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2011年 12月 18日

ラカンが待望の文庫化!『二人であることの病い』講談社学術文庫

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二人であることの病い――パラノイアと言語
ジャック・ラカン著 宮本忠雄+関忠盛訳
講談社学術文庫 2011年12月 本体720円 A6判並製185頁 ISBN978-4-06-292089-6
帯文より:巨人の思想の原点に触れる。「症例エメ」他、読み易い初期論文5篇を収録!!
カバー紹介文より:フロイト精神分析を構造主義的に発展させ、20世紀の思想潮流にあって、確固たる地位を占めたラカン。本書は、ラカン最初期の1930年代に発表された五篇の論考を収録。「症例エメ」「《吹き込まれた》手記」「パラノイア性犯罪の動機」の三篇は、症例報告の記録性があり、明澄ですらある。現代思想の巨人の哲学の出発点を探るための必読書である。
訳者まえがきより:フランスの伝統的な精神医学のほか、ヤスパース、クレッチマー、フロイトなど、ドイツ語圏の文献を盛んに読んでおり、精神分析よりは現象学の明晰さに親和性を感じていた跡が論文にも窺えて、それゆえ、後年の、ラディカルなフロイト主義者としてのあのラカンには辟易する人でも、興味をもって読みとおしていただけるものと期待している。

目次:
症例エメ
《吹き込まれた》手記――スキゾグラフィー
パラノイア性犯罪の動機――パパン姉妹の犯罪
様式の問題――およびパラノイア性体験形式についての精神医学的考想
家族複合の病理

★ラカンの著書の初めての文庫化です。古い分類で言えば、20世紀フランス構造主義の日本受容においてもっとも際立っていた四名(レヴィ-ストロース、アルチュセール、ラカン、バルト)の中で唯一、著書の文庫本が今までなかったのはラカンだけでした。その意味では、世紀が変わり10年代に入ってようやく文庫化されるというのは実に遙かな道のりでした。いまなおラカンの講義録(セミネール)が刊行中で、完結がまだいっこうに見えないことを考えると、今世紀においてもラカンの影響力というのは隠然と続いていくのかもしれません。

先週発売された文庫の親本は朝日出版社、1984年6月刊(写真左)。「ポストモダン叢書」の第一期第一巻。85年の2刷までは初版と同じカバー。87年6月の3刷でカバー新装(写真真中)。今回の文庫化にあたっては特に加筆訂正はなし。訳者のお二方がなくなっているためかと思われます。編集部による若干の補足は巻頭の「訳者まえがき」での書誌情報についてのもの。

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まずひとつは、『人格との関係からみたパラノイア性精神病』(原著1932年刊)についてのもので、「近い将来には完全なかたちの翻訳を出版できるものと見込んでいる」という一文のあとに亀甲カッコで「1987年刊。2011年現在絶版」と補足してあります。ラカンの学位論文となるこの著作は朝日出版社より1987年4月に函入本で出版され(写真真中)、1993年5月に2刷(新装版、カバーオビ装、写真左)が刊行されました。訳者は『二人であることの病い』と同じく、宮本・関の両先生。

もうひとつは、『二人であることの病い』に収録された「家族複合の病理」と対になる「複合、家族心理学の具体的要因」(ともに『フランス百科事典』第8巻「精神生活」(H・ワロン編、1938年)についての補足です。「両編併せて「家族」という大きなセクションを構成している。訳者としてはこちらも訳出して本書に掲載する予定だったが、時間と分量などの関係からやむなく分離し、これだけで別の一巻をつくることになった。近々出版の予定なので、本書と合わせてお読みいただけるとありがたい」という記述の後の亀甲カッコで、「1986年刊。2011年現在絶版」と補足してあります。これは、哲学書房より1986年6月に刊行された『家族複合』(写真右)のことで、この本では『二人であることの病い』の「家族複合の病理」(「家族」第II章)が再録されて、序論「家族制度」と第I章「複合、家族心理学の具体的要因」とともに、「家族」の項目全体が読めるようになっています。この本もまた、宮本・関の両先生による翻訳です。

ちなみに「絶版」というのはおおむね発行元のみが宣言できる「再刊予定なし」という状態のこと。発行元によっては「絶版」という言葉はけっして使用せず、あくまでも再刊の含みを持たせた「品切重版未定」という表現を使います。一方で、長期間にわたって市場在庫がない場合にも「絶版」とみなされることがあります。ただし、この「長期間」がいったいどれくらいの長さなのか、明確な業界基準はありません。

編集部の補足は最後にもうひとつ。「「症例エメ」を除く論考の原文はhttp://aejcpp.free.fr/lacan/texteslacan.htmなどで参照することができます」というもの。「まえがき」の欄外に編集部註として記載されています。

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ところで、『エクリ』(全三巻、弘文社)や『セミネール』(岩波書店、刊行中)を除くと、これまでに刊行されたラカンの著書で長期品切になっているのは『ディスクール』(佐々木孝次+市村卓彦訳、弘文社、1985年7月、写真右)と、『テレヴィジオン』(藤田博史+片山文保訳、青土社、1992年7月、写真真中)です。前者は1971年4月21日の弘文堂での談話「東京におけるディスクール――ラカン思想とは何か」と、1970年6月および11月にフランス・キュルチュール放送で放送されたインタビュー「ラジオフォニー――ラカン思想の基本概念」(質問者はロベール・ジョルジャンとルネ・ファラベ)の二本立て。後者は1974年3月9日と16日の二回にわたってフランス国営放送で放映されたインタビュー「精神分析」(質問者はジャック-アラン・ミレール)を活字化したものの翻訳。「ラジオフォニー」や「テレヴィジオン」はその後、『エクリ』や『セミネール』の原書版元スイユから2001年に出版された『他のエクリ Autres écrits』(写真左)に収録されたので、『他のエクリ』全体が翻訳されるまでは再刊されそうにありませんね。
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by urag | 2011-12-18 21:52 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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