2012年 11月 11日

注目新刊:『全訳 チャンドラキールティ 入中論』起心書房、ほか

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全訳 チャンドラキールティ 入中論
瓜生津隆真+中沢中訳
起心書房 2012年11月 本体8,800円 A5判上製428頁 ISBN978-4-907022-01-3

帯文より:空の立場から菩薩道の全容を描き出した、インド大乗仏教の不朽の名著。龍樹の諸論と、原始仏教から大乗仏教に及ぶ膨大な経論を駆使して、チャンドラキールティ(6~7世紀)が十地の菩薩道と、それによって到達する仏の世界を論じたインド大乗不朽の名著を、流麗な現代日本語で全訳。龍樹研究に生涯をかけた碩学と、近代仏教学とチベット仏教の生きた伝統を踏まえた気鋭の解説を付す。

目次:
はしがき(瓜生津隆真)
参考文献と略号
中観仏教における菩薩道の展開――『入中論』を中心として(瓜生津隆真)
入中論
 科段
 入中論(本頌)
 入中論自註
  序
  歓喜という第一発心
  離垢という第二発心
  発光という第三発心
  焔慧という第四発心
  難勝という第五発心
  現前という第六発心
  遠行という第七発心
  不動という第八発心
  善慧という第九発心
  法雲という第十発心
  菩薩地の功徳
  仏地の功徳
  結
『入中論自註』評釈――ジャータカからマンダラまで(中沢中)

★発売済。一手扱いのJRCによれば、11月7日配本とのこと。昨年(2011年)に設立された仏教書の新しい版元「株式会社起心書房(きしんしょぼう)」さんの新刊第一弾になります。新刊三点の同時発売で、上記書のほかに、シリーズ「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」の第一巻『全訳 金剛頂大秘密瑜伽タントラ』(北村太道+タントラ仏教研究会訳)と第二巻『『一切悪趣清浄儀軌』の研究―─Buddhaguhyaの註釈を中心に』(中島小乃美著)が刊行されました。ジュンク堂書店や紀伊國屋書店のウェブサイトでは書名もISBNも出版社名も検索でヒットせず、店頭在庫を確認できませんが、ジュンク堂書店池袋本店には確かに3点とも店頭に並んでいました。

★今回全訳されたチャンドラキールティもしくは月称による中観入門である『入中論』は、凡例および版元ウェブサイトでの紹介によれば「本頌と自註に加え、要所にはジャヤーナンダによる復註を註記」したもの。難解な仏教用語をなるべく使わない現代語訳となっており、哲学書として読みうるもので、別記する新刊、アンディ・クラーク『現れる存在――脳と身体と世界の再統合』と並行して読めば、西洋の「心の哲学」と東洋の「空の思想」の刺激的な交差が味わえるのではないかと思います。

★同時発売のシリーズ「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」については、版元サイトの「編集室から」の記事「愛と、喜び! ─「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」によせて─」(2012年9月29日)に次のように書かれています。「この度、『入中論』と共に2点を刊行することになった「『金剛頂経』系密教 原典研究叢刊」は、こうした『金剛頂経』系の経典群についての学術的な和訳、または研究をご紹介するシリーズです。/その内、『全訳 金剛頂大秘密瑜伽タントラ』は不空が第二、三会の『金剛頂経』とする経典の本邦初の全訳。初会に続くその位置付けからも、『真実摂経』の理解にとっての重要性がうかがえます。『金剛頂経』系密教のみならず、密教全体の本質を知る上でも、必携の文献といえるでしょう。/また、『一切悪趣清浄儀軌の研究』は、インド・チベット密教における葬送儀礼で重視された経典についての、本邦初の本格的研究書です。そこに展開される、輪廻の苦しみにあえぐ衆生を救うための様々な方便は、まさに「金剛薩?(=密教の菩薩)として生きるとは何か」という問いへの答えにほかなりません。後半に収録された、そのブッダグヒヤによる註釈も本邦初の全訳です。/本シリーズでは、これからも、こうした『金剛頂経』系密教の基本文献の紹介に努めていく予定です」。

