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2014年 02月 02日

注目新刊:郡司ペギオ幸夫『いきものとなまものの哲学』青土社、ほか

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いきものとなまものの哲学
郡司ペギオ幸夫著
青土社 2014年1月 本体2,400円 四六判上製288頁 ISBN978-4-7917-6759-5

帯文より:科学と潜在性の哲学/思弁的実在論の科学。自然と人間、社会と個人、他人と私・・・こうした二項対立を揺るがし続ける、我々が向き合うべきほんとうの外部・空間・世界とは? ジル・ドゥルーズの哲学を実在論的に用いていこうという「思弁的実在論」が耳目を集めている現在、生命を形式的に展開していこうとすれば、どういったモデルが可能なのだろう? ドゥルーズ哲学をポスト・ポストモダンの哲学へと更新する圧倒的生命論!

★発売済。『現代思想』『ユリイカ』『広告』に寄稿した論考を大幅加筆修正のうえ一冊にまとめたものです。一般読者の大半にとって郡司さんの著書はかなりハードルの高い読みもののはずですが、ボンカレーに始まりB級グルメに終る本作は、郡司さんがこれまで上梓された二冊の新書以上に読者層を広げる画期的な展開の「はじまり」を予感させます。ボンカレーとB級グルメに挟まれた中間にはやはり難解な議論の峰々が待ち構えてはいるものの、それでも、郡司さんの本を読んで思わず笑うなど、誰が想像できるでしょうか。「はじめに――カレーにみる世界制作の方法」と「あとがき――B級グルメにみる生命モデル」は余技でも余談でもなく、郡司さん自身の言葉を借りるなら「あえて逸脱し、宙吊りにして、それによって明確に、延長・潜在性・向こう側にいるマゾヒストを射程に置く、特別な装置」たりえているすぐれた文章だと思います。特に「あとがき」のドライヴ感は半端ないです。いまだかつてない郡司さんに出会えます。『群れは意識をもつ』(PHPサイエンス・ワールド新書、2013年8月)ではダチョウ倶楽部の「熱湯風呂」がモデル化されていましたが、今回は江頭2:50が意外な人物の追随者として不意に登場します。お茶を飲みながらこの「あとがき」を読んではいけません。必ずむせます。真剣さと滑稽さの絶妙な配合です。


ヒステリーの発明――シャルコーとサルペトリエール写真図像集(
G・ディディ=ユベルマン著 谷川多佳子/和田ゆりえ訳
みすず書房 2014年1月 本体各3,600円 四六変型判288頁/304頁 ISBN978-4-622-08368-9/978-4-622-08369-6

上巻帯文より:「サルペトリエール施療院は、いわば女の地獄、苦痛の都だった」。哲学と美術史を横断するディディ=ユベルマンのデビュー作。増補新版(2012年)を元にしてここに甦る。

上巻帯文(裏)より:今日われわれに、『サルペトリエール写真図像集』が残されている。すべてがそこにある――ポーズ、発作、叫び、「熱情的態度」、「苦悩」、「恍惚」、あらゆる錯乱の姿態。写真のもたらすシチュエーションが、ヒステリーの幻影と知の幻影との絆を理想的に結晶させたがゆえに、すべてがそこに有るように見える。呪縛の相互作用が定着したのだ。すなわち、「ヒステリー」の映像を飽かず求めつづける医師たち――従順に身体の演劇性を増幅していくヒステリー患者たち。こうしてヒステリーの臨床医学はスペクタクルになった。〈ヒステリーの発明〉だ。それは暗々裡に、芸術にも比すべきものに自らを同一化していった。演劇や、絵画とも紛うものに。

下巻帯文より:「この、“芸術”と化した憎悪の特性とは、いったい何であるのか?」 111点におよぶ写真資料を縦横に読み解き、精神医学/精神分析の誕生の現場を捉える。

