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2011年 09月 09日

カントーロヴィチの大著『皇帝フリードリヒ二世』ついに刊行!

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皇帝フリードリヒ二世
エルンスト・カントーロヴィチ(1895-1963)著 小林公(1945-)訳
中央公論新社 2011年9月10日 本体7,600円 A5判上製776頁 ISBN978-4-12-004257-7

帯文より:「世界の驚異 stupor mundi」か、「反キリスト」か? 中世ヨーロッパに君臨した魁偉な神聖ローマ皇帝の生涯と思想像を圧倒的な学殖と情熱をもって描ききり、空前の熱狂と論争を巻き起こした記念碑的評伝。本邦初訳。詳細論争資料併載。「秘められたドイツ」を開示する超問題作、ついに邦訳刊行!

底本:Kaiser Friedlich der Zweite, Hauptband, Düsseldorf/München: Küpper vormals Bondi, 1963.

目次:
付図・付表

第一章 フリードリヒの幼年時代
第二章 アプーリアの子
第三章 統治者としての第一歩
第四章 十字軍遠征
第五章 シチリアの専制君主
第六章 ドイツ皇帝
第七章 カエサルとローマ
第八章 ドミヌス・ムンディ
第九章 反キリスト

訳者解説・あとがき
主要人名索引

★今日9月9日は、ドイツ(現在はポーランド)に生まれ、アメリカに亡命したユダヤ系歴史学者Ernst Hartwig Kantorowicz (1895-1963)の命日です。その記念すべき日に、カントーロヴィチの出世作である大著『皇帝フリードリヒ二世』の日本語訳が刊行されました。同書は1927年に刊行され、学界に大きな波紋を投げかけたと言います。「訳者解説・あとがき」では、中世史家アルベルト・ブラックマンの批判的書評、カントーロヴィチの反論、カントーロヴィチの友人フリードリヒ・ベートゲンの好意的書評、カントーロヴィチの反論とベートゲンの書評を受けてのブラックマンの再批判がそれぞれ長文で引用されています。ブラックマンにとってカントーロヴィチの皇帝像は「歴史学と神話を一緒くた」にするものであり、歴史家の筆というよりも詩人のそれによるものであると映ったようで、「ゲオルゲ・サークルの世界観に過ぎない」と切って捨てます。カントーロヴィチはこうした非難をきっぱりと拒否しました。彼は4年後の1931年に「豊富な資料を掲載した多くの註と付説から成る補遺」(訳者解説751頁)を刊行します。今回訳されたのは本論・本巻に当たる第一巻(Hauptband)であり、別巻としての補遺(Ergänzungsband)ではありません。「訳者解説・あとがき」ではこの補遺の公刊後に発表されたカール・ハンペによる詳細な批判的書評の要点も紹介しており、どれほど『皇帝フリードリヒ二世』が熱心に議論されたかがわかります。

★カントーロヴィチの大胆な筆致は歴史家たちを大いに憤慨させたわけですが、それによって彼の名声が失われることはありませんでした。1938年、彼はアメリカに亡命し、翌年からカリフォルニア大学バークレー校で中世史の教鞭をとり、さらに50年代にプリンストン高等研究所に移って、ほどなく主著である『王の二つの身体――中世政治神学研究』(小林公訳、平凡社、1992年、全1巻;ちくま学芸文庫、2003年、全2巻)を上梓します。日本語に訳されている著作には『王の二つの身体』のほかに論文集『祖国のために死ぬこと』(甚野尚志訳、みすず書房、1993年;新装版、2006年)があり、『皇帝フリードリヒ二世』は3冊目の日本語訳になります。

