2013年 04月 29日
◎作品社さんの新刊 イマヌエル・カント『実践理性批判』熊野純彦訳、作品社、2013年5月、本体6000円 小森健太朗『神、さもなくば残念――2000年代以降アニメ思想批評』作品社、2013年4月 本体2400円 『実践理性批判』はまもなく発売。取次搬入日は5月7日とのことですから、来週後半には店頭に並び始めるものと思います。昨年1月発売の『純粋理性批判』に続く、熊野訳三批判書の第二弾です。熊野さんは今月、岩波文庫で新訳のハイデガー『存在と時間(一)』(全四分冊予定)を上梓されたばかり。また、『実践理性批判』も今月、中山元さんによる新訳第一巻(全二巻予定)が出たばかりです。熊野訳『実践理性批判』には『倫理の形而上学の基礎づけ』の新訳も付されています(どちらも底本はアカデミー版全集を使用)。非常に興味深い試みとして、『倫理~』は『実践~』の第一部第一篇「純粋実践理性の分析論」と並べて訳出されており、24頁から259頁までは見開き右頁が『実践~』、同じく左頁が『倫理~』となっています。「訳者あとがき」の説明によれば「『実践理性批判』と『倫理の形而上学の基礎づけ』(旧来の訳では『道徳形而上学原論』あるいは『道徳形而上学の基礎づけ』)は、それぞれ独立の著作であるとはいえ、内容的には(とくに前者の「原則論」〔第一部第一篇第一章「純粋実践理性の原則について」〕を中心として)たがいに参照しあうところが多い」ため、左右見開きで対照することが可能なようにした、とのことです。乱丁ではないので早とちりしないようにしましょう。それにしてもカントとハイデガーの新訳を同時に行うというのは空前絶後ではないでしょうか。ちなみに『実践~』の新訳を手掛けている最中の中山元さんは『道徳形而上学の基礎づけ』(光文社古典新訳文庫、2012年8月)も翻訳されています。さらに付言しておくと、熊野訳カントを担当されているベテラン編集者のTさんによって、まもなく山口祐弘さんの新訳ヘーゲル大論理学第二弾『ヘーゲル論理の学 第二巻 本質論』(予価4000円税別)が発売されます。訳者先生もすごいですが、編集者の腕前もものすごいですね。 『神、さもなくば残念。』は発売済。ミステリ作家、批評家、翻訳家で近畿大学で教鞭も取っておられる小森さんの力作評論です。帯文には「敢えて言おう、本書こそが、アニメ新世紀の批評であると!《深化》した“本格”アニメ批評宣言!」、さらに「「思想としてのアニメ」の理路を指し示す」、「サブカル批評そのものの革新」と謳われています。扱われるアニメ作品は「2000年代以降の主要アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』、『涼宮ハルヒの憂鬱』、『攻殻機動隊』、ゼロ年代『機動戦士ガンダム』シリーズ、『灰羽連盟』、『僕は友達が少ない』、など数百本」とのことです。哲学系の文献では、第壱部「アニメは、哲学したか?」の第2章「萌えの現象学」においてもっぱらフッサールが参照され、続く第3章「真理〔パンツ〕の本質について/《ストライクウィッチーズ》論」ではニーチェやハイデガーが参照されています。ほかにも海外ではライプニッツ、ミル、ベンヤミン、ウスペンスキー(!)、国内では東浩紀さんや笠井潔さん、宇野常寛さんなどが論及されます。「はじめに」で書名の由来が明かされています。「タイトルの「神、さもなくば残念。」は、アニメ化された人気作品『涼宮ハルヒの憂鬱』のヒロイン、涼宮ハルヒに始まる〈残念〉キャラの系譜の考察に即してふれられる。作品世界内の設定に即せば、涼宮ハルヒは無自覚ながらも世界を思いのままに改変する力をもち、神のごとき存在である。しかし周囲には言動が意味不明であるために、容貌がいいのに〈残念〉であると目されている。涼宮ハルヒ以降の、同系列の萌えキャラたちは、多くが神の至高性と残念なガッカリぶりをあわせもつ、その振幅のダイナミズムの中にあったと言える。私たち受け手にとって、愛でられる美少女が、神のごとき崇拝の対象となるばかりでなく、残念ゆえにより愛される存在となりえる、その振幅の中に〈萌え〉の現象は起こると言えるだろう」(2頁)。 ◎河出書房新社さんの新刊 ジャン=クレ・マルタン『ドゥルーズ――経験不可能の経験』合田正人訳、河出文庫、2013年5月、本体1200円 東野芳明『虚像の時代――東野芳明美術批評選』松井茂・伊村靖子編、河出書房新社、2013年4月、本体3500円 『ドゥルーズ』はまもなく発売。原書はDeleuze, Editions de l'Eclat, 2012です。巻末には日本語版オリジナルとして、来日講演のための書き下ろし「ドゥルーズとグァタリ」が収録されています。カバー裏の紹介文には「ドゥルーズの直系にして最もドゥルーズ的な哲学者が諸概念を横断しながら、ドゥルーズ哲学のエッセンスを閃光のようにとりだして、危うく美しいその思考のラディカリズムを浮き彫りにする珠玉の名著」と書かれています。これまで河出さんでは三つのドゥルーズ論、ズーラビクヴィリ『ドゥルーズ・ひとつの出来事の哲学』(小沢秋広訳、1997年)、バディウ『ドゥルーズ――存在の喧騒』(鈴木創士訳、1998年)、宇野邦一『ドゥルーズ――群れと結晶』(2012年)と、ドゥルーズ/ガタリの評伝、ドス『ドゥルーズとガタリ 交差的評伝』(杉村昌昭訳、2009年)を刊行されてきましたが、ここにまた非常に魅力的な入門書が加わりました。序と10のパートから成るコンパクトな本で、10のパートを列記すると、「問題の意味」「批判的・危機的諸経験」「ドラマ化」「差異と反復」「出来事・事件」「諸多様体」「器官なき身体」「シネマでのイメージ」「概念」となっています。なお、マルタン(1958-)の既訳書には、以下のものがありますが、今月刊行が本書のほかにもう一冊『哲学の犯罪計画――ヘーゲル『精神現象学』を読む』(信友建志訳、法政大学出版局)が予告されています。 1997年07月『ドゥルーズ・変奏』毬藻充・加藤恵介・黒川修司訳、松籟社 2000年12月『物のまなざし――ファン・ゴッホ論』杉村昌昭・村沢真保呂訳、大村書店 2010年12月『百人の哲学者 百の哲学』杉村昌昭・信友建志監訳、河出書房新社 2011年12月『フェルメールとスピノザ――〈永遠〉の公式』杉村昌昭訳、以文社 また、訳者の合田正人先生は河出さんより6月に『幸福異論(仮)』という単行本を出版される予定だそうです。「幸福の思想史をたどり、アランらの三大幸福論を読み解きながら、この時代の幸福を考える」とのこと。三大というのはアランのほかにラッセル、ヒルティあたりでしょうか。 『虚像の時代』は発売済。副題にある通り、東野芳明(とうの・よしあき:1930-2005)さんの美術批評を再編集してまとめたものです。帯文に曰く「ネオ・ダダ、ポップ・アート、デザイン、建築、マクルーハン、そして大阪万博へ――日本の芸術(アート)シーンを大躍進させた批評家・東野芳明を再読せよ!!! 最も熱かった時代、最も熱い現場に立ち会った美術・文化批評をパッケージ」。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけますが、冒頭に編者のお二人、松井茂さんと伊村靖子さんによる「生中継の批評精神——一人称のビオス」が置かれ、続いて東野さんの22篇のテクスト、巻末には、磯崎新さんによる「反回想 「おれは評論家じゃなくて批評家なんだ」といった東野芳明のことを思い出してみた」と、編者のお二人それぞれの論考、最後に収録テクストの初出などを記した「解題」となります。帯文にも惹かれていますが、磯崎さんは「ぼくらは、美術界のコンセプトを全部、東野(トーノ)経由で理解した」と証言されています。ポップなブックデザインは加藤賢策さんによるもの。担当編集者はYさん。先月、三木成夫さんの『内臓とこころ』の文庫化を手掛けた編集者で、今月は森山大道さんの写真集『実験室からの眺め』(後日ご紹介)も担当されています。 ◎青土社さん『現代思想』最新号 『現代思想』2013年5月号「自殺論――対策の現場から」、青土社、2013年4月末発売、本体1238円 発売済。巻頭に柄谷行人さんの新連載「中国で読む「世界史の構造」 第1回 『世界史の構造』について」が掲載されています。特集「自殺論」では、篠原雅武「絡まり合いと自滅――ドゥルーズ=ガタリのファシズム論の現代的意義の検討」、小泉義之「モラリズムの蔓延」をはじめ、刺激的な論考や討議が並びます。