2011年 05月 29日

今週発売予定の注目新刊と関連書(2011年5月第5週~6月第1週)

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イデオロギーとユートピア――社会的想像力をめぐる講義
ポール・リクール(1913-2005)著 ジョージ・H・テイラー編 川﨑惣一(1971-)訳
新曜社 2011年6月 本体5600円 A5判上製504頁 ISBN978-4-7885-1235-1

原書…Lectures on Ideology and Utopia, Ed. George H. Taylor, New York: Columbia University Press, 1986.

帯文より…イデオロギーの終焉が言われて久しいが、いまやますますその影響力は増大しているのではないか。マルクスからウェーバー、マンハイム、アルチュセール、ハーバーマス、ギアーツなどの思想にイデオロギーの変容をたどり、ユートピア的思考と対比しつつ、社会的想像力、社会的夢のゆくえをさぐる。「偉大な読み手」リクールの面目躍如たる書。リクール、マルクスを読む。

目次…
編集者の謝辞
編集者の序論

第1回 はじめに

第一部 イデオロギー
第2回 マルクス『ヘーゲル法哲学批判』および『経済学・哲学草稿』
第3回 マルクス『経済学・哲学草稿』「第一草稿」
第4回 マルクス『経済学・哲学草稿』「第三草稿」
第5回 マルクス『ドイツ・イデオロギー』(1)
第6回 マルクス『ドイツ・イデオロギー』(2)
第7回 アルチュセール(1)
第8回 アルチュセール(2)
第9回 アルチュセール(3)
第10回 マンハイム
第11回 ウェーバー(1)
第12回 ウェーバー(2)
第13回 ハーバーマス(1)
第14回 ハーバーマス(2)
第15回 ギアーツ

第二部 ユートピア
第16回 マンハイム
第17回 サン=シモン
第18回 フーリエ


訳者あとがき
参考文献
人名・著作索引
事項索引 

★6月1日取次搬入、店頭発売は6月3日以降と聞いています。「訳者あとがき」の全文をこちらで読むことができます。そこで明記されていますが、「本書はリクールが一九七五年の秋学期にシカゴ大学で行なった講義がもとになっており、それを録音したテープにもとづく原稿と、リクール自身の講義ノートから編集されたもの」です。リクールの著書は数多く訳されていますけれども、シカゴ大学神学部で教鞭を執っていた時の講義録というのは初訳ですね。母国語のフランス語ではない言語(英語)で話したもののゆえか、それとも講義という性質によるものか、リクールの他の著作に比べるとより理解しやすい語り口になっている気がします。『イデオロギーとユートピア』という書名で真っ先に思い浮かぶのは1929年に刊行されたカール・マンハイムの古典的名著ですね(鈴木二郎訳、未来社、68年8月)。リクールの本でもマンハイムが論じられています。「イデオロギーとユートピアの弁証法は哲学的問題としての想像力に関する未解決の問題に何らかの光をもたらしてくれる」(45頁)とリクールは述べます。

★マンハイムの議論を参照しつつ、リクールはイデオロギーとユートピアを表裏一体のうちにとらえます。「現実との不一致、食い違いという共通の側面」(46頁)においてです。両者のプラス面とマイナス面、建設的役割と破壊的役割、構成的次元と病理的次元をともに検証し、もっとも頁が多く割かれているマルクス論では「マルクス主義のイデオロギー概念の正統性を否定することではなく、マルクス主義を、イデオロギーのより否定的でないいくつかの機能に関係づける」(54頁)ことを試みています。解釈学的アプローチによるイデオロギー批判でありユートピア批判の書として、本書は今なお多くの示唆に富んでいます。個人的にはとりわけ、イデオロギーに潜むディストピアへの逆説的な欲望という現象を考える上でリクールから学べるかもしれないと思っています。

★リクールの「サン=シモン講義」の末尾の言葉は印象的です。「うまくいっていないのに打倒されることのない諸体制によってすべてが阻まれているような時代――これは、われわれの時代についての私の悲観的な評価であるが――には、ユートピアはわれわれの頼みの綱である。それは逃走であるかもしれないが、批判の武器でもある。ユートピアを求めるのは特殊な時代だ、ということかもしれない。われわれの時代が、そうした時代ではないのかどうか。しかし、私は予言したくはない。それはまた別のことである」(432頁)。また、フーリエについて締めくくる際の次の言葉も印象深く読みました。「フィクションが興味深いのは、それが現実の外にある単なる夢である場合ではなく、それが新しい現実を形づくるときである。そして私は、絵画とフィクションの極性と、イデオロギーとユートピアの極性との間の並行関係に興味を引かれたのである。あらゆるイデオロギーは、ある意味で、その並行関係を正当化することによって、現に存在するものを反復している。そしてそれは、現にあるものの描写〔ピクチャー〕――歪曲された描写――をもたらす。他方、ユートピアは、生活を記述し直すフィクション的な力を持っている」(444頁)。

