2014年 03月 16日

注目新刊:佐々木力『東京大学学問論』作品社、ほか

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東京大学学問論――学道の劣化
佐々木力著
作品社 2014年3月 本体2,600円 46判上製vii,358,10頁 ISBN978-4-86182-475-3

帯文より:斜陽の帝国=東大再生は可能か?! 近代日本の「国家貴族」養成所=東京大学は受験生のあこがれの的。だが、その国際的評価は低い。時の政府の「御用学者」を務め、原子力発電推進の中心的機構にして、異論を排除してきたこの大学に未来はあるのか。独立行政法人化以降、劣化の加速する東大内部の惨状を自身の処分事件と絡めて摘出する警醒と鼓舞のための書き下ろし。

目次:
序文
第一章 東日本大震災後の“国難”状況の中、衰退の局面を迎えている日本の高等教育
第二章 「国家貴族」養成所としての東京大学――世界の大学の中の東大とその国策的あり方
第三章 国立大学教員処分頻発とその実態
第四章 原子力技術の国策的担い手としての東京大学
第五章 未来の日本の高等学問のために
あとがき(折原浩)
著者跋文
索引(人名・事項)

★発売済。13日(木)に取次搬入済です。序文の言葉を借りると本書は「東大における学問の在り方を問う書物」で、「私自身が東大で経験したことをもってアプローチ」したものです。佐々木さんはかつて『学問論――ポストモダニズムに抗して』(東京大学出版会、1997年)という近代以後の日本における学問のありようを批判的に考察するご著書を上梓されていますが、今回の新著ではご自身の体験に照らした東大のありようを問うておられます。「あとがき」を寄せられた折原浩さんはこう書いておられます。「本書は、佐々木氏が、近年、東大当局から受けた「セクハラ」容疑による停職処分と、その後、2010年の定年退職時にまでおよぶ、研究指導権の剥奪ともいうべき処遇について、氏みずから事実経過を明らかにし、研究と教育の機関でふたたびこうしたことが起きないように、との願いを籠めて、執筆された」(338頁)。

★佐々木さんは序文でこうも書かれています、「読者は、一読したあとで、このような話が現実に起こるはずはない、との感懐をあるいは抱くやもしれぬ。まったくそうではない。現実に起こったことである。そうであるがゆえに、私は拙著をものしたのである。まさしく事実は小説より奇なり、なのである」(9頁)。「国立大学法人のもとで、いかに安易に教員の処分がなされているか」(8頁)を赤裸々に綴った本書は、内容的にかなり重いため、具体的な報告に移る特に第三章第二節以後(123頁以降)は、繊細な読者にとってはとても心臓に悪い内容になっています。佐々木さんに降りかかる出来事はまったく奇妙で、学内政治の異様な姿に部外者は唖然とするはずです。佐々木さんは続く第四章で原子力問題と東大の関係についても鋭く切り込んでおられ、さらに第五章では学問研究と教育の再生について論じられています。学問の場における「フロネーシス/プルーデンティア」(賢慮)の欠如を問う(279頁)本書は、折原さんがかつて公刊された『大衆化する大学院―一個別事例にみる研究指導と学位認定』(未來社、2006年)とともに、忘却すべきでない歴史として残っていくものと思われます。


フーコーの美学――生と芸術のあいだで
武田宙也(たけだ・ひろなり:1980‐)著
人文書院 2014年3月 本体3,800円 4-6判上製316頁 ISBN978-4-409-03082-0

帯文より:フーコー思想の全体を「生と美学」の観点から、内在的に一貫したものとして読み解く。他なる生存のあり方へ――美学的な思考に潜む、硬直的な生への対抗。

★まもなく発売(17日取次搬入)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者が2012年に京都大学に提出した博士論文(主査は篠原資明さん)に加筆修正したものとのことです。序論の言葉を借りると、本書は「「生存の美学」というフーコー晩年のコンセプト、また、それにまつわる一種の主体論から出発して、彼の思想全体を捉え直そうと試みるもの」(13頁)で、「「生」と「芸術」との関わりという観点から従来のフーコー像を刷新すること」(18頁)を最終的な目標に設定されています。「それは、「生存の美学」という概念から出発して、フーコーの思想そのものを「倫理的なもの(生)」と「感性的なもの(芸術)」とのあいだに位置する、ひとつの「美学」として提示することになるだろう。また、その際にわれわれは、「外」という概念を、この二つの領域に関わるものとして捉え、それぞれの領域における外の様態を探究する。言い換えるならば、本書は、この二つの領域が、フーコーの思想のなかで「外」という概念を軸にして重なり合うことを、また、この重なり合いにこそフーコー思想の本質が表れていることを示すものである」(18-19頁)。本書では「生存の美学」はひとつの「外の美学」として位置づけられています(242頁)。

