2012年 08月 05日
ソローニュの森 田村尚子=写真・文 医学書院 2012年8月 本体2,600円 B5変判132頁 ISBN978-4-260-01662-9 帯文より:遠くから、背後から、好奇心と軽蔑、そして無関心な眼。パリから2時間。森の中にひっそりと佇む古い城館。ラ・ボルド病院では誰が患者なのか。曖昧で濃密な時間の流れに、一人の日本人女性が辿り着いた。 版元紹介文より:ケアの感触、曖昧な日常。思想家フェリックス・ガタリが終生関わったことで知られるラ・ボルド精神病院。世界中から取材者が集まるこの病院内を、一人の若い日本人女性が自由に撮影することを許された。彼女の震える眼が掬い取ったのは、患者とスタッフの間を流れる緩やかな時間。それは《フランスのべてるの家》ともいうべき、やさしい手触りを残す。ルポやドキュメンタリーとは一線を画した、ページをめくるたびに深呼吸ができる写真集。 著者コメント:ジャン・ウリ院長との京都での出会いがきっかけで、フランスのラ・ボルド病院にときおり出掛けては、患者さんと過ごしていました。そこで見つめてきた時間の流れを、写真と短い文章に凝縮させることができたように思います。長く丁寧なやりとりを経て出来上がったこの写真集の存在そのものが、病院の中で行われている様々なやりとりと「場の空気感」を具現化できる、もうひとつの扉になったら嬉しいです。 ★発売済。シリーズ「ケアをひらく」の新刊です。田村尚子さんの写真集は、『Voice』(青幻舎、2004年)、『attitude』(青幻舎、2012年7月)に続く三作目。先月刊行された前作は日本の俳優やミュージシャン15人を撮ったものでしたが、本作ではラ・ボルド精神科病院 Clinique de La Borde が撮影の舞台になっています。ラ・ボルドを撮影した写真にはかつて『精神の管理社会をどう越えるか――制度論的精神療法の現場から』(杉村昌明・三脇康生・村澤真保呂編訳、松籟社、2000年、現在品切)に収録された市川信也さんによる一連の白黒写真「ラボルド病院私景」があります。現在は残念ながら品切となっているこの本には、田村さんがラ・ボルドに出向くきっかけをつくった人物、すなわち病院創設者のジャン・ウリ(Jean Oury: 1924-)のインタビュー「ラボルドで考えてきたこと」のほか、ラ・ボルドにかかわってきた弟子のフェリックス・ガタリや、師のフランソワ・トスケルらのインタビューも掲載されていました。 ★『ソローニュの森』はカラー写真のためか、以前白黒で見た時の印象とはずいぶん異なっています。とてもヴィヴィッドで、光に満ちており、被写体に向ける写真家の温かい注視を感じます。病院に似つかわしくない自然なぬくもりを感じるのは、ひとつにはラ・ボルドが「患者を管理する収容施設」ではないからでしょうけれど、田村さんのそうした視線が作品に浸透しているからでもあるでしょう。ラ・ボルド病院で実践されている“制度論的精神療法”について杉村昌昭さんはこう書いています。「医師、看護人、指導員、患者が互いに協力し合いながら、日々の生活を構築していく開放的共同作業」(『精神の管理社会をどう越えるか』22頁)である、と。田村さんはこう書いています。「ラ・ボルドは目に見える境界を引かない。実際に壁もないし、ドアに鍵もない。守衛さんもいなければ、ここにいる皆が私服だ。ただ精神病院であることには違いない。なのに、どうしてか懐かしく、また戻ってこようと思う」(110頁)。 ★また、田村さんはウリさんへの手紙でこう告白しています。「ラ・ボルドからパリに戻ったとき、私はなぜか「社会の檻の中に戻ってしまった」と感じたのです。/初めてのラ・ボルドは、病院というよりもひとつの国のようでした。人々が押し出されてしまった世界とはまったく違う「時間」が流れ、そこには違う「眼=触れること」が照らし出されてくることがあったように思います」(40頁)。『ソローニュの森』では田村さんのラ・ボルド体験が写真だけでなく率直な言葉でも綴られていて、読者は田村さんの感情の揺れ動きや様々な発見を共有できます。 ★美しい造本はcozfishの祖父江慎さんと小川あずささんによるもの。本書の目次詳細と序文は書名のリンク先の版元サイトでご覧いただけます。 生きのびるためのデザイン ヴィクター・パパネック(Victor Papanek: 1923-1998)=著 阿部公正=訳 晶文社 1974年8月 本体3,000円 A5判上製276頁 ISBN978-4-7949-5901-0 版元紹介文より:デザインを、安易な消費者神話の上にあぐらをかいた専門家たちの手にまかせきってはならない。