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2013年 12月 08日

注目新刊:フーリエ『愛の新世界』増補新版、ほか

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増補新版 愛の新世界
シャルル・フーリエ著 福島知己訳
作品社 2013年11月 本体8,200円 A5判上製744頁 ISBN978-4-86182-457-9

帯文より:そのあまりの先鋭さ故に長らく封印されていた幻の奇書! 旧版を増補し、草稿ノートと照合して厳密に校訂し、新たな相貌を現わす。稀代の幻視者フーリエが描く、愛と食のユートピア!

★発売済。旧版は2006年8月に限定800部、本体7800円で刊行されました。品切になってからは古書価が高騰し、アマゾン・マーケットプレイスでは数十万円もの値段になっていたことがあります。今回の増補新版は、発行部数が旧版より絞られており、現在すでに版元在庫僅少なので、ほどなくオンライン書店の出先在庫は切れるでしょう。当面は書店さんの店頭で買うのが一番確実そうです。版元さんのお考えでは今回は限定版という位置付けではなく、品切になれば重版するそうなので、初刷本に拘らなければ、いずれ入手は可能だろうと思います。とはいえ、重版時期は版元次第ですし、部数は初刷よりさらに少ないでしょうから、後々後悔したくない方には早めの購入をお薦めします。

★旧版同様、装丁は松田行正さんによるもの。著訳者略歴や奥付、余白を除く総頁数は、旧版が715頁、増補新版は714→741頁です。増補新版の訳者あとがき末尾に加えられた「増補新版の刊行にあたって」によれば、全体を通じて誤記誤植が訂正されたほか、補遺「調和世界の恋愛についての補足」(三部構成)の第1部と第2部については、原書(ドゥブー版)に誤記や転記漏れなど遺漏が多いとのことで、「草稿ノートのマイクロ版と逐一照合して訂正した」とのことです。特に第2部所収のテクスト「先説 道徳哲学を見限るべきであることについて」は、「ドゥブー版は全体の約三分の一の抄録に過ぎないので、省略された部分を含めてあらためて全体を肯定し、訳出した」と特記されています。

★フーリエは「音楽、すなわち雄弁な調和のアナロジーが重要である。音楽のアナロジーは数学という不易の学問に類比的だから、その配分は数学的で変わることがなく、あらゆる世界あらゆる時で統一されている」(16頁)とプロローグ(緒文)で書いています。フーリエの描く、至高の絆としての愛による調和世界は、今なお憎しみと争いの連鎖のうちにある現代社会に生きる私たちへの強烈なメッセージとして、その輝きを失っていません。「学者たちは貧窮に打ちひしがれるあまり、下卑たことに、自分たちをそのように追い込んだ当の文明秩序を褒めそやしてもいました。文明秩序のほうは、吸血蛭や蹂躙者といったこのうえなく無能な人間たちに巨万の富を与えていたというのに」(236頁)。『愛の新世界』こそはそうした「旧世界」に終止符を打つべくしてもたらされた大いなる挑戦の書です。


私の文学遍歴――独白的回想
秋山駿(あきやま・しゅん:1930-2013)著
作品社 2013年12月 本体1,800円 46判上製212頁 ISBN978-4-86182-462-3

帯文より:早熟の中学時代から「死」と直面する今この時まで。「石ころ」を原点とする自身の批評態度、多岐にわたる読書遍歴、同時代作家との交友までを語り尽くす。遺作となった初めての文学的自叙伝。附:自筆年譜・全著書目録

目次:
I 石、ノート、そしてヴァレリー
II 私の文学遍歴
III 『信長』について
IV このごろ考えること
自筆年譜
著書目録

★発売済。さる10月2日に逝去された秋山さんの遺作です。巻頭には遺影にも使われた写真が載っています。最初の三篇は文芸誌「二十一世紀文学」(現在は休刊)とその後継同人誌「えん21」に発表されたインタヴューで、最後の一篇は語り下ろしです。いずれも「二十一世紀文学」「えん21」の編集人である作家の岳真也さんが聞き手を務められたものです。本書の核となっているのは、表題作である「私の文学遍歴」で、分量的にも本書の半分近くを占めています。1997年から2006年まで折々に語られた御自身と文壇との関わり合いについてのお話で、著名な作家が続々と登場し、戦後の日本文学をめぐる貴重な証言集になっています。

