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2013年 08月 18日

注目新刊:ライプニッツ『形而上学叙説』新訳、ほか

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形而上学叙説/ライプニッツ-アルノー往復書簡 
G・W・ライプニッツ著 橋本由美子監訳 秋保亘/大矢宗太朗訳
平凡社ライブラリー 2013年8月 本体1,500円 HL判並製360頁 ISBN978-4-582-76794-0

帯文より:各人の個体概念は、その人物にいつか怒ることを一挙に含んでいる。個体的実体概念を展開する『形而上学叙説』の十全な理解のためには、『叙説』をめぐるアルノーとの『往復書簡』は不可欠。正確で読みやすい新訳によるライプニッツ哲学への招待。

カバー裏紹介文より:各人の個体概念は、その人物にいつか怒ることを一挙に含んでいる――個体的実体概念が展開され、ライプニッツ哲学体系がはじめてまとまった形をとった『形而上学叙説』。しかしその十全な理解には、この書の概要をめぐって始まったアルノーとの往復書簡が欠かせない。『モナドロジー』に至るこの哲学者の思考の射程をつかむために、正確かつ読みやすい新訳で、「叙説+書簡」を読む。

★発売済。1685年暮れ、もしくは1686年初頭の執筆と目されるフランス語の著作『形而上学叙説』(Discours de Métaphisique)はこれまで幾度か翻訳されています。河野与一訳(岩波書店、1925年;岩波文庫、1950年)、竹内良知訳(河出書房『世界大思想全集 第1期 哲学・文芸思想篇 第9巻』所収、1954年)、清水富雄・飯塚勝久訳(中央公論社『世界の名著 第25巻』所収、1969年;中公バックス『世界の名著 第30巻所収』、1980年;中公クラシックス『モナドロジー/形而上学叙説』所収、2005年)、西谷裕作訳(工作舎『ライプニッツ著作集 第8巻 前期哲学』所収、1990年)などがあります。このうち、フランスのジャンセニスト、アントワーヌ・アルノー(1612-1694)との往復書簡を併載しているのは、岩波文庫版と著作集版です。後者は竹田篤司訳で収録。

★今回の新訳は著作集版と同じくいわゆるアカデミー版を底本に用い、ゲルハルト版などを参照しています。ちなみに岩波文庫版はアンリ・レスティエンヌが発見した手稿の写真版(1907年)から訳出しています。39歳のライプニッツは本作の清書を終える前に知人エルンスト伯を介して74歳のアルノーに対して本作の概要を送り、意見を請います。概要というのは『叙説』全37節の内容を要約するために1節ごと付された37の節題です。ライプニッツ自身は『叙説』について「この小論では、恩寵、被造物への神の協力、奇跡の本性、罪の原因そして悪の起源、また魂の不死性や諸観念をいったテーマを扱っています」(113頁)と最初の手紙に綴っています。翌月、アルノーは返事を寄こすのですが、彼は『叙説』概要について「ぞっとさせるところがすくなからずあり」、読者のほとんどを不快にさせるだろうと意見を述べました。

★特にアルノーに違和感を抱かせたのは第13節でした。帯文にも援用されていますが第13節の概要(節題)は以下の通りです。「各人の個体概念はその人物にいつか起こることを一挙に含むので、あらゆる出来ごとの真理の、つまりなぜこの出来事であって他ではないのかについての根拠ないしアプリオリな証拠は、この概念のもとに見ることができる。ただしこのような真理は、神と被造物の自由意思に基礎づけられているのだから、確実ではあってもやはり偶然的である。神にしても被造物にしても、その選択にはつねに根拠があるのだが、この根拠は強いることなく傾けるものなのである」(31-32頁)。アルノーの疑義に対してライプニッツは自身の考え、すなわち「どの個体的実体も一定の観点から宇宙全体を表現して」いる(165頁)ことについての詳説を試みます。「ある建物の観念が、それを企図した者の目的ないし計画からしょうじるように、この世界の概念や観念も、可能なものとして考えられた神の計画の結果なのです」(同頁)。「いっさいの包摂こそが主体の完全な概念の本性」である(33頁)、と第13節にライプニッツは述べます。

