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2012年 08月 12日

2012年8月の注目新刊近刊:ガタリ『精神病院と社会のはざまで』ほか

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精神病院と社会のはざまで——分析的実践と社会的実践の交差路
フェッリックス・ガタリ著 杉村昌昭訳
水声社 2012年8月 本体2,500円 四六判上製本文192頁+図版8頁 ISBN978-4-89176-916-1

帯文より:精神の領土へ! ギリシャのレロス島から、フランスのラボルド精神病院へ——―。稀代の哲学者の原点を知るための、もっともコンパクトなガイダンス。ガタリ自身の日記、盟友ジャン・ウリによる追悼文、貴重な写真などをモンタージュする。

原書:De Leros à La Borde, Éditions Lignes, 2012.

目次:
 本書の成り立ちについて(ステファヌ・ナドー)
 フェリックス・ガタリの思い出(マリー・ドゥピュセ)
レロス島日記
精神の基地としてのラボルド
 フェリックスのために(ジャン・ウリ)
 フェリックス・ガタリと制度論的精神療法――制度と主観性をめぐって(杉村昌昭)
 訳者あとがき

★8月20日頃発売予定。「レロス島日記」は1989年9月から10月にかけてのガタリの日記。デドカネソス諸島のトルコにほど近い、人口九千人の小さな島「レロス島」にある精神業者の収容施設や、アテネのダフニ病院への訪問とその前段が記されています。かの収容施設は「千二百人の病者が閉じ込められ〔…〕看護師も精神科医もいない正真正銘の強制収容所」(52頁)で、「ギリシャ中からもっとも重症の患者を集めた掃き溜め」になっており、会いに来る家族はなく(67頁)、「施設の規模にしては明らかに過剰な」千人もの職員がいて、ただ「番人をしているだけ」で多額の予算が職員手当に吸収されている(64頁)有り様でした。中の様子は「二十年前のフランスの精神病院の大半とまったく同じ」で、「剃り上げられた頭、長年にわたる孤独と苦悩で消え入りそうな顔、まるで幻影のような人々をたくさん見てきた。身につけているのは、強制収容所と同じ、ほとんど肉体を覆っているとは言えないような、袋のような一様の衣服である」(69頁)とガタリは書きとめています。なお、本書にはジョゼフィーヌ・ガタリが撮影した七葉の白黒写真が収録されています。

★ガタリはレロス島の「監獄-病院」(69頁)の女性部門、男性部門、こども部門を巡回し、「ぞっとする感じはあるが、ジャーナリズムが書きたてるような死の収容所ではない」(73頁)ことを発見するものの、「いずれにしろ、ひどい状態で」「こうした環境で死を待つしかない」(70頁)患者たちのことを、「彼らは人間であって、野獣ではない!」(71頁)と思いやっています。「集合的施設はなんらかの仕方で国家的・官僚的ヒエラルキーから解放しなければならない。このヒエラルキー構造こそ集合的施設が機能不全を起こしている第一の原因なのである」(54頁)。「精神病院をどうするかという問題は、単に精神的な事象の専門家だけの問題ではない。それは「社会体」全体にかかわる価値と倫理の次元にかかわる問題である」(57頁)。「レロス島の真のスキャンダルは、われわれの社会が社会的領域でなにかを刷新する力を奪い取られているということである」(77頁)。

★続いて訪れたダフニ病院は千九百人の病者を抱え、十六のサービス部門や三十三ものパビリオン(病棟)があり、百三十五人の医師(精神科医はそのうち四十五人)がいるものの、その九割は一日二時間病院を訪れるだけ(81頁)という状況でした。特にひどいのは第十一パビリオンで、「実におぞましいところだった。「人間」と呼ぶのがためらわれるような姿をした九十五人の人間が、ぐるぐるまわりながら、うなり声をあげていた。何人かは全裸で、鎖で縛られている者もいた……そのぎっしりと詰め込まれた光景は筆舌に尽くしがたいものであった」(83頁)といいます。