★起心書房さんについて。社名の由来は版元サイトにこう紹介されています。「「起心」とは、8世紀のインド密教の大家ブッダグヒヤが『大日経』の註釈で用いた言葉です。/意味するところは、菩薩が悟りの世界に留まらず、さらに世間へと「起ち上がって」人々に向かおうとする心のこと。/人類が見いだした真実を伝える古典を、現代に甦らせたい。/こうした弊社の願いを、このいにしえの言葉に託しました」。また、トップページの挨拶文は次の通りです。「めまぐるしく移り変わる時代だからこそ、時の中で磨き上げられてきた「精神の遺産」を届けたい。起心書房は、そんな想いから生まれた、仏教を中心とする人文系学術書の出版社です。わが国では未紹介のものも多いインド・チベット仏教の古典的著作の刊行に力を入れつつ、幅広い視野から人類の叡智を世に問うていきたいと思います」。会社の所在地は千葉県浦安市で、JR新浦安駅を降りて市立中央図書館のご近所のようです。

★代表取締役は、安元剛(やすもと・つよし)さんです。昨年3月に二玄社から刊行された『ほっとする空海の言葉』の著者でもいらっしゃいます。この本の著者紹介によれば、安元さんは「1966年、東京都生まれ。株式会社起心書房代表取締役。密教・密教美術研究者。上智大学文学部哲学科中退。仏教専門出版社に約17年勤務してインド仏教と密教に関する書籍を中心に企画・担当した後、独立。その間、研究を続けながら真言宗関係者との交流を深め、ゲルク派を中心とするチベット仏教僧からも教えを受ける。また、学生時代以来、西洋古代・中世のキリスト教の思想と美術にも関心を持ち続ける」とのことです。 大法輪閣にお勤めだったかたわら、密教図像学の研究者として数々の御論文も発表されておいでです。困難な時代に人文書専門版元を立ちあげられた安元さんのご決心には堅いものがあるに違いありません。要注目の出版社の誕生です。


現れる存在――脳と身体と世界の再統合
アンディ・クラーク(Andy Clark, 1957-)著 池上高志+森本元太郎監訳
NTT出版 2012年11月 本体3,800円 四六判上製468頁 ISBN978-4-7571-0267-5

カバーソデ紹介文より:心は「脳の中」にだけあるものではない。心は、脳と身体と世界(環境)の相互作用から〈創発〉するものである。ロボット、赤ちゃん、人工生命など、豊富な事例を交えながら提起する、〈心〉への斬新なアプローチ。身体性認知科学の古典的名著、待望の翻訳。

推薦文その1:円城塔「こういうことを言いたくて小説を書いている気がするし、こういうことを考えながら小説を読んできたような気がする。種明かしをされてしまったようで少し困る」。

推薦文その2:青木昌彦「本書は〈心の科学〉の革新にとどまらず、社会科学の先端にも「認知的転換」と言って良いような、新鮮な視座を提供する。行動の外部制約としてとらえられがちな制度も、人間が共同して作り出す認知能力の広がりの不可分な一部なのだ」。

訳者解説(池上高志)より:心とはなにか、知性とはなにか、そうしたことをロボット実験を中心に据えて議論する分野、人工知能(AI)の新展開としての「身体性認知科学」は、20年前にブルックスの自律ロボットの提案とともに始まった。身体性認知科学とは、それまでの古き良き人工知能(GOFAI)の考えに対抗して、身体性と心を重要視する分野である。この本はそんな時代に書かれ、世界中で読まれている熱い本である。20年を経て分野もその後衰退したり盛り返したりしながら、最近になって新しい方法論や考え方も台頭してきている。しかし基本となる考え方はほとんど変わっていない。変わっていないが、それで生命をつくりだせたわけでも、また生き物の知性にたどりついたわけでもない。そのためにいろいろな考え方が生まれ競合する、百家争鳴の時代となっている。(417頁)

原書:Being There, Putting Brain, Body, and World Together again, MIT Press, 1998.