★「他なる生存のあり方」を生涯にわたって追究した(277頁)と著者が分析するフーコーは、かつてこう語ったそうです。「ひとは、現在の自分と異なったものになるために書くのです」。これは1984年のインタヴュー「ある情念のアルケオロジー」での発言で、『ミシェル・フーコー思想集成(X)』(筑摩書房、2002年)所収の既訳ではこう訳されていました。「人はまず、自分がそうであるのとは違ったものになるために書くのです。書くという行為を通して、自分の存在様態を修正しようという狙いがあるわけです」(63-64頁)。「書くことのかくも深き欲望」(ホラティウス)とは、変容への欲望なのかもしれません。


◎河出書房新社さんの新刊より

君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた』若松英輔著、河出書房新社、2014年3月、本体1,500円、46判上製160頁、ISBN978-4-309-02272-7
半自叙伝』古井由吉著、河出書房新社、2014年3月、本体1,700円、46判上製200頁、ISBN978-4-309-02257-4

★『君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた』は、NHK社会部が運営するサイト「こころフォト」や毎日新聞で若い人びとに宛てて書いた手紙をきっかけに、その続きを書き下ろして一冊としたものです。若松さんならではの柔らかい言葉で死者への慈しみや、悲しみのふちにある人への思いが綴られています。「悲しみを忌み嫌う時代、その意味を問うことのない時代は、悲しみだけでなく、勇気をも見失っているのかもしれない。悲しみが勇気を生むことを現代は、どうして忘れてしまったんだろう。/深く悲しんだ人に、輝くような勇気が宿っているのを、ぼくはこれまでに何度か見たことがある。彼らは多くを語らない。でも、そうした人々との出会いによって人生は大きく変化してきたように思うんだ」(101頁)。

★『半自叙伝』は河出さんから刊行された二つの作品集に掲載された、80年代前半版の巻末「創作ノート」や、2012年版月報の「自伝」をまとめ、最後に書き下ろし一篇「もう半分だけ」を加えた一冊です。「それにしても、「半自叙伝」とはおかしな表題である。すでに七十歳を超えていたのだから、「五分の四自叙伝」とすればよさそうなもの、そんな名称はないのだろう。年齢はともあれ、自叙伝のようなものを物する境地にはまだ至っていないという意になるか。これからの自叙伝を試みることはないと思われる」(「もう半分だけ」187頁)。ご自身の職業については、こう振り返っておられます。「見た事と見なかったはずの事との境が私にあってはとかく揺らぐ。あるいは、その境が揺らぐ時、何かを思い出しかけているような気分になる。そんな癖〔へき〕を抱えこんだ人間がよりにもよって小説、つまり過去を記述することを職とするというのも、何かとむずかしいことだ」(194頁)。

★河出さんの来月新刊には、クロード・ロワによる評伝『バルテュス』(與謝野文子訳)や、5人の美術家(ハミルトン、リキテンスタイン、ウォーホル、リヒター、ルシェ)を論じたハル・フォスターによる『第一ポップ時代』(中野勉訳)、スーザン・ソンタグの1969年から80年までの日記『こころは体につられて』(下巻、デイヴィッド・リーフ編、木幡和枝訳)、塩澤幸登『編集の砦』などが予定されています。塩澤さんは昨年6月刊『雑誌の王様――評伝・清水達夫と平凡出版とマガジンハウス』という著書を河出さんから上梓されています。『編集の砦』は、河出さんの紹介によれば、「平凡出版=マガジンハウスの雑誌づくりを具体的に活写し、木滑良久の編集思想に迫る」とのこと。木滑良久(きなめり・よしひさ:1930-)さんはマガジンハウス取締役最高顧問。つい最近ご紹介しましたが、今月は椎根和さんによる回想録『銀座Hanako物語――バブルを駆けた雑誌の2000日』(紀伊國屋書店)も刊行されており、マガジンハウスについての新刊が連続しています。