★『皇帝フリードリヒ二世』をお訳しになった小林公さんは『王の二つの身体』の訳者でもいらっしゃいます。そして、この二冊の編集を担当されたのは、平凡社で『ヒストリー・オブ・アイデアズ』や『中世思想原典集成』を手掛けられた二宮隆洋さん(現在はフリー)です。二宮さんは中央公論新社では『哲学の歴史』シリーズに関わっておられます。中公サイドのご担当者は『哲学の歴史』『皇帝フリードリヒ二世』、どちらもともに郡司典夫さんで、郡司さんは、弊社もたいへんお世話になっております上村忠男さんの『ヴィーコ――学門の起源へ』(中公新書、2009年)を始め、数多くの本を世に送り出されています。『皇帝フリードリヒ二世』は2段組で700頁を超える大冊で、束は50ミリもありますが、この分厚さで税込8,000円を切るというのはかなり良心的な価格です。中公さんのような総合出版社ではなく、人文系の専門書版元が出版したとしたら、おそらく倍くらいの値段になるのではないでしょうか。内容的にも造本的にも、本年度の人文系学術翻訳書の中で間違いなく五指に入る快挙と目されるだろうと思います。

+++

★【2011年9月11日追記】『皇帝フリードリヒ二世』を手に取られた方は、カバーやオビに中央公論新社の「中」の字を図案化した(ギリシア語のΦのように見えますね)ものの下に創業年である「1886」を刻印した、さらにその下に「MEDIATIONS」と記したロゴがあることに気付かれたろうと思います。「中1886」は以前から使用されている同社のロゴですが、さらに「MEDIATIONS」と書き加えられたものを見るのは初めてかもしれません。カバーソデには「médiation[メディアシオン]:媒介、媒介物、調停、仲裁、仲介」とのみ記載されています。おそらくシリーズ名ではないかと思い、郡司さんにお尋ねしたところ、以下の通り長文の丁寧なご回答をいただきました。

*引用開始*

【MEDIATIONS(メディアシオン)】は、シリーズ名です。どれくらい続けられるか自信がなかったので、こっそり付けました。

カバー袖に訳語を載せたように、「媒介」「媒介者」「調停」「仲裁」「仲介」などという意味のフランス語です。

マルチメディア、メディア・ミックスなどという言葉が広くかつ高らかに流通していますが、「媒介」「媒介物」として、時代や空間を超えて機能してきた、そして今も機能している本こそ、メディアの本家本元であることをまず言いたかったというのがあります。

そして、さまざまな意見や立場が拮抗・対立して、動きがとれなくなっている現代社会にとっては、そうした不寛容かつ不浸透的に林立するものの見方を「調停」「仲裁」「仲介」してくれるものこそ必要ではないかという思いがありました。

多様な意見を圧倒し、その後の思考を支配するような新しいアイデアは、それはそれで危険を孕んでいます。人はこれまでに物事を相当程度考え抜いてきており、今むしろ必要なのは、新しい思想や視点ではなく、すでに思考されてきた事柄を「調停」「仲裁」「仲介」してくれるものではないかと思うのです。

このシリーズに加えられていく書目は、主に「新古典」になると思いますが、それは、「これまでに考えられたこと」を大切にしたいという考えからです。

以上のようなことを考えて付けたのが、【MEDIATIONS】です。

そしてじつは、本家があります。私が敬愛する「ドゥノエル(Denoël)」(あるいは「ドゥノエル=ゴンティエ」)というフランスの版元に、【Bibliothèque Médiations】というシリーズがありました(ドゥノエルは、めまいがするような素晴らしいラインナップの文庫を持っていました。今はガリマール傘下)。ドゥノエルがどんな意図でこの語をシリーズ名に用いたのかは不明ですが、おそらく、「媒介」「媒介者」という意味のほうだろうと思います。ともあれ、いずれ人文書のシリーズを手掛けることがあったら、【MEDIATIONS】と命名したいと考えており、それがこのたび実現したというわけです。

このシリーズで予定されているのは、今のところ、T・W・アドルノ『自律への教育』、F・A・イエイツ『ジョン・フローリオ』です。全国には、秘かに訳され、筐底に眠っている「新古典」がたくさんあるのではないかと想像しています。そうした翻訳が世に現れてくる一つのきっかけになれば、面白いですね。

*引用終了*

シリーズ趣旨も続刊予定も非常に魅力的ですね! 読者の皆さんとともに、今後の展開に大注目していきたいです。
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by urag | 2011-09-09 16:44 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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