目次:
日本語版への序文
序――ディープ・ソート、なめらかな行為と出会う
謝辞
背景
イントロダクション――ゴキブリの脳を載せたクルマ
I 外なる心
 第1章 自律的なエージェント――月面を歩く
 第2章 状況に置かれた幼児
 第3章 心と世界――移ろう境界
 第4章 集合の叡智、粘菌流
幕間――これまでの概略
II 外に広がった心を説明する
 第5章 ロボットを進化させる
 第6章 創発と説明
 第7章 神経科学的なイメージ
 第8章 存在する/計算する/表象する
III 前進
 第9章 心とマーケット
 第10章 言語――究極の人工物
 第11章 心、脳、それとマグロの話――塩水に浸かった要約
エピローグ――脳は語る

参考文献
付録 エジンバラ大学哲学教授、論理学、形而上学講座主任教授アンディ・クラーク氏による講演とディスカッション
解説 世界中で読まれている熱い本、そして身体性認知科学の現在
索引

★発売済。監訳者の池上高志さんは東京大学大学院教授で、ご専門は複雑系、システム論。『動きが生命をつくる』(青土社、2007年)などの著書で高名な研究者です。今回出た『現れる存在』の原書は約15年前の本ですが、古さを感じさせませんし、学術書でありながらテンポのいい展開で読者を飽きさせません。哲学書なのに化けそうな予感がするのは、円城さんが推薦しているから、だけではない気がします。付録に収められているのは、2011年3月8日に東京大学駒場キャンパスで行われた来日公演と質疑応答です。クラーク教授は3.11の東日本大震災を来日中の東京で体験しており、巻頭の「日本語版への序文」にはその経験が色濃く反映されています。教授は日本の学生たちとロバストネスについて語りあったそうです。本書のシンプルな装丁はセミトランスペアレント・デザインの田中良治さんによるものです。

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トリノ――夢とカタストロフィーの彼方へ
多木浩二(1928-2011)著 多木陽介(1962-)監修
ベアリン出版(発行)/新宿書房(発売) 2012年9月 本体3,500円 255mm×157.5mm/上製/96頁 ISBN978-4-88008-432-9 C0070

発売元紹介文より:イタリア、トリノ。そこに見えるのは悪魔か神か? 教会建築、大きな塔、屋上を疾走する車のテストコース。小さな都市の歴史を貫く秘められた狂気を、哲学者・多木浩二が読み解く。

目次:
序――都市について書くこと
トリノ――夢とカタストロフィーの彼方へ
 一、直交型都市にひそむもの
 二、グアリーノ・グアリーニ――都市の無意識をつかむ建築家
    サン・ロレンツォ教会
    聖骸布礼拝堂
    その他の作品
 三、巨大な空洞――モーレ・アントネッリアーナの狂気
 四、夢の原型としての都市――ニーチェとデ・キリコ
 五、二十世紀――資本がつくる新しい歴史
 六、夢とカタストロフィー
監修者あとがき(多木陽介)

★発売済。多木陽介さんによる巻頭の注記によれば、本書は多木浩二さんが2007年11月22日に神戸芸術工科大学で行った講演「形而上的都市トリノ」を書き起こしたもので、見出しや註は陽介さんによるものです。序として収録されたのは、「文藝春秋」2000年3月特別号に掲載された「トリノの魔力」です。カラー図版多数のとても美しい本で、カバーをとるとゴールドの表紙と箔が素敵です。講演の最後に多木さんは「あと一年か二年すれば、『小さな都市の物語』というような本を書くだろうと思いますが、そこでお話しすることの根本的なこと、われわれにとって根本的なことは、本日お話ししたことだと思います」と結んでおられます。いずれそれらの草稿は出版されることでしょうが、その核心は本書で読み取ることができるわけです。都市は人間が夢とカタストロフィに駆動されて動くさまをその歴史として刻んでいる、と多木さんは教えてくれます。

+++

★続いて、注目の再刊書や復刊書についてご紹介します。

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希望の原理 第一巻
エルンスト・ブロッホ著 山下肇+瀬戸鞏吉+片岡啓治+沼崎雅行+石丸昭二+保坂一夫訳
白水社 2012年11月 本体3,800円 四六判並製394頁 ISBN978-4-560-09611-6