★「精神の基地としてのラボルド」(原題は直訳すると「レロス島からラボルドへ」)は1980年代末にブラジルで行われた講演のために執筆されたテクストで、ガタリ自身の「制度論的精神療法の実践を自伝的な形態をとりながら紹介したもの」とナドーは解説しています。日記と講演原稿をはさむようにして、ガタリの友人の作家ドゥピュセ女史の回想録と、ガタリの師でありラボルド病院の同僚であるウリの追悼文が配されています。訳者の杉村さんによる解説はもともと『現代思想』に発表されたものの改訂版です。杉村さんも言及されていますが、医学書院から先般刊行された田村尚子写真集『ソローニュの森で』にはラボルド病院の写真と訪問記が収められているので、ガタリの講演原稿とともにご覧になることをお薦めします。

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この熾烈なる無力を(アナレクタ4)
佐々木中著
河出書房新社 2012年8月 本体2,400円 46判上製312頁 ISBN978-4-309-24599-7

帯文より:われわれがわれわれを、変えなければならない。われわれの、この世界を。」精緻かつ徹底的な古井由吉論、思考の深度をあらわにする京都講演。藝術と政治を問う極度な緊張から、不意の笑顔と共にゆるやかに歩む対話篇まで。この上なく俊敏なフットワークを示す、待望の最新刊。

★8月21日発売予定と版元サイトでは告知されていますが、河出さんの場合はだいたいその二日前に取次搬入されていますから、お盆休み明けの16日に取次搬入なのかもしれません。佐々木さんの「書いたことと語ったこと」を集成した拾遺余録たる「アナレクタ」シリーズの第4弾です。2011年と2012年の対談、鼎談、インタヴュー、講演、論考や小文など15篇が収められており、シリーズで最大のヴォリュームとなっています。半分以上は「語ったもの」で、まさにここ一年半の間に佐々木さんが様々な人的交差で見せたフットワークの一端です。書名にもなっているのは、2011年11月17日の福岡講演「変革へ、この熾烈なる無力を」です。注記によればこのテクストは「ブックオカ2011での講演内容を中心に、その前後一カ月程度の講義などでの発言をまとめたもの」とのことです。佐々木さんはこう語ります。「文学は無力である。しかし、文学は勝利する。簡単ですね。ツェランも、レヴィナスも、シュルツも、ただ、偉大な本を書いたんです。あの過酷な日々の最中に、またその後に。そういうことです。それは、まだやれる。だから無駄ではないし、無意味ではないと言ったのです」(118頁)。

★ブックオカ2011の翌月、12月8日に京都精華大学で行った講演の要約である「「われらの正気を生き延びる道を教えよ」を要約する二十一の基本的な註記」にはこうあります。「一、震災における無力は、特権的に美や芸術のものだけではない。ありとあらゆることが無力であった。その熾烈な無力こそに、なしうることがある」(123頁)。「二一、われわれは、強靭に作られたことを証明せねばならない。諸君にできることは何か、それは藝術作品を作ることだ。〔…〕文学や芸術が無力などというような駄弁を弄している暇はない筈だ。われわれは素晴らしく「製造」されたということを証明しなければならない。われわれを作った人たちが間違いではなかったことを、われわれはわれわれの作品に於て証明しなければならない。この災厄の日々のなかで、まったく何も出来なかったわけではないことを」(137頁)。

★なお、河出書房新社さんでは来月、ついにフーコー『知の考古学』の42年ぶりの新訳を河出文庫の一冊として発売されます。訳者は慎改康之さん。9月6日発売です。


Practice for a Revolution
坂口恭平=歌とギター、装画と作文
ZERO CENTER/土曜社 2012年8月 本体1,500円 紙ジャケット装CD(135×135 mm、見開き)全11曲(43分42秒) ISBN978-4-9905587-5-8 品番zhtsss-000

版元紹介文より:「建てない建築家」がつむぐ、手ざわりある音のたてもの。毎日の暮らしで、元気を出したいとき、やさしく慰められたいとき、あなたのスピーカーからいつでも総理大臣・坂口恭平が歌います。大杉栄が1923年にパリのラ・サンテ監獄から娘・魔子にささげた詩にのせて歌う、アコースティック・グルーヴの奇跡の名曲《魔子よ魔子よ》も収録。ヒップホップネイティブの詩人が歌う YouTube 時代のフォーキー・ソウルの傑作がここに誕生――。

