2013年 12月 23日

注目新刊:バイイ『思考する動物たち』出版館ブック・クラブ、ほか

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思考する動物たち――人間と動物の共生をもとめて
ジャン=クリストフ・バイイ(Jean-Christophe Bailly, 1949-)著 石田和男/山口俊洋訳
出版館ブック・クラブ 2013年12月 本体2,200円 46判上製178頁 ISBN978-4-915884-69-6

帯文より:動物の側の哲学――ユクスキュル、デリダ、リルケ、ハイデガー、メルロ=ポンティ、バタイユ、ドゥルーズ、アガンベンらの動物論から絵画、映画、文学に描かれた動物たちまであまねく検証し、西欧人間中心主義を脱構築する。

原書:Le versant animal, Bayard, 2007.

目次:
1 ノロジカの出現
2 接近
3 獣たちの場所
4 失われた内奥性
5 寓話からの解放
6 開かれた世界
7 目を瞠る能力
8 形成をめぐって(リルケとハイデガー)
9 考える人
10 思考不可能なもの(アントン・ライザーと子牛)
11 動物たちの視覚
12 植物の形態
13 動物の形態
14 カラヴァッジョのロバのまなざし
15 ピエロ・ディ・コジモの犬のまなざし
16 小説の中の動物(カフカの犬)
17 人間の手もとで
18 鳥が飛ぶ
19 動物たちの多様性
20 環世界
21 コウモリの飛行
22 求愛行動
23 動物たちの思考
24 素晴らしき動物の名前
25 牧畜
26 アフリカ旅行
27 動物のいない世界
28 イタリアの海辺の猫
訳者あとがき

★発売済。バイイはどちらかと言えばこれまで、単独著の『西洋絵画の流れ――名画100選』(小勝禮子/高野禎子訳、岩波書店、1994年)によってというよりは、ナンシーとの共著『共出現』(大西雅一郎/松下彩子訳、松籟社、2002年)や『遠くの都市』(小倉正史訳、青弓社、2007年)によって日本の読者にも親しまれてきたと思います。その意味で、遅まきの日本再デビュー作となりうるのが本書です。28篇の短いエッセイを積み重ねたコンパクトな本のため、同じく動物論を扱った大著、エリザベート・ド・フォントネ『動物たちの沈黙――《動物性》をめぐる哲学試論』(石田和男/小幡谷友二/早川文敏訳、彩流社、2008年)に比べると、とっつきやすい印象があります。

★周知の通り、動物論は欧米の現代思想において近年注目されてきた分野です。バイイは本書でこう書きます。「私の関心は、人々が動物に思考能力を認めるかどうかにあるのではない。人間中心主義から抜け出してほしいのだ。人間が想像の頂点にあり、未来は人間だけのものだなどという、相も変わらぬ繰り言のような信条を捨ててほしいのだ。棒筒たちの思考性――少なくとも私がそう名付け、たどり着こうとしているものは、気晴らしや好奇心のことではない。この思考性によって明らかになるのは、私たちの生きている世界が他の生物たちから見られているということだ。可視の世界は生き物たちの間で共有されている。そして、そこから政治が生まれるかもしれない――手遅れでなければ」(38頁)。そしてここでバイイは原注を付して、デリダの動物論(L'animal que je suis)を参照しています。バイイの訳書では『ゆえに動物である私』と訳されています。『動物ゆえに我あり』とも訳せるこの有名な動物論は遠からず日本語でも読めるようになると仄聞しています。

★なお、版元さんのウェブサイトはまだコンテンツが埋まっていないようですが、同社のフェイスブックには、既刊書が何点か紹介されています。


こころは体につられて――日記とノート 1964-1980(上)
スーザン・ソンタグ著 デイヴィッド・リーフ編 木幡和枝訳
河出書房新社 2013年12月 本体3,000円 46変形判並製400頁 ISBN978-4-309-20638-7

帯文より:独りっきりだ――愛されていないし、愛する相手もいない。世界中で私がいちばん怖れてきたことだ。でも、まだ生きている。ソンタグ31歳から35歳までの日記。広がる好奇心は『反解釈』に結実。そしてパリ、モロッコ、ロンドン、ヴェトナムへ――旅する知識人が生まれた。日本語版オリジナル・カヴァー写真=アンディ・ウォーホル

原書:As Consciousness Is Harnessed to Flesh: Diaries 1964-1980, Farrar, Straus and Giroux, 2012.

