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2013年 10月 06日

注目新刊:創刊50周年、東洋文庫新刊と東洋文庫倶楽部、ほか

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論語集注1 
朱熹著 土田健次郎訳注
東洋文庫/平凡社 2013年10月 本体2,900円 全書判上製函入380頁 ISBN978-4-582-80841-4

帯文より:朱子学という巨大な哲学体系を背景に『論語』を注解した『集注』は、以後「新注」と呼ばれ、論語受容の新地平を拓いた。仁斎の『古義』徂徠の『徴』の注解も加え、その批判的軽症の跡も辿る。

★まもなく発売。「東洋文庫」第841巻。「集注」は「しっちゅう」と読みます。このたび第1巻が刊行される訳注書は全4巻。第1巻は訳注者まえがきを巻頭に置き、「論語序説」「論語集注巻一」(学而第一、為政第二)、「論語集注巻二」(八佾〔はちいつ〕第三、里仁第四)を収めています。『論語集注』は『大学集注』『中庸集注』『孟子集注』と合わせ、「四書集注」の一つ。朱子が48歳頃の著作です。訳注者まえがきで本書は「道学の『論語解釈』の統一作業の成果」と紹介されています。本文の構成はまず「論語」の原文と訓み下しがあり、続いて朱子の注解の訳文があり、そのあとに注解の原文が上段、訓み下しが下段に組まれ、最後が土田さんによる訳注です。訳注のあとに時折「補説」が組まれていますが、これは伊藤仁斎や荻生徂徠の注釈の大意と要点を記したもの。注訳者の土田さんは1949年生まれ、早稲田大学文学学術院教授で近年の著書に『儒教入門』(東京大学出版会、2011年)などがあります。


新訳 日本奥地紀行
イザベラ・バード著 金坂清則訳
東洋文庫/平凡社 2013年10月 本体3,200円 全書判上製函入520頁 ISBN978-4-582-80840-7

帯文より:バードの原著簡略本の40年ぶりの待望久しい新訳、いよいよ登場。明治日本を旅した英国人女性のこまやかで鋭い観察力とその描写が、今では失われた日本の習俗、気風、風景を伝える、旅と冒険の本!

★まもなく発売。東洋文庫の第840巻です。訳者の金坂清則(かなさか・きよのり:1947-、京都大学名誉教授)さんは今春、『完訳 日本奥地紀行』全4巻を手掛けられたばかりです。旧訳本『日本奥地紀行』(高梨健吉訳、東洋文庫240、1973年;平凡社ライブラリー、2000年)もまだ入手可能。この旧訳に対する金坂さんの厳しいご意見は、今回の新訳の巻末にある「解説」で明らかにされています。

★東洋文庫の次回配本(2013年11月)は2点、『マヌ法典』と『世説新語I』とのことです。東洋文庫は創刊50周年を迎えるとのことで、「東洋文庫読者倶楽部」を発足するそうです。曰く、「2013年秋、創刊50周年を迎えるにあたり、ファンクラブ「東洋文庫読者倶楽部」を発足させていただきます。東洋文庫を日頃からご愛顧いただいている読者と著者、出版社をむすぶ交流の場として多くの皆さまの入会をお待ちしております」。入会は無料で、様々な特典が紹介されています。ウェブサイトからも入会可能。私もさっそく申し込みました。


西郷信綱著作集 9 初期論考・雑纂 総索引
西郷信綱著
平凡社 2013年9月 本体1,3000円 A5判上製函入624頁 ISBN978-4-582-35713-4

帯文より:西郷古典学の全貌を知るために不可欠のピース。最終巻は、『日本古代文学』をはじめ初期論考、西郷の軌跡を端的に示す単著未収録論考、そして未発表論考4篇を収める。加えて、総索引、年譜、著述目録を収載。

★発売済。全9巻完結です。1948年、32歳の折に中央公論社より刊行した『日本古代文学――古代の超克』をはじめ、初期論考5篇(1934~43年)、単著未収録論考21篇(1949~93年)、未発表論考4篇(草稿や未定稿を含む)を掲載し、解説は大隅和雄さんが執筆。続いて、この著作集の総目次、西郷さんの年譜と著述目録、最後が著作集の総索引です。総索引は、事項索引、人名・神名索引、署名・作品名索引の3部構成です。投げ込みの月報は全10頁で、大西廣「「伝承」という言葉への疑い」、飯田泰三「西郷古代学の一学徒として」、千本英史「『日本古代文学史』元版・改稿版の切り貼り対照表」の3本を掲載。

