2011年 07月 31日

7月の発売済み注目新刊

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ユング伝記のフィクションと真相
ソヌ・シャムダサーニ(Sonu Shamdasani: 1962-)著 河合俊雄監訳 田中康裕・竹中菜苗・小木曽由佳訳
創元社 2011年7月 本体3,000円 A5判上製238頁 ISBN978-4-422-11509-2

帯文より:いま真実が明らかに! 『ユング自伝』をはじめ、さまざまな『伝記』を取り上げ、その一つひとつを批判的に検証した衝撃的な一冊。

★原題は「彼の伝記作者たちによって裸にされたユング、さえも」(Jung Stripped Bare by His Biographers, Even)。マルセル・デュシャンの有名な作品「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」(Mariée mise à nu par ses célibataires, même)にあやかったものでしょう。著者のシャムダサーニさんはユング『赤の書』(創元社、2010年)の出版に尽力した学者で、『ユングと現代心理学の形成――科学という夢』(Jung and the Making of Modern Psychology: The Dream of a Science)という大著を2003年に上梓しています。この大著は「ユング心理学の創成に関する新しい解釈を示した」もので、「現代心理学と心理療法の始まりの持つ諸側面についての新しい解釈」でもあり、「「ユング伝説」とも呼ぶべきものに対する挑戦」であると自己紹介されています(『ユング伝記のフィクションと真相』序章、17頁)。2005年に原著が刊行された『ユング伝記のフィクションと真相』はこの大著の姉妹編とでも呼ぶべき論考です。

★『ユングと現代心理学の形成』は「一次資料の研究に基づいて、ユング心理学の構成を心理学、心理療法、人間科学の成立という文脈で探求しようと努め〔…〕生前のユングの著作の受容という側面を再構築した」(『ユング伝記のフィクションと真相』謝辞、5頁)もので、一方、『ユング伝記のフィクションと真相』は「〔ユングの〕死後登場したあまりに多くの二次文献について」の考察であり、「ユングの伝記と彼の仕事の編集の歴史を再現することを通じて」(同頁)、二次文献を批判的に検証したものとなっています。シャムダサーニさんの言う伝説化されたユング像への挑戦というのは、次の問題意識に立脚しています。「われわれは今日において、深刻な状況に直面している。目下のところ、ユングに関する多数の文献に多く含まれている神話、虚構、誤謬のために、広い領域の人々がユングについての虚構の話と歴史的な人物像との間の区別ができていないのである。驚嘆すべきことに、専門のユング派たちもこのことからの影響から免れているわけではない。ユングに関する歴史的、伝記的情報が不足していること、多くの草稿、セミナー、書簡がいまだに未刊のままになっているというあまり十分に認識されていない事実とが、この状況に輪をかけている」(16頁)。

★本書は容赦なく数々のユング伝の問題点を列記し、聞き書きによる回想録(アニエラ・ヤッフェ編『ユング自伝――想い出・夢・思想』全2巻、みすず書房、72-73年)に留保をつきつけ、未完の『全集』の様々な障害を明かしています。ユングの著作の翻訳出版をめぐる関係者たちの密かな争いや改竄の歴史にはなかなかすさまじいものがあり、一出版人として耳が痛くなる教訓が随所にありました。ユング心理学はいまだに全貌が明らかになっていないのだ、という厳然たる事実を本書は教えてくれており、行く手の遙かさにはいささか唖然とします。唖然としつつも、ユングの遺産はいよいよこれから明らかになるのだという期待感も高まります。

★本書で言及されている主な伝記には以下のものがあります。日本で翻訳されているものについてはおおむね一定評価を与えられており、特にベネットやハナーについては好評ですが、読みたい方は現在は古書店か図書館で探さねばなりません。一方、未訳のベアの本についてはかなり痛烈に問題点が指摘されています。

ベンネット(ベネット)『ユングの世界――こころの分析とその生涯』川島書店、1973年
ベネット『ユングが本当に言ったこと』思索社、1985年
ハナー『評伝ユング――その生涯と業績』全2巻、人文書院、1987年
スターン『C・G・ユング――憑依された預言者』未訳、1976年
ブローム『ユング――人と神話』未訳、1978年
ナムチェ/レイン『ユングと人々――天才と狂気の研究』未刊(1983年)
ヴェーア『ユング伝』創元社、1994年
マクリン『カール・グスタフ・ユング――伝記』未訳、1996年
ハイマン『ユングの生涯』未訳、1999年
ベア『ユング――伝記』未訳、2003年 

★シャムダサーニさんはちなみに、『ラカンの思想』が日本でも訳されているミケル・ボルク=ヤコブセン(Mikkel Borch-Jacobsen: 1951-)との共著であるフロイト論『フロイト・ファイル――心理学史についての調査』を2006年に上梓しています。先述の『ユングと現代心理学の形成』は『彼の伝記作者たちによって裸にされたユング、さえも』が出た以上、いずれ翻訳される気がしますが、フロイト論にも興味が沸くところではありますね。


カラダという書物
笠井叡(かさい・あきら:1943-)著
書肆山田 2011年6月 本体2,800円 四六変判上製295頁 ISBN978-4-87995-821-1

