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2011年 08月 28日

2011年8月の注目新刊

★今月発売された新刊の中からいくつかご紹介します。キーワードは「サンデル・ブーム」以後。サンデルに啓発されて「自ら考え、発言し、また人の発言に耳を傾ける」というミニマルな政治的実践の倫理から出発しえたであろう現代日本の読者にとって、東日本大震災のインパクト後のこんにち、さらなるどんな読書体験への誘いが示されているのでしょうか。各版元は知恵を絞って様々な新刊を出しています。本屋さんを覗いてみれば、今の世相やこれからの世界がかいまみえてくるかもしれません。

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3・11の未来――日本・SF・創造力
笠井潔・巽孝之監修 海老原豊・藤田直哉編
作品社 2011年9月 本体1,800円 A5判並製400頁 ISBN978-4-86182-347-3

帯文より:小松左京、最後のメッセージ。豊田有恒、瀬名秀明、新井素子、押井守ほか、SF作家ら26名が、いま、考える科学と言葉、そして物語……。

★先週木曜日25日取次搬入。つい先日亡くなられた作家の小松左京さんが本書のために書いた「序文――3.11以降の未来へ」が冒頭に掲載されています。以下、掲載順に寄稿者を列記すると、笠井潔、鼎談=笠井潔+巽孝之+山田正紀、豊田有恒、スーザン・ネイピア、瀬名秀明、座談会=谷甲州+森下一仁+小谷真理+石和義之、八代嘉美、長谷敏司、田中秀臣、仲正昌樹、海老原豊、新井素子、押井守、野尻抱介、大原まり子、クリストファー・ボルトン、桜坂洋、新城カズマ、鼎元亨、藤田直哉、巽孝之。巻末には、石和、海老原、鼎、藤田の四氏による「3・11を考えるためのブックガイド(SF作品・評論・ノンフィクション)」が添えられています。

★A5用紙5枚にわたる、編者の藤田さんによる長い挨拶文(プレスリリース)によれば、本書はSFファンのみに向けられたものではなく、一般読者に「日本SFというこの国の偉大な知的リソースの価値を提示する」ことを目指しておられるとのことです。作家の本音あり、研究者の鋭い分析あり、読みやすいエッセイから本格評論まで、このボリュームで1800円というのは版元さんとしても勝負をかけた数字だろうと推察できます。震災・原発関連の新刊は最近たくさん出ていますが、この本は異色ではないかと。藤田さんの挨拶文には「この書籍にはひょっとすると、ある人を傷つける可能性があるかもしれないと思う表現が含まれています」とも書いてあります。たしかにテーマがテーマなだけに寄稿者の意見は様々ですが、編者は「「検閲しない」で多様性のテーブルを維持することを目指し」たとのことで、それはフェアなやり方だと感じました。そのために本書全体としては異色という以上に出色の出来だと思いますし、様々なことを考えさせてくれる素晴らしい新刊です。

★本書の広告欄に作品社さんの9月新刊『未来の考古学 第一部 ユートピアという名の欲望』(フレドリック・ジェイムソン著、秦邦生訳)が出ていました。さらに同社のウェブサイトの「近刊」欄では、ハーヴェイ『〈資本論〉入門』『資本の謎』、アタリ『危機とサバイバル』、ネグリ『レーニン論』、アドルノ『ヴァーグナー試論』等々、楽しみな書目が並んでいます。そしてついに「あの」情報も解禁になっていました。すなわち、熊野純彦訳のカント『純粋理性批判』です。現時点では今年11月刊行予定で、本体予価8000円。ひょっとすると、中山元訳光文社古典新訳文庫版の完結と前後することになるのでしょうか。原書通り、一冊で読めるというのがいいですね。

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チリの地震――クライスト短篇集
ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)著 種村季弘(1933-2004)訳
河出文庫 2011年8月 本体800円 文庫判248頁 ISBN978-4-309-46358-2