全六巻の構成
第一巻:第一部「小さな昼の夢」、第二部「先取りする意識」前半
第二巻:第二部「先取りする意識」後半、第三部「鏡の中の願望像」
第三巻:第四部「よりよい世界の見取図」前半
第四巻:第四部「よりよい世界の見取図」後半
第五巻:第五部「満たされた瞬間の願望像」前半
第六巻:第五部「満たされた瞬間の願望像」後半

★発売済。白水iクラシックスの廉価版全六巻で、毎月刊行となるその第一弾です。全三巻の親本は本体各一万円でしたから、今回の廉価版が一冊3,800円のままで推移すると、全巻で七千円ほど安くなります。すごく安くなるな、とは感じにくいですが、やむを得ません。凡例を見る限り、改訳はされていません。巻末には柄谷行人さんによる7頁にわたる解説「二重の転倒、二重の回帰」が掲載されています。「なぜブロッホは、他のマルクス主義者と違って、「未来」について考えたのか、さらに、宗教やロマン主義的な先祖返りというような問題について考えたのか。それは1930年代半ば、ドイツでマルクス主義運動がナチスに敗北したからだと、私は思う。彼が「未来の哲学」を見いだしたのは、まさに「未来」のない状態においてであった」と柄谷行人さんは書かれています。初読か再読かを問わず、まさにいまの私たちが読むべき本ではないでしょうか。


タントラ――インドのエクスタシー礼賛
フィリップ・ローソン著 松山俊太郎訳
平凡社 2012年10月 本体1,900円 A5判並製128頁 ISBN978-4-582-28436-2

★発売済。「新版イメージの博物誌」第一回配本です。上記書と、同じくフィリップ・ローソンによる『聖なるチベット――秘境の宗教文化』(森雅秀+森喜子訳)が同時発売です。版型が旧版より二回りほどコンパクトになりましたが、書棚に置きやすいのは今回の新版のサイズの方ですね。図版多数で、見ているだけでも多くのことを学べます。次回配本はスタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ『錬金術――精神変容の秘術』(種村季弘訳)と、ジョン・シャーキー『ミステリアス・ケルト――薄明のヨーロッパ』(鶴岡真弓訳)です。

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ギリシア・ローマ神話辞典
高津春繁著
岩波書店 2012年11月28刷/1960年2月初刷 本体3,300円 B6判函入上製388頁 ISBN4-00-080013-2

★発売済。この分野の古典的基本書です。項目は2千余。版元ウェブサイトによれば本書の特色は、「固有名詞の表記は原音に忠実に写した」。「見出し語には英・独・仏の原語を添えた」。「固有名詞6千余の完全な索引」。「付録:ギリシア神話主要系譜、地図」。しばらく重版されないような予感がするので、買い替えの方も今回はぜひ。

★復刊や再刊ではありませんが、『ギリシア・ローマ神話辞典』と一緒に買っておきたいのが、以下の本です。

西欧古代神話図像大鑑――全訳『古人たちの神々の姿について』
ヴィンチェンツォ・カルターリ著 大橋喜之訳
八坂書房 2012年9月 本体6,800円 菊判上製698頁 ISBN978-4-89694-141-8 

帯文より:ルネサンスの芸術家たちに、霊感を吹き込んだ伝説の書、待望の邦訳。ルネサンス期に〈再生〉あるいは〈復活〉をみた、ギリシャ・ローマ神話をはじめとする古代異教神の全貌を、印象的な図版とともに紹介。16世紀から17世紀にかけ、圧倒的な支持をもって迎えられた神話概説書の完訳。図版については、1571年版・1647年版の両版のものを完全収録。詳細な索引を付すなど検索機能も充実。

目次:

I サトゥルヌス
II アポロン、ポイボス、太陽
III ディアーナ
IV ユピテル
V ユーノー
VI 大地母神
VII ネプトゥーヌス
VIII プルトーン
IX メルクリウス
X ミネルヴァ
XI バッカス
XII フォルトゥナ
XIII クピド
XIV ヴェヌス
XV グラティアたち
解題
訳者あとがき
索引

★発売済。"LE IMAGINI DE I DEI DE GLI ANTICHI"の驚くべき完訳本です。1571年版が底本ですが、1556年の初版と校合し、1587年版など後年の版も折に触れて参看したとのことです。図版多数。
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by urag | 2012-11-11 21:24 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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