目次:
編者まえがき(デイヴィッド・リーフ)
こころは体につられて(1964-1968)

★まもなく発売。『私は生まれなおしている――日記とノート 1947-1963』(デイヴィッド・リーフ編、木幡和枝訳、河出書房新社、2010年)の実質的な続編です。上巻は1964年から68年までの日記と覚書、メモ等を収録しています。断片的なものをまとめたものなので、時系列を追う以外はこれと言って読む流儀も存在しないものの、ソンタグの独り言には普段の彼女からは想像しにくいような「素の」部分も見え隠れしていて、はっとします。「期待をなるべく最小にしておけば、傷つかずに済む」(156頁)なんて、しおらしい溜息のような文章もあります。「もっと自分自身になるための条件。1、他者の本音を今ほど理解しすぎない。2、他者が生産するものの消費を減らす。3、微笑みを減らす、話し言葉からは、最上級の形容詞と不必要な副詞+形容詞を排除する」(314頁)。これの後段には「もっと鎧を固めれば、より多くを吸収することができる。オープンになればなるほど、1、2のことで満杯になってしまう――吸収したことについては、もっと深いところで対峙しよう」(同)。孤独と向き合おうとするソンタグの自画像が、本書の内奥に沈んでいます。


新版 アリストテレス全集(5)天界について/生成と消滅について
山田道夫/金山弥平訳
岩波書店 2013年12月 本体5,600円 A5判上製函入408頁 ISBN978-4-00-092775-8

版元紹介文より:アリストテレスの宇宙観・自然観の骨格を示す著作。天上世界の永遠的円運動と四基本要素からなる月下世界の運動変化とを論じる『天界について』。月下世界での自然過程の基本原理を考察する『生成と消滅について』。プラトン、デモクリトス、エレア派、ミレトス派、エンペドクレスらを批判する中から独自の自然哲学が浮かび上がる。

★発売済。新版全集の第2回配本です。山田道夫訳「天界について」と、金山弥平訳「生成と消滅について」を収録し、巻末にはそれぞれの解説と索引が付されています。月報は、熊野純彦さんによる「デュナミスという存在の次元」と、野家啓一さんによる「「悪役〔ヒール〕」としてのアリストテレス」の二篇のエッセイを収録。ちなみに旧全集では上記二作は1968年刊の第4巻に収録。村治能就訳「天体論」、 戸塚七郎訳「生成消滅論」です。また、この二作に関して現在入手可能な他の訳書には、いずれも京都大学学術出版会の西洋古典叢書での池田康男さんによる翻訳で『天について』(1997年)と『生成と消滅について』(2012年)があります。新版全集の次回配本は2014年2月、第7巻「魂について/自然学小論集」です。

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★水声社さんの12月新刊をまとめてご紹介します。いずれも発売済です。

フランソワ・トリュフォーの映画』アネット・インスドーフ著、和泉涼一/二瓶恵訳、四六判上製504頁、本体4,800円、ISBN978-4-89176-975-8
ヘンリー・ミラー・コレクション(11)母』小林美智代訳、四六判上製312頁、本体3,000円、ISBN978-4-8010-0000-1
『ヘンリー・ミラーの八人目の妻』ホキ徳田著、四六判上製416頁、本体3,200円、ISBN978-4-8010-0006-3
サーカスと革命――道化師ラザレンコの生涯』大島幹雄著、四六判上製272頁、本体2,800円、ISBN978-4-89176-976-5
キアロスクーロ』織江耕太郎著、四六判上製339頁、本体2,800円、ISBN978-4-89176-999-4