帯文より:「硬く、勁〔つよ〕く、疾〔はや〕く、稠密で――水銀の銃弾の様だ。そして今なお思考を痛撃する。カフカやドゥルーズが愛した孤高の作家・劇作家、クライスト。今ここに再び。」佐々木中氏推薦。カフカ、ドゥルーズ+ガタリに巨大な影響を与えた夭折の天才文学者が3・11を経て甦る。
カバー紹介文より:十七世紀、チリの首都サンチャゴで引き裂かれたままそれぞれ最後の時をむかえようとしていた男女がいた……絶後の名品「チリの地震」他、天災/陣際を背景にした完璧な文体と構成による鏤骨の作品群、復活。

★月刊誌『現代思想』2011年7月臨時増刊号「震災以後を生きるための50冊――〈3・11〉の思想のダイアグラム」でも複数の書き手が取り上げていたのが、このクライストの短編小説「チリの地震」です。一言で言うと大震災後のモラルハザードがテーマ。悲惨な事件の渦中における人間の狂気と理性が淡々と描かれています。同じく今月発売の河出文庫には、田山花袋『東京震災記』もありますので、ともに購読をお薦めします。文庫で読めるクライストの短編集には、本書のほかに岩波文庫の『O侯爵夫人』(相良守峯訳、1951年)があります。ご参考までに、収録作品を対照させておきます。

・河出文庫版
チリの地震
聖ドミンゴ島の婚約
ロカルノの女乞食
拾い子
聖ツェツィーリエあるいは音楽の魔力
決闘
話をしながらだんだんに考えを仕上げてゆくこと
マリオネット芝居について

・岩波文庫版
O侯爵夫人
チリの地震
聖ドミンゴ島の婚約
ロカルノの女乞食
拾い子
聖ツェチーリエ
決闘

★河出文庫版の最後の二篇は小説ではなくエッセイです。岩波文庫版は残念ながら品切。5年前の復刊、2006年8刷が最後でしょうか。岩波文庫ではほかに、小説『ミヒャエル・コールハースの運命』や、戯曲『ペンテジレーア』『こわれがめ』『ハイルブロンの少女ケートヒェン』を刊行していましたが、いずれも品切。


法とは何か――法思想史入門
長谷部恭男(1956-)著
河出ブックス 2011年8月 本体1,200円 46判並製240頁 ISBN978-4-309-62433-4

帯文より:こんな国の法にどうして従うのか? 自らの問題として方をとらえるための手引き。くわしく学びたい人のための「文献解題」付き。
カバー紹介文より:私たちは、生きていく上で多くのことがらを自分で判断して行動する。一方で、憲法改正や税制から、交通規則や婚姻制度まで、社会全体として答えを出さなくてはならないことがらについては、法に照らして考えようとする。しかし、なぜ法に従うのか。そもそも法とは何なのか。国家の権威や法の力、立法のしくみや民主政の意義について、近代国家成立以降に先人達が唱えてきた法思想の系譜を読み解きながら、法とともにいかに生きるべきかを問う。法を自らの問題としてとらえ直すことができる、はじめの一冊として最適の書。

★エントリー冒頭に書いた、「サンデル・ブーム」以後、という新しい読書空間において、私にとってもっとも重要だと思えるのが、「法(律)」と「民主主義」にまつわる問いです。むろんそれがすべてだとは言いませんが、そこに私たち現代人が抱えている時代の不透明感の根っこがあるように感じます。震災後(いえ、実は震災のずっと前から)私たち現代人が感じてきた「空気」というのは、この国が政治的にも経済的にも外交的にもどんどん行き詰っていくような危機感の只中における、「どうして世の中はこうなっちゃうんだろう、どうしてこんなに見えにくいんだろう、どうしてもっとよくできないんだろう」という解決しがたい「モヤモヤした感じ」ではないかと思います。このモヤモヤは現在の様々な苦境がどこか手の届かない現実の中で作られ縛られているという感覚によって生まれるもので、かつてカフカは『審判』や『城』でそれを寓意的に非常にうまく描いていました。自分にはとうていすべてを理解することのできない迷宮のような、この世界を覆うバリア。その謎を解いていくためにはこの世界を「守っている」法律について知らねばなりません。そしてこの世界を変えていくためには民主主義を冠する「国」というものがどういう存在であるかを知らねばなりません。憲法学が専門の東京大学法学部教授による本書は、私たちに基礎知識を提供してくれます。法にかんする本というととっつきにくい感じがしますが、サンデルの正義論、道徳論の土俵とほとんど変わりない内容です。

