ウラゲツ☆ブログ

urag.exblog.jp
ブログトップ
2013年 08月 04日

注目の新刊、既刊、重版:ボルタンスキー/シャペロ『資本主義の新たな精神』ナカニシヤ出版、ほか

a0018105_23242661.jpg

資本主義の新たな精神 上
リュック・ボルタンスキー(Luc Boltanski, 1940-)+エヴ・シャペロ(Eve Chiapello, 1965-):著
三浦直希+海老塚明+川野英二+白鳥義彦+須田文明+立見淳哉:訳
ナカニシヤ出版 2013年8月 本体各5,500円 A5判上製上496頁/下444頁 ISBN978-4-7795-0786-1/978-4-7795-0787-8

帯文より(上巻):批判はなぜその力を失ったのか。雇用の不安定化、新たな貧困、社会的排除――労働をめぐる困難な状況はいかにして生じたのか。資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうための「批判」の再生を構想する、フランス社会学の泰斗ボルタンスキーの主著。
帯文より(下巻):資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうために。68年5月を発端にかつてあれほどまでに燃え上がった資本主義への批判は、なぜその力を失ったのか。資本主義の新たな精神の下での新たな形態の搾取と抑圧を分析し、「批判」の再生を構想する、現代フランス社会学の最重要文献。

版元紹介文より:ネオリベラリズムの核心に迫り、「批判」の再生を構想するボルタンスキーの主著、待望の完訳! 雇用の不安定化と新たな貧困、社会的排除に象徴される現代の困難な状況はいかにして生じたのか。かつてあれほどまでに高まった資本主義に対する批判は、なぜその力を失ってしまったのか。資本主義を支える「精神」と、それが「批判」を吸収し変容していく過程を、マネージメント文献の詳細な調査をもとに明らかにし、資本主義が引き起こす破壊に立ち向かうための「批判」の再生を構想する、フランス社会学の泰斗リュック・ボルタンスキーの主著、待望の完訳。上巻では、60年代から70年代の批判を吸収した「資本主義の新たな精神」の形成過程を明らかにし、それが労働の場面でもたらす破壊的影響について論じる。下巻では、批判の陥った袋小路を明らかにし、新たな形態の搾取と抑圧、商品化を分析することで、「批判」の再生を展望する。

★まもなく発売。8月7日(水)取次搬入の新刊です。原書は、Le nouvel esprit du capitalisme(Gallimard, 1999)で、ボルタンスキーの代表作です。20世紀最後の30年間で資本主義がどのように変化したのか、また、社会批判の力がなぜ弱体化し武装解除されたのか、批判の再生はこの先可能なのか。これらの問題意識のもと詳細な分析を試みています。「すべてがたった一日で商品に変わっているような世界、人びとがつねに試練にかけられ、たえざる変化の要求に従属し、この種の組織化された不安によって、自己の永続性を保証するものを剥奪されるような世界」(下巻317頁)を分析し、それへの抵抗と「資本主義が引き起こす破壊に立ち向かう希望」(下巻318頁)へと向かう本書は、日本にひきつけて言えば痛烈な「団塊世代批判」として読むことができ、長期的な停滞にあえぐ現代日本へのメッセージとして受け止めることもできると思います。

★上下巻の大冊であり、内容的にも歯ごたえ十分なので、まず著者自身による総括である「結論 批判の力」を読んで本書の骨格を頭に入れた上で読んでいくのも一つの手かもしれません。本書では批判の力を社会的批判と芸術家的批判に分け、それぞれの効用を説明しており、社会学者ならではの視点が非常に興味深いです。ボルタンスキーはフランス社会科学高等研究院(EHESS)教授。周知の通り、社会学者ではピエール・ブルデューやアラン・トゥーレーヌ、歴史学者ではジャック・ル・ゴフやフランソワ・フュレ、文化人類学ではクロード・レヴィ=ストロースやマルク・オジェ、哲学者ではジャック・デリダやジョルジュ・ディディ=ユベルマンなどが活躍してきた、フランスの知の殿堂です。最後にボルタンスキーの既訳書を列記しておきます。

◎リュック・ボルタンスキー(Luc Boltanski, 1940-)既訳書
2007年02月『正当化の理論――偉大さのエコノミー』ローラン・テヴノー共著、三浦直希訳、新曜社
2011年05月『偉大さのエコノミーと愛』三浦直希訳、文化科学高等研究院出版局
2013年08月『資本主義の新たな精神』上下巻、エヴ・シャペロ共著、三浦直希ほか訳、ナカニシヤ出版

a0018105_2325361.jpg

《アジア》、例外としての新自由主義――経済成長は、いかに統治と人々に突然変異をもたらすのか?
アイファ・オング著 加藤敦典+新ヶ江章友+高原幸子訳
作品社 2013年8月 本体3,200円 46判上製416頁 ISBN978-4-86182-444-9

帯文より:21世紀の主役、その「活力」の光と影。グローバル華僑の出現、イスラームと資本主義などについて、刺激的なヴィジョンを提示し、ダボス会議で注目、数ヶ国語に翻訳されている「現代アジア研究」の世界的基本書。マイケル・ハート、サスキア・サッセン絶賛!

