2013年 07月 21日

注目新刊と近刊:カラー図版満載『ユートピアの歴史』東洋書林、ほか

ユートピアの歴史
グレゴリー・クレイズ著 巽孝之監訳 小畑拓也訳
東洋書林 2013年7月 本体4,500円 A5判上製334頁 ISBN978-4-88721-808-6
帯文より:モアのテクストを結節点に、古典古代の神話的原型、大航海時代の数多の空想旅行記、植民地・共産主義政権下での共同体、そして20世紀以降のポップカルチャーや、陰画としてのディストピアも射程に入れた、フルカラー・図版206点、人物コラム42本の「理想郷」総展!

★まもなく発売。原書はSearching for Utopia: The History of an Idea(Thames and Hudson, 2011)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。現実社会に対する批判(もしくは改良や転覆)の力としてのユートピア的想像力の歴史的系譜を美麗なカラー図版とともに紹介。どこでもない場所をどこにもない場所に留めておくのではなく現実へと引き寄せようとする、人間の飽くなき探求が興味深いです。想像力の反転(あるいは負の斥力)であるディストピアについても一章を割いています(第13章)。類書は様々ありますが、カラー図版満載というのはなかなかありません。巻末の、巽孝之さんによる解説「もうひとつの空間、もうひとつの時間」では、本書を「いわゆるアーサー・ラヴジョイ流の観念史に基づき、類書ではあり得ないほぼふんだんに総天然色の図版を取り入れた、現時点における最も学際的にして包括的なユートピア史である」と紹介されています。本書を開くと分かりますが、天地に白い雲たゆたう青空が印刷されています。つまり、活字が雲に浮かんでいる様が演出されているわけで、なかなか洒落ていると思います。


社会心理学講義――〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉
小坂井敏晶(1956-)著
筑摩選書 2013年7月 本体1,900円 四六判並製416頁 ISBN978-4-480-01576-1
帯文より:真理なき世界の光景。普遍的価値の罠を明らかにし、〈開かれた社会〉の真相に迫る!
カバーソデ紹介文より:生物と同様に、社会システムは「同一性」と「変化」に支えられている。だが、この二つの相は本来両立しない。社会心理学はこの矛盾に対し、どのような解決を試みてきたのか。影響理論を中心に進められる考察は、我々の常識を覆し、普遍的価値の不在を明らかにするだろう。本講義は、社会心理学の発想を強靭な論理ととともに伝え、「人間とは何か」という問いを読む者に深く刻み込む。

目次:
はじめに
序 社会心理学とは何か
第1部 社会心理学の認識論
 第1講 科学の考え方
 第2講 人格論の誤謬
 第3講 主体再考
 第4講 心理現象の社会性
第2部 社会システム維持のパラドクス
 第5講 心理学のジレンマ
 第6講 認知不協和理論の人間像
 第7講 認知不協和理論の射程
 第8講 自由と支配
第3部 変化の謎
 第9講 影響理論の歴史
 第10講 少数派の力
 第11講 変化の認識論
第4部 社会心理学と時間
 第12講 同一性と変化の矛盾
 第13講 日本の西洋化
 第14講 時間と社会
あとがき
引用文献

★発売済。著者はパリ第八大学心理学部准教授で、日本語の著書も多数あります。本書はパリ第八大学で修士課程の学生を対象に行った講義を元に構成したものとのことです。もともとは『社会心理学の敗北』という書名を考えておられたそうで、概説や入門書というよりは、社会心理学の考え方自体について批判的に検討する本になっています。議論の縦糸に「同一性と変化」を、横糸に「〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉」を配して、二人の社会心理学者、レオン・フェスティンガーとセルジュ・モスコヴィッシを中心に論じています。なお横糸となる概念はベルクソンとポパーから借りたものですが、この二人の哲学そのものが論じられているわけではありません。書店における社会心理学の本籍は心理学ですが、本書の場合は、社会学や哲学思想に置いてもおかしくないです。「あとがき」はある種、研究者を志す人への痛烈なメッセージになっていて人生論として感じるものがあります。本論でも第13講の最後で著者はこう書いています。「慣れ親しんだ思考枠から脱するためには、研究対象だけを見ていても駄目です。対象を見つめる人間の世界観や生き方が変わる必要がある。研究の対象が外部にあって、それを主体が眺めるという受動的な関係ではない。研究が進むにつれて自己変革がなされ、それがひるがえって対象の解釈を変化させる相互作用として研究活動はあるべきでしょう」(350頁)。