下巻帯文(裏)より:フロイトは催眠のプロセスを、多大な教導権をもつがゆえに自我理想となるにいたるひとりの「主人」を前にした、患者の「恋による全面的自己放棄」として描き出した。とりわけこうした理由から、催眠術師に命令されるや、現実吟味そのもの(私はほんとうは小鳥でも蛇でもなく、僧侶でも、女優でさえもない……)が挫折する。この機会にフロイトは、恋愛状態から催眠へ、さらには集団構造へ、最終的には神経症へといたる、点線ではあるが揺るぎのないラインを引いたのであった。彼は催眠をあるときは愛、またあるときは魔術として語るが、ほとんどの場合それを暴力として捉えている。それは呪縛と残酷さの中間にある技術についての一観念なのである。

★発売済。シリーズ「始まりの本」の最新刊です。原書は、Invention de l'hystérie: Charcot et l'iconographie photographique de la Salpêtrière(Éditions Macula, 1982/2012)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。『アウラ・ヒステリカ――パリ精神病院の写真図像集』(リブロポート、1990年)の待望の再刊です。旧版では巻頭に杵渕幸子さんによる解説が収められていましたが、今回の新版では省かれています。底本である第5版から新たに加わった著者による「あとがき――イメージと病/悪」が訳出され、訳者あとがきは改めて書き直されています。今でこそディディ=ユベルマンの名前は哲学書や芸術書の分野で名高いですけれども、旧版が出た当時はほとんどの日本人にとって無名の存在でした。リブロポートはその後廃業したため、長らく古書市場に頼るほかはありませんでした。リブロポートの芸術書系の遺産は本書の他にも色々ありますから、再刊や復刊の機運が高まるといいなと思います。

★再刊ということでは以下の3点についても特筆したいと思います。まず、『アウグスティヌス著作集』では5分冊だった『神の国』(金子晴男ほか訳)が、訳文を修正のうえ二巻本にまとめられ、今月まず上巻(第1~13巻を収録)が教文館「キリスト教古典叢書」より刊行されました。同叢書は46判サイズで教父たちの名著をかつて刊行していましたが、近年はA5判サイズで、アウグスティヌス『告白録』(宮内宣史訳、2012年3月)や、『ルター著作選集』(徳善義和ほか訳、2014年4月)、パスカル『パンセ』(田辺保訳、2013年8月)など再刊や合本などに力を入れておられ、美麗な装丁とともに大冊が甦る喜びを読者に与えてくれます。

★次にエルンスト・カッシーラー『象徴・神話・文化』(D・P・ヴィリーン編、神野慧一郎ほか訳、ミネルヴァ書房、1985年)が「ミネルヴァ・アーカイブズ」の1冊として先月復刊されました。カッシーラーの訳書は数多くありますが、なかには絶版のまま古書価がかなりの高額に留まり続ける書目もあります。今ではもう版元自体が存在しない本などは、どこか別の版元が積極的に引き取ろうとしない限り、再刊のめどが立ちません。出版人のはしくれとして、何とかならないものかと思います。カッシーラーはともかくとして、ミネルヴァ書房さんにはレイモンド・ウィリアムズ『長い革命』を、「ミネルヴァ・アーカイブズ」での2008年の『文化と社会』の復刊に続いて、同シリーズで再刊してくださらないかなあと思います。

★最後に「キリスト教古典叢書」をご紹介した後で若干のためらいがなくもないのですが、国書刊行会さんが「アレイスター・クロウリー著作集」から、難解な『777の書』(江口之隆訳、著作集第5巻、1992年)を先月新装復刊されたことに触れずにはいられません。クロウリー著作集はあのギーガーの絵をあしらった松田行正さんによる素晴らしい装幀があってこそ書架で異彩を放つので、本当は初版の体裁のまま復刊してくださるのが一番良いのですけれども、すでに10年前に第2巻『トートの書』が新装復刊されていますから、もはやないものねだりというほかはありません。しかし、「もうない」となると愛は燃え上がるものなのですね。かつて新刊書店の棚に並んでいるのを目の当たりにしながら敬遠していた当時の自分をもっとも後悔しているのが、この著作集です。一方で国書刊行会さんはとても嬉しい再刊も手掛けてくださるのも事実です。昨年11月に稲生平太郎『定本 何かが空を飛んでいる』を刊行してくださいました。新人物往来社さんより1992年に出版された親本より大幅に増補されたという今回の定本版、私は今回の装丁(山田英春さん)の方が本のイメージに合っている気がします。旧版の横山晴夫さんによる装丁も90年代前半のあの空気感を如実に表現していて味があるのですけれど。


ポピュラー音楽の社会経済学
高増明(たかます・あきら:1954-)編
ナカニシヤ出版 2013年12月 本体2,800円 A5判並製338頁 ISBN978-4-7795-0807-3

帯文より:なぜCDは売れなくなったのか? なぜ日本の音楽シーンは世界から孤立し、画一化してしまったのか? 音楽産業の現状、デジタル化や著作権の問題、ロックの歴史と日本のヒットソングの構造まで、ポピュラー音楽の歴史と現状をトータルに解説する初の大学テキスト!

