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2012年 11月 25日

注目新刊:ガダマー『真理と方法』全三巻ついに完結、ほか

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真理と方法――哲学的解釈学の要綱(III)
ハンス=ゲオルク・ガダマー(Hans-Georg Gadamer, 1900-2002):著 轡田收+三浦國泰+巻田悦郎:訳
法政大学出版局 2012年11月 本体3,800円 四六判上製334頁 ISBN978-4-588-00177-2

帯文より:20世紀の古典、待望の完結。西洋哲学史の伝統に根ざし、テクストの理解および世界認識の方法を独自の解釈学として深化させたガダマーの主著。歴史解釈における経験の媒体および地平をなす言語の存在に光を当てた第三部に関連論考を併録。

原書:Wahrheit und Methode: Grundzuege einer Philosophischen Hermeneutik, J.C.B.Mohr, 1960/1965/1972/1975.

★発売済。ついに完結。第III巻に併録された関連論考というのは「解釈学と歴史主義」論文および「原著第三版あとがき」。巻末に便利な全巻索引あり。第I巻(轡田収+麻生建+三島憲一+北川東子+我田広之+大石紀一郎:訳、初版1986年8月、新装版2012年11月)も新装版として同時期に復刊。86年の第I巻刊行ののち、第II巻(轡田収+巻田悦郎:訳、2008年3月)が二十数年ぶりに上梓された時は誰もが驚嘆したものでしたが、その4年後の現在、第I巻から数えればおよそ4半世紀を経ていよいよ全三巻完結と相成りました。叢書「ウニベルシタス」の最新刊はすでに980番台後半を数えていますが、『真理と方法』は3冊とも170番台です。

★轡田さんが「訳者あとがき」にこう書かれておられるのが印象的です。「追い込みにかかったのは時あたかも三月一一日の大震災の時期にあたり、「科学論」の狭隘さや偏見を指摘しかつ批判するガダマーの論述を読みながら、この国の政治家はもとより多くの科学者たちの言辞がいかに基本的な「教養」を欠いているものか痛感した。事柄にだけ目を向け、その社会的・歴史的関連を顧慮することを知らない、あるいは知ろうとしない態度には、同じく学を志している者として怒りさえおぼえた。教養の欠如は無自覚なイデオローグを生み、科学論以前の通俗科学技術論しか口に出せない。たとえば、原発をなくせば、それにかかわる研究者が育たなくなり、廃棄物はおろか原発処理もできなくなる、といった論理である。科学思想家が科学のあり方をこの程度にしか認識していないとは、なさけないどころではないであろう。ガダマーの論述の一部は具体例の点ではアウト・オブ・デイトの感なきにしもあらずだが、基本はunverjaehrt(時効にかかることはない)であるから、改めて傾聴すべきだと確信する」(982-983頁)。

★法政さんで待望の全三巻完結、と言えば先月刊行の次の新刊を忘れるわけにはいきません。
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人間本性論(3)道徳について
デイヴィッド・ヒューム著 伊勢俊彦+石川徹+中釜浩一訳
法政大学出版局 2012年10月 本体8,600円 A5判上製344頁 ISBN978-4-588-12083-1

帯文より:徳と悪徳を区別するのは理性ではなく、人間の自然な感情である。社会における人々の感情と行動との一致はいかにして作られるのか。ヒュームによる人間精神の解剖学。

★ガダマーと同じく、第1巻「知性について」(木曾好能:訳、初版1995年2月;新装版2011年5月)の出版から第2巻「情念について」(石川徹+中釜浩一+伊勢俊彦:訳、2011年12月)刊行までの間が開いているものの、第1巻の復刊以来は順調でした。時折復刊される岩波文庫の大槻春彦訳『人性論』全4巻(1948-1952年)と値段で比べると、法政版はかなり高額ではありますが、抄訳ではなく全訳を見るためには、品切の岩波文庫4巻本のほかは法政のこの新訳3巻本が頼りです。ガダマーといい、ヒュームといい、法政さんのゆるぎなき学術出版の姿勢には本当に頭が下がります。

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子供の哲学――産まれるものとしての身体
檜垣立哉(ひがき・たつや:1964-):著
講談社選書メチエ 2012年11月 本体1,500円 四六判並製219頁 ISBN978-4-06-258541-5

帯文より:西田幾多郎、レヴィナス、ドゥルーズ……その思考のあらたな可能性。子供である「私」、この地点からあたらしい哲学がはじまる!

