリオンの現象学を配合したら何か面白いものができるかもしれない」(182頁)。研究者向けではなく一般聴衆向けの入門書なので難解さはありません。マリアージュに至るための前段として関連する哲学者や概念が丁寧に説明されており、議論の広がりを示すものとして、各章末には質疑応答の様子も収められています。マリオン(Jean-Luc Marion, 1946-)の単独著の訳書はまだ『環元と贈与――フッサール・ハイデガー現象学論攷』(芦田宏直ほか訳、行路社、1994年)と『存在なき神』(永井晋ほか訳、法政大学出版局、2010年)だけなので、本書をきっかけに翻訳も進むといいですね。


朝鮮開化派選集――金玉均・朴泳孝・兪吉濬・徐載弼
月脚達彦訳注
東洋文庫 2014年4月 本体2,900円 B6変判上製函入312頁 ISBN978-4-582-80848-3

帯文より:19世紀末、激変する東アジアの国際秩序の中で、朝鮮独立を目指し闘った朝鮮開化派の記録。詳細な史料批判を踏まえた金玉均『甲申日録』、朴泳孝『建白書』、兪吉濬『中立論』『西遊見聞』、徐載弼『独立新聞』創刊辞を収録。

★まもなく発売。東洋文庫第848巻。長年に渡る「中国(当時は清)の属邦」としての地位から独立を果たそうとした朝鮮開化派の、政治家にして論客たちの著作を集めた貴重な資料集です。『西遊見聞』は抄訳。開化派と日本、特に福沢諭吉や慶應義塾との浅からぬ関係については巻末の解説で書かれています。19世紀末の李氏朝鮮においては、親日派や親中派、親露派が入り乱れ、それぞれが奔走し、熾烈な対立を繰り広げていました。しかしその内実は複雑であり、本選集に収められた兪吉濬『中立論』も、親日派から親中派への単純な転換ではない苦闘の痕跡が認められるようです。巻末には福沢諭吉の『西洋事情』から兪吉濬の『西遊見聞』への影響関係を知るためのよすがとして、目次対照表が付されており、さらに開化派関係年表(1876~1896年)がそれに続きます。東洋文庫の次回配本(5月)は、『世説新語4』です。
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by urag | 2014-04-20 23:57 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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