★本書は、プラトン、アリストテレス、ホッブズ、ロック、ルソー、カント、ケルゼン、H・L・A・ハート、ドゥオーキンなどの「法思想の系譜を読み解き、法と共により善く生きる道を問う」(版元紹介文より)本です。ちょうど今月、サンデルのDVDブック『Justice(正義)』が宝島社から発売されましたが、サンデルの次に何を読もうか迷っておられる方は、ぜひこの『法とは何か』と、以前ご紹介した田島正樹さんの『正義の哲学』(河出書房新社、4月)を手に取ってみてください。後になって知ったことですが、担当編集者が同じ方なんですね、この二冊は。なるほどと納得しました。

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近代日本の中国認識――徳川期儒学から東亜共同体論まで
松本三之介(1926-)著
以文社 2011年8月 本体3,500円 46判上製336頁 ISBN978-4-7531-0291-4

帯文より:徳川初期の儒学から「帝国」日本の思想的帰結としての東亜協同体論まで、日中関係の精緻な思想研究の成果に立って、今なおグローバル時代の日本国民の課題である「他者理解」の問題を照射する思想史。

★松本先生と言えば、丸山真男さんのお弟子さんで、東京大学法学部卒、長年にわたり日本の近代政治思想を研究されてきた碩学です。3年前の2008年には東大出版会の「近代日本の思想家」シリーズの最終巻『吉野作造』を、シリーズ開始から半世紀後についに上梓されて、人文業界の枠を超えた大きな話題となりました。今回の新刊は、「あとがき」によれば、「二〇〇三年の九月から翌年の一月にかけて、同じ主題で川崎市の「かわさき市民アカデミー」でおこなった講義を原型として」いる書き下ろしだとのことです。「です・ます」調の柔らかい語調が心地よいです。本書が扱う日中関係史や東亜共同体論についてはこれまで世間では様々な議論が交わされてきましたけれど、よほどの専門家でない限り詳しくは知らないものです。知らないまま巷間に流布している言説を鵜呑みにしてしまいがちなのが現代人ですが、年々緊張を増しつつある日中関係を考えるためには過去の記録をひもとくのが一番です。どんな知識人がいつ、どういうことを発言していたか、本書は順を追って解説してくれます。江戸時代以降、明治大正期を中心に検証は進みます。福沢諭吉、中江兆民、勝海舟、岡倉天心、宮崎滔天、北一輝、吉野作造、石橋湛山、蝋山政道、三木清、尾崎秀美といった人物群が次々と登場します。「書き下ろしというかたちではあるいは最後の著書となるかもしれません」と著者は「あとがき」で告白しています。精読しなければなりません。


イスラームから見た「世界史」
タミム・アンサーリー著 小沢千重子訳
紀伊國屋書店 2011年9月 本体3,400円 46判上製685頁 ISBN978-4-314-01086-3

版元紹介文より:インド北部から中央アジアのステップ地帯にまで広がるミドルワールド――この広大な地域に広がるイスラーム世界とその歴史について私たちは何を知っているでしょうか。古代・中世・ルネッサンスを経て、産業革命、民主革命へ……私たちの多くが依拠する、西洋中心の「世界史」においては、主役を演じる国以外は後景へと追いやられています。9・11をきっかけに西洋世界ははじめてイスラーム世界に目を向けました。ともにメソポタミアではじまったふたつの歴史のもう一方では、いかなる物語が進行していたのでしょうか。十字軍遠征、植民地時代……そして、9・11――ムスリムは自らの歴史をどう捉え、いかに語り伝えてきたのでしょうか。アメリカにおける複数の世界史の教科書の執筆者でもある、アフガニスタン系アメリカ人の作家タミム・アンサーリーによる、もうひとつの「世界史」から、混迷を続けるイスラーム世界の成り立ちが見えてきます。

