2010年 09月 26日
いわゆる「セゾン文化」は日本の高度経済成長期以後の、バブル期を頂点とする75-95年代における人文知の都市型の沸騰にかんしてひとつの象徴的な文化的役割を果たしました。そしてその書物文化の中枢にあった書店が「リブロ池袋店」でした。これら二つ――セゾン文化とリブロ――について、今月は重要な証言集が二冊も出ました。業界内部の証言というのは外部の人間に伝わる形ではほとんど表に出ませんから、とても歓迎すべきことです。 こうした証言をリアルなものと感じることのできる読者は、同時代を生きた70年代前半生まれまでの人々だろうと思います。その世代はこの本を様々な思い出や感慨とともに読むでしょう。あるいは直接的な関係者の皆さんは読みたくないかもしれません。生々しい記憶を持つ人にとっては、記憶を掘り返したり、万が一自身の体験と異なる記述を発見したりすることは、時として耐えがたいでしょうから。しかし、同時代的に経験していない若い世代にとっては、こうした証言や資料を通じてしか、かつて存在したことに近づきようがありません。 以下の二冊について語るべきことは山ほどあるのですが、まずはこの二冊がこの先、さらなる詳細な証言集や資料集が出るまでは、基礎的文献になることは間違いありません。ニューアカデミズムの経済的文化的下部構造を知りたい方には特にお薦めします。 セゾン文化は何を夢みた 永江朗(1958-)著 朝日新聞出版 2010年9月 本体2300円 四六判並製304頁 ISBN978-4-02-250538-5 ◆帯文より:二十代の日々をセゾングループの一員として過ごした著者による“あの時代”のカルチャークロニクル。私たちは、何を得て、何を失ったのか。 ◆本文(帯裏に引用)より:構想から執筆まで、十三年――。セゾン文化とはなんだったのか、いまもって私にはよくわからない。スタッフやクリエイター、芸術家、批評家、観衆、そして消費者、すべてが《セゾン文化》の名のもとで、少しずつ違った夢を見ていたのではないか。そして誰もが自分こそがほんとうのセゾン文化を知っている、と思っている。私も例外ではない。 ◆目次 セゾン系にはじまる―一九八一年春に私が経験したこと Ⅰ アール・ヴィヴァン――芦野公昭に訊いて思い出したこと Ⅱ リブロ――中村文孝を訪ねて気づいたこと Ⅲ セゾン美術館――難波英夫に聞いて知ったこと Ⅳ 無印良品――小池一子と会って思ったこと Ⅴ セゾンの子として――小沼純一と話して感じたこと Ⅵ 西武百貨店文化事業部――紀国憲一を取材して見つけたこと Ⅶ セゾン文化とは何だったのか――堤清二と軽井沢で再会して分かったこと 時代精神の根據地として(堤清二) あとがき セゾン文化の活動チャート セゾン文化を追体験するためのブックガイド キーワード・インデックス 「今泉棚」とリブロの時代 (シリーズ「出版人に聞く」1) 今泉正光(1946-)著 論創社 2010年9月 本体1600円 四六判並製182頁 ISBN978-4-8460-0878-9 ◆帯文より:80年代、池袋に“リブロ”という文化が出現し、「新しい知のパラダイム」を求めて多くの読書人が集った。「今泉棚」はその中心にあり、今日では伝説になっている。伝説の「今泉棚」、誕生から消滅までを語る。本を売ることもひとつの思想である。 ◆本文(帯裏に引用)より: 〔聞き手:小田光雄〕――なくなってしまうとよくわかるけれど、リブロのような書店群は本と文化の共同体、つまり「想像の共同体」を体現しようとしていた。 今泉――アンダーソンの『想像の共同体』も、まさにリブロポートから出された一冊でしたね。それこそがラヴジョイの『存在の大いなる連鎖』をも支えているものだから、リブロの時代のそれらの表象でもあったと考えれば、何とも幸福な気分になることも確かだ。 ◆目次 第Ⅰ部 1 前口上 2 本との出会い 3 今泉版「影絵の時代」 4 様々なアンソロジーとの出会い 5 予備校時代 6 埴谷雄高のこと 7 長編小説を読む 8 『現代人の思想』 9 大学時代 10 スタイナー『脱領域の知性』 11 キディランド入社 12 組合と書店の仕事 13 「今泉棚」の始まりと学参 14 キディランド書店人脈 第Ⅱ部 15 キディランド、リブロ、古本屋 16 書店員の移動 17 低正味買切制への移行の可能性 18 八〇年代の出版業界の構造 19 小川道明が語る「今泉棚」 20 キディランドから西友へ 21 西友前橋店へ 22 前橋での文化運動と古本屋 23 街頭のアカデミー 24 様々なイベント企画、読書会 25 池袋店異動とその背景 26 リブロ前史 27 地方・小出版流通センターとのタイアップ 28 リトルマガジンの時代 第Ⅲ部 29 ニューアカデミズムの到来 30 浅田彰『構造と力』 31 五千部売った『現代思想・入門』 32 フーコー『言葉と物』 33 中沢新一『チベットのモーツァルト』 34 「今泉棚」の原型 35 『ゲーデル、エッシャー、バッハ』と『アンチ・オイディプス』の売れ行き 36 「流行と不易」のバランスと日常の仕事 37 堤清二人脈との交流 38 スタッフ養成と勉強会 第Ⅳ部 39 大手出版社との関係 40 出版業界の階級構造 41 出版社の倉庫に仕入れにいく 42 鈴木書店との取引開始 43 吉本隆明のこと 44 「書物の磁場」としてのリブロ 45 「-POST」について 46 「CONCORDIA」について 47 様々なブックフェア 48 「日本精神史の深層」フェア 49 『悪魔の詩』の販売 第Ⅴ部 50 リブロ池袋の売上と入荷量 51 百貨店と書店の関係 52 万引問題「棚不足」検討会 53 セゾングループと「大きな物語」の終焉 54 リブロの消滅 55 「今泉棚」の可能性 あとがき 【参考資料】『全集・現代文学の発見』(学芸書林、全16巻・別巻1、1967-1969年)概要/『現代人の思想』(平凡社、全22巻、1967-1969年)概要/『戦後日本思想大系』(筑摩書房、全16巻、1968-1974年) 「現代知の海図」目録(巻末折り込み)
by urag
| 2010-09-26 23:55
| 本のコンシェルジュ
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