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2013年 06月 27日

フーコー新刊『ユートピア的身体/ヘテロトピア』『レイモン・アロンとの対話』水声社、ほか

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弊社より二冊の共訳書、ジュディス・バトラー『自分自身を説明すること』『権力の心的な生』を上梓されている佐藤嘉幸さんがフーコーの訳書を刊行されました。

ユートピア的身体/ヘテロトピア
ミシェル・フーコー著 佐藤嘉幸訳
水声社 2013年6月 本体2,500円 A5判上製152頁 ISBN978-4-89176-980-2

帯文より:身体による権力への抵抗! 権力による服従化とともに存在し、抵抗へと反転しうる身体を考察する「ユートピア的身体」と、権力の解体の可能性を秘めた反-場所を模索する空間論「ヘテロトピア」の二篇を収録。本邦初訳のジュディス・バトラー「フーコーと身体的書き込みのパラドックス」も収録!

目次:
ユートピア的身体
ヘテロトピア
フーコーと身体的書き込みのパラドックス(ジュディス・バトラー)
「ヘテロトピア」――ヴェネチア、ベルリン、ロサンゼルス間のある概念の苦難(ダニエル・ドゥフェール)
フーコー的ユートピア/ヘテロトピアから抵抗へ――解説にかえて(佐藤嘉幸)
訳者あとがき

★発売済。原書はLe corps utopique, Les hétérotopies, Présentation de Daniel Defert, Nouvelles Éditions Lignes, 2009です。バトラーの論考Foucault and the Paradox of Bodily Inscriptionsは、The Journal of Philosophy誌の第86巻第11号(1989年11月)に掲載されたもの。巻頭の注記によれば、「ユートピア的身体」および「ヘテロトピア」は、いずれも1966年のフランスでのラジオ講演で、音源版も『ユートピアとヘテロトピア』として2004年にフランスで発売されています。なお「ヘテロトピア」の短縮改稿版「他者の場所――混在郷について」(工藤晋訳、『ミシェル・フーコー思考集成(X)倫理/道徳/啓蒙』所収、筑摩書房、2002年)は、1967年にチュニジアで執筆され同年にパリの建築研究サークルで発表された講演原稿です。

★本書と同時に、以下の新刊も発売になりました。どちらも「言語の政治」シリーズです。

レイモン・アロンとの対話
ミシェル・フーコー著 西村和泉訳
水声社 2013年6月 本体1,800円 A5判上製104頁 ISBN978-4-89176-979-6

帯文より:権力はいかに行使されるのか? 二十世紀を代表する思想家ミシェル・フーコーと社会学者レイモン・アロン。立場のまったく異なる二人が、歴史解釈、主体の問題について語り合う、異例の対談。

目次:
レイモン・アロンとの対話
解説(ジャン=フランソワ・ベール)
アロン/フーコー略年譜
未来をつむぐ対話――アロンとフーコー 「訳者あとがき」にかえて

★原書はDialogue, Nouvelles Éditions Lignes, 2007です。1967年5月のフランスでのラジオ対談で、正確なタイトルは「モンテスキューについての対話、レイモン・アロンの著書『社会学的思考の流れ』における社会学の起源、性質、精神」でした。19分の短い対談ながら、「年齢も思考法も社会との関わり方も大きく異なる二人が、背後の広がる知の領野をダイナミックに交差させることで、いくつかの共通認識を得ると同時に、共通点からそれぞれの独自性を前景化するプロセスがうかがえる」と訳者の西村さんは紹介されています。

+++

弊社では先月『絶望論』『文化と暴力』を発売しましたが、前者の著者・廣瀬純さんと、後者の著者・清水知子さんが、本日発売の月刊誌『現代思想』の最新号に寄稿されています。岡田温司さんのご論考では弊社刊、ネグリ『芸術とマルチチュード』を取り上げていただいています。

現代思想 2013年7月号 特集:ネグリ+ハート――〈帝国〉・マルチチュード・コモンウェルス
青土社 2013年6月 本体1,238円 A5判並製246頁 ISBN978-4-7917-1264-9

特集内容:
【インタビュー】
マルチチュードの現在――原子力国家・反ナショナリズム・力の契機(A・ネグリ/中村勝己聞き手・訳)
『コモンウェルス』をめぐって(M・ハート+L・シュワルツ聞き手/駒居幸+山本繭子訳)

【討議】
『コモンウェルス』をめぐる往還(A・ネグリ+M・ハート+D・ハーヴェイ/吉田裕訳)

【応答】
日本のマルチチュード――ケアをめぐる実践(上野千鶴子)
「我々はみなネグリ主義者である」、あるいは分離の論理の行方(市田良彦)

【〈共〉】
「女」を排除しない「共」の可能性(伊田久美子) 
ネグリ/ハートの制度論の限界と可能性――〈共〉のエコロジーに向けて(廣瀬浩司)

【潜勢力】
ネグリ+アート(岡田温司) 
分解の哲学(藤原辰史) 

【情動】
Multitude/Solitude――マキャヴェッリをめぐるネグリ、ポーコック、アルチュセール(王寺賢太)
大衆の情念のゆくえ――アントニオ・ネグリとエティエンヌ・バリバールのスピノザ論(太田悠介)
貧と愛のリアリズム――ネグリ=ハートのスピノザ解釈についての一考察(河村厚)

【ポストメディア】
そこに一緒に存在すること――ポストメディア時代の政治的情動と一般的感情(水嶋一憲)
脱走の技芸――ポストメディアの地平へ(清水知子)

【ネットワーク/テクノロジー】
非対称化されたネットワークに亀裂をいれる(小田亮)
〈帝国〉とテクノサイエンス(塚原東吾)

【労働/蜂起】
非物質的労働――アントニオ・ネグリとアンドレ・ゴルツの思想の収束点と分岐点(平田周)
怒りか、恥辱か――マルクス主義政治哲学のために(廣瀬純)
タイタン的概念と囚人の独言――ネグリ・ハートに関する私的メモ(マニュエル・ヤン)

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by urag | 2013-06-27 19:14 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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