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2013年 12月 29日

注目新刊と既刊:ヴィクトル・セルジュ『勝ち取った街』現代企画室、ほか

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勝ち取った街――一九一九年ペトログラード
ヴィクトル・セルジュ(Victor Serge, 1890-1947)著 角山元保訳
現代企画室 2013年11月刊行 本体2,500円 4-6判上製320頁 ISBN978-4-7738-1315-9

帯文より:革命二年目のロシアを襲った最大の危機。声なき群衆が語るもうひとつの物語・歴史(イストワール)。ヴィクトル・セルジュ――激動の二〇世紀、全存在を賭して抑圧と闘った絶対自由主義者。攻囲された街の民衆一人ひとりが織りなす、権力の「正当な」歴史が語り得なかったロシア革命の真実。

★発売済。原書は、Ville conquise(Société coopérative Éditions Rencontre, 1932)です。巻末の著者略歴によれば、セルジュは「近年、フランスや米国でその評論集や小説が相次いで再刊され、再評価の動きが高まっている」とのことで、本書に続き、別の小説の訳書(『仮借なき時代』上下巻、角山元保訳、現代企画室)もまもなく刊行される予定です。確かに1970年から1971年にかけて立て続けに訳書が刊行されていたものの、その後40年以上途絶えていました。『革命元年』の共訳者だった角山さんはその後、今回刊行された『勝ち取った街』と近刊の『仮借なき時代』を地道に訳されていて、「二つの訳稿は、墓場への同行者になるかもしれなかった」と『勝ち取った街』の訳者あとがきで振り返っておられます。版元さんとの思いがけない出会いが本書の誕生につながったそうで、運命的な出版ではないでしょうか。

◎ヴィクトル・セルジュ(Victor Serge, 1890-1947)既訳書

1938年02月『ソ聯の現實を暴く(國際文化協會會報 第23號別刷)』宮本彪訳、國際文化協會;レイモンド・ビューエル「アメリカと太平洋問題」佐野壽一郎訳を併録
1970年10月『一革命家の回想(上)母なるロシアを求めて』山路昭訳、現代思潮社
1970年10月『一革命家の回想(下)母なるロシアを追われて』浜田泰三訳、現代思潮社
1971年04月『スターリンの肖像』吉田八重子訳、新人物往来社
1971年**月『革命元年――ロシア革命第一年』高坂和彦・角山元保訳、二見書房
2013年11月『勝ち取った街――一九一九年ペトログラード』角山元保訳、現代企画室


ペルソナ・ノン・グラータ――カストロにキューバを追われたチリ人作家
ホルヘ・エドワーズ(Jorge Edwards, 1931-)著 松本健二訳
現代企画室 2013年9月 本体3,200円 4-6判上製468頁 ISBN978-4-7738-1313-5

帯文より:1967年10月、ボリビアでチェ・ゲバラが殺された。1968年8月、ソ連軍のチェコ侵攻をフィデル・カストロは支持した。初期キューバ革命の〈光〉を、暗雲が覆い尽くそうとする1970年12

月、著者は、新生チリ・アジェンデ社会主義政権によって公使としてキューバに派遣された。彼を待ち受けていた運命とは? フィデル・カストロと著者の間で交わされる、息詰まるような最後の会話!

★3か月前の既刊書ですが前掲書と同じ現代企画室さんの注目書。シリーズ「セルバンテス賞コレクション」の第12弾。底本は、Persona non grata(Alfaguara, 2006)です。同書は1973年に刊行後、82年と91年にその都度新たなエピローグを追加された改訂版が刊行されており、本書の底本となった2006年版では旧版のエピローグが削除され、「二重の検閲」と題された新しいエピローグが付されています。巻末の訳者解説によれば、「本書は、チリの作家ホルヘ・エドワーズが、外交官として約三カ月半に及ぶハバナ赴任を終えた直後の1971年4月からほぼ1年をかけて書き上げたノンフィクション作品である。題名のペルソナ・ノン・グラータとは、外交上好ましくない人物、という意味で、エドワーズ自身がキューバでおかれた情況を表している」とのことです。エドワードは1970年12月から71年3月まで、アジェンデ政権の代理公使としてキューバに赴任します。本書はその3ヶ月間の滞在記録であるとともに、詩人エルベルト・パディージャへの弾圧など、カストロ体制の暗部に迫ったドキュメントです。パディージャは詩集『退場』が反革命的であるとして政府によって逮捕されるのですが、訳者解説では参考として冒頭作「難局に当たって」と表題作「退場」の日本語訳を読むことができます。