カバー裏紹介文より:これまでの哲学が再三にわたって論じてきた「私」という問題。しかしそこには、大きな見落としがあったのではないか? 産まれる、子をはらむ、産む、死んでいく、だけど誰かが残る。こうしたことを、それ自身として真正面からとらえる。そのための哲学が、ここからはじまる。

目次:
序文  子供/妊娠の哲学のために
第1章 私と身体をめぐる伝統的議論
第2章 生命としての私へ
第3章 西田幾多郎の他者論と生殖論
第4章 レヴィナスの他者論と生殖論
第5章 私であることと「いのち」の遺伝
第6章 子供とは誰のことか――「自分の子供」概念の脱構築

あとがき

★発売済。ドゥルージアンの生殖論というと小泉義之(1954-)さんの『生殖の哲学』(河出書房新社、2003年)での議論の突き抜け方を想い出す方もいらっしゃるかもしれませんが、檜垣さんの『子供の哲学』は前作『ヴィータ・テクニカ――生命と技術の哲学』で原理的に考察された種々の主題とかかわりのある生命哲学の地平を他者論へと進展させたのものと見ていいだろうと思います。序文はフェミニズムとは異なる問題設定を平易に明かしており、男性にとっては思わず引き込まれるものとなっています。「子供の哲学」という書名は平凡なようでその内実は「生命連鎖の哲学」を見遙かしており、ロゴス中心主義やファルス中心主義といったありがちなそしりに動じることなく、西田やレヴィナスの思想を参照しながら〈自他関係と連鎖〉の諸領域を足元から慎重に測量していきます。「産む身体についての哲学を、けっして独我的でも意識的でもなく、また個別化された身体に依拠するのでもない、もっと根本的に自然や大地に連関したものとして描きたい。それがこの本の主題であった」(218頁)と「あとがき」にあります。本書は檜垣さんの次の探査がクシティガルバもしくはガイアあるいはキュベレーを照らすものになるのかもしれないと予感させます。

★来月以降の講談社メチエ、学術文庫、ブルーバックスの注目新刊を列記しておきます。

学術文庫
12月11日『大聖堂・製鉄・水車――中世ヨーロッパのテクノロジー』ジョセフ・ギース+フランシス・ギース:著/栗原泉:訳
12月11日『儀礼としての消費――財と消費の経済人類学』メアリー・ダグラス+バロン・イシャウッド:著/浅田彰+佐和隆光:訳
01月11日『荻生徂徠「政談」』荻生徂徠:著/尾藤正英:著訳

メチエ
12月11日『ピアニストのノート』ヴァレリー・アファナシエフ:著/大野英士:訳
12月11日『ソシュール超入門』ポール・ブーイサック:著/鷲尾翠:訳

ブルーバックス
12月21日『シャノンの情報理論入門』高岡詠子:著
12月21日『古代日本の超技術 改訂新版』志村史夫:著

★ギースは学術文庫では『中世ヨーロッパの城の生活』(栗原泉訳、2005年)、『中世ヨーロッパの都市の生活』(青島淑子訳、2006年)、『中世ヨーロッパの農村の生活』(青島淑子訳、2008年)に続く4冊目。ブーイサックはじつに『サーカス――アクロバットと動物芸の記号論』 (中沢新一訳、せりか書房、1977年12月;増補版1984年6月) 以来の久しぶりの新刊です。『儀礼としての消費』の親本は新曜社、1984年9月刊。共訳者である浅田さんの『構造と力』が勁草書房より1983年9月刊、ブーイサックの増補版とその訳者の中沢さんの名著『チベットのモーツァルト』はともにせりか書房より1984年6月。ニューアカの一場面。


言語が違えば、世界も違って見えるわけ
ガイ・ドイッチャー(Guy Deutscher, 1969-):著 椋田直子:訳
インターシフト:発行 合同出版:発売 2012年11月 本体2,400円 四六判上製344頁 ISBN978-4-7726-9533-6

帯文より:言語が変われば、見る空の色も変わる。古代ギリシャの色彩(……なぜホメロスの描く空は青くない?)から、未開社会の驚くべき空間感覚(……太陽が東から昇らないところ)、母語が知覚に影響する脳の仕組みまで(……脳は言語によって色を補正している)――言語が知覚や思考を変える、鮮やかな実証! 年間ベストブック、多数受賞!

原書:Through the Language Glass: How Words Colour Your World, Heinemann, 2010.