人びとが本当に必要としているものへの綜合的なアプローチによって、空きかんラジオから人力自動車まで、パパネックは、豊かな思考と実験に支えられたかつてない生態学的デザインを追求する。世界的反響を呼んだ・パパネック理論・の待望の完訳。 原書:Design for the Real World: Human Ecology and Social Change, Pantheon Books, 1971. 目次: まえがき 第一部 デザイン、その現状 1 デザインとは何か?:デザインの定義と機能複合体 2 集団殺害:職業としてのインダストリアル・デザインの歴史 3 高貴な俗物の神話:デザイン、〈美術〉、工芸 4 〈自分でやる〔ドゥー・イット・ユアセルフ〕〉式の殺人:デザイナーの社会的、道徳的責任 5 現代のクリネックス文化:廃物化、長持ち、価格 6 いんちき薬売りとサリドマイド:豊かな社会のマス・レジャーといんちき流行品 第二部 デザイン、その可能性 7 わけのある反乱:創造性対同調性 8 努力もしないでデザインに成功する法 9 知識の木――生体工学〔バイオニクス〕:生物学的原形〔プロトタイプ〕の人工系デザインへの適用 10 人目をひくようなはでな浪費――デザインと環境:環境汚染、混み合い、飢餓、およびデザインされた環境 11 ネオン・ブラックボード:デザイナーの教育と統合デザイン・チームの構成 12 生き残りのためのデザインとデザインによる生き残り:われわれのなしうること 文献目録 訳者あとがき ★重版出来(22刷)。事前受注分の注文出荷で、8月2日取次搬入済とのことです。フランク・ロイド・ライトの弟子であるパパネックによる本書は、デザイン論の現代的古典であり、基本書。第1章の書き出しはこうです。「人はだれでもデザイナーである。ほとんどどんな時でも、われわれのすることはすべてデザインだ。デザインは人間の活動の基礎だからである。ある行為を、望ましい予知できる目標へ向けて計画し、整えるということが、デザインのプロセスの本質である。デザインを孤立化して考えること、あるいは物自体とみることは、、生の根源的な母体としてのデザインの本質的価値をそこなうことである。叙事詩をつくること、壁画を描くこと、傑作を描くこと、コンチェルトを作曲すること、それらはデザインである。だが、机のひき出しを掃除し整理することも、埋伏歯を抜くことも、アップルパイを焼くことも、田舎野球の組み合わせを決めることも、子供を教育することも、すべてデザインである。/デザインとは、意味ある秩序状態〔オーダー〕をつくり出すために意識的に努力することである」(1頁)。この汎デザイン論は、外山滋比古さんの『エディターシップ』や、松岡正剛さんの『知の編集工学』に見ることができる汎編集論に繋がる見解だと思います。 ★帯文はgreenz.jp編集長の兼松佳宏(1979-)さん。本書を「ソーシャルデザインを語る上で欠かせない一冊」と位置づけ、「パパネックは強い切迫感を持って、デザインという行為の社会的責任に自覚的になるよう促します」と評しておられます。まさにその通りで、本書は70年代アメリカのカウンターカルチャーが持っていた批判的精神というものを共有しているように思います。それは、巻末の見事な文献目録におけるパパネックの知的目配りを見るにつけ実感できることです。この訳書は74年刊のため、中には翻訳が出たり文庫化されたりした書目も散見されますが、品切も多く、時代の移り変わりを感じます。しかし、本書が今もそうであるように、文献目録にある本は今なお熟読すべき基本的文献ばかりで、古書も新刊もあわせてこの目録を書棚に網羅的に再現すれば、いまだかつて見たことのない「デザイン書」棚が出現するでしょう。パパネックは目録の冒頭にこう書き記しています。「私は、デザインに関する本を書くにあたって、諸分野を集めた総合的なアプローチ、すなわちマルティ=ディシプリナリーなアプローチをとったので、文献目録の作成にあたっても、これがマルティ=ディシプリナリーなものとなるように努めた。したがって、未来の予測、環境、大衆文化、デザインに関する書とともに、生態学(エコロジー)、動物行動学(エソロジー)、経済学、生物学、計画、心理学、文学、文化人類学、政治学、行動科学に関する書もあげておいた」(i頁)。 ★文献目録は12のパートで構成されています。1)構造、自然、デザイン。2)デザインと環境。3)デザインと未来。4)生態系に関する研究とデザイン。5)人間工学とデザイン。6)形態、知覚、創造性、その他の関連領域。7)大衆文化、社会的圧力に関する諸問題とデザイン。8)デザインと他の文化現象。9)デザイナーその他による個人的見解の表明。10)デザインの背景。11)デザインの実際とデザインの哲学。12)インダストリアル・デザイン。前述した通り、品切も多いですが、まだ入手可能な本もあります。品切なのはたとえば1)の先頭に掲げられたクリストファー・アレグザンダーのNotes on the Synthesis of Formで、これはパパネックの訳書刊行から4年後に『形の合成に関するノート』(稲葉武司訳、鹿島出版会、1978年)として刊行されました。言わずと知れた基本的文献ですが、現在は入手できないのが残念です。いっぽう11)の中にはモホリ=ナギ『ザ・ニュー・ヴィジョン』(大森忠行訳、ダヴィッド社、1967年)が挙げられており、この訳書は幸いなことに今なお入手可能です。A5判の本なのに1600円というお値打ち価格。 ★いささか脱線しますが、この目録を見ていると色んな思いに駆られます。多数の書目が挙がっている7)にある、セオドア・ローザク『対抗文化の思想』(ダイヤモンド社、1972年)や、ヴァンス・パッカード『浪費をつくり出す人々』(ダイヤモンド社、1961年)など、古びない名作を目にして、「ダイヤモンド社さんがドラッカーの『マネジメント』2巻本を刊行したのが1974年。2008年に新訳で3巻本を出してるんだから、ドラッカー以外の著者もリバイバルさせたらいいのに」と思ってしまいます。今回『生きのびるためのデザイン』を重版された晶文社さんも、パパネック自身の既刊書『人間のためのデザイン』は品切だったりしますので、なんとかしてこちらも続けて重版していただきたいですね。 ◎ヴィクター・パパネック(Victor Papanek: 1923-1998)既訳書 1998年03月『地球のためのデザイン――建築とデザインにおける生態学と倫理学』大島俊三・村上太佳子・城崎照彦訳、鹿島出版会 1985年11月『人間のためのデザイン』阿部公正・和爾祥隆訳、晶文社 1974年08月『生きのびるためのデザイン』阿部公正訳、晶文社 ★なお、晶文社さんは、朝日出版社、学芸出版社、英治出版、春秋社、羽鳥書店との合同企画で「デザインの力で、新しい未来を作る!!」と題したソーシャルデザイン関連書フェアを全国各地で展開されてきました。フェア名のリンク先で、各書店での実績などを載せたまとめサイトをご覧になれます。 ★さて、晶文社さんは本書と同じく8月2日に、次の新刊も取次搬入されていますので、一言ご紹介します。AKIRA(アキラ:1959-)さんによる、ニューヨークを舞台にした新作小説『ケチャップ』です。書名のリンク先で、ロバート・ハリスさん、田口ランディさん、ヴィレッジヴァンガード下北沢次長・長谷川朗さんなどから送られた讃辞を見ることができます。同書の刊行を記念して、今月1日から紀伊國屋書店新宿本店の3階精神世界フロアでは『ケチャップ』のための書き下ろしデッサンの展示や、直販ルートのみだったCDを並べたブックフェアが開催されており、さらに今週末には以下のトークイベント&サイン会が予定されています。 ◎『ケチャップ』刊行記念トークショー&サイン会 日時:2012年8月11日(土)19時~(開場18時30分) 会場:ヴィレッジヴァンガード下北沢 出演:AKIRA ゲスト:雨宮処凛 定員:50名 入場:無料 ※定員に達した場合は入場をお断りさせていただく場合がございます。 ※事前に『ケチャップ』をヴィレッジヴァンガード下北沢の店頭(営業時間10時~24時)にて購入していただいたお客様にイベント参加券をお配りしています。 ※また遠方のお客様につきましては、購入予約という形で、書籍と参加券をお取り置きいたします。晶文社へのお電話(電話03-3518-4940、月~金、9時30分~17時30分)にて承ります。なお、本をご購入いただくのは晶文社からではなく、あくまでヴィレッジヴァンガード下北沢店さんからになります。
by urag
| 2012-08-05 21:41
| 本のコンシェルジュ
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