★月報にある『日本古代文学史』というのは本巻に収録された『日本古代文学』とは別の本で、『日本古代文学』の3年後の1951年に岩波書店から上梓され、さらにその12年後、改稿版が同書店から刊行されたものです。著作集では改稿版が第7巻に収録。著作集は最終巻を除き、本体9000円でしたけれども、最終巻のみプラス4000円。しかしこれはまったくやむを得ないと思います。総索引、年譜、著述目録などは、作成に非常に手間のかかるものです。作ったことのある方ならお分かりかと思います。全集や著作集といった部類の書籍の面目は、まさにこうした資料編に存します。アナログなデータかもしれませんが、そこには「検索」では得ることのできない編集された情報があります。帯文にある通り『西郷信綱著作集』はこの第9巻こそが「不可欠のピース」なのです。


戦争記憶の政治学――韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道
伊藤正子著
平凡社 2013年10月 本体2,800円 四六判上製292頁 ISBN978-4-582-44120-8

帯文より:ベトナム戦争で韓国軍が虐殺行為を行っていた――『ハンギョレ21』の告発は韓国世論を戦慄させ、事実の解明と謝罪を求めるNGOの活動と、「正義の戦争」に拘泥する保守派の反発を招いた。そして被害者であるはずのベトナム政府は経済発展を優先し、事件を封印している。戦争をめぐる記憶のあり方は、同様の問題をいまだ抱える日本にも新たな視座を提示する。「残余の記憶」の語り方、交錯、そして抗争。

目次:
はじめに――ハンギョレ新聞社襲撃
第一章 韓国における記憶の語り方
 1 韓国民主化闘争とベトナム
 2 「発見」された虐殺
 3 伝えられた虐殺――『ハンギョレ21』キャンペーン
 4 NGOの活動
 5 記憶の闘争――参戦軍人との「対話」
 6 記憶の再解釈
 7 語られる記憶――参戦軍人たちの証言
 8 小括
第二章 ベトナムにおける記憶の語り方
 1 与えられた刺激
 2 統制される記憶――ベトナム中部各省の動き
  (1)優先された外交関係――クアンナム省ハミ村の追悼碑をめぐる騒動
  (2)地方レベルを越えさせない「虐殺の記憶」――ビンディン省/県主催の慰霊祭
  (3)「ソンミ平和公園」になれなかった「韓越平和公園」――フーイエン省/韓国市民の募金でできた公園とその後
  (4)「歴史研究は外国との友好促進のためのもの!」――クアンガイ省/2009年「ベトナム参戦勇士は世界平和に貢献」問題を経て
 3 小括
第三章 交錯する記憶――報道10年後の軋轢
 1 韓国国家の反応と活動
 2 韓国参戦軍人会の活動
 3 韓国国会の議決
 4 韓国における平和博物館の活動
 5 小括
第四章 記憶の戦争――和解への道とは
 1 ベトナムはなぜ「過去にフタ」をするのか
 2 切り捨てられた記憶――「過去にフタをして未来へ向かおう」というスローガンがもたらしたもの
 3 「過去にフタ」はできない――日本の場合を考える
おわりに――「残余の記憶」を拾いつくそうとすること
附章 これまでの研究について
 1 ベトナム戦争への韓国軍の派兵とその影響に関する研究など
 2 ベトナム戦争の記憶、特に韓国軍に関わる記憶の研究
あとがき
年表 韓国軍の派兵を中心に
参考文献
索引

★まもなく発売。著者の伊藤正子(いとう・まさこ)さんは1964年広島市生まれ、東大大学院総合文化研究科の古田元夫ゼミに学び、博士論文「エスニシティ「創生」と国民国家――中越国境地域のタイー族・ヌン族とベトナム」は三元社から2003年に刊行されています。現在、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の准教授でいらっしゃいます。御専門はベトナム現代史です。重いテーマの本ですが、無視できない歴史であり、強くひきこまれます。ごくごく率直な言葉で綴られたあとがきによれば、昨年第三章まで書き進んだものの、「日本のことについて書こうとして、ピタリと筆が止まってしまった」と告白されています。「沖縄の基地から戦闘機がベトナムへ向けて発進していたことをはじめ、日本が様々な形でベトナム戦争特需にありついていた事実を見落としてはならないだけではなく、やはり、植民地と宗主国の関係にあった韓国と日本について、自分なりにまとめる作業なしに韓国軍のベトナム戦争中の虐殺問題は扱えないということに気づかされた」(263頁)。こうした思いから生まれたのが第三章の第3節「「過去にフタ」はできない――日本の場合を考える」かと思います。本書の主題が韓国とベトナムに関するものであるため、日本への言及はこの国における歴史認識問題を概観するものに留まっています。いずれ著者がベトナム戦争と日本との関係について一書を上梓して下さることを期待してやみません。