目次:
プロローグ:言語と文化、思考
第I部 言語は鏡
 第1章 虹の名前
 第2章 真っ赤なニシンを追いかけて
 第3章 異境に住む未開の人々
 第4章 われらの事どもをわれらよりまえに語った者
 第5章 プラトンとマケドニアの豚飼い
第II部 言語はレンズ
 第6章 ウォーフからヤーコブソンへ
 第7章 日が東から昇らないところ
 第8章 女性名詞の「スプーン」は女らしい?
 第9章 ロシア語の青
エピローグ:われらが無知を許し給え
謝辞
原注
参考文献
補遺
解説

★発売済。担当編集者のMさんのご紹介によれば「言語-知覚-世界観をめぐるスリリングな論考で、興味深い逸話も満載の一冊」とのことです。2010年度のエコノミスト誌、フィナンシャルタイムズ紙、スペクテイター誌、ライブラリージャーナル誌での年間ベストブック受賞作。話す言語が違えば色の見え方や定義も異なるという当たり前のようで理解しにくいことを言語学者である著者が解説してくれます。それだけでなく、母語が知覚や思考様式に影響を与えるという話も出てきます。「異なる言語の話し手は、色をわずかながら異なる形で知覚している可能性がある」(287頁)というのは興味深いですね。母語がその使い手の色感に影響を与えるということは、脳科学の観点からも検証が進んでいるとのことです。

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フングス・マギクス――精選このこ文学渉猟
飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう:1954-):著
東洋書林 2012年11月 本体2,400円 四六判上製224頁 ISBN978-4-88721-805-5

帯文より:「ある日、それが頭の中からにょきにょきとはえてきたのです」。キャロル、グラス。鏡花、賢治から、計音楽、恐怖映画をそぞろ歩く、茸〔くさびら〕愛ずるものくるおしき人々と作品をめぐる奇想のエッセイ。

版元紹介文より:不思議な魅力にひきつけられて・・・・・・。動物でも植物でもない不思議な存在は、自然科学だけではなく文学などでも独自の立ち位置を与えられ、数多くの魅力的作品が生み出された。その魅力にドップリつかり、きのこと共に[楽]節20余年。今ではすっかりきのこの世界の住人となった著者がおくる、後戻り不能の“きのこワールド”。

目次:
序章 「きのこ文学」とは何か?
第1章 アリスと魔法のきのこ
第2章 聖なるベニテングタケ
第3章 ベニテングタケの神話作用
第4章 冬虫夏草の謎
第5章 マタンゴ、恐怖の「キノコ人間」
第6章 きのこと妖精たち
第7章 きのこのエロティズシム
第8章 トリュフ豚の悲喜劇
第9章 マツタケの象徴主義(シンボリズム)
第10章 アミガサタケの秘密
第11章 毒きのこ殺人事件
第12章 二人の「きのこ文学」作家――鏡花と賢治
第13章 きのこ食の文化誌
終章 きのこ狩りの不思議な磁場
あとがき
索引

★発売済。先月新刊『【原色・原寸】世界きのこ大図鑑』に続いて今度は「きのこ文学」を紹介する本が出ました。著者の飯沢さんは言わずと知れた高名な写真評論家ですが、近年は「きのこ文学研究家」としても名を馳せ、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング、2007年)、『きのこ文学大全』(平凡社新書、2008年)、『マジカル・ミステリアス・マッシュルーム・ツアー』(東京キララ社、2010年)、『きのこのチカラ――きのこ的生き方のすすめ』(マガジンハウス、2011年)など多くの「きのこ本」を上梓されています。なかでも編書『きのこ文学名作選』(港の人、2010年11月、限定3000部)は、今昔物語集からいしいしんじまで、日本の古今の「きのこ文学」の名作を集めたアンソロジーで、コズフィッシュによる超絶的な造本デザイン(収録作品ごとに本文用紙もインクもレイアウトもすべて変えるというもの)も相まって話題を呼び、今では版元品切で、本屋さんの店頭に万が一残っていれば即購入した方がいいレアものです。

★今回の新刊『フングス・マギクス』は、月刊誌「文學界」での連載「きのこ文学の方へ」に増補加筆して一冊としたもので、クリーム色の本文用紙にモスグリーンのインクで刷られています。書名は「魔法のきのこ」の意。副題にある通り、東西のきのこ文学、音楽、映画に論及した興味深いエッセイで、これでもかというくらい飯沢さんの「きのこ愛」が溢れています。「あとがき」によれば、4年前の『きのこ文学大全』からさらに二、三倍の量のデータが集まったので、今後はまず『きのこ文学大全 日本文学編』決定版をまとめたいとのことです。

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革命の哲学――1968叛乱への胎動
長崎浩:著
作品社 2012年11月 本体2,800円 46判上製 ISBN978-4-86182-415-9

帯文より:60年安保闘争から、1968年世界革命、70年代全共闘運動まで、反抗と叛逆の時代の主題「革命」を思想として歴史に位置づける。人々の記憶の彼方に追いやられたルカーチ、サルトル、マルクス・レーニン、そして日本の思想家たち。全学連・全共闘運動のバイブル『叛乱論』の著者が描く“忘れられた”思想史。