★また、こうも述べます。「神は自身が宇宙についてもつ異なった見えかたに応じて、さまざまな実態を生み出す」(第14節概要より、36頁)。「個別の実体の力とは神の栄光をよく表現することにあって、〔・・・〕おのおののものは、その力ないし力能を行使するとき、つまり能動的に作用するとき、よりとく変化させるし、みずからを拡大していく」(第15節より、43頁)。ライプニッツの凝縮された書き方は一読してすぐに理解できるものではありませんが、「往復書簡」があるおかげで、読者は彼の思考の襞へと近づきやすくなるだろうと思われます。文庫で読めるライプニッツの著書は、河野与一訳『形而上学叙説』および『単子論』(ともに岩波文庫)が品切の現在、今回の新刊しかありません。そもそも岩波文庫二点が刊行されたのは1950年と1951年ですから、半世紀以上に渡って文庫新刊がなかったことになります。ちなみに日本の「ライプニッツ研究会」に所属しておられる松尾雄二さんは宮崎大学退官後の御自身のウェブサイトでライプニッツの論文「正義の共通概念についての省察」の日本語訳PDFを公開されています。また、ニュートン『プリンキピア』「一般的注解」の訳と解説のPDFも公開されています。

★なお平凡社さんでは今月、荒俣宏さんによる新訳、ダーウィン『ビーグル号航海記』下巻を刊行され、全2巻が完結しました。またフィリップ・K・ディックの25歳の処女長編作『市に虎声あらん』(阿部重夫訳、原著1952年刊)も発売済で、「衝撃作」との呼び声が高いようです。


荘子 外篇
荘子著 福永光司/興膳宏訳
ちくま学芸文庫 2013年8月 本体1,800円 文庫判並製672頁 ISBN978-4-480-09541-1

帯文より:心をときほぐす。中国賢人たちの会話の数々。
カバー裏紹介文より:「内篇」で展開された荘子思想のエッセンスを、会話形式による寓話や箴言の形にまとめた「外篇」。老子や孔子、列子など、中国の賢人たちによる精神の自由についてのハイレベルな会話も、福永・興膳両碩学によるテンポのよい訳で、楽しみながら理解することができる。「外篇」は荘子の思想が中国文化に与えた影響を知る上でも重要であり、たとえば“真の絵描き像”を論じた「田子方篇七」は美術史家によく引用され、「天運篇三」の“咸池の音楽問答”は、中国が生んだユニークな音楽論として知られる。「ひそみにならう」等、故事の由来がわかる話も多く、どこから読んでも楽しめる。

★発売済。先月刊行の「内篇」に続く「外篇」の刊行です。版元ウェブサイトでは「独立した短篇集として読んでも面白い、文学性に富んだ十五篇」と紹介されています。巻末には福永光司さんによる「外篇」と「雑篇」の分を合わせた解説と、索引(語句/人名/地名)が掲載されています。ちなみに「雑篇」は来月9月10日発売予定とのことです。

★荒んだ暗い時代には荘子の言葉が胸に刺さります。「いにしえの安らかに身を保った人は、弁舌によって知恵を飾りたてず、知恵によって天下のことを知り尽そうとせず、知恵によって徳を究めようともせず、ただ自分に与えられた境遇にどっかりと腰をすえて、その本性にたちもどるだけだった。それ以上に何のすることがあろう。道はせせこましい作為によっては達成されず、徳はちっぽけな知識によっては知られない。ちっぽけな知識は徳を損ない、せせこましい作為は道を損なうものだ。だから「自分を正しく保ってゆくしかない」といわれるのだ。〔・・・古人は〕高い地位についたからといって有頂天にもならず、貧窮にあえぐからといって世俗におもねることもなかった。順境でも逆境でも、楽しむことにおいては同じだった。したがって憂いもなかった。今の人は仮に宿っているものが去ってゆくと、ふさぎこんでしまう。そこから考えてみると、今の人がいかに楽しんでいようと、その楽しみは必ず失われてしまうはずのものだ。だから、こういうことがいわれる。「物欲に自分を見失い、世俗に本性を喪失してしまう人、それを「倒置の民」(本末転倒した人間)と呼ぶのだ」と」」(繕性篇第十六、298-299頁)。