★特に次の一節が心に残りました「「私」を絶対的な変わらないものとして、甘えさせるのではなく、常に振り返って検証して追いつめていく。「私」を考えるということには、終わりがないんだよ。/若い頃は読書とかを元にして、そこに自分の乏しい経験をあてはめて考えるが、経験を重ねると、その自分の経験から得られる実感によって、読書体験をもういちど見直すようになってくる。だから、あのときはこうこう、こう思ったけれど、何か今は違うんじゃないか、と思うようなこともたくさんあるよ。/もう一度「私」を問い直すことで、より深く「私」の奥へ入っていく」(166頁)。「そのたびに、なぜそうなのか、まったく白紙にして考えてみる。そういうことの繰り返しですね。/読書に関しても、同じことが言えるな。やはり、経験や時代の変化で変わっていく部分がある。とくに若い頃に読んで、それきり読んでいないものを読むと、それが著しいが、何回も読み直したものでも、そのつど新しい発見があるから面白いね。/今までしっくりしていたものが、どこか物足りなくなったり、年をとると、そういうことが多くなる。/ほんとうの読書というのは、それまで自分が抱いていた固まった考えを捨てて、もう一度白紙に戻って、そういうふうに読み直すことかもしれないな」(168頁)。


人生の塩――豊かに味わい深く生きるために
フランソワーズ・エリチエ(Françoise Héritier, 1933-)著 井上たか子・石田久仁子訳
明石書店 2013年11月 本体1,600円 4-6変判上製175頁 ISBN978-4-7503-3920-7

帯文より:思い出をいくつもいくつも書き出す。ただそれだけで、あなたの人生が輝き始める。生きてあることの、この上ない幸福と喜び。世界が一瞬一瞬に与えてくれるものを感じ取るために、あなたがいまできること。レヴィ=ストロースの後継者として、フランスを代表する知性があなたへ贈る珠玉のエッセイ。

★発売済。原書は、Le sel de la vie: lettre à un ami(Odile Jacob, 2012)です。日本語の訳題はその直訳ですが、今春刊行された英訳書の題名はThe Sweetness of Lifeです。塩っぱいのか、甘いのか、つまり「塩 sel」というのは、日本語で言えば「妙味」といったところかと思います。エリチエはフランスの人類学者で、コレージュ・ド・フランスにおけるレヴィ=ストロースの後任を長らくつとめていました。数ある彼女の研究書の中でも、本業とは異なる分野の作品である本書が、日本語で読める初めての著書になります。少し意外ではあるものの、フランスで30万部のベストセラーだそうですから、エリチエに親しむ第一歩として面白いと思います。ちなみにカバーに使用されているのは、著者が21歳の頃の写真です。

★エリチエは本書についてこう説明しています。「インスピレーションにまかせて筆の赴くままに書き進めた一種の「ファンタジー」である」(15頁)。「長い独り言のつぶやきのような、いわばひとりでに断続的に浮かんできた言葉の列挙、全体が一つの長い文章のかたちで続いていく言葉の単なるリストである。〔・・・〕いくつかの感動や、小さな楽しみ、大きな喜び、ときには深い幻滅や苦悩〔・・・〕本書の中に人生への賛歌とも言える一種の散文詩を読みとってほしい」(18-19頁)。「生きているというそれだけのことの中にある何か軽やかなもの、優美なもの。私が表現したかったのはまさにそれだった。私たち誰もの人生に加味されているこの些細なもの、「人生の塩」である」(22頁)。本書は先に紹介した秋山さんの『私の文学遍歴』とは別の形での「私」をめぐる探究の書と言えそうです。「もし仮に好奇心や共感や欲望、苦しみや喜びを感じとる力がまったく欠けていたとしたら、一方で考え、話し、行動するこの「私」はいったい何者であろうか。/私は、目には見えないながらも私たちを動かし規定するこの力を追いつめてみたかったのである」(128頁)。


中庸の神学――中世イスラームの神学・哲学・神秘主義
ガザーリー著 中村廣治郎訳註
東洋文庫(平凡社) 2013年12月 本体3,200円 全書判上製488頁 ISBN978-4-582-80844-5

帯文より:イスラーム神学最高の地位を捨てスーフィーとなった魂の自伝『誤りから救うもの』、哲学批判を経た神学を闡明した『中庸の神学』、神の光の啓示を論じた『光の壁龕』。ガザーリー代表作三篇を収録。

