2013年 02月 24日

注目の新刊と既刊:西垣通『集合知とは何か』中公新書、ほか

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集合知とは何か――ネット時代の「知」のゆくえ
西垣通 著
中公新書 2013年2月 本体820円 新書判並製240頁 ISBN978-4-12-102203-5

カバーソデ紹介文より:インターネットの普及以来、アカデミズムの中核を成してきた専門知が凋落する中で、集合知が注目を集めている。このネット上に出現した多数のアマチュアによる知の集積は、いかなる可能性をもち、社会をどのように変えようとしているのか。基礎情報学を中軸に据え、哲学からサイバネティクス、脳科学まで脱領域的に横断しつつ、二一世紀の知のあり方を問い、情報社会の近未来をダイナミックに展望する。

目次:
まえがき
第一章 ネット集合地への期待
第二章 個人と社会が学ぶ
第三章 主観知から出発しよう
第四章 システム環境ハイブリッドSEHSとは
第五章 望ましい集合知をもとめて
第六章 人間=機械融合系のつくる知
あとがき
主要参考文献

★発売済。21世紀の情報社会における人間にとっての「知」とは何か、その可能性をさぐる書き下ろしです。「ポストヒューマン」「ネオ・サイバネティクス」「システム環境ハイブリッド」「タイプIIIコンピュータ」など色々なキーワードが出てきます。「ネオ・サイバネティクス」というのは、フォン・フェルスターの二次サイバネティクス(工学)、マトゥラーナ&ヴァレラのオートポイエーシス理論(生命科学)、ルーマンの機能的分化社会理論(社会学)」をはじめ、「フォン・グレーザーズフェルドのラディカル構成主義発達心理学(認知科学)、シュミットの文学システム論(文学)、さらに河本英夫の身体論(科学哲学)などもふくまれる」、「学際的な新潮流」(127-128頁)。著名な研究者には、メディア学者マーク・ハンセンなどがいます。文理の区別を越境していくこの潮流は書店の書棚で表現するのが一見難しいようにも思えますが、そもそも文理の縦割りはもう時代の趨勢に適していないのかもしれません。未来の書棚が垣間見えてくるような本です。


反乱する都市――資本のアーバナイゼーションと都市の再創造
デヴィッド・ハーヴェイ著 森田成也・大屋定晴・中村好孝・新井大輔訳
作品社 2013年2月 本体2,400円 46判上製 ISBN978-4-86182-420-3

帯文より:世界を震撼させている都市反乱は、21世紀資本主義をいかに変えるか? パリ・ロンドン暴動、ウォールストリート占拠、ギリシア・スペイン「怒れる者たち」……混迷する資本主義と都市の行方を問う。欧米で話題騒然。

各紙評:『ガーディアン』・・・ハーヴェイによると、資本主義は、常に、アーバナイゼーション(都市開発)を通じて発展し、金融手段の発明によってバブルに躍り、やがて不動産バブルの崩壊とともに“恐慌”に突入する。本書は、都市/資本主義の発展と危機を、パリやニューヨーク、中国などの都市開発の歴史をもとに分析し、現在の都市反乱とグローバル資本主義の行方を論じたものである。
『フィナンシャル・タイムス』・・・街頭の抗議行動はグローバルに拡大し、世界を騒然とさせている。これが新しい時代への胎動の一つであることは確かだろう。では、この世界的反乱が、資本主義のいかなる必然性から発生し、資本主義にどのような影響を与えようとしているのか? 本書は、きわめて知性的な左派からの分析である。
『パブリッシャーズ・ウィークリー』・・・著者は、資本主義の運動法則を明らかにするうえで、都市を中心的な基盤として考える。資本は、都市の「創造的破壊」によってのみ発展することができる。本書は、パリコミューンから、エルアルト(ボリビア)、ウォールストリート占拠、EUの「怒れる者たち」までを取り上げ、都市コモンズの再創造について展開する。
『サンデー・ビジネス・ポスト』・・・現在、最も世界的に影響力のある思想家による必読書。新自由主義、金融危機の分析で注目を浴びているハーヴェイ教授は、本書で、現在最も世界を揺り動かしている都市反乱と資本主義の今後について取り組んだ。

原書:Rebel Cities: From the right to the City to the Urban Revolution, Verso Books, 2012.