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★自己正当化の病理としてのイデオロギーは、異文化と出会った時に強化されたり解毒されたりします。他者との出会いは鏡のように自己を反射するため、自己を変容させる機会ともなります。今週後半に発売となるらしい以下の新刊は、近代における異文化交流がもたらした文化的変容の諸相を教えてくれます。

異文化交流史の再検討――日本近代の〈経験〉とその周辺
ひろたまさき+横田冬彦編
平凡社 2011年5月 本体3800円 四六判上製424頁 ISBN978-4-582-83506-9

帯文より…異文化間の交渉をめぐる厚い記述。この国の地を踏む外なるまなざしと外へのへのまなざし、心をとらえる新しい飲み物、新しい衣、新しい教え……、長崎丸山遊郭から宝塚歌劇団まで、ヒト、モノ、トポスに担われた異文化のあいだの交流の多様性を理解し叙述しなおす10の試み。

目次…
まえがき(ひろたまさき・横田冬彦)

第一部〈境界〉を越える
混血児追放令と異人遊郭の成立――「鎖国」における〈人種主義〉再考(横田冬彦)
ヴィクトリアンレティと幕末・明治期の日本――女性旅行者が見た「変わりつつある日本」(松浦京子)
明治前期の京都とイギリス皇族――一八八一年の異文化交流(高久嶺之介)
キリスト教と近代中国社会――魂の救済から社会の救済へ(蒲豊彦)
異文化を越えた飲み物――ヨーロッパへのコーヒーの伝来と定着(南直人)

第二部 文化イメージの交錯
「朝鮮人来朝図」の図像学(ロナルド・トビ)
近世の文人と異国(有坂道子)
夢野久作『ドグラ・マグラ』と楊貴妃漂着伝説――その背景の中世史(細川涼一)
「きもの」というファッション――消費文化のなかの「伝統」(河原和枝)
宝塚歌劇団と異文化交流(ひろたまさき)

あとがき(横田冬彦)

★近代以後、すなわち「現代」における異文化同士の交流ないし衝突は、グローバリゼーションによって加速し、それに伴う衝撃を増しているようにも思えます。圧倒的な利便性の増加による恩恵を感じる傍らで、すべてを従属させずにはおかない無境界化の暴力を、現代人は感じているのではないでしょうか。地球の一体化への希求と多様性の簒奪が同時に現代人を襲ったため、私たちはいわゆるグローバル・スタンダードに対して次第に懐疑的になってきたかもしれません。そんな懐疑的な日本人にひょっとしたら別の視点を与えてくれるかもしれない本が、先週発売されました。

創造的破壊――グローバル文化経済学とコンテンツ産業
タイラー・コーエン(1962-)著 田中秀臣監訳・解説 浜野志保訳  
作品社 2011年5月 本体2400円 46判上製288頁 ISBN978-4-86182-334-3

帯文より…自由貿易は、私たちの文化を根絶やしにするのか? マーケットとカルチャーは敵対するのか? エートスとミネルヴァ・モデル、最小公分母効果、サイズと臨界質量、文化クラスターの重要性、ブランドの力、若者の消費行動が決めるカルチャーの「質」など、文化と経済の関係を知るための必読書! 2011年、世界で重要な経済学者の1人に選ばれた著者の話題作!