★哲学史や科学思想史を学んでいくと、遅かれ早かれイスラーム思想の豊かさに気づかされます。西欧文明に与えた影響力は測り知れません。たとえば、直近では約一年前に訳書が刊行されたマイケル・ハミルトン・モーガンの『失われた歴史――イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった』(平凡社、2010年9月)などをひもとくのもいいですし、あるいは五十嵐一(1947-1991)さんの『知の連鎖――イスラームとギリシアの饗宴』(勁草書房、1983年)を読んで、イスラーム思想が古代ギリシア思想からバトンを引き継いで発展させ、時を経てもう一度その成果が西欧文明にもたらされた経緯に思いをはせるのもいいと思います。ともあれ、その史的重要性にもかかわらず、イスラームがつい最近まで忘れ去られていた「かのように」思えてしまうのはどういうわけでしょうか。このたびの新刊書『イスラームから見た「世界史」』は、私たち日本の読者にとってその疑問を解明する糸口を与えてくれるかもしれません。古代から現代にいたる大部なイスラーム通史になるので、せっかちな読者はまず「終わりに」と「後記――日本の読者へ」を読んで、著者が考えるイスラーム世界の現在の位置付けを確認しておいたほうがいいかもしれません。そして、現代に近い直近の半世紀を扱う第17章から順番に遡っていくというのが一つの手です。

★「訳者あとがき」から引用します。「本書はムスリムが語り伝えてきた世界の歴史を血の通った人間のドラマとして描いたものである。〔…〕広く東西の文献を渉猟し、イスラームの伝承を咀嚼して生まれた得がたいイスラーム入門書である。ルーミーやラービア、バーブルら魅力的な人物が詩情たっぷりに描かれ、読者を驚嘆させること必至のアフガーニーなど日本人にはなじみの薄い人物が登場する」(660-661頁)。


無知な教師――知性の解放について
ジャック・ランシエール(1940-)著 梶田裕+堀容子訳
法政大学出版局 2011年8月 本体2,700円 四六判上製254頁 ISBN978-4-588-00959-4

版元紹介文より:人間の平等という原則に目を閉ざし、知性の優劣という虚構によって人びとを序列化してきた近代教育。他者への侮蔑にもとづく「愚鈍化」の体制から身を引き剥がし、現実の不平等に立ち向かう知性の主体となるために必要な学びの原理とはどのようなものか? 十九世紀の「無知な教師」ジョゼフ・ジャコトがめざした革命的教育の教えをモデルに、今日の「侮蔑社会」の泥沼から解放された人間を待望する。「教師」とは誰か。何を、どのように教えるべきか。教育はいつから「制度」になったのか。知性を持つ者/持たぬ者を分断するのは誰か。子どもたち・教師たちはなぜ「愚鈍化」させられるのか。社会の階層化を推し進める「他者の知性への侮蔑」と「不平等への情念」を批判し、互いの理性・知性の自立を認める教育、そして民主主義を夢見るために。

★ランシエールの面目躍如たる、ラディカルな教育(者)論です。ほとんどの日本人は「ジャコトって誰?」というところだと思いますが、イリイチやフレイレ、ポール・グッドマンなどの(反)教育論にもしもピンとくる方なら、本書に興味を持って下さるはずです。いえ、今挙げた誰の名前を知らなくても構いません。知ること、考えること、教えあうことの困難さと重要性は大人になればいっそう身にしみてくるものです。自分自身の「教育」を胸の内でもう一度、一から立て直そうと真剣に考えたいすべての方にお薦めします。ジャコトの墓碑銘にはこう書いてあったそうです、「神は人間の魂を、教師なしにひとりでに学ぶことができるようにお造りになったと私は信じる」と。
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by urag | 2011-08-28 23:26 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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