目次:
[序文]都市は誰のものか?──ルフェーヴルの構想
第I部 都市への権利――金融危機、都市コモンズ、独占レント
 第1章 都市への権利――資本のアーバナイゼーションへの対抗運動
 第2章 金融危機の震源地としての都市
 第3章 都市コモンズの創出
 第4章 レントの技法――文化資本とコモンズの攻防
第II部 反乱する都市――エルアルト、ロンドン、ウォールストリート
 第5章 反資本主義闘争のために都市を取り返す
 第6章 二〇一一年ロンドン──野蛮な資本主義がストリートを襲う
 第7章  ウォールストリート占拠(OWS)──「ウォールストリートの党」が復讐の女神に遭うとき
付録 都市と叛乱の現在――デヴィッド・ハーヴェイ、インタヴュー
 「都市への権利」から都市革命へ──『叛乱する都市』について
 来たる都市革命──世界各地の都市叛乱は新時代の始まりを告げるか?
訳者解題(森田成也)

★発売済。昨年刊行されたばかりのハーヴェイの最新著が早くも日本語訳されました。1979年に『地理学基礎論――地理学における説明』(松本正美訳、古今書院)が刊行されてから今回の本書に至るまで、12点13冊もの訳書が刊行されてきたことになります。「ハーヴェイにとって都市は単に人口と産業の集積した物質的な器(絶対的空間)ではない。それは同時に、資本の蓄積運動のダイナミズムを通じて絶えず生成され、つくり直されていく動的な過程でもある。資本は絶えず年を生成し再生成することによってのみ存立し発展することができる。〔…〕資本がある程度自立的に存立しうる最小単位は工場ではなく、何よりも年なのである。それゆえ資本は、既存の都市空間を自らの姿に似せてつくり変えるか(都市の資本化)、自らを都市的存在へと空間的に物質化させなければならない(資本の都市化)。この二重の過程を表現するものが、ハーヴェイの言う「資本のアーバナイゼーション」である。/この意味で、都市論は、経済学の特殊なサブ領域い追いやられるべきものでもなく、資本主義の基本的な運動法則を明らかにする経済原論の中に有機的に統合されなければならないものである。ハーヴェイが最初の頃から力説してきたのはこのことである」(304-305頁)と訳者解題で森田さんは説明されています。本書はハーヴェイがこれまで地道に積み重ねてきた都市研究の的確さを証明するもので、市民運動の高まりが都市を変え経済体制の変革への繋がっていくことを入念に跡づけています。

★「真の自由の世界が始まるのは、マルクスが主張するように、このような〔階級的支配と商品化された市場的決定の〕物質的制約が乗り越えられる場合のみである。反資本主義闘争のために都市をとり返し、それを組織することは、その偉大な出発点である」(253頁)ハーヴェイは述べます。また、「かすかな希望の光は世界中にある。スペインやギリシャにおける怒れる者たち〔インディグナドス〕の運動、ラテンアメリカにおける革命的衝撃、アジアの農民運動、これらはすべて、略奪的で野蛮なグローバル資本主義が世界を解放するという壮大な詐欺を見破る端緒である」(258頁)。さらに「運動はとりわけ、すべての疎外された人々、不平や不満を抱いている人々に働きかけねばならない。〔…〕これらの一切が民主主義的に結集して、凝集性のある対抗勢力になる必要がある。それはまた未来のアウトラインを自由に思い描かなければならない、オルタナティブな都市、オルタナティブな政治システム、そして究極的には、生産、分配、消費を人民の利益に沿って組織するオルタナティブな方法のアウトラインを。さもなければ、若者たちの未来は、雪だるま式に増大する私的債務とますます深刻化する公的緊縮化政策に塗りつぶされ、いっさいが一%の人々の利益のために存在し、そもそもいかなる未来もない状況になってしまうだろう」(264-265頁)。「真の市民としての責任を負わないまま個人としての権利を教授している企業の特権は、縮小されなければならない。教育や医療のような公共財〔パブリック・グッズ〕は、公共的に供給され、自由に利用できなければならない。メディアにおける独占権力は打破されなければならない。票を買うことは憲法違反だとされなければならない。知識と文化の私有化は禁止されなければならない。他者を搾取し略奪する自由は、厳格に抑制され、最終的には違法とされなければならない」(265-266頁)。無縁社会やSNEP(孤立無業者)がクローズアップされつつあるこんにちの日本において、ハーヴェイの力強い主張は、オルタナティブな未来を夢見る読者にとって勇気を与える契機となる気がします。

★本書の編集担当者のUさんはここ最近では以下の2点も手掛けられています。ロルドン『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか?』や、クリステヴァ『メラニー・クライン』はともに重版されている話題書です。