まえがきより(3-4頁):かつて1960年代までは、マルクス・レーニン主義とともに「革命の哲学」があった。すでに歴史にすべき事柄なのだから、哲学史がソクラテスやプラトンをいまによみがえらせるように、革命の哲学の哲学史があっていい。革命論でなく革命という出来事が、世界で繰り返されることをやめていない以上、革命の哲学史を顧みておきべきであろう。かつて革命の哲学があった、と。

目次:
まえがき――「革命の哲学」があった
第I部 倫理的思考のゆくえ――ルカーチ
 はじめに
 第一章 分裂する革命
 第二章 プロレタリアートとは誰のことか
 第三章 倫理としての党
 第四章 文芸批評家ルカーチ
第II部 主体性のゆくえ――戦後日本の革命の哲学
 第五章 自覚と革命――黒田寛一・梅本克己
 第六章 『資本論』の別れ――岩田弘・吉本隆明・梅本克己
 第七章 階級闘争の哲学――藤本進治
第III部 1968へ
 第八章 循環する個人的実践――サルトル
 第九章 革命の哲学が残したもの――プロレタリアート・理論と実践・疎外論
あとがき
主要人物紹介
本書関連年表

★発売済。担当編集者のFさんのご紹介によれば本書は「60年代安保闘争時の指導者にして、70年代全共闘運動のバイブル『叛乱論』(合同出版、1969年;彩流社、1991年)の著者だからこそ書ける〈68年の思想〉」を扱っており、「時代の上っ面を撫でるのではなく、内在的にその精神を〈思想〉として未来に託す」ものとのことです。60年~70年代を駆け抜けた当事者ならではの重厚な記述です。本書の巻頭にはこう書いてあります。「革命が、若い人びとの関心に伏流しているように思われる」と。なるほど確かに、ここ20年ほど日本社会には暗い衰退の影が見え、社会変革への希望は暗雲に囲まれています。危機の時代だからこそ〈チェンジ〉が待望され、それと同時に、激動の時代だからこそ〈ゆるぎないもの〉が渇望されます。

★一見すると両極端に思えるこの二つの方向性はしかし、革命と反革命の関係以上に「現況への不満」として蓄積されるゆえに、ポピュリストの台頭や全体主義へのうねりへ一本化されうるリスクを孕んでいます。かつてナチズムにコミュニズムが対抗したように、「革命の哲学」はいかに人間の凶暴性をディスアーム(武装解除)しつつ、民主主義の真の深化のためにスタンドアップ(蜂起)するかという難題に直面しています。著者が本書で論じたルカーチ『歴史と階級意識』や、サルトル『弁証法的理性批判』のような古典を若い世代はもはや読まなくなっているのかもしれませんが、たとえ素通りできたとしても私たちは再度歴史の袋小路へと送り返されることになるのでしょう。〈68年の思想〉に決着はついていないのです。

★作品社さんの年末の新刊には、『大論理学』の50年ぶりの新訳となる山口祐弘訳『ヘーゲル 論理の学1 存在論』(全三巻予定)、的場昭弘訳『新訳 初期マルクス』、デヴィッド・ハーヴェイ『叛乱する都市』、フレドリック・ジェイムソン『未来の考古学 第二部』、ジュリア・クリステヴァ『メラニー・クライン――苦痛と創造性の母親殺し』、マリー=モニック・ロバン『モンサント』など、注目本が目白押しです。


フロイトの情熱――精神分析運動と芸術
比嘉徹徳(ひが・てつのり:1973-):著
以文社 2012年11月 本体2,600円 四六判上製264頁 ISBN978-4-7531-0307-2

帯文より:精神分析の初期衝動、芸術の〈真理〉。精神分析、そして精神分析家。100年前、フロイトの「輝かしい孤立」から生まれ、「それまで世界に存在しなかった」学問と職業。「その一身において精神分析」であったフロイトの闘い、その紆余曲折のすべて。

目次:

第一章 運動主体の構築
第二章 精神分析の制度化とその不可能性
第三章 オイディプスと夢の舞台
第四章 成功したパラノイア
第五章 「歴史小説」における真理
補遺
あとがき
参照文献