★心に重荷を背負いがちな日々、就寝する前のひと時に本書をひもとき、適当な頁を数行ずつでも読めば、今日一日の辛かったこと、嫌だったことも融けていくような心地がします。そういえば、かつて「老子」の自由訳『タオ』(ちくま文庫、2006年)を刊行された加島祥造さんが今月、また新たに『「老子」新訳――名のない領域からの声』(地湧社)を刊行されました。老荘思想は数千年の時を越えて今なお、人間の魂に働きかけ、がんじがらめの心を解き放ってくれるように思います。

★なお、来月のちくま学芸文庫では『荘子 雑篇』をはじめ、ポール・ヴァレリー『レオナルド・ダ・ヴィンチ論』塚本昌則訳、エドワード・レルフ『都市景観の20世紀』高野岳彦ほか訳、フッサール『間主観性の現象学2――その展開』浜渦辰二/山口一郎監訳などの発売が予告されています。たいへん楽しみです。


カリブ‐世界論――植民地主義に抗う複数の場所と歴史
中村隆之著
人文書院 2013年8月 本体4,000円 4-6判上製440頁 ISBN978-4-409-04105-5

帯文より:大西洋の海底に刻まれた歴史から放つ、壮大なビジョン。注目の新鋭による本格的デビュー作。この島々を語りて、世界を戦慄せしめよ。

★まもなく発売。今週木曜日22日に取次搬入となる新刊です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。本書は人文書院のウェブコラムとして2012年2月16日から2013年4月1日にかけて連載された「カリブ-世界論」を加筆修正の上、一冊にまとめたものとのことです。著者の中村隆之(なかむら・たかゆき:1975-)は現在、大東文化大学外国語学部専任講師で、ご専門はフランス語圏カリブ海文学・地域研究で、エメ・セゼールやグリッサンの訳書をこれまで上梓されています。『カリブ‐世界論』は、『フランス語圏カリブ海文学小史――ネグリチュードからクレオール性まで』(風響社、2011年)に続く単独著第二弾ですが、処女作はブックレットでしたから、今回発売となる本作が実質的なデビュー作となると受け止めて良いようです。

★巻頭の「プロローグ」によれば「本書は、2009年のフランス海外県ゼネストのインパクトに端を発している」と言います。「この出来事は、フランス海外県の新たな局面を印した。その象徴性でいえば、フランスの「68年5月」と費すことができるだろうし、物価高や失業問題を背景にしている点ではチュニジアの「ジャスミン革命」との共通点も指摘できるだろう。もっとも、国際情勢に直結するアラブの出来事に比べればカリブの出来事はまだあまり知られていない。本書の第一の目的は、この知られざる社会運動の射程と拡がりを提示することである」(17頁)。また「フランス海外県の特殊な政治的・経済的状況を知る必要がある。〔・・・〕ゼネストに先行する、大小さまざまなストライキ、反体制運動や政治闘争〔・・・〕その一連の系譜のうちにゼネストを位置づける視点も重要だろう。/もちろん労働者の運動と同様に、知識人の社会参加についても多くを語らなければならない。〔・・・〕普段知られる機械の少ないフランス語圏カリブ海の歴史的展開をさまざまな角度からたどることが、本書のもうひとつのねらいである」(18頁)ともお書きになっています。

★本書はあたかも日本から縁遠い国の出来事と史的状況を描いているようでいて、現代の日本の読者の耳朶にも嵐の前触れのように響くトーンを持っています。著者は本書の最後にこう書いています。「高度消費社会に支えられた私たちの生活はいつ崩壊するかわからず、この生活のあり方に対する世界規模の「リヤンナジ」〔クレオール語で「絆・連帯・団結を意味する〕もまたいつ生じるかわからない。私たちは、予測不能を当たり前のように受け入れなければならない時代に生きている。だからこそ、降りかかる困難や絶望をも前にしても、そこから新しく始める生命力と知性を必要としている。そのとき、フランス領カリブの歴史的経験から私たちが学びとることは、決して少なくない」(401頁)。
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by urag | 2013-08-18 23:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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