傷と出来事
ジョー・ブスケ(Joë Bousquet, 1897-1950)著 谷口清彦・右崎有希訳
河出書房新社 2013年7月 本体2,800円 46判上製288頁 ISBN978-4-309-20627-1
帯文より:第一次大戦で負傷、後半生をベッドで過ごし、ただ「傷」と「運命」を見つめつづけた伝説の詩人ブスケ。ヴァレリー、ヴェイユたちが愛し、ブランショ、ドゥルーズらに深い霊感を与えた奇蹟の言葉、初の日本語訳。「傷が私の肉にうえつけたのは、私が傷を負った五月の夜に咲くバラである」。

★発売済。原書は、Mystique(Gallimard, 1973)です。巻末の谷口清彦「傷と運命――訳者あとがきにかえて」によれば、原題は『神秘的なるもの』で「ブスケが日々の詩想をつづった「白色ノート」を死後出版したもの」とのことです。1920年代から数々の著作がフランスで刊行されてきたブスケですが、単独著の翻訳は実に初めてです。かつてシモーヌ・ヴェイユとの往復書簡が大木健さんの『カルカソンヌの一夜――ヴェイユとブスケ』(朝日出版社、1989年)に収録されています。

★著者は本書について「この白色ノートには概論がまとめられる」(14頁)と書き、また別の箇所では「この白色ノート、神秘なるもの。スヴェーデンボリ、アウグスティヌス、ベーメ、ノヴァーリス」(77頁)と書きます。この四者は直接的に論じられるというよりかは、ブスケの詩作と思索の糧になっているようです。「ひとのさまざまな気質にはそれぞれの詩的な絶頂がある。そうした絶頂において、ひとは人間的経験や神秘的野心の極限を見出す」(131頁)ともブスケは書きます。「神秘主義研究のなかから取りだされた詩的観念」について書こうとする箇所には「ラモン・リュイによる研究に私が負うものを意識しつつ」(144頁)という前置きも読めます。あるいは「エリュアールの作品を手がかりに、スコット・エリウゲナとプロティノスに取り組んでいた」(260-261頁)と書いた箇所もあります。ルルスやスコトゥス・エリウゲナをはじめとする神秘思想家に学び、また詩や詩人とは何かについて繰り返し思索を重ねたブスケ。中でも印象に残ったのは次の言葉です。「詩人は非物質的なものを物質化する。〔・・・〕人間が労働するのは、みずからの状態以上の高みへと向上するためではなく、みずからの状態にふさわしい者となるためである」(154-155頁)。


マグナ・グラエキア――ギリシア的南部イタリア遍歴
グスタフ・ルネ・ホッケ(1908-1985)著 種村季弘訳
平凡社ライブラリー 2013年7月 本体1,500円 HL判並製372頁 ISBN978-4-582-76790-2

帯文より:ヨーロッパ精神の古層を遍歴! 長靴の靴底、かつて古代ギリシアの植民市がおかれ、異文化が混淆し堆積するこの地の、精神史的相貌を描き出す、特異な旅行-思想小説。解説=田中純
カバー裏紹介文より:イタリア南部、長靴の靴底地域は、かつて古代ギリシアの植民市が開かれた地、エレア派やピュタゴラス学派の活動拠点、ヨーロッパのはじまりの精神史的地層を蔵し、永く異文化の異種交配が繰り返された現場である。その地から「ヨーロッパの発生と生成と、(中略)没落と再生を再吟味すること」(訳者あとがき)をめざすホッケの錬金術-旅行小説を、種村季弘の翻訳で読む。

★発売済。1996年に同版元から刊行された単行本の文庫化です。本書の再刊によって、ホッケの品切本はすべて復刊されたことになり、たいへん喜ばしいことです。原書は1960年にErdmannから刊行されたMagna Graecia: Wanderungen durch das griechische Unteritalienです。本書の成立や位置付けについては「訳者あとがき」や田中純さんの解説「レヴィヤタンとグラリエリたち――『マグナ・グラエキア』の「消えうせた顔」」に詳しいです。この旅行小説は実際にホッケ自身が行った旅行の体験を元にしているそうですが、私が個人的に忘れがたいのは、本書で主人公が神殿都市ポセイドニア(パエストゥム)について考察を進め、「ポセイドン神殿はピュタゴラスの天球の音楽〔ハルモニア〕とエレア学派の存在=確信を反映しているのだ」と気づき、その後、画家のH・M氏からハンス・カイザーの音楽=建築論を学ぶくだりです。カイザーは画家が紹介する通り「これまで学界がどちらかといえばないがしろにしていた」スイスの学者であり、「何十年来というもの、数と音の関係を研究」してきた人物で、日本には訳書は一冊もありません。しかし、ジョスリン・ゴドウィン『星界の音楽』やヨアヒム・ベーレント『世界は音』をお読みになった読者なら名前に聞き覚えがあるでしょう。かれこれ20年以上見ている夢ですが、いつの日かハンス・カイザー著作集を日本でも作ってみたいものです。