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。編者の高増明さんは経済学者として関西大学で教えるかたわら、授業の一環として学生と一緒に音楽CDやPVなどを作成し、インディーズレーベルをベンチャー企業として運営されてもいます。今回の新刊は学生向けのテキストとして作成されたものだそうですが、第6章「公共財としての音楽?」や第8章「日本のポピュラー音楽の世界進出の可能性について」など、出版人もある意味で高い関心を持って読める内容ともなっています。これらの章で分析されていることは、作家や出版人の生き残りにとっても示唆的なのです。音楽業界で起きている現実はそのまま出版業界の未来と同一のものではないにせよ、文化産業の振興や収益の公正な分配、そしてグローバル化について、出版人が無関心で済むものはありません。小説にせよラノベにせよ、作品論は多くても、それが書かれ、頒布され、読まれる動態の経済学的分析はまだまだ足りないのかもしれません。


ケインズは、《今》、なぜ必要か?――グローバルな視点からの現在的意義
ケインズ学会編 平井俊顕監修
作品社 2014年1月 本体2,400円 ISBN978-4-86182-458-6

帯文より:経済成長か、はたまた緊縮財政か。さらに別の道もあるのか? 経済政策を世界の視座から問う。ケインズ学会待望の最新作!

目次:
まえがき――ケインズは、《今》、なぜ必要か?(平井俊顕)
第I部 グローバルな視点から、ケインズの現代的意義を考える
 第1章 金融危機後の「輸出主導型成長」と「対外債務削減」という幻想(ヤン・クレーゲル)
 第2章 今日の世界でケインズの国際経済学は通用するのか?(アンナ・カラベリ/マリオ・チェドリーニ)
 第3章 なぜケインズが重要なのか――イギリスの政策形成の視点からの検討(ロジャー・バックハウス)
 第4章 現代世界におけるケインズ(クリスティーナ・マルクッゾ)
 第5章 哲学から見たケインズの今日的妥当性(ロッド・オドネル)
第II部[シンポジウム1]世界経済の危機的状況をめぐって
 世界同時不況と景気循環(浅子和美)
 資本主義はいずこへ(平井俊顕)
 歴史の危機と21世紀の利子率革命(水野和夫)
第III部[特別講演]ケインズ経済学――回顧と展望(福岡正夫)
第IV部[シンポジウム2]ケインズと現代の危機
 ケインズと「危機」の思想(間宮陽介)
 ケインズと現代理論(酒井泰弘)
 ケインズと国際経済――対外インバランスについての新しいアプローチ(岩本武和)
シンポジウム1・2を終えて(浅子和美/平井俊顕/酒井泰弘/間宮陽介)
あとがき(平井俊顕)

★発売済。『危機の中で〈ケインズ〉から学ぶ――資本主義とヴィジョンの再生を目指して』(作品社、2011年11月)に続く、ケインズ学会の第二弾です。四部構成で、第I部が海外の第一線の経済学者による書き下ろしで、第II部が立教大学でのシンポジウムの記録です。第III部はケインズ学会の第2回全国大会での特別講演で、第IV部は龍谷大学でのシンポジウムの記録。まえがきとあとがきはケインズ学会の会長である平井俊顕さん(上智大学名誉教授)がお書きになっています。ケインズ学会は2011年12月に設立されたばかりですが、本書に見る通り活発に活動されており、世界経済を読み解く上でも、アベノミクス(酒井さんの言葉を借りると「「アベノミクス」という妖怪」236頁)の真価を分析し評価する上でも、たいへん参考になる情報発信を継続されています。
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by urag | 2014-02-02 23:10 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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