歴史主義の貧困
カール・ポパー著 岩坂彰訳
日経BP社 2013年9月 本体2,400円 4-6変型版上製ソフトカバー264頁 ISBN978-4-8222-4966-3

帯文より:「歴史的運命への信仰は迷信であり、歴史の行く末は予測できない」。全体主義批判で知られる哲学者による「歴史法則主義」批判。

版元紹介文より:ポパーは本書で、歴史は理念で動くと主張したドイツ観念論哲学のヘーゲル、人類の歴史は階級対立で動き、生産力と生産関係の矛盾によって資本主義から社会主義へと向かうのは必然としたカール・マルクスらの「歴史法則主義」、歴史主義(ヒストリシズム)を厳しく批判した。/歴史主義は19世紀、20世紀にかけて多くの人に影響を与えた思想・イデオロギーであり、マルクス主義はソ連をはじめとする社会主義国を生むイデオロギーとなった。ポパーは、こうした歴史の見方は間違いであり、論理的に成り立たないことを本書で「論証」する。解説は学生時代からポパーに親しみ、ポパーの翻訳も手がけている黒田東彦・日本銀行総裁が執筆した。

目次:
本書成立の経緯
はじめに
序章
第1章 歴史主義(ヒストリシズム)の反自然主義的見解
第2章 歴史主義(ヒストリシズム)の親自然主義的見解
第3章 反自然主義的見解への批判
第4章 親自然主義的見解への批判
解説 「いま、ポパーを読む意味とは何か」(黒田東彦、日本銀行総裁)

★発売済。「日経BPクラシックス」シリーズの最新刊です。原書は、The Poverty of Historicism(Routledge, 1957/1960/1961)です。「歴史主義の貧困」という書名は、マルクスの著書「哲学の貧困」から採られたようです。本書はポパーの主著『開かれた社会とその敵』と並ぶ重要作です。ヘーゲル-マルクス主義だけでなく、歴史主義的思考への加担が疑われる古代から現代までの名だたる大哲学者たちを容赦なく批判しています。あまりにも敵視する思想家が多いため、ポパー自身も際物扱いされたり、ある種の人びとに重用されたりしてしまうことがあって気の毒なのですが、そうした中で「歴史主義の貧困」の新訳が出たのは喜ばしいことです。ポパーの著書で初めて邦訳された本は、本書の旧訳『歴史主義の貧困――社会科学の方法と実践』(久野収・市井三郎訳、中央公論社、1961年)です。1991年に33刷、96年には第35刷を数え、さらには1999年にも重版されていたらしいので、まさに堂々たるロングセラーでした。中公文庫BIBLIOあたりで文庫化されていても良かったように思います。

★本書の最初に掲げられた献辞はこうです。「歴史的運命の不変の法則というファシズム的、共産主義的信念の犠牲となったあらゆる信条の、あらゆる国の、あらゆる民族の無数の男たち、女たち、子どもたちを偲んで」。本書の概要は著者自身によって「はじめに」で5点に要約されていますが、せめて立ち読みでもこの「はじめに」だけは読んでおいた方がいいと思うので引用しないでおきます。人間の歴史が運命と法則を持つと信じ、その未来を予告してやまない歴史主義をポパーは「しばしば非常に繊細で、非常に説得力を持ち、非常に欺瞞的」であると分析し、その「内在的弱点」について論じます。本書の重要な参考文献になる書目をいくつか挙げます。まずはポパー自身の『科学的発見の論理』(上下巻、大内義一・森博訳、恒星社厚生閣、1971-1972年)とその続編である『ポストスクリプト』の特に『開かれた宇宙――非決定論の擁護』(小河原誠・蔭山泰之訳、岩波書店、1999年)。もう一つはポパーの唱導する「批判的合理主義」とアドルノら「フランクフルト学派」との間の論争をまとめた『社会科学の論理』(城塚登訳、河出書房新社、1979年)です。岩波と河出の本は品切ですが歴史的重要書なので、いずれ再版ないし文庫化してくださることを期待したいです。