目次:
〈日本語版序文〉新自由主義vs.例外とアッサンブラージュ
 序章 例外としての新自由主義、新自由主義からの例外化
第一部 アジアの〈倫理〉をめぐる闘争――性、宗教、民族
 第一章 女たちの団結――「穏健なイスラーム」とフェミニストの徳
 第二章 グローバル華人――サイバー公共空間とディアスポラ的中国政治の落とし穴
第二部 アジアのガバナンス(統治空間)
 第三章 段階づけられた主権
 第四章 東アジアにおける特別区のテクノロジー
第三部 新たな人工空間「ラチチュード」――人的資本、専門技能はいかに展開するのか?
 第五章 水平軸(latitude)、あるいは市場はいかにして統治性の範囲を拡張するか
 第六章 グローバル空間における高等教育
 第七章 労働裁定取引――シリコンバレーにおける解雇と裏切り
第四部 新興国、その現れの影、あるいは新興都市の憂鬱
 第八章 バロックな生態系、沸騰するシンガポール
 第九章 生地図作成……メイド、新奴隷制、NGO
 第一〇章 上海の〈中国魂〉を再工学化する
原注
訳者あとがき
参考文献
本書を理解するための用語集

★発売済。原書は、Neoliberalism as Exception(Duke University Press, 2006)です。アイファ・オングさんはカリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとっている文化人類学者。著書が訳されるのは今回が初めてになります。「訳者あとがき」の言葉を借りると、本書は「昨今の新自由主義論を踏まえつつ、ネグリとハートの〈帝国〉にみられるような抽象的概念を批判的に捉えながら、文化人類学的手法を用いた具体的で微視的な観点から、フィールド上での〈アジア〉地域における実証研究と結び付けようとする試み」で、「具体的には、アジア太平洋地域のグローバル化の様相を、ネオリベラルな統治空間として分析」した本とのことです。著者自身は「日本語版序文」において、「グローバル資本主義によって形づくられた均質化した状況」として新自由主義(ネオリベラリズム)を見るのではなく、「さまざまな政治的空間を移動し、その地域の統治と経済成長の論理とが絡み合うような最適化の論理」として見ようとした、と説明しています(1頁)。

★以下、著名人の推薦コメントです。「オングの鋭利な分析は、現代のグローバルな政治経済システムの理解だけではなく、“より良い世界のために”、またグローバル資本主義と同対峙すべきかを考える上で極めて重要な視座を私たちに与えてくれる」(マイケル・ハート)。「グローバル化現象を包括する理論を武器にしながら、その理論がもつ“欠点”に鋭い嗅覚を発揮し、豊富で多様な例証と実証を用い、「統治するもの」と「統治されるもの」との関係、そしてその変容をあぶりだしている実に優れた仕事である」(サスキア・サッセン)。「開発学をリードする著者によって書かれた本書は、新しいグローバル経済のなかでいかに国家や諸制度が、開発を成功に導いたとされる“市場”よりも「決定的な役割」があるのかを教えてくれる。本書は、この分野を研究しようとする世界中の政策立案者や学生に必須の教科書になるであろう」(マニュエル・カステル)。

★本書における鍵概念の一つ「ラチチュード(水平的市民権)」について巻末の用語集の説明(403頁)を引用しておきます。――「緯度」もしくは「思想や行動の自由裁量範囲」を意味する。ネグリ=ハートの「マルチチュード」の概念がグローバルに移動・連携する群衆を意味することを念頭に、南北関係でもグローバルでもなく、東西軸によって結びつく労働力・資本・技術の相互流通を意味するためにオングが独自に設定した概念。具体的には、アジアとアメリカ西海岸とのあいだの労働力・資本・技術の移動と、それを支える経済、労働、市民権の体制を指している――。