詳細は書名のリンク先をご覧ください。6月号の特集は「ガタリ(仮)」とのこと。5月号にも寄稿されていた篠原さんのほか、粉川哲夫さん、鈴木泉さんらの論考、ガタリやラッツァラート、アンヌ・ケリアンらの翻訳などが予定されているようです。討議は二本で、ひとつは杉村昌昭・村澤真保呂・近藤和敬の三氏によるもの、もう一本は江川隆男さんと千葉雅也さんの対談となる様子。非常に楽しみです。なお、青土社さんでは今月、ダナ・ハラウェイ『犬と人が出会うとき――異種協働のポリティクス』(高橋さきの訳)という注目新刊を刊行され、来月下旬にはジグムント・バウマンとデイヴィッド・ライアンの共著『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について――リキッド・サーベイランスをめぐる7章』を発売される模様です。どちらも必読ですね。 ◎中央公論新社さん「中公新書」新刊 野中郁次郎編著『戦略論の名著――孫子、マキアヴェリから現代まで』中公文庫、2013年4月、本体800円 発売済。これまで中公新書では様々な「名著」シリーズを刊行していて、近年では樺山紘一『新・現代歴史学の名著――普遍から多様へ』(2010年3月)、熊野純彦『近代哲学の名著――デカルトからマルクスまでの24冊』(2011年5月)、立木康介『精神分析の名著――フロイトから土居健郎まで』(2012年5月)などが話題となりました。今回の『戦略論の名著』は、カバーソデの紹介文によれば、「古今東西の戦略思想家たちの叡智が結集された戦略論の中から、『失敗の本質』で知られる編著者が現代人必読の12冊を厳選。孫子、マキアヴェリ、クラウゼヴィッツの三大古典から20世紀の石原莞爾、リデルハート、クレフェルト、そして21世紀の最新理論まで網羅し、第一線の研究者が詳細に解説する決定版。各章末に「戦略の名言」を付す」とのこと。三大古典というのは言うまでもなく、孫武『孫子』、マキアヴェリ『君主論』1513年、クラウゼヴィッツ『戦争論』1832年。このほか、マハン『海上権力史論』1890年、毛沢東『遊撃戦論』1938年、石原莞爾『戦争史大観』1941年、リデルハート『戦略論』1954年、ルトワック『戦略』1987年、クレフェルト『戦争の変遷』1991年、グレイ『現代の戦略』1999年、ノックス&マーレー『軍事革命とRMAの戦略史』2001年、ドールマン『アストロポリティーク』2001年、です。このうち、ルトワック、グレイ、ドールマンの本は未訳。そのほかは中公文庫をはじめ、単行本が出ています。古典や基本文献に挑戦しようと思いつつも手が出なかった多くの読者にとって、本書は絶好の導き手となるに違いありません。 ◎平凡社さん新刊 『西郷信綱著作集 第8巻 文学史と文学理論III 古典の影』平凡社、2013年4月、本体9000円 ヴァールミーキ『新訳ラーマーヤナ 5』中村了昭訳、東洋文庫、本体3300円 『西郷信綱著作集』第8巻は発売済。第8回配本で、残るは第9巻『初期論考・雑纂』(2013年6月刊行予定)のみ。今回の第8巻は、第6巻「詩の発生」、第7巻「日本古代文学史」に続く、「文学史と文学理論」の第3弾で、「古典の影――学問の危機について」(未來社、1979年;新版、平凡社ライブラリー、1995年)と「国学の批判――方法に関する覚えがき」(青山書院、1948年;増補版、未來社、1965年)を収録。後者は初版本での副題は「封建イデオローグの世界」でした。帯文に曰く第8巻は「〈西郷古典学〉の根本方法を示す2つの著作! 独自の経験概念に接地させて〈読む〉方法を探求する名著『古典の影』と、そこに至る道を独力で切り拓いた『国学の批判』を収録!」。解説は、『国学の批判』が大隅和雄さんのご担当で、『古典の影』が龍澤武さんのご担当。月報には今井清一「横浜市立大学と西郷信綱さん」、小馬徹「夢見る頃を過ぎても」の二篇が掲載されています。 『新訳ラーマーヤナ』第5巻は発売済。原典第5巻「優美の巻」および第6巻「戦争の巻」第36章までを収録しています。帯文には「ハヌマトは捕らわれのシーターをついに発見、ラーマに報告。