帯裏文より…『AKB48の経済学』の田中秀臣氏が特別に解説――「近年のタイラー・コーエンの経済学は、独自の進化をみせている。リーマンショック後の米国経済の落ち込みによって、人々の文化消費のあり方が構造的な意味で変容したという。この文化消費の構造的変化を説明する経済学が、「物語の経済学」だ。本書『創造的破壊』は、今後重要な基礎文献として読まれ続けるに違いない」(日本語版解説「タイラー・コーエンの経済学――創造的破壊から物語の経済学へ」より)。

カバー裏コピーより…「ローカルな文化(国や地域ごとの文化)が、グローバリゼーションによって堕落する」という話を耳にすることは多い。だが、ローカルな文化にとって、グローバリゼーションはマイナスにもプラスにも働くのではないか? これまで侃々諤々の議論がなされてきた問題に、独自の視点で鋭く切り込んだのが、本書である。著者は、斬新かつ大胆な手法で、異文化間交易をより肯定的に捉えてみせる。「市場と美的価値は敵か味方か」という長年の問いに対して、古臭い仮説ではなく経済学者としての視点に基づき、ひとつの答えを提示する。著者の結論は、力強く明瞭なものである。すなわち、総合的に見れば、市場と美的価値は味方同士である。文化における「破壊」がもたらすのは、芸術の終焉ではなく、創造的なコンテンツの多様性である。

推薦文より…「『創造的破壊』で鮮やかに展開されるコーエンの主張は、「外部からの侵入はプラスにもマイナスにも働く」というものである。実際、かくも長きにわたって、外部からの侵入は古いものを壊し、新たなものを生み出しつづけてきた」(デヴィッド・R・ヘンダーソン『ウォール・ストリート・ジャーナル』)。「コンパクトだが示唆に富む論考である。『創造的破壊』には数多くの長所がある。その一つは、文化に対して市場が与える両義的な衝撃について、現時点で最も明快な解説を示しているという点である」(デヴィッド・R・サンズ『ワシントン・タイムズ』)。

原書…Creative Destruction, Princeton University Press, 2002.

目次…
日本語版序文「幾度も破壊を乗り越えてきた日本の皆さんへ。今こそ、日本人が持つ「創造」力を発揮するべきだ」

第1章 異文化間交易――グローバリゼーションの功罪
第2章 グローバル文化の隆盛――富と技術の役割
第3章 エートスと文化喪失の悲劇
第4章 なぜハリウッドが世界を牛耳るのか、それはいけないことなのか
第5章 衆愚化と最小公分母――グローバリゼーション時代の消費者
第6章 「国民文化」は重要なのか――貿易と世界市民主義

原注
参考文献
解説「タイラー・コーエンの経済学――創造的破壊から物語の経済学へ」田中秀臣

★コーエンのこの本は単純なグローバリゼーション礼賛や現状追認に留まるものではないようです。地球規模の文化的交通のプラス面とマイナス面を見極めつつ、思い切ってより積極的にこの変化を自分のものにしようという意図を見ることができます。このポジティヴさに素直に学びたいです。本書は出版業界人必読と言っていいかもしれません。電子書籍だキンドルだグーグル・ブックスだと騒がしい昨今ではあるものの、日本の業界人はまだ日本語にローカライズされた市場の中で騒いでいます。コーエンは日本に「創造的破壊」の実例や貪欲な異文化吸収の歴史を見出して「衝撃を受け」(2頁)た、と書きました。確かに出版業界においても日本の翻訳文化には世界的に高いレベルにあるでしょう。しかし、輸入は上手でも輸出はどうだったか。日本の出版界がコンテンツや読書環境関連事業の輸出を、創造的破壊に達するまで上手くできるかどうか、道のりはまだまだ遠いようにも感じます。本書を担当した編集者のFさんは人文書版元の中では業界改革への意識が高い若手です。こうした本をきっちりフォローするあたりはさすがです。

★最後に「創造的破壊と言ってもそれは結局「破壊」であることに変わりはないのではないのか」と感じている懐疑的な方々には、今週発売になるケビン・ベイルズの新刊をお薦めします。『現代奴隷制に終止符を!――いま私たちにできること』(大和田英子訳、凱風社、2011年5月31日、本体2800円、四六判並製408頁、ISBN978-4-7736-3506-5)。ベイルズのロングセラー『グローバル経済と現代奴隷制』は現在4刷に達しているそうです。ベイルズは地球規模のヒューマン・トラフィック(人身売買)について地道に研究を続けている学者で、私がもっとも敬愛する人物の一人です。現代奴隷制 Modern Slaveryと聞くと何だかゴリゴリの活動家の言葉のように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、まずは御一読をお薦めします。一般的日本人がほとんど知らない悲劇のオンパレードで戦慄を覚えずにはいられません。人間による他者の奴隷化は止めることができるのだ、という強い信念に基づいたベイルズさんの主張は、まさにリクールが言うような「生活を記述し直す」変革の想像力を力強く後押しするものです。
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by urag | 2011-05-29 23:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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