摘便とお花見――看護の語りの現象学
村上靖彦著
医学書院 2013年8月 本体2,000円 A5判並製416頁 ISBN978-4-260-01861-6

帯文より:看護師の尋常ではない語りに耳を傾ける。「とるにたらない日常」を看護師はなぜ目に焼き付けようとするのか――。ケアという謎の営みに吸い寄せられた現象学者は、その不思議な時間構造に満ちた世界をあぶり出す。

版元紹介文より:看護という「人間の可能性の限界」を拡張する営みに吸い寄せられた気鋭の現象学者は、共感あふれるインタビューと冷徹な分析によって、不思議な時間構造に満ちたその姿をあぶり出した。巻末には圧倒的なインタビュー論「ノイズを読む、見えない流れに乗る」を付す。パトリシア・ベナーとはまた別の形で、看護行為の言語化に資する驚愕の1冊。

★26日取次搬入済。「シリーズ ケアをひらく」の最新刊です。ユニークな書名は「てきべんとおはなみ」と読みます。摘便についてはどうぞ各自お調べください。目次詳細は書名のリンク先をご覧いただけます。「はじめに」によれば本書は「四人の看護師さんにインタビューをとり、その逐語録を、現象学という方法論を用いて分析した」ものです。四人の看護師さんというのは、小児科から訪問看護に移ったFさん、透析室から訪問看護に移ったDさん、がん看護専門看護師のCさん、小児がん病棟の看護師Gさんの四名。それぞれに各2章が割かれ、結論で四人の語りがまとめられます。末尾の付章「インタビューを使った現象学の方法――ノイズを読む、見えない流れに乗る」は、本書の方法論の説明です。

★哲学書ではあるのですが臨床的なアプローチによるためか抽象的すぎることはなく、読みやすいです。「ケアをひらく」シリーズでは医学書だけでなく人文書や社会書の売場でも扱える本が数多くあります。本書もその一つです。全国的にみれば「看護の現象学」や「臨床哲学」はまだコーナーとしては確立していないと思われますが、今後ますます発展していくジャンルなので、早めにチェックしておくと良いと思います。ちょうど「現代思想」誌8月号でも「看護のチカラ――“未来”にかかわるケアのかたち」という特集が組まれ、木村敏さんや西村ユミさん、鷲田清一さん、松葉祥一さんといった方々の対談やエッセイ、論考を読めるので、本書の併売併読をお薦めします。本書の著者の村上さんも「ローカルでオルタナティブなプラットフォーム――助産師Eさんと現象学的倫理学」(152-165頁)を寄稿されており、この論考でもやはりインタビューに寄り添うかたちで考察が進められています。村上さんが師と仰ぐマルク・リシールさんの訳書『身体――内面性についての試論』(和田渡・川瀬雅也・加国尚志訳、ナカニシヤ出版、2001年)の併読もお薦めします。

a0018105_23252396.jpg

サン=ジェルマン大通り一二五番地で
バンジャマン・ペレ(Benjamin Péret, 1899-1959)著 鈴木雅雄訳・解説
風濤社 2013年7月 本体2,800円 四六判上製256頁 ISBN978-4-89219-369-9

帯文より:シュルレアリスムの重鎮、本邦初! 待望の本訳書。ペレ短篇〔コント〕集。シュルレアリスムの自動記述〔オートマティスム〕の大いなる成果──天衣無縫・奇想天外・支離滅裂、ぶっとんだストーリー! 意味など、辻褄など存在しない。ただ、ペレによって書かれたテクストがあるのみだ! 読めばよむほど中毒になる、極上の乾いたユーモア11篇。「シュルレアリスムの本棚」第二回配本!

目次:
サン=ジェルマン大通り一二五番地で
興味あふれる人生
一ドルの不幸
死刑囚最後の夜
むかしむかしあるところにひとりのブーランジェールがいました……
旅館「空飛ぶお尻」亭
取っ組み合って
第九番の病
死者か生者か
幽霊たちの楽園にて
訳者解説 私は名づける、動機なしに――バンジャマン・ペレの文学的ならざる軌跡
あとがき

★発売済。「本邦初訳の叢書」と謳った意欲的なシリーズ「シュルレアリスムの本棚」の第2回配本です。訳者解説によれば、本書はペレが残した数十篇のコント(短篇)から代表的作品を選んだもので、主に20年代から30年代に発表された作品を中心に編まれています。ペレの短篇小説はこれまでに、例えば国文社さんの「セリ・シュルレアリスム」シリーズ第2巻、アンドレ・ブルトン『夢の軌跡』(1970年)に収められた「デュリュッティ・エクロラの卵」(平井照敏訳、103-104頁)などを読むことができ、ほかでは詩作品が僅かに雑誌で抄録されたことがある程度でした(「バンジャマン・ペレ詩抄」桜井竜丸訳、『現代詩手帖』1973年8月号:特集「シュルレアリスムの現在」、123-129頁)。今回のようにまとまったかたちの単行本は初めてで、実質的なペレ再導入の記念碑的第一歩と言って良いと思います。収録された作品はいずれも興味深いですが、特に表題作の印象が強いです。