帯文より:ダンサーにとって〈カラダ〉とは何か。笠井叡、宇宙の感覚器官としての人間身体を問う。たとえばミミズやバラの花や魚の、大地や海との一体的ありよう。これは人間には不可能である。自然としての身体を持ちながら。なぜだろう…人間身体と生命のありようを徹底考察する。

★叢書「りぶるどるしおる」の最新刊。伝説的な舞踏家として高名な笠井さんの久しぶりの書き下ろしです。長きにわたる実践と研鑽に裏付けされた卓抜な身体論となっています。本屋さんではたいてい芸術書のダンスの棚に置かれるのでしょうけれど、御承知のように笠井さんはシュタイナーとオイリュトミーに深く学んでこられた方なので、人文書のシュタイナー棚に置かれてもいいはずです。私が笠井さんに初めてお目にかかったのは95年の「我が黙示録」の公演の折です。私は当時、哲学書房に勤めていました。その頃のエピソードを盛り込んだ懐かしい拙文「天使を思い出すこと」に久しぶりにネット上で再会したので、赤面しつつリンクを張っておきます。笠井さんの既刊書には以下のものがあり、いずれも素晴らしい本なのですが、ほとんどが絶版。中には入手しにくいものもあり、たいへん残念でなりません。いつの日か、再刊の名乗りをあげたいものです。

『天使論』現代思潮社、1972年
『聖霊舞踏』現代思潮社、1977年
『神々の黄昏』現代思潮社、1979年
『人智学とオイリュトミー』全2巻、ダンスワーク舎、1984年
『未来の舞踊』ダンスワーク舎、2004年4月
銀河革命』現代思潮新社、2004年7月

★なお、巻末の「りぶるどるしおる」続刊予定に、ロジェ・ラポルト/神尾太介『死ぬことで』がエントリーされていました。楽しみですね。

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パリ五月革命 私論――転換点としての68年
西川長夫(にしかわ・ながお:1934-)著
平凡社新書 2011年7月 本体960円 新書判480頁 ISBN978-4-582-85595-1

帯文より:「もうたくさんだ、街に出よう」――世界を変える、私が変わる。祝祭的な反乱の日々の、濃密なドキュメント。

カバーソデ紹介文より:植民地闘争からヴェトナム戦争へ、プラハの春から全共闘へ、そして「郊外暴動」へ。六八年五月、パリで起こった「革命」は、二〇世紀後半の世界史的転換点だったのではないか。それはまた「私」の変革への希望でもあった。政府給費留学生として現場に居合わせた著者による、迫真のドキュメント、革新的思想の再起動。

★新書とはいえ分厚い本で、読み応えがあります。43年後の総括と銘打って、ご自身の体験を織り交ぜながら、様々な文献をひもときつつ当時の運動と思潮とを「再読」しておられます。「パリ五月革命」の実見記としては、鈴木道彦さんの『異郷の季節』(みすず書房、1986年)という美しい本がありますね。弊社で刊行している『ブランショ政治論集』でも、五月革命の息吹の一端を知ることができます。数多くの若者たちの熱気に溢れた五月革命の顛末は、今なお胸に迫る迫力があります。こんにち、見るも無残な私たちの国の政治状況を前にして、この一書は単なる思い出話以上の光彩を放つでしょう。つまり、時として国民は街頭に出て是が非でもはっきりと訴えねばならない、という確信の……。

★平凡社さんの8月新刊ではライブラリーの2点、 西野嘉章『新版 装釘考』、鈴木大拙『禅の第一義』に注目です。前者は2000年に玄風舎から刊行されたあの美しい本文二色刷り活版印刷本が親本かと思いますが、くだんの造本から考えてまさかライブラリーになるとは思いませんでした。


本の世界に生きて50年
能勢仁(のせ・まさし:1958-)著
論創社 2011年7月 本体1,600円 46判並製206頁 ISBN978-4-8460-1073-7

帯文より:千葉の書店「多田屋」に勤めた著者は、「平安堂」でフランチャイズビジネス、創業期の「アスキー」で出版社、「太洋社」で取次と、出版業界を横断的に体験する! リアル書店の危機とその克服策。本の関わり続けるのもひとつの生き方である。

★シリーズ「出版人に聞く」の第5弾です。書店から出版社へ、あるいは出版社から書店へ転職するケースはそれなりに耳にしますが、さらに取次へ、という出版業界の枢軸たる三者で経験を積んだ方というのはそう多くはいないはずです。能勢さんはそうした意味で業界ではたいへん有名な方で、本書ではそのプロフィールについて詳しく知ることができます。巻末に収録された「《付論》消えた書店――あの書店はもうない」が、何とも言えない寂寥感に溢れた回顧録になっています。この付論は昨年「新文化」に連載されたのをまとめたもの。淡々とした記述でけっして感傷的ではありません。だからこそ、今はもうないという不在の重みを感じます。忘却に抗って、「その店はそこにあった、確かにあった」と証言しなければならないのです。
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by urag | 2011-07-31 23:51 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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