★エドワーズの作品の翻訳にはこれまでに、「痩せるための規定食」(高見英一訳、『集英社ギャラリー「世界の文学」19』、集英社、1990年)があります。


シベリア抑留者たちの戦後――冷戦下の世論と運動 1945‐56年
富田武(とみた・たけし:1945-)著
人文書院 2013年12月 本体3,000円 4-6判上製278頁 ISBN978-4-409-52059-8

帯文より:冷戦下で抑留問題はどう報じられ、論じられたか。新資料をもとに再構成し、歴史の真実に迫る。抑留問題は実態解明がまだまだ不十分である。本書は、従来手つかずだった抑留者及び遺家族の戦後初期(1945-56年)の運動を、帰国前の「民主運動」の実態や送還の実情も含めてトータルに描く。帰還者団体の機関紙、日本共産党文書、ロシア公文書館資料、関係者へのインタヴューをもとに実証的に分析したものである。シベリア抑留史のみならず戦後史としても貴重な研究であり、待望の一冊といえる。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者の富田武さんは成蹊大学法学部教授。御専門はソ連経済史、日ソ関係史で、近年の著書に『スターリニズムの統治構造――1930年代ソ連の政策決定と国民統合』(岩波書店、1996年)や『戦間期の日ソ関係――1917-1937』(岩波書店、2010年)などがあります。本書は「シベリア抑留概観」「抑留報道と帰還者運動」「共産党と帰還者運動」「シベリア抑留者群像」の4章構成で、巻末に「ソ連抑留・引揚関連年表と抑留者名索引が付されています。回想記の多さに比して学術的研究が少ない、と著者はまえがきに書いています。ロシア側の資料公開がまだまだ乏しいとのことですが、今後公文書の実証的分析が進めば、抑留研究はいずれ新しい時代に入っていくに違いありません。


胸さわぎの鷗外
西成彦(にし・まさひこ:1955-)著
人文書院 2013年12月 本体2,000円 4-6判上製220頁 ISBN978-4-409-16095-4

帯文より:心を、体をざわつかせる圧殺された恥を掘り起したい。古今東西の文学を縦横無尽に論じる、比較文学者西成彦による満を持しての鷗外論。戦時性暴力を静かに断罪する『鼠坂』、性欲処理に悩める男を描いた『舞姫』、民衆の語りを政治の語りに変えてみせた『山椒大夫』など、人間の身勝手さ、残酷さ、恥ずべき側面を、鷗外は見逃さない。魅力的な素材であったのだ。近代の申し子ともいうべき鷗外の冷徹なまなざしが明らかになる。その視線の下で恥じ入るべきは、レイプされた植民地の女や徴兵逃れの罪をおそれる移民の老婆ではなく、植民地帝国の男たち、そして恥を直視できない「腰砕け」のわれわれなのだ。

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。1984年から2011年にかけて発表された鷗外論8篇をまとめたものです。あとがきにかえて、巻末には「「雑種的思考」に向けて、あるいは「複数の胸騒ぎ」」が置かれ、参考資料として森鴎外の短篇作品「鼠坂」と芥川龍之介の「藪の中」の後半が収められています。著者はこう書いています、「日本人は日中戦争、第二次世界大戦のなかで、加害者としての胸騒ぎと、被害者としての胸騒ぎを、それぞれに胸に宿しながら時代を生きたはずである。その胸騒ぎは、〔・・・〕相反するものではあるが、決して、相殺されて帳消しになるようなものではない。それぞれの胸騒ぎとして、世代を越えて継承していくべきものだと思うのである。同じことは戦争ばかりではなく、植民地支配についても言えるはずで、日本文学は植民地統治を生きた内地人の胸騒ぎと、支配を受けた台湾なら台湾、朝鮮なら朝鮮のひとびとの覚えた胸騒ぎを、いずれにも均等に目配りしつつ語ろうと思えば語ることができたはずなのである」(219-220頁)。