ラーマは猿軍を率い海を渡り、ラーヴァナとの決戦へ向かう」とあります。変幻自在の羅刹王ラーヴァナにさらわれた王妃シーターを探しに、偉大な猿ハヌマト(ハヌマーン)巨大化して飛翔を開始します。その描写から始まり、ハヌマトが囚われの王妃を見つける様子が「優美の巻」に、それに続くシーター奪回に向けてのラーマ王子と猿たちの進軍が「戦争の巻」に描かれています。ラーマが海を渡るために弓を放つ時の凄まじさと言ったらありません。ものすごい迫力で、海原も大地もともに引き裂き、世界を漆黒の闇に陥れ、星辰すらも揺るがさずにはおかないのです。たとえそれを大げさと言っても、この偉大な叙事詩には傷一つ付きません。この物語を聴いた昔のインドの人々はどんなにか想像力を掻き立てられたことでしょう。『新訳ラーマーヤナ』は全7巻予定。完結が見えてきた気がします。 次回の東洋文庫は5月刊、ウノ・ハルヴァ『シャマニズム 2』です。また、平凡社ライブラリーの5月新刊には、村上恭一訳『へ―ゲル初期哲学論集』が予定されています。さらに来月は同社の「新版イメージの博物誌」が2点刊行されます。ジョン・シャーキー『ミステリアス・ケルト――薄明のヨーロッパ』と、スタニスラス・クロソウスキ・ド・ローラ『錬金術――精神変容の秘術』です。スタニスラス・クロソウスキ・ド・ローラはピエール・クロソウスキーの実弟バルテュスの子息。平凡社さんからはこのほかに『錬金術図像大全』(1993年)という大冊が出ていましたが、現在は残念ながら品切です。 ◎書肆山田さん「りぶるどるしおる」新刊 ロジェ・ラポルト『死ぬことで』神尾太介訳、書肆山田、2013年3月 発売済。原書はMoriendo, P.O.L, 1983です。『プルースト/バタイユ/ブランショ――十字路のエクリチュール』(山本光久訳、水声社、1999年)、『探究――思考の臨界点へ 』(山本光久訳、新宿書房、2007年)に続く、ラポルトの翻訳第三弾ですが、これまで訳されてきたのは評論(エチュード)で、今回は初めての散文作品(ビオグラフィ)です。帯文はこうです、「生きること。生きることを考えること、言葉にし書くこと。立証されることがないであろう生への問を問い続ける。続けること。意志して生き続けること。自らとそうでないものの境をたどりつつ。それは、問い詰められ、これ以上ないまでに素裸にされた生が、何かに転換されることなのか」。100頁ちょっとの小さな本ですが、静謐さと執拗さを兼ね備えた独特のエクリチュールで、読んでいると作家の存在そのものでもあるような、細く長く落ちていく内面性、異界へと繋がっているかのような管を滑っていく感覚にとらわれます。美しく、そして恐ろしいです。 最後になりますが、今月印象的だった文学作品の新刊には、ディーノ・ブッツァーティ『タタール人の砂漠』(脇功訳、岩波文庫、2013年4月)がありました。言うまでもなく、ブッツァーティ(1906-1972)による1940年の名作で、永遠に続くかに思える待機をめぐる寓話です。親本は松籟社さんの1992年刊。巻末の「訳者解説」によれば、再刊にあたって、「旧版に少しばかり手を加え、「訳者解説」は書き改めた」とのことです。ブッツァーティが文庫化されるのは『神を見た犬』(関口英子訳、光文社古典新訳文庫、200年)に続く二度目。岩波文庫では来月も『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(脇功訳)を刊行予定。親本は1974年に河出書房新社さんから刊行され、1990年に新装版が出た短編集『七人の使者』かと思われます。ひょっとするともうひとつの短編集『待っていたのは』も脇さんの訳なので、いずれ文庫化されるのかもしれません。なお、岩波書店では今月、岩波現代文庫の新刊で横張誠編訳『ボードレール語録』が出ました。文庫オリジナル版書下ろしとのこと。版元紹介文には「「ブルジョワジー」「メランコリー」「陶酔」などをキーワードにして19の詩・散文のテクストを解説」とあります。
by urag
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