かつて描かれたことのない境地 傑作短篇集
残雪(1953-)著 近藤直子・鷲巣益美ほか訳
平凡社 2013年7月 本体2,600円 四六判上製302頁 ISBN978-4-582-83628-8
帯文より:現代中国の最重要作家が1988年から2009年までに発表した短編小説から精選、年代順に編む、日本オリジナル傑作集。ある上申書を書き直し続ける母と、夢と本によって母に現実を示す娘を語る「瓦の継ぎ目の雨だれ」から、地下に向かって成長する不思議な植物をめぐり変化する人々を描く「アメジストローズ」まで、夢の論理に細部まで貫かれた14篇を収める。

★まもなく発売。「訳者あとがき」によれば本書は「基本的には残雪短篇小説全集『かつて描かれたことのない夢の境地』(原題『残雪短篇小説全集 従未描述過的夢境』上下巻、作家出版社、2004年)に収録された作品のうち、日本で出版された残雪作品集にすでに収録されているものを除外し、『残雪研究』などの研究誌や雑誌等に発表された邦訳作品から選定したもの」(291頁)とのことです。残雪さんの近年の訳書には小説では『暗夜』(近藤直子訳、『世界文学全集』第1集06巻所収、河出書房新社、2008年)、評論では『魂の城 カフカ解読』(近藤直子訳、平凡社、2005年)があります。カフカやボルヘスを論じているだけあって、自身の書きものも幻想的な作風で知られ、本書でもその魅力的で不可思議な短篇を堪能できます。表題作の「かつて描かれたことのない境地」は道行く人々の見た夢を書き取る「記述者」の話ですが、その「いまだかつてない何かを待つ」具合はブッツァーティの『タタール人の砂漠』を思わせ、末尾の一行はカフカ『判決』の最後の光景を連想させます。14篇ともいずれも異様な物語なので、飽きさせません。

★なお、本書と同様にまもなく発売となる平凡社さんの新刊には、木村紀子『古事記 声語りの記〔しるし〕――王朝公家の封印したかった古事〔ふるごと〕』があります。版元紹介文に曰く「古事記はなぜ長らくなおざりにされてきたのか? それはこの書が日本書紀とは違い、声による語りを記すものだったことにある。その意味を深く解き明かし、古事記論の基本視座を示す」とあります。木村さんは周知の通り、日本語の成り立ちについて長年研究されてきたヴェテランで、本書では日本書紀が残せなかった伝承を古事記が残しえたのはなぜか、そしてなぜ古事記はその昔ないがしろにされてきたのか、について探究されています。日本史や古文の知識を要求される本ですが、非常に刺激的な考察だと思います。

★また、平凡社さんの新刊では、先月刊行された山岡淳一郎さんによる評伝『気骨――経営者 土光敏夫の闘い』が話題を呼んでいると聞いています。平成生まれの若い世代にとってはよく知らない人物かもしれませんが、土光敏夫(どこう・としお:1896-1988)さんは一エンジニアから出発して経営者となり、経団連の会長や、政府の諮問機関のまとめ役として、80年代の中曽根政権下での三公社民営化に尽力した人物でした。増税なき財政再建へとつき進むその馬力に魅力を感じます。本書を読んで「今の経済界にこんな人がいたらなあ」と嘆息したくなる読者がいたとしても仕方のないことです。宮崎駿監督の最新作『風立ちぬ』で描かれているエンジニアの世界とはまた別の次元で、土光さんの生きざまが「いまこそ」顧みられようとしているのは、まさに時代の要請であると感じます。


境界なき土地
ホセ・ドノソ(1924-1996)著 寺尾隆吉訳
水声社 2013年7月 本体2,000円 四六判上製176頁 ISBN978-4-89176-952-9
帯文より:大農園主ドン・アレホに支配され、文明から取り残され消えゆく小村を舞台に、性的「異常者」たちの繰り広げる奇行を猟奇的に描き出す唯一無二の〈グロテスク・リアリズム〉。バルガス・ジョサに「最も完成度の高い作品」といわしめたチリの知られざる傑作。