★なお、黒田東彦さんが翻訳したポパーというのは、70年代のダイヤモンド社が刊行していた清水幾太郎氏責任編集の素晴らしいシリーズ「現代思想」の第6巻『批判的合理主義』(1974年)に収録されていた「科学――推測と論駁」「弁証法とは何か」 の2篇です。黒田さんは今回の新訳書で解説を寄せておられますが、そこではまさにポパーの解説に徹し、個人的な見解や回想などは綴られていません。しかし「本書は今でも大いに読む価値があると思われる」とはっきりお書きになっており、まさにこのお墨付きによって本書は新しい読者を獲得していくような予感がします。


経済成長がすべてか?――デモクラシーが人文学を必要とする理由
マーサ・C・ヌスバウム著 小沢自然+小野正嗣訳
岩波書店 2013年9月 本体2,100円 四六判上製カバー206頁 ISBN978-4-00-022793-3

帯文より:静かに進行する重大なる危機――短絡的な利益追求のための競争、混乱のなかで見失われてしまったものとは、なにか。経済と社会の再生に向けた新しいパラダイムへ。

カバーソデ紹介文より:グローバル市場での競争力を維持するために各国があらゆる無駄の切り棄てを余儀なくされる時代。短期的な利益の追求を国家が最優先する状況のなかで、人文学と芸術は無用の長物と見なされている。そのことが私たちの社会にもたらすものとは、なにか。科学や技術と同様に重要な、強い経済と繁栄のために真に求められるものを提示する。

目次:
序文(ルース・オブライアン)
謝辞
第1章 静かな危機
第2章 利益のための教育、デモクラシーのための教育
第3章 市民を教育する――道徳的(および非道徳的)感情
第4章 ソクラテス的教育法――議論の重要性
第5章 世界市民
第6章 想像力を養う――文学と芸術
第7章 追いつめられた民主的教育
訳者あとがき

★発売済。原書は、Not for Profit: Why Democracy Needs the Humanities(Princeton University Press, 2010)です。明治学院大学准教授の仏文学研究者であり小説家の小野正嗣(おの・まさつぐ:1970-)さんは本書の訳者あとがきで本書をこう説明しておられます。「ヌスバウムによれば、経済成長と人文学は必ずしも対立するものではない。両者をともに追究することはおそらく可能であり、人文学は経済成長戦略の暴走を阻止するブレーキの役割を果たすという意味においても、我々にとってなくてはならぬものなのだ」(187頁)。ヌスバウムはまず最初に、世界規模の経済危機ではなく、世界規模の教育危機についての懸念を表明します。それは「長い目で見れば、民主的自治の将来にもっと甚大なダメージを与えるであろう危機」(3頁)であり、「こうした傾向が続けば、そのうち世界中の国々で、自らものを考え、伝統を批判し、他人の苦悩と達成の意味を理解できる成熟した市民ではなく、有用な機械のような世代が生み出されることになるでしょう」(3-4頁)と彼女は書いています。

★実際のところ、その危機は日本でもすでに始まっており、それどころか戦前のあの状態に戻そうとする気配すらあります。国家のための国民であって、国民のための国家ではない。そうした転倒の時代に現代人は生きているのかもしれません。「人文学と芸術は金儲けよりもはるかに大切なことを行っているのです。生きる価値のある世界を、敬意と思いやりに値する独自の思考や感情を持った十全な人間として他人を見ることができる人々を、共感と理性に裏打ちされた議論によって恐怖と疑念を乗り越えることができる国々を、人文学と芸術は作り上げているのです」(182-183頁)。これが本書の結びの言葉ですが、この言葉がぼんやりした理想や妄想でないことを読者が確信できるかどうかは、まさにその読者自身が人文学や芸術の歴史における最高の遺産にどれだけ触れることができているかどうかによるのかもしれません。ヌスバウムは本書で現代社会の抱える問題を鋭く分析しつつ、タゴールやデューイ、ルソー、ウィニコット、ラルフ・エリソンらを援用しつつ、教育と人間的陶冶の遺産を掘り起こしています。

★本書はプリンストン大学出版のシリーズ「公共の広場(Public Square)」の一冊。同シリーズの訳書には、ジョーン・W・スコット『ヴェールの政治学』(李孝徳訳、みすず書房、2012年)があります。未訳ですが、同シリーズにはルーマニアからアメリカに亡命し、『外部の消失――亡命のマニフェスト』(利沢行夫訳、法政大学出版局、1993年)や『血の伯爵夫人』(全2巻、赤塚若樹訳、国書刊行会、1998年)などの訳書があるアンドレイ・コドレスクが書いた『ポストヒューマン・ダダ・ガイド(The Posthuman Dada Guide: Tzara and Lenin Play Chess)』という本もあります。