★まもなく発売。東洋文庫の第844巻です。東大名誉教授の中村廣治郎(なかむら・こうじろう:1936-)さんがこれまでに訳出されてきたガザーリーの論考を一冊にまとめたもの。『誤りから救うもの』(ちくま学芸文庫、2003年)、「イスラーム神学綱要」、「光の壁龕」(『中世思想原典集成(11)イスラーム哲学』所収、平凡社、2000年)の三篇で、ちくま学芸文庫は長らく品切で古書価が高額になっていたので、今回の復刊を待ち望んでいた読者も多いかと思います。部分訳だった「イスラーム神学綱要」は原題に近い『中庸の神学』に改められて、今回完訳が実現しています。三篇いずれも、旧訳に修正が加えられています。

★『誤りから救うもの』には以下の既訳があります。「誤りからの救い」(藤本勝次訳、『世界文学大系(68)アラビア・ペルシア集』所収、筑摩書房、1964年;『世界文学大系(19)アラビア・ペルシア集』所収、筑摩書房、1969年;『筑摩世界文学大系(9)インド・アラビア・ペルシア集』筑摩書房、1974年)。この既訳での著者名表記は「ガッザーリー」です。また、ガザーリーの他の著作の訳書として、『哲学者の意図――イスラーム哲学の基礎概念』(黒田壽郎訳、岩波書店、1985年)があります。ガザーリーの著書『哲学者の矛盾』は未訳ですが、これへのイブン・ルシュドによる反駁書『矛盾の矛盾』には二種類の翻訳があります。『《(アルガゼルの)哲学矛盾論》の矛盾』(田中千里訳、近代文藝社、1996年)、「矛盾の矛盾」(竹下政孝訳、『中世思想原典集成(11)イスラーム哲学』所収、平凡社、2000年)。


最新 心理学事典 
藤永保監修
平凡社 2013年12月 本体22,000円 B5判上製函入910頁 ISBN978-4-582-10603-9

帯文より:平凡社創業百周年記念出版。30年ぶりの最新版! 全項目が新原稿! 現代社会に対応しつつ時代に流されない基本をおさえた本格的総合事典。

★まもなく発売。2014年3月末日までは特別定価19,500円(税別)で購入できます。『心理学事典』は初版が1957年、全面改訂した新版が1981年に刊行されています。累計10万部を超えるロングセラーだそうです。前回の版つまり新版は全990頁、執筆陣が292名で、「新版のために書き下ろした原稿量は本文の98%に達し」たと言います。見出し項目674、索引項目数は(邦・欧文索引、外国人名など)約1万5000で、価格は本体12,000円でした。今回の最新版では全910頁、執筆人303名、全項目新原稿で、見出し項目488、索引は和欧あわせて1万4000余とのことです。このほか、最新版で謳われているのは、「〈百科事典の平凡社〉ならではの、たんなる用語辞典ではない〈読む事典〉」、「引きやすく、読みやすい本文。本文中の重要用語は太字で明記し、欧文も併記」、「項目相互の関連性がわかる〈体系項目表〉を完備」といった特色です。

★辞典フェチの方なら分かっていただけると思うのですが、執筆陣や編集・製作スタッフの並々ならぬ努力の結晶というべき素晴らしい出来栄えで、堅牢な造本といい、本文用紙の濁りのない白さといい、レイアウトの安定感といい、書体といい、こうした立派な紙媒体の事典はデジタル化全盛のこんにちますます希少な存在になりつつあるだけに、物質化した知の塊のようなこうした事典を手に取ると、心身ともに圧倒されます。まさに創業百周年にふさわしい一書だと思います。


時のイコン――東日本大震災の記憶
六田知弘著
平凡社 2013年12月 本体2,500円 A4変型判並製96頁 ISBN978-4-582-27800-2

帯文より:波にのまれ、打ち捨てられたモノたち。そこに堆積した時間を想像し、モノたちが語る声に、耳を傾ける。

★まもなく発売。「被災地で見つけたモノを、持参した白い紙の上に置いて撮った。〔・・・〕鎮魂と祈りの気持ちを込めて」と写真家は巻頭に書いています。陸前高田市、石巻市、気仙沼市、東松島市、仙台市、相馬市、いわき市・・・瓦礫の断片と化した様々な品々。本であったり、人形であったり、靴であったり、誰かの日常の一部であったものたちです。被災地の風景写真ではないとはいえ、見ているとやはり辛くなります。風景写真でなくても、忘れてはならない現実を喚起することはできるのだと気づきます。「モノには時間が堆積している。被災する前にそれらを生活の中で使っていた人たちの時間、3・11の津波の瞬間の時間、そして3・11以降、撮影されるまでの時間が堆積している。写されたモノたち自身が語る声に耳を傾けてほしい」、そう写真家は書いています。