まず『フランソワ・トリュフォーの映画』は、トリュフォー(1932-1984)が信頼を寄せていたという映画研究家アネット・インスドーフ(Annette Insdorf, 1950-)による『François Truffaut』(増補改訂版、ケンブリッジ大学出版、1994年)の全訳です。インスドーフは現在コロンビア大学映画学科の主任教授。本書の原著初版が刊行されたのはトリュフォーの生前の1978年。初版刊行後からトリュフォーの逝去までに発表された5作品を論じた最終章(第7章「逃げ去るイメージ」)を追加したのが今回訳された増補改訂版です。訳書刊行にあたり、インスドーフは「日本語版へのまえがき――フランソワ・トリュフォーを愛する日本の読者へ」と題した文章を寄稿しています。彼女はこう書いています。「近年のヨーロッパ映画はエリート主義や自己満足を特徴とすることが多かったが、これに対してトリュフォーの映画は、さまざまな国や時代や階級の人々に感動を与えるために撮られたのである。そして彼の映画は今もなお、感動を与え続けている」(8頁)。

次に『ヘンリー・ミラー・コレクション(11)母』は、「ヘンリー・ミラー・コレクション」第2期の第1回配本です。帯文には「ミラーの30代以降、40年間の、揺れて流れた作家生活の中から生み出された不動の中・短篇小説を収録」とあります。収録されているのは5作で、「エヴァグレースへ」(1928年)と「ニューヨーク往復」(1935年)が本邦初訳、「楽園の悪魔」(1956年)、「母」(1976年)、「中国」(1976年)が新訳です。第2期は全6巻構成で、本書の次は『冷暖房完備の悪夢』『わが生涯の読書』『友だちの本』『三島由紀夫の死について』『対話/インタヴュー集成』と続きます。

ホキ徳田さんの『ヘンリー・ミラーの八人目の妻』は、ミラー最後の伴侶によるかなり自由なエッセイ集です。そのご交友は広く、たとえば元首相の中曽根さんもごくフツーに出てきてシャンソンを歌ったりします。あとがきによれば「1980年代の終りころ、まだアメリカLA市に在住中、『週刊読売』に「ヘンリー・ミラー周辺の人々」というタイトルで一年間連載。それはその後、『文豪夫人の悪夢』と題名を変えて一冊の本――私の処女作――として日本で出版された。その本と、その後すぐ季刊の『別冊婦人公論』に6回にわたり連載された「浮草参番館」とをあわせて今回出版して頂けることとなり、何十年ぶりに色メキ立っている今日この頃です」と。初出一覧で補足しておきますと、『週刊読売』の連載は1985年から翌年にかけてで、単行本は主婦の友社から1986年に刊行。『別冊婦人公論』は1984年から1986年にかけて。さらに本書では『婦人公論』に掲載された「私自身のゼイタク史」(1991年)と、「目覚めたのは40代だった」(1995年)も収録しています。これらすべてに加筆訂正が施され、今回の一冊となったとのことです。ホキさんは現在、六本木のバー「北回帰線」を経営し、日本最高齢のピアノ弾き語りを夜毎披露されているそうです。

大島幹雄さんの『サーカスと革命』は、平凡社より1990年に上梓されたものの復刊です。帯文はこうです。「革命に生き、革命に死んだ道化師の肖像。ロシア革命の旗手として民衆の絶大な支持を集めた「赤い道化師」、ヴィターリイ・ラザレンコの波乱に満ちた生涯を追うとともに、彼の盟友として同時代のアヴァンギャルド芸術を力強く牽引したメイエルホリド、マヤコフスキイ、エイゼンシュテインらの足跡もたどる、臨場感あふれるドキュメント。革命期のロシアを再現する貴重な図版約120点を収録」。復刊にあたってあとがきに新しく付け加えられた文章で、大島さんはこう書いておられます。「ここで書いた「革命」はイデオロギーでも、政治理念でもなく、よりよきものをめざす、生き方を変える力だった。それは精神の革命まで求め、全力疾走で時代に立ち向かった若き芸術家の青春でもあった。読み返してみて、この『サーカスと革命』が青春の書でもあったとあらためて思った。私にとっても処女作であり、自分の青春でもあった」(265-266頁)。

織江耕太郎さんの『キアロスクーロ』は「原発利権」をめぐる書き下ろし長編小説です。水声社さんでは一作年秋に、井上光晴、野坂昭如、豊田有恒、清水義範、平石貴樹の5氏の作品を編んだ『日本原発小説集』を刊行されています。

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by urag | 2013-12-23 23:27 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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