来るべき民主主義――小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題
國分功一郎著 
幻冬舎新書 2013年9月 本体780円 新書判並製256頁 ISBN978-4-344-98316-8

カバー裏紹介文より:2013年5月、東京都初の住民直接請求による住民投票が、小平市で行われた。結果は投票率が50%に達しなかったため不成立。半世紀も前に作られた道路計画を見直してほしいという住民の声が、行政に届かない。こんな社会がなぜ「民主主義」と呼ばれるのか? そこには、近代政治哲学の単純にして重大な欠陥がひそんでいた――。「この問題に応えられなければ、自分がやっている学問は嘘だ」と住民運動に飛び込んだ哲学者が、実践と深い思索をとおして描き出す、新しい社会の構想。

目次:
はじめに
第一章 小平市都道328号線問題と住民投票
第二章 住民参加の可能性と課題
第三章 主権と立法権の問題――小平市都道328号線問題から近代政治哲学へ
第四章 民主主義と制度――いくつかの提案
第五章 来るべき民主主義――ジャック・デリダの言葉
付録1 府中街道および六市の交通量について
付録2 住民の直接請求による住民投票条例年表
あとがき

★発売済。ついにこの一書が生まれました。國分さんと言えば、『スピノザの方法』『暇と退屈の倫理学』『ドゥルーズの哲学原理』などの著書によって、現代の若手哲学者を代表する押しも押されもせぬ存在であることは周知の通りです。しかし今回の新書こそ、私は國分さんの人柄に一隣人として共感することができるもっとも同時代的な一歩ではないだろうかと思っています。國分さんは自ら参加した住民投票運動での体験談を通じて、議会制民主主義の欠陥を指摘し、それを補う制度設計を提示します。本書は理論的な本ではなく、どこまでも実践的であることを目指したクリアな本です。國分さんは本書のあとがきで、東京都知事にメッセージを送っています。本書を無視するようなら東京都の未来はたとえオリンピックを開催できたとしても暗いだろうというのが私の率直な感想です。幻冬舎さんは当然、この本を知事に献本済みだろうと見ています。


そして日本経済が世界の希望になる
ポール・クルーグマン著 山形浩生監修・解説 大野和基訳
PHP新書 2013年9月 本体800円 新書判並製208頁 ISBN978-4-569-81478-0

カバー紹介文より:バブル崩壊以降、なすすべなく「失われた20年」を過ごしてきた日本。1998年に論文「It's Baaack!」で無為無策を痛烈に批判した著者が、「異次元の金融緩和」で劇的に変化しはじめた日本経済にいま、熱い「期待」を寄せている。なぜ長きにわたってわが国はデフレから脱却できなかったのか。どうして人びとはインフレを過剰に恐れるのか。かつてと様変わりした中央銀行の役割とは。そして日本・世界経済はこの先、いったいどのような未来を描くのか――。アベノミクスの理論的支柱であるノーベル賞経済学者が「ロールモデルとしての日本」の可能性を語り尽くす。山形浩生氏の解説も必読。

目次:
プロローグ
第1章 「失われた20年」は人為的な問題だ
第2章 デフレ期待をただちに払拭せよ
第3章 中央銀行に「独立性」はいらない
第4章 インフレ率2パーセント達成後の日本
第5章 10年後の世界経済はこう変わる
エピローグ
解説(山形浩生)

★発売済。巻末の特記によれば本書は、訳者の大野和基さんがクルーグマン氏へロング・インタヴューを行い、その後のEメールなどでの質疑応答を通じて、日本のみの発売を企図して制作されたもの、とのことです。英語題は、The World Looks to Japan's Economy Againと記されています。本書を読むにあたっては、販売促進の都合上の様々な煽り文句をとりあえずスルーし、アベノミクスへの援護射撃もしくは提灯記事ではないかという疑念を脇に置き、とりあえずクルーグマンが言いたがっていることをそのまま読むという姿勢が大事だろうと思います。日本に擦り寄ったり媚を売らなければならないほどクルーグマン教授は困ってはいません。そもそもそういうことが目的ではなく、教授は日本経済が今後の世界のモデルケースになりうるかどうかを注視し、色々とアドバイスや激励や予測を書いているわけで、日本政府や官僚がやろうとしていることをすべて手放しで喜んでいるわけではありません。そういう次第なので、アベノミクスに賛成の方も反対の方も本書は山形さんの解説も含め、最後まできっちり読んでおいた方がいいと思われます。
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by urag | 2013-10-06 23:55 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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