収録曲:
01.新政府ラジオのテーマ(作詞・作曲:坂口恭平)
02.魔子よ魔子よ(作詞:大杉栄・坂口恭平、作曲:坂口恭平)◆
03.Train-Train(作詞・作曲:真島昌利)
04.雨の椅子(作詞・作曲:坂口恭平)
05.Anokoe(作詞・作曲:坂口恭平)◆
06.オモレダラ(作詞・作曲:坂口恭平)
07.虹(作詞・作曲:石野卓球)◆
08.生理的に大好き Part.3(作詞:MINT、作曲:M・Hiroishi)◆
09.Hot Cake(作詞・作曲:S.L.A.C.K.)◆
10.Gee(作詞・作曲:イー・トライブ、日本語詞:中村彼方)◆
11.牛深ハイヤ(熊本民謡)

★8月8日発売済。CDタイトルのリンク先のYouTubeにて◆の視聴ができます(販売店一覧もリンク先で確認できます)。今年五月に上梓された『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書)が話題を呼んでいる坂口恭平さんによる音楽アルバムです。録音・マスタリング・楽器コーディネイトは塚田耕司さん。録音は2012年6月22日と7月1日に行われました。ジャケットの中には、坂口恭平さんによる「生きのびるための歌」(1400字)、本人による全曲解説、ドローイングポスターが付いています。

★土曜社さんは今月25日、新シリーズ「プロジェクト・シンジケート叢書」の第一弾、ソロスほか著『混乱の本質――叛逆するリアル 民主主義・移民・宗教・債務危機』(徳川家広訳、ISBN978-4-9905587-4-1)を刊行される予定とのことです。詳しくは書名のリンク先をご覧ください。
http://www.doyosha.com/8-25発売-ソロスほか-混乱の本質/

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共同研究 転向3 戦中篇 上
思想の科学研究会編
東洋文庫(平凡社) 本体3,300円 全書判上製500頁 ISBN978-4-582-80824-7

帯文より:1937年以降の日中戦争の拡大に伴う翼賛体制をなしくずし的な「偽装転向」と捉え、自由主義者も含めた新たな転向像を提示する(全6巻の3)。

共同研究 転向4 戦中篇 下
思想の科学研究会編
東洋文庫(平凡社) 本体3,200円 全書判上製464頁 ISBN978-4-582-80825-4

帯文より:哲学・宗教・文学者に及ぶ転向像によって転向を日本思想史上の問題として再設定、戦後転向論へと架橋する(全6巻の4、成田龍一「解説」を付す)。

★発売済。「戦前篇」上下巻は今年2月に刊行されています。今回の「戦中篇」上下巻では昭和15年前後の自由主義者たちや急進主義者たちが扱われており、第4巻の巻末には成田龍一さんによる「解説2『共同研究 転向』の刊行とその反響」が収録されています。東洋文庫の次回配本は来月9月、『ユースフとズライハ』となっています。

★なお、今月、平凡社さんではシリーズ「イタリア現代思想」の第二弾、マリオ・ペルニオーラ『無機的なもののセックスアピール』(岡田温司・鯖江秀樹・蘆田裕史訳、ISBN978-4-582-70343-6)を発売する予定とのことです。

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《日本の思想》講義――ネット時代に、丸山眞男を熟読する
仲正昌樹著
作品社 2012年8月 本体1,800円 46判並製336頁 ISBN978-4-86182-396-1

帯文より:破滅する政治、蔓延する無責任、加速するイメージ支配……そして、“なんでも”「2.0」でいいのか? 戦後の古典を、今一度紐解き、なぜ、この国では、「熟議」「公共性」「自由」「正義」「民主主義」などが、本当の“意味”で根付かないのか?を徹底分析、<思想する>ことを鍛える集中授業!

帯文(背・裏表紙)より:混濁の世だからこそ<思想する>ことを鍛える!「サンデル」ごっこの大流行、安易な「決断主義」の横行、AKB48ブームと単純な「民主主義の限界」論、橋下徹と小沢一郎という「キャラ立ち」、終わりなき「立ち位置」戦争、ツイッター、ブログ、「ネ申」信仰……、3・11以降の“決められない”、“機能不全”、“思考停止”状態のなかで、私たちの日常に潜む《思想》の通奏低音を解剖し、じっくりと落ち着いて、そのダメさを析出、そして<思想する>こととは何か?を、いま真剣に考えてみる。