★訳者解説(174-248頁)は後段でご紹介する第一回配本のそれと同様に長いもので70頁以上あり、「ブルトンと並ぶシュルレアリスムの理念の体現者」(版元ウェブサイトより)である著者を丁寧に紹介しています。訳者の鈴木雅雄(すずき・まさお:1962-)さんは早稲田大学文学部教授で、著書に『シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性』(平凡社、2007年)、『ゲラシム・ルカ――ノン=オイディプスの戦略』(水声社、2009年)、『マクシム・アレクサンドル――夢の可能性、回心の不可能性』(水声社、2012年)などがあります。水声社さんの2冊はシリーズ「シュルレアリスムの25時」に収められているものです。

★既刊書2点のあとがきから拝察するに、シリーズ「シュルレアリスムの本棚」の担当編集者は鈴木冬根さんです。鈴木さんのお名前は未知谷さんやパロル舎さん、雑誌「Yaso」などでお見かけします。シリーズの続刊として、以下の書目が巻末に掲げられています。ジュリアン・グラック『街道日誌』永井敦子訳・解説、エルネスト・ド・ジャンジャンバック『パリのサタン』鈴木雅雄訳・解説、ルネ・クルヴェル『おまえたちは狂人か』鈴木大悟訳・解説。


大いなる酒宴
ルネ・ドーマル(René Daumal, 1908-44)著 谷口亜沙子訳・解説
風濤社 2013年6月 本体2,800円 四六判上製272頁 ISBN978-4-89219-368-2

帯文より:「シュルレアリスムの本棚」創刊! 第一回配本! 未完小説『類推の山』と対を成すドーマル唯一の完成小説! いやしがたい強烈な喉の渇き──言葉の力をめぐる破天荒で朦朧とした酩酊状態の大演説。ラブレー、ジャリの衣鉢を継ぐ、ユーモアと寓意に満ちた通過儀礼の書、現代に甦る風刺小説(サティール・メニペ)、自伝的実験小説の傑作!

目次:
序文あるいは取り扱い説明書
第一部 言葉の力と思考の弱さについての、煩雑な対話
第二部 人工天国
第三部 あたりまえの日の光
索引
訳者解説
カメレオンの法則――あとがきにかえて

★発売済。シリーズ「シュルレアリスムの本棚」の第一回配本です。原書は、La Grande Beurerie(Gallimard, 1938)です。底本には1986年版を用い、適宜英訳とスペイン語訳を参照されたとのことです。訳者解説によれば、本書は36歳で結核により夭折したドーマルが30歳の折の処女小説で、唯一の完成された小説だとか。「『類推の山』が明るく、爽快で、象徴的な登山小説であるとするならば、『大いなる酒宴』は沈鬱で、かつ滑稽で、寓意的な哲学小説であり、二つの作品はドーマルの代表作として、いわば光と影のような関係をなしている」(178-179頁)。この訳者解説(178-258頁)は80頁もの長篇で、たいへん読み応えがあります。また、訳者あとがきでは、ドーマルと中島敦の共通点を指摘されており、興味深いです。訳者の谷口亜沙子(たにぐち・あさこ:1977-)は、獨協大学外国語学部フランス語学科准教授。水声社さんの「シュルレアリスムの25時」シリーズで『ジョゼフ・シマ――無音の光』を2011年に上梓されています。

a0018105_23255048.jpg

類推の山
ルネ・ドーマル著 巖谷國士訳
河出文庫 1996年7月 本体900円 文庫判並製248頁 ISBN978-4-309-46156-4

カバー裏紹介文より:はるかに高く遠く、光の過剰ゆえに不可視のまま、世界の中心にそびえる時空の原点――類推の山。その「至高点」をめざす真の精神の旅を、寓意と象徴、神秘と不思議、美しい挿話をちりばめながら描き出したシュルレアリスム小説の傑作。“どこか爽快で、どこか微笑ましく、どこか「元気の出る」ような”心おどる物語。

版元紹介文より:これまで知られたどの山よりもはるかに高く、光の過剰ゆえに不可視のまま世界の中心にそびえている時空の原点――類推の山。真の精神の旅を、新しい希望とともに描き出したシュルレアリスム小説の傑作。

