2011年 02月 27日
社会改革案 ルドルフ・シュタイナー著 西川隆範訳 水声社 2011年2月 本体2,500円 四六判上製256頁 ISBN978-4-89176-823-2 裏表紙説明文より:勃興する労働運動と迫り来る《世界大戦》の危機を前にして、社会問題・労働問題の根本的な解決をめざした著者が、《社会有機体三文節化》――神経-感覚系、循環系、新陳代謝系の三つの部分からなる人体に倣って、社会有機体を、経済活動、政治-国家の営為、精神生活に三分節し、その三部分が互いに独立しつつ協力し合うことによって、近代の技術と資本主義によって傷ついた《人間と人間社会を、社会有機体を癒そう》とする試み――についてヨーロッパ各地で行った四講演を収録する。《健全な社会有機体の実現か、革命ないしは社会の激変・転覆か。第三の可能性は存在しない》。 目次: 経済の根本問題 精神科学と社会問題 社会問題 社会問題の真相 現実に沿った社会問題の解決 社会生活の現実的な把握 社会の発展と現代人の生活状況 社会秩序のなかの人間――個人と共同体 訳者あとがき ★シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861-1925)というと本屋さんではたいてい「宗教/神秘思想」や「精神世界」の棚に分類されるのかもしれませんが、尖鋭的な社会思想家でもありました。「社会有機体三分節化論」はシュタイナーの社会改革論の屋台骨であり、かのヒトラーがその論旨に醜い言いがかりを投げかけたことが知られています。シュタイナーの「社会有機体三分節化論」の詳細は、今回出版された『社会改革案』と、『社会の未来――シュタイナー1919年の講演録』(高橋巌訳、春秋社、2009年11月;イザラ書房1989年刊の改訂版)、『シュタイナー 社会問題の核心』(高橋巌訳、春秋社、2010年7月;イザラ書房1991年刊『現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心』の改訂版)で読むことができます。『社会問題の核心』には、広嶋準訓訳(人智学出版社、 1981年)もあります。 ★本書『社会改革案』に収録されているのは四つの講演で、原書全集版では以下の通りそれぞれ別の巻に収められています。 経済の根本問題・・・1921年11月30日、オスロ大学での講演。全集79巻『高次世界の実際』所収。 精神科学と社会問題・・・1908年3月2日、ハンブルクでの講演。全集54巻『世界の謎と人智学』所収。 社会問題・・・1919年2月3日~12日、チューリヒでの全4回の講演。全集328巻。 社会秩序のなかの人間――個人と共同体・・・1922年8月29日、オックスフォード(英)での講演。全集305巻『教育技芸の精神的・心魂的な根源力』所収。 ★西川先生による「訳者あとがき」によれば、「社会問題」講演をもとにして『社会問題の核心』が書かれ、以後各地で講演を続けたとのことです。また、『シュタイナー経済学講座――国民経済から世界経済へ』(西川隆範訳、筑摩書房、1998年;ちくま学芸文庫、2010年10月)と『シュタイナー 世直し問答』(西川隆範訳、風濤社、2009年6月)が、シュタイナーの社会問題講義の最後に当たると紹介されています。なお、『社会の未来』は1919年10月24日から30日までチューリヒで行われた全6回の講演の記録です。 ★シュタイナーの社会改革論はたとえば、現代のムハマド・ユヌス(Muhammad Yunus, 1940-)の著書と併せて読むと面白いかもしれません。ユヌスの言う「利他の心」と、シュタイナーの言う「博愛」には相通じるものがあると感じます。ユヌスは『ソーシャル・ビジネス革命――世界の課題を解決する新たな経済システム』(千葉敏生訳、早川書房、2010年12月)で、「個人的利益を追求するビジネス」と「他者の利益に専念するビジネス」の二つを挙げ、以下のように述べています。 「〔個人的利益を追求する〕前者のビジネスの目的は、他者を犠牲にしてでも企業の所有者の利益を最大化することだ(実際、利益の最大化を追求する人々の多くは、故意に他者の生活を傷つけることさえいとわない)。一方、〔他者の利益に専念する〕後者のビジネスでは、すべてが他者の利益のために行われる。他者の役に立つという喜び以外、企業の所有者にはなんの報酬もない。このふたつ目のビジネス、つまり人間の利他心に基づくビジネスこそ、私のいう「ソーシャル・ビジネス」だ。現代の経済理論に欠けているのはまさにこの考え方だ」(19頁)。 ★ユヌスの言う「ソーシャル・ビジネス」の理念は、たとえば出版業界で、CHIグループCEOの小城武彦さん(おぎ・たけひこ、1961-)が提唱されている「新しい公共」に似ている部分があります。小城さんは営利活動と社会貢献とを矛盾させない企業理念として「新しい公共」を掲げています。社会貢献を仕事にするということと、企業として社会貢献するというのは似ているようで違うのも事実です。しかし小城さんは「ボランタリー・モデルを内包した、企業の公共性に共感した人間の集合体」として、すなわち「新しい公共」の担い手として企業組織を位置づけており、その企業理念は文化産業としての出版界のアンビバレンツ(文化と産業とのあいだの不透明な深い裂け目)を調停する「論理」としては整合的に機能しうると思えます。アンビバレンツや自己矛盾がきれいさっぱりなくなることはありませんが、だからこそいっそうその解消へと努力しなければならないのだと思います。シュタイナー風に言えば、「人間が本当に人間らしくなろうとするとき、〔…〕魂は更に光へ向かわなければならない」(「積極的な人と消極的な人」高橋巌訳、『シュタイナー 魂について』所収、春秋社、2011年1月、120頁)。 ★シュタイナーの訳書は100冊を超えており、原書全集は300巻を越えてなおも完結しないのですが、出版界ではシュタイナーの本は絶対に失敗しない「鉄板」として知られています。「心と体と頭に効く」思想家として日本でも愛されています。凡百の自己啓発本よりもシュタイナーの多彩な「深み」のほうが興味深いということでしょうね。試みにシュタイナーをビジネス書売場で大いに展開する本屋さんが現れてもいいのではと思います。
by urag
| 2011-02-27 17:21
| 本のコンシェルジュ
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