文化の定義のための覚書
T・S・エリオット著 照屋佳男・池田雅之監訳
中公クラシックス 2013年11月 本体1,400円 新書判並製272頁 ISBN978-4-12-160143-8 

版元紹介文より:文化は意識的に改良できない。そして、階級なき社会は、文化なき社会である。文化の生長・存続とって肝要な条件とは何か。発表当時からポレミックだったエリオット文化論の白眉。

目次:
『文化の定義のための覚書』理解のために(照屋佳男)
1962年版序文
初版序文
はじめに
第一章 「文化」の三つの意味
第二章 階級とエリート集団
第三章 統一性と多様性――地域
第四章 統一性と多様性――教派と祭式
第五章 文化と政治についての覚書
第六章 教育と文化についての覚書
付録 ヨーロッパ文化の統一性
原注・訳注
T・S・エリオット小伝――見えざる詩人の栄光と悲惨(池田雅之)
エリオットを知るための30冊
年譜

★発売済。1960年、中央公論社時代に刊行された『エリオット全集』第5巻「文化論」所収の深瀬寛訳の再刊かと予想していましたが、まったくの新訳でした。原書は1948年のNotes towards the Definition of Cultureです。「一国の文化が栄えるためには、国民は統一され過ぎていても、分裂しすぎていてもいけない」とエリオットは書きます。階級、地域、キリスト教、政治、教育などと文化との間の諸問題を論じており、マシュー・アーノルドの名著『教養と無秩序』(多田英次訳、岩波文庫、1965年改版;原著『Culture and Anarchy』1869年)を批判的に乗り越えるための視点を提示しています。エリオットは「真の民主主義はさまざまに異なる文化のレベルを包含していなければ、維持されえない」(94頁)と指摘し、階級社会を擁護しています。それは反動的な理由からではなく、ある種の全体主義を回避するためではないかと思われます。「筆者が提示したのは、「貴族階級の擁護」などではない」(93頁)。「階級のない社会も、厳格で相互浸透を許さない社会的障壁のある社会も良いとはいえない。階級には、いつも参入者と離脱者がいなくてはならない。階級はそれれぞれ、他の階級と明白に異なっていながら、自由に交わることができなくてはならない」(97頁)。エリオットに見ることができるであろう差異の思想を、本書から注意深く読みとっていくべきではないかと思われます。


メロドラマ映画を学ぶ――ジャンル・スタイル・感性
ジョン・マーサー/マーティン・シングラー著 中村秀之・河野真理江訳
フィルムアート社 2013年12月 本体2,800円 四六判上製280頁 ISBN978-4-8459-1300-8

帯文より:「メロドラマ映画とは何か?」 ジャンルや作家性、表象や美学、イデオロギー的機能等、その主要な論争点を明解に整理する、メロドラマ映画とフィルム・スタディーズの決定的入門書! ダグラス・サークを中心に、D・W・グリフィス、R・W・ファスビンダー、トッド・ヘインズ、ペドロ・アルモドバル、ジョン・ウォーターズ等、メロドラマ映画の多様なスタイル事例研究も所収。

★発売済。原書は、Melodrama: Genre, Style, Sensibility(Wallflower Press, 2004)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書の課題は、一定の広がりをもってしばしば対立しているメロドラマへの批評的反応を首尾一貫した構造にまとめあげ、映画理論のこのような複雑な領域への手引きとすることである。読者には、本書がメロドラマとは何かという一律の定義を提示するものではないことを理解してもらわなくてはならない。むしろ本書は、映画理論家たちがメロドラマを専門用語として使う多様な方法と、それにかんする主要な論争点(作家性、ジャンル、イデオロギー、映画的ミザンセーヌフェミニズム、精神分析、受容と情動など)の概観を提供するものとして理解されるべきである」(19頁)と著者たちはイントロダクションで書いています。第一章では「映画におけるメロドラマとジャンル研究との関係」が、第二章では「メロドラマと映画スタイルとの関係」が論じられ、第三章は「メロドラマと映画の問題に対するより最近のアプローチ」を扱っています。巻末には「メロドラマ映画作品リスト」「重要文献リスト」が配され、索引も人名・作品名・用語と揃っています。美しい装丁は、弊社の『原子の光』を手掛けてくださった宇平剛史さんによるものです。

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by urag | 2013-12-08 23:37 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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