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なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか?――新自由主義社会における欲望と隷属
フレデリック・ロルドン(Frédéric Lordon, 1962-)著 杉村昌昭訳
作品社 2012年11月 本体2,400円 46判上製276頁 ISBN978-4-86182-417-3

帯文より:「“やりがい”搾取」「“自己実現”幻想」を粉砕するために。“ポスト近代の奴隷制”と化した新自由主義社会――マルクスの“構造”分析とスピノザの“情念”の哲学を理論的に結合し、「意思的隷属」というミステリーを解明する。欧州で熱狂的支持! 最先鋭の資本主義論。

帯文(裏)より:欧米で、大きなうねりとなって拡大する「怒れる者たち」(格差社会や緊縮財政への抗議運動)が熱狂的に支持する先鋭的経済学者の話題作! かつてマルクス主義が主唱した資本家/労働者という固定的な図式は崩れ、資本主義は私たちに、労働と市場を通した“やりがい”や“自己実現”の機会を与えている。しかし、それによって私たちの欲望や生きがいは、資本の論理にそって構築され、感情や心理をも従属させられ、その結果、私たちは、喜んで“会社や金融の奴隷”となっていると言っても過言ではない。本書は、いわば“ポスト近代の奴隷制”と化した今日の新自由主義社会を、マルクスによる“構造”分析を超えて、構造を機能させている原動力としての人々の欲望・感情・心理を、スピノザの“情念”の哲学によって分析した、欧州で最も先鋭的な経済学者による話題の書である。

原書:Capitalisme, desir et sertitude: Marx et Spinoza, La Fabrique, 2010.

目次:
[日本語版序文]ポスト近代の“奴隷制”としての新自由主義――資本による「実質的包摂」は、いかに機能しているのか?
[はじめに]なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか?――「やりがい搾取」や「自己実現幻想」を超えて
第1章 “何かをしたい/させたい”という欲望
第2章 人を“喜んで”労働させる方法
第3章 “労働による支配”からの脱却をめざして
訳者あとがき

★著者はフランスの経済学者であり、その著書が翻訳出版されるのは今回が初めてになります。訳者の杉村昌昭さんはロルドンについて「ここ数年の世界的金融危機の恒常化にともなって、現行の世界金融体制をラディカルに批判する数少ない左派の金融経済学者として彗星のごとく登場した人物」と紹介されています。今回訳された著書(原題「資本主義、欲望、隷属――マルクスとスピノザ」)は日本語題が示す通り「なぜ現代人は喜んで“資本主義の奴隷”になるのか」を分析したものです。「今日の資本主義企業が体現しているのは、ついに完遂された「実質的包摂」である。すなわち、資本の蓄積の論理のために、人間の全生活を従属させること。こうした賃金労働者の精神の完全な植民地化、労働者の感情や行動的潜勢力のすべてを動員しようという企てである。この生そのものの組み込みの全面化について思考するための概念手段を、われわれは手にしなければならない。この欲望と感情からなるマチエール(原素材)をもっともよく取り扱うことができるのは、おそらくスピノザ主義であろう」(日本語版序文より、11-12頁)と著者は書きます。また、「もし進歩という思想に意味があるなら、それは生を喜びの感情で満たし豊富化すること以外にない。われわれの力によって現実化することができる可能性の領域を拡大し、それを“真の善=利益=財産”に向けて方向づけるということである。スピノザとともに“私は人間の人間らしい生活をそう理解する”と言おうではないか」(250頁)。

★白石嘉治さんは「週刊金曜日」2012年11月30日号(第922号)に寄稿された記事「国家と資本の奴隷から脱却せよ」の中で、本書と村澤和多里『ポストモラトリアム時代の若者たち――社会的排除を超えて』(世界思想社、2012年10月)とを取り上げています。また、橋本努さんは「週刊東洋経済」2012年12月23日号に本書の書評「支配の本質をえぐり出す大胆かつ刺激的な試み」を寄せておられます。


メラニー・クライン――苦痛と創造性の母親殺し
ジュリア・クリステヴァ著 松葉祥一・井形美代子・植本雅治訳
作品社 2012年12月 本体2,800円 46判上製360頁 ISBN978-4-86182-421-0

帯文より:いかにして、メラニー・クラインは、精神分析家となったのか? クラインの人生を記すことは、精神分析の歴史を記すことである。そして、その理論は、彼女の数奇な人生と密接に結びついている……。クリステヴァによる本格評伝。

帯文裏より(訳者あとがきより要約):クラインの理論の核心は「母殺し」である――。母親殺しの場を作り出すことが人間の精神的発達の基盤である、というクラインの理論こそが、精神分析が人間理解にもたらした最も重要な視点の一つである。〔……〕クリステヴァは、三つの視点からクラインを読み解いていく。第一に、厳格な母、不幸な夫婦関係、離反する娘といった個人史。第二に、医師免許も学位もなく、40歳で分析家となり学派を形成し、アンナ・フロイトらと激しい論争を展開した公的活動。第三に、対象関係論の創始者として精神病と自閉症の理論化と臨床に大きな貢献を果たした、その実践と理論である……。

原書:Le genie femin: Melanie Klein, Fayard, 2000.