目次:
第一章 出あいの章
第二章 仮定の章
第三章 航海の章
第四章 到着の模様、そして貨幣の問題がはっきりと示される章
第五章 第一キャンプ設営の章
後記(ヴェラ・ドーマル)
覚書――ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された
初版への序(A・ロラン・ド・ルネヴィル)
解説(巖谷國士)
文庫判あとがき(巖谷國士)

★7月20日重版出来、4刷。原書はLe mont analogue(Gallimard, 1952)で著者の逝去より8年後に刊行された未完の遺稿です。訳書の親本は1978年に白水社のシリーズ「小説のシュルレアリスム」の一冊として刊行。当時の帯文はこうでした。「「未知との遭遇」を求めて、世界の至高点へと旅立つ8人の選ばれた男女。――神秘詩人ドーマルが現代への遺言として残したこの「非ユークリッド的」SF登山冒険小説は、人間の「生きる意味」を追求しようとした真摯な魂の実話でもある」。この帯文は本書の扉裏には刻まれている言葉を受けてのものかと思います。「非ユークリッド的にして、象徴的に真実を物語る、登山冒険小説」。「一種の象徴的な自伝」(解説)である本書の成立事情は、ロラン・ド・ルネヴィルによる序や、未亡人のヴェラによる後記、著者自身の覚書に詳しいです。ヴェラはロラン・ド・ルネヴィルと一緒に本書の遺稿の整理編纂にあたっています。なお、ロラン・ド・ルネヴィル(André Rolland de Renéville, 1903-1962)には2冊の訳書があります。『見者ランボー』(有田忠郎訳、国文社、1971年)と『詩的体験』(中川信吾訳、国文社、1974年)です。


カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢
マックス・エルンスト著 巖谷國士訳
河出文庫 1996年8月 本体1,200円 文庫判並製248頁 ISBN978-4-309-46157-1

カバー裏紹介文より:このコラージュ・ロマンは『百頭女』以上に冒瀆的であり、エロティックであり、しかもユーモアにみちみちている。典型的なポルノグラフィーふうの設定から、どれほど過激なエロティスムを引きだしうるものか、どれほど黒いユーモアを解きはなちうるものかという実験を、絵と言葉によって、徹底的に、しかも軽々と、やってのけてしまっている……。(巖谷國士)

版元紹介文より:厳格な女子修道院に入りたがる敬虔な(?)少女の夢という典型的なポルノグラフィーふうの設定から引き出される過激なエロティシズムと黒いユーモア!! 『百頭女』につづくコラージュロマンの幻の名作。

目次:
カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢
M.E.の青春についての若干のデータ
ウィスキー海底への潜行
コラージュ・シュルレアリスト(巖谷國士)
あとがき(巖谷國士)

★7月20日重版出来、3刷です。原書は1930年に刊行されたRêve d'une petite fille qui voulut entrer au Carmelです。訳書の親本は1977年、河出書房新社さんから刊行。その後96年に『百頭女〔ひゃくとうじょ〕』に続いて文庫化、翌年には『慈善週間または七大元素』も文庫化されました。『百頭女』や『慈善週間』に比べ『カルメル修道会』は品切期間が若干長かったのですが、2011年4月の紀伊國屋書店新宿本店ピクウィック・クラブによるブックフェア「ぶんぱく'11」に合わせ重版。小部数だったためそれも在庫がなくなって再び入手しにくくなっていたところ、今月、『百頭女』『慈善週間』『カルメル修道会』の3点が共に重版されました。お持ちでない方はこの機会にぜひ3点とも購入されることをお薦めします。「いつまでも あると思うな レア文庫 切れたらすぐに 高額になる」。なお河出文庫では、来月5日発売でバロウズ『ジャンキー』が重版されるとのことです。

★訳注に基づき、併録テクスト「M.E.の青春についての若干のデータ」「ウィスキー海底への潜行」について説明しますと、前者の原題は"Some Data on the Youth of M. E. as Told by Himself"で、ニューヨークの「View」誌第2集第1号(マックス・エルンスト特集号、1942年4月刊)で発表されたものです。後者の原題は"La mise sous whiskey marin"で、パリの「Cahiers d'Art」誌第6-7号(「絵画の彼方」特集号、1936年刊)で発表されたもので、この号には「ウィスキー海底への潜行」の前に「ある博物誌の来歴」というテクストも収録されていました。これはフロッタージュの発見をめぐるテクストだそうです。
[PR]

by urag | 2013-08-04 23:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://urag.exblog.jp/tb/18279601
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 2012年に月曜社が出版した本      書影公開:近日発売、ユンガー『... >>