★「ぶつかりあうひととひとのあいだの「胸騒ぎ」の交錯を描くのが文学であり、それこそが文学の効用なのである。〔・・・〕ひとびとの和合や衝突には、「単数形の胸騒ぎ」の多数による「共有」ではなく、それぞれの立場に即した「複数の胸騒ぎ」の「分有」がともなうものである。そのときに、特定の人物や、特定のポジションに固有な胸騒ぎにだけ心をあずける「同質性への依存」は断じて退けるべきだ。われわれは胸がはじけとぶまで、多様な当事者の心にひとつひとつ思いを馳せ、いつだって「雑種」的に「複数の胸騒ぎ」を抱えこむべきなのだ」(223-224頁)。比学文学研究者としての著者の面目がくっきりと際立つ論文集です。


ペトロダラー戦争――イラク戦争の秘密、そしてドルとエネルギーの未来
ウィリアム・R・クラーク著 高澤洋志訳
作品社 2013年12月 本体2,800円 四六判上製448頁 ISBN978-4-86182-465-4

帯文より:なぜアメリカは、無謀な戦争を仕掛け、味方を盗聴してまで世界を“支配”しようとするのか? その鍵は、「Petrodollar ペトロダラー」にある。膨大な資料と証言を綿密に調査し、超大国の闇とそのカラクリを暴き出した、全米ベストセラー! もう一つのピュリッツァー賞「プロジェクト・センサード」を受賞。

目次:
序文 イラク戦争以後――新世紀を方向づける最も危険な10年間(ジェフ・ライト)
序章 なぜ、ブッシュはイラク侵攻に踏み切ったのか?
第一章 アメリカの世紀――第二次大戦後
第二章 アメリカの地政戦略とペルシア湾――1945年から2005年まで
第三章 世界ピークオイル――新千年紀最大の挑戦
第四章 嘘とプロパガンダ――隠蔽されたマクロ経済および地政戦略上の戦争目的
第五章 ドルのジレンマ――なぜペトロダラーの覇権は維持できないのか
第六章 崩れゆく「アメリカ」という試み――メディア、民主主義の堕落と失われる建国の理念
第七章 新たな世紀、新たな世界――21世紀の改革構想
エピローグ なぜ、私は“内部告発”したのか?(カレン・クワイアトコウスキ空軍中佐〔退役〕)
訳者あとがき イラク戦争開戦10年後に読む
原註

★発売済。原書は、Petrodollar Warfare: Oil, Iraq and the Future of the Dollar(New Society Publishers, 2005)です。ペトロダラーとは、「世界準備通貨(基軸通貨)としてのドルの地位を維持するために、あらゆる国が必要とする石油をドルのみで取引する体制」における、いわゆるオイルマネーの異名です。本書の著者クラークはジョンズ・ホプキンズ大学医学部で、情報セキュリティ専門の業務改善マネージャーを務めるかたわら、アメリカの地政戦略や石油問題を研究しており、本書では10年前のイラク戦争がペトロダラーによるアメリカの覇権の維持のために必要だったことを暴き、ピークオイルや経済的な諸要因によってもはや持続不能な状態の「覇権維持」からどうやって脱却すべきかを論じています。アメリカが自分の進路をどう自己修正したいのか、その希望と欲望の一面がよく見えてくる本です。

★細かいことを言うと、第四章「嘘とプロパガンダ」でレオ・シュトラウスが批判されるのですが、シュトラウス本人の著作を一切使用していないため、この点については少し注意が必要です。本書にとっては寄り道的な部分なので、あくまでもシュトラウスに学んだ当時の学生たちの中から出てきた象徴的な亜流としてのネオコンへの批判として読んでおくのが妥当かと思われます。シュトラウス本人の政治哲学を学ぶためにはさいきん文庫化された素晴らしい名著『自然権と歴史』(ちくま学芸文庫)をお読みください。


アジア映画で〈世界〉を見る――越境する映画、グローバルな文化
夏目深雪・石坂健治・野崎歓編
作品社 2013年12月 本体2,800円 A5判並製308頁 ISBN978-4-86182-461-6

帯文より:われわれは映画に、映画はわれわれに、何をできるのか――。グローバリズムの中、越境し変容するアジア各国と日本の映画。「今、アジア映画を見ること」の意味を問いながら、歴史/政治/社会状況を読み解きつつ、映画/映像の可能性を探り、批評の文脈を刷新する。地図上の〈世界〉とわれわれの生きる現実(リアル)な〈世界〉を、14の論考と7つの対談・座談で切り取る、画期的評論集!