目次:
序章 精神分析の世紀
第1章 ユダヤの家系、ヨーロッパの歴史──うつ病とその後遺症
第2章 子どもたちを分析する──スキャンダルから遊びの技術へ
第3章 他者と結びつきの優先性と内在性──赤ん坊は対象とともに生まれる
第4章 不安か欲望か──はじめに死の欲動があった
第5章 早熟で横暴な超自我
第6章 母親崇拝か母親殺し礼賛か? 両親
第7章 具体化した隠喩としての幻想
第8章 象徴性の内在と度合い
第9章 外国語から支持者と不支持者のネットワークへ
第10章 クライン主義の政治
訳者あとがき(松葉祥一)
著者略歴/メラニー・クライン略歴/訳者略歴

◎ジュリア・クリステヴァ(Julia Kristeva, 1941-)既訳書一覧
1981年10月『中国の女たち』丸山静ほか訳、せりか書房
1983年01月『ことば、この未知なるもの――記号論への招待』谷口勇ほか訳、国文社
1983年10月『セメイオチケ(1)記号の解体学』原田邦夫訳、せりか書房
1984年08月『セメイオチケ(2)記号の生成論』中沢新一ほか訳、せりか書房
1984年07月『恐怖の権力――「アブジェクシオン」試論』枝川昌雄訳、法政大学出版局
1985年10月『テクストとしての小説』谷口勇訳、国文社
1986年05月『ポリローグ』赤羽研三ほか訳、白水社
1987年09月『初めに愛があった――精神分析と信仰』枝川昌雄訳、法政大学出版局
1987年11月『記号の横断』クリステヴァ編著、フランソワ・チェンほか共著、中沢新一訳、せりか書房
1990年10月『外国人――我らの内なるもの』池田和子訳、法政大学出版局
1991年07月『女の時間』棚沢直子ほか編訳、勁草書房
1991年10月『詩的言語の革命(1)理論的前提』原田邦夫訳、勁草書房
1992年11月『サムライたち』西川直子訳、筑摩書房
1994年03月『黒い太陽――抑鬱とメランコリー』西川直子訳、せりか書房
1994年10月『彼方をめざして――ネーションとは何か』支倉寿子ほか訳、せりか書房
1998年05月『プルースト――感じられる時』中野知律訳、筑摩書房
2000年09月『詩的言語の革命(3)国家と秘儀』枝川昌雄ほか訳、勁草書房
2001年03月『母の根源を求めて――女性と聖なるもの』カトリーヌ・クレマン共著、永田共子訳、光芒社
2005年01月『斬首の光景』星埜守之訳、みすず書房
2006年08月『ハンナ・アーレント――〈生〉は一つのナラティヴである』松葉祥一ほか訳、作品社
2012年12月『メラニー・クライン――苦痛と創造性の母親殺し』松葉祥一ほか訳、作品社
続刊予定『詩的言語の革命(2)19世紀末の前衛:ロートレアモンとマラルメ』勁草書房

★付言しておきますと、編集担当者のUさんはさいきん、「週刊ポスト」2013年2月15日発売号に掲載された16頁にわたるフルカラー総力特集記事「SEXの文化史 名著講義」でも登場されています。『ヴァギナの文化史』『ペニスの文化史』『お尻とその穴の文化史』『オルガスムの歴史』『ヴァージン――処女の文化史』『体位の文化史』『乱交の文化史』など、Uさんが手掛けられた数々の訳書が紹介され、最後のページではインタビューにも応じられています。Uさんはほかにも『おなら大全』『うんち大全』『でぶ大全』などを世に送り出されていますが、同時に、クロード・ランズマン『ショアー』、ジャック・アタリ『21世紀の歴史』などのロングセラーも担当されています。『野生のアノマリー』『マルクスを超えるマルクス』をはじめとするアントニオ・ネグリの訳書5点もUさんのご担当。エロスから政治哲学まで幅広いご活躍は人文業界では知らぬ者はいません。
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by urag | 2013-02-24 20:54 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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