★発売済。担当編集者のMさんのご紹介によれば、著者のデビュー作となる本書は、フロイトの個人史ではなく、あくまで精神分析に埋め込まれた〈構造〉から理論的に精神分析を捉えなおし、精神分析という〈制度化に失敗し続けた運動〉を再考した野心作である、とのことです。また、「あとがき」での著者自身の説明によれば、本書はフロイトの芸術的方法論について考察しており、「フロイトの精神分析的思考の基本的な道具立てに芸術(詩、小説、彫刻、写真……)が深く関与していることを示し」ている(248頁)とのことです。本書の元になっているのは一橋大学大学院言語社会研究家に提出された著者の博士論文。審査には鵜飼哲、久保哲司、十川幸司の三氏が当たられています。

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現代思想 2012年12月号:特集「尖閣・竹島・北方領土――アジアの地図の描き方」
青土社 2012年11月 本体1,238円 A5判並製246頁 ISBN978-4-7917-1255-7

★発売済。特集冒頭は『尖閣問題とは何か』(岩波現代文庫)を今月上梓されたばかりの豊下楢彦(とよした・ならひこ:1945-)さんへのインタヴュー「「領土問題」の戦略的解決と日本――外交の「第三の道」を求めて」です。「端緒としてのサンフランシスコ講和条約」「作られた火種:アメリカの「あいまい」戦略」「北方領土・竹島問題」「中国をいかに捉えるか」「尖閣問題の互恵的解決のために」「日米同盟を問いなおす」「沖縄の立ち位置」「日本外交の「第三の道」」といった流れでまとめられた、3段組19頁にわたる長篇です。

★今回の特集号では中国や韓国の研究者たちの論考も複数読めるのが特徴的ですが、なかでも先月開催された「2012年アジア思想上海論壇」で発表された、沖縄近現代史研究家の新崎盛暉(あらさき・もりてる:1936-)さんによる「沖縄は、東アジアにおける平和の「触媒」となりうるか」とそれへの中台韓の研究者の4つの応答とセッションのまとめが掲載されているのが印象的で、非常に興味深いです。新崎さんの『沖縄現代史 新版』(岩波新書、2005年;初版は1996年)との併読をお薦めします。

★また本号では、弊社刊『カヴァイエス研究』の著者、近藤和敬さんの連載「真理の生成」最終回「過程としての「真理」」が掲載され、弊社ウェブサイト連載「ルソー『化学教程』」の共訳者、飯田賢穂さんが巻末の「研究手帖」欄に「翻訳が明らかにしたもの」という一文を寄せておられます。これはジョン・ロック『人間知性論』のピエール・コストによる仏訳について論及されたものです。

★なお、『現代思想』の次号特集は「現代思想の総展望」と題し、ガタリやメイヤスーなどの翻訳のほか、日本の第一線の研究者たちによる多数の討議や論考が掲載されるようです。この「現代思想の総展望」という特集名は、同誌の創刊号(1973年1月号)と同じ、いわば伝統的なテーマで、74年1月号、79年12月号、83年1月号などで繰り返されたものです。久しぶりの「原点回帰」に編集部の新たな意気込みを感じます。


photographers' gallery press no. 11
photographers' gallery 2012年11月 本体2,800円 B5判(W182×H257mm)並製328頁 ISBN978-4-906839-16-2

版元紹介文より:2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故以来、被災状況などを記録した数多くの写真が撮影されています。災害を記録するとはどういうことか、この度の震災は写真というメディアに多くの問いを投げかけています。本誌では、関東大震災直後の鉄道、圧倒的な規模の土砂災害、近代最大級のトンネル工事を記録した、3つの写真帖を約200頁にわたって収録し、伊藤俊治氏・平倉圭氏の書き下ろし原稿とともに、災害表象をこれまでにないかたちで捉え直します。また気鋭の執筆陣を迎え、これからの写真や美術、批評のあり方を導くような濃密な論考・対談を掲載いたします。

★発売済。新宿のギャラリー「photographers' gallery」の年1回発行の機関誌。今回の第11号では「写真とカタストロフィ」と銘打ち、約200頁を割いて史的写真資料を圧巻掲載。『大正十二年九月一日 關東地方 大震火災記念寫真帖』と伊藤俊治さんによる解題、『昭和九年七月 新潟土木出張所管内 直轄工事被害状況寫真』、『熱海線丹那隧道工事寫真帖』と平倉圭さんによる分析論考。このほか、橋本一径さんの「稲妻写真論」、倉石信乃さんの「ピクチャーへ──災厄写真考」、長谷見雄二×中谷礼仁の両氏による対談「災害の“ウラ”を読む──東日本大震災と災害記録」をはじめ、充実の誌面となっています。弊社が発売元となっているPLACE M発行『picnic』の写真家、瀬戸正人さんによる追悼文「惜別 深瀬昌久──深瀬さん、向こう岸が見えますか?」も掲載されています。
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by urag | 2012-11-25 20:43 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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