★発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。3・11以後の日本を視野に入れたアジア映画論のアンソロジーです。本書の刊行を記念して、来月とさ来月に同名のイベントが行われます。

◎特集「アジア映画で〈世界〉を見る

日時:2014年1月26日(日)・2月2日(日)
場所:映画美学校試写室(東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS地下1階;渋谷・文化村前交差点左折・ユーロスペース下)
料金:1500円

1月26日(日)
13:00-上映「メコンホテル」(61分)
 +トーク「アピチャッポンの亡霊(ファントム)」:福間健二、渡邉大輔
15:30-講義「徹底・即解 イスラエル映画史」:四方田犬彦
18:30-シンポジウム「エドワード・ヤン以前/以後」:筒井武文、森山直人、舩橋淳

2月2日(日)
13:00-上映「メコン・ホテル」(61分)
14:30-上映「石の賛美歌」(105分)
 +トーク「パレスチナの映画と現在」:土井敏邦、金子遊
17:45-上映「THE DEPTHS」(121分)
 +トーク「アジア映画の境界線」:石坂健治、野崎歓、夏目深雪

内容:『アジア映画で〈世界〉を見る』(作品社刊)は、「映画」と現実の「世界」の関係性を問題にしている。ここでは、それをさらに発展させ、アジアで最も先鋭的な監督、アピチャッポン・ウィーラセタクンに関して、本書の執筆者二人が異なる視点からトークを行う。また本書のキーワードの一つである「政治性」という観点から、イスラエル映画史についての講義と、パレスチナ映画に関するトークを行い、対立する国家の映画表象から何が炙り出されるのかを探る。エドワード・ヤンのシンポジウムでは「過去の映画を読み直す」こと、また演劇批評家と映画監督という異種混合のセッションによる多角的な検討が、その全体像を豊かに照らし出すだろう。それらを統べる編者三人でのトークは、本書で行った様々な試みを検証する。それぞれが、アジア映画を通して「世界」を捉え直し切り拓く試みとなるはずだ。(夏目深雪:批評家)


ガーロコイレ――ニジェール西部農村社会をめぐるモラルと叛乱の民族誌
佐久間寛(さくま・ゆたか:1976-)著
平凡社 2013年12月 本体5,600円 A5判上製446頁 ISBN978-4-582-47622-4

帯文より:その行政村はふたつに分裂した。叛乱者たちは誰から、何を、どのように守ろうとしたのか。人びとの声をひたすら拾い、叛乱の情動に内在する社会的葛藤とモラルを明らかにする。西欧近代的思考の前提までを問いなおす、俊英による人類学の新たな成果。

★発売済。東京外国語大学に著者が本年提出した博士論文「21世紀転換期ニジェール西部農村地帯ソンガイ系社会における行政村の分裂・創設過程をめぐる民族誌的研究」を改稿したものです。ニジェール西部の農村ガーロコイレにおける、「居住単位としてはひとつの村でありながら、行政単位としてはふたつの村」(19頁)である特異な状況を研究したものです。ガーロコイレは「国家と社会の葛藤が社会の内なる葛藤を連動的に引き起こした末に分裂した行政村であり、しかもこの二重の葛藤の過程には、植民地化から独立をへて冷戦崩壊後の現在へといたる一連の指摘過程が複雑に折り重なっている」(同)と著者は指摘します。「ガーロコイレとは、土地を不条理に奪う者への叛乱の末に分裂した行政村の名であり、そこに住む人びとを名もなき叛乱者にしたのは、他者に負うことなくしては土地は得られないというモラルである。個の内にありながら、個人の心理をこえてひろがるこのモラルこそ、本書で記そうと試みたものである」(417頁)。その試みによって、本書は「他者を排することで他者に負うことなく財を収奪する世界」(381頁)の内に生きる現代人への示唆に富んだ内容となっていると思われます。
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by urag | 2013-12-29 23:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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