前書きより:〝政治思想系論壇〟で実際に行われているのは、霞ヶ関支配、五五年体制の遺産、利益誘導型政治、日米安保、新自由主義、親米保守vs.反米保守、女系天皇の是非、政治でのネットの活用、小沢神話、特捜の暴走……といった、一見具体的なテーマをめぐる、かなり漠然とした二項対立論争である。対立している二つの陣営が、それぞれどういう内的原理に基づいて価値判断しているのかはっきりしないまま〝論争〟し、何となく終わるので、政治哲学的に深まっていくことがない。少し異なったテーマになると、どこかで見た様なパターンの対立が――それまでの議論の成果を踏まえて深化することがないまま――何となく繰り返される。/それが、丸山が『日本の思想』で「思想的座標軸の欠如」あるいは「無構造の伝統」と呼んでいるものである。(11-12頁)

後書きより:一冊本を読むか、一回人の話を聞いただけで、すぐに納得できて、即効で実践できるような〝哲学〟は、「哲学」ではない。しかし、そういう〝実装可能な〟ものでないと〝哲学〟でないと言いたがる人たちがいる。多分、人生訓のようなものを含んだ何かのマニュアルか、運動団体のマニフェストのようなものに、〝哲学〟というタイトルが付いていたのを見て、勘違いしたんだろう。勘違い人間がネット上で集まって、〝クラスター〟ができれば、それが真実になってしまう。/こういう状況は、丸山が危惧していた、「する」論理の不健全な増殖の最終形態であるような気がする。(313頁)

目次:
[前書き]丸山の〝お説教〟をもう一度聞く――「3・11」後、民主主義ははたして〝限界〟なのだろうか?と思う人々へ
[講義] 第1回 「新しい」思想という病――「なんでも2・0」、「キャラ・立ち位置」、「人脈関係」という幻想
[講義] 第2回 「國體」という呪縛――無構造性、あるいは無限責任
[講義] 第3回 フィクションとしての制度――「法」や「社会契約」をベタに受けとらない
[講義] 第4回 物神化、そしてナマな現実を抽象化するということ
[講義] 第5回 無構造性、タコツボ、イメージ支配――ネット社会で「日本の思想」という〝病〟を考える 
[講義] 第6回 〈『である』ことと『する』ということ〉を深読みしてみる
[後書き]〝即効性〟の思想など、ない
丸山眞男と戦後日本思想を知るために、これだけは最低限読んでおいたほうがいいブックガイド 
年表 

★発売済。巻頭におかれた編集部の注記によれば「本書は、紀伊國屋書店で行った「トークセッション 仲正昌樹とともに考える〈日本の思想〉全6回 仲正昌樹が『日本の思想』の伝統と限界、閉鎖性、そして「ダメさ」を徹底的に語る」と題した連続講義の内容をもとに、大幅に書き直し、適宜見出しを入れて区切る形で編集したものである」とのことです。それぞれの講義の冒頭には丸山眞男著『日本の思想』(岩波新書、1961年)からの引用が記され、丸山の論考を出発点に、明治以後の日本思想史を振り返るとともに現代の社会問題にも切り込んでいきます。講義の最後には質疑応答が収録されています。「会場からの質問も、講義内容に即したものを、編集しなおし収録した」とのことです。丸山の『日本の思想』は今なお入手可能な新書ですので、併読をお勧めします。本書の刊行を記念して、著者による講演会が以下の通り予定されています。

2012年の丸山真男――ネット時代で《日本の思想》はどうなる?

日時:2012年8月29日(水)19:00開演
場所:紀伊國屋書店新宿本店 8F イベントスペース
※参加は無料ですが、ご参加予約申込が必要となります。店頭にてご予約いただくか、新宿本店3F直通電話03-3354-5703までお電話ください。定員になり次第、受付終了いたします。
※問い合わせ・ご予約:新宿本店3階売場 電話03-3354-5703

内容:「≪日本の思想≫講義」(作品社)の刊行を記念して著者の仲正昌樹氏の講演会を開催。丸山真男は、「日本の思想」の深層構造を解明しながら、戦後民主主義の在り方についても積極的に発言しました。彼の言論活動は、「学者」への社会的期待に支えられていました。しかし、ツイッターやブログ、白熱教室ブームなどで、「知」の平板化が進む現代日本では、丸山的学者は影響力を発揮しにくくなっています。ネット社会における「学問」の可能性を考えます。
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by urag | 2012-08-12 21:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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