◎平凡社さんの新刊より

物数寄考――骨董と葛藤』松原知生著、平凡社、2014年3月、本体3,800円、A5判上製394頁、ISBN978-4-582-26808-9
新版 韓国 朝鮮を知る事典』伊藤亜人・大村益夫・高崎宗司・武田幸男・吉田光男・梶村秀樹監修、平凡社、2014年3月、本体7,000円、A5判上製714頁、ISBN978-4-582-12647-1
新民説』梁啓超著、高嶋航訳注、東洋文庫(846)、2014年3月、本体3,300円、B6変型判上製函入528頁、ISBN978-4-582-80846-9
世説新語3』劉義慶著、井波律子訳注、東洋文庫(847)、2014年3月、本体3,100円、B6変型判上製函入416頁、ISBN978-4-582-80847-6

★『物数寄考』は発売済。帯文はこうです。「「おもしろいもの」には抗えない。川端康成、小林秀雄、青柳瑞穂、安東次男、つげ義春、杉本博司──古物に憑かれし者たちの悶々。古美術愛好の本質を超越的な断言や印象批評的な情語ではなく一箇の感性論として語る、気鋭の美術史家による意欲的な一書」。主に「西南大学国際文化論集」に寄稿されてきた諸論考に加筆し、書き下ろしの「終章」を加えたものです。別冊付録として、著者と現代美術家の杉本博司さんと映画監督の中村佑子さんによる2段組28頁もの鼎談「アートの起源〔はじまり〕/杉本博司」が挟みこまれています。「本書は、倦み疲れることなく骨董に憑かれ続けた作家たちが生み出したテクストとイメージの分析を通じて、この葛藤の現場、誘引と反発の地場へと接近する試み」(14頁)と著者は「はじめに」に書いています。ご本人も骨董の愛好家で、自ら貧数寄(びんすき)と評しておられます。なお著者はストイキツァの訳書を複数冊ものしておられます。

★『新版 韓国 朝鮮を知る事典』はまもなく発売。旧版は『朝鮮を知る事典』(初版1986年;新訂増補版2000年)でした。大幅な書き換えや項目の入れ替えを行い、項目数は初版の約1.5倍となる1902項に増加し、執筆者も146名からさらに30数名増えたとのことです。図版159点、巻末には索引が付され、資料編には〈年表〉〈文献案内〉〈関連サイト案内〉〈世界遺産〉が掲載されています。「テーマ別の項目ガイド」という三折の投げ込みが付されています。

★『新民説』はまもなく発売。帯文に曰く「病夫となった中国をどう改革すべきか? 亡命地日本に在って、中国の民族独立と国民国家の実現のために民を新たにする「道徳革命」を説き、東アジアの近代思想史に輝く、若き梁啓超(1873-1929)の中国近代精神革命の書」。1902年から4年間、自らが創刊した雑誌で発表し、1907年に単著としてまとめたもので、中国のあるべき姿を果敢に主張しています。「私が思うに、禍をもたらすかどうかは外の問題ではなく、内の問題である」(20頁)と訴え、「民が弱ければ国は弱く、民が強ければ国は強い」との思いから伝統文化を磨くとともに進取の精神をも鍛えることを主張します。共産党独裁以前の興味深い国家理想像を垣間見ることができます。

★『世説新語3』はまもなく発売。全5巻中の第3巻です。帯文に曰く「魏の始祖曹操、竹林七賢の阮籍から書聖王羲之、画聖顧愷之まで、全1120条のエピソードで、640人余りの登場人物が語り出す。魏晋の時代の精神史を伝える、多様なる機智の宝庫」。「賞誉第八」から「豪爽第十三」までを収録しています。「天使から友人や知人にいたるまで、その誤りをいさめ忠告した逸話」を収めたという「規箴第十」が特に興味深く、それぞれドラマの一シーンを見ているかのような印象があります。東洋文庫の次回配本は4月、『朝鮮開化派思想選集』と予告されています。
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by urag | 2014-03-16 21:29 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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