★発売済。シリーズ〈フィクションのエル・ドラード〉の第3回配本です。チリの巨匠、原書は、El lugar sin límites(Joaquín Mortiz, 1966)で、必要に応じて第三版(1985年)や批評版(1990年)を参照したとのことです。帯文にはマリオ・バルガス・ジョサの「錯綜した神経症的世界と豊かな文学的想像力」という文言が踊ります。女装の踊り子マヌエラの遍歴を中心に描かれた作品で、切ない、もの悲しい物語です。「彼女」が踊る時、そして男たちが彼女に乱暴を働く時、救いのない狂気が閃きます。また、金持ちが貧乏人を支配する腐敗しきった政治の中にも救いはありません。本作は映画化もされているので、予告編の動画を貼っておきます。



★「訳者あとがき」ではドノソの伝記『分厚いヴェールの向こう』(2009年)を書いた養女のピラール・ドノソが2011年に44歳の若さで服毒自殺したこと、ドノソの創作ノートに「作家である父親の死後、その秘密の日記を読んで自殺を決意する娘を主人公にした小説の構想」があったことなどが紹介されていて、戦慄を禁じえません。〈フィクションのエル・ドラード〉シリーズでは、ドノソ『夜のみだらな鳥』(鼓直訳、集英社『世界の文学』第31巻、1976年;集英社『ラテンアメリカの文学』第11巻、1984年)が今後復刊されるとのことです。古書では比較的に高値でしたから朗報です。また、大作『別荘』も他社から翻訳予定だそうです。

★また、水声社さんで今月発売された新刊の山崎剛太郎詩集『薔薇の柩 付・異国拾遺』が小著ながら注目されているようです。版元紹介文に曰く「マチネ・ポエティク最後の詩人・山崎剛太郎。95歳、研ぎ澄まされた瞳が見据える過去と現在、生と死、そして愛、あるいは永遠……。寂寥の現実と甘美な幻想とを巧みに交錯させながら、静かに過ぎゆく日常の時間を豊かに、そして壮絶にうたいあげた新作11篇にくわえ、敗戦直後に執筆された幻の未発表詩篇5篇を収録」。フランス文学の訳書は多数ありますが、ご自身の本はさほど多くなく、詩集としては『夏の遺言』が水声社から2008年に刊行されています。

★さらに、水声社さんでは「レーモン・クノー・コレクション」全巻予約者のみに配布された非売品(300部限定)の『100兆の詩篇』を再版で一般発売されたとのことです。わずか31頁の本で本体2500円というのは高いと言えば高いですが、頁にハサミを入れなければ楽しめない本なので、非売品を持っている方ももう一冊、持っていない方は読書用と保存用とで二冊、ついつい書いたくなると思います。


撮影術――映画キャメラマン大津幸四郎の全仕事
大津幸四郎(1934-)著
以文社 2013年7月 本体3,400円 A5判上製カバー装288頁 ISBN978-4-7531-0316-4
帯文より:学生反乱、三里塚、水俣から原発まで、戦後社会運動の現場や世界各地へ赴き、土本典昭、小川紳介、牛山純一、佐藤真らと共闘するキャメラマンとして日本ドキュメンタリーの「眼」を担ってきた著者が、その全軌跡を振り返りつつ自作を詳細に分析。独立で映画を志す者に「人間の撮り方」を指南する。事件の現場で何をどう撮ったか。

★まもなく発売(2013年7月24日発売予定)です。「あとがき」に付された編集担当Mさんによる付記によれば「本書は、2011年6月にオーディトリウム渋谷で行われた特集上映「反権力のポジション キャメラマン大津幸四郎」のトークショーに、既出の講演・対話、および語り下ろしを加えて編集」したとのことです。目次詳細は版元ドットコムさんの個別商品頁をご覧ください。近年ではユンカーマン監督「チョムスキー 9.11」や、佐藤真監督「エドワード・サイード OUT OF PLACE」に協力されており、2005年には、自ら撮影と構成を担当した『大野一雄 ひとりごとのように』を発表。現在は、三里塚で農業を続けるかつての闘士たちを四十余年ぶりに訪ねる長編ドキュメンタリー『三里塚』(仮題)を撮影中とのことです。本書ではどの頁からも著者による舞台裏の肉声と関係者による時代の証言とが収められ、資料として貴重なだけでなく、キャメラマンとしての倫理と矜持を教える実地の啓蒙書ともなっていると思います。映画と社会運動の交差するあわいを縫い続けた職人の姿は、厳しくも魅力的です。

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by urag | 2013-07-21 23:06 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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