2010年 09月 05日

ついに『千のプラトー』が文庫化開始:河出文庫で全三巻

千のプラトー――資本主義と分裂症(上)
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ:著 宇野邦一ほか:訳
河出文庫 2010年9月 本体1,200円 366頁 ISBN978-4-309-46342-1

カバー裏紹介文より:ドゥルーズとガタリによる最大の挑戦にして未だ読み解かれることない比類なき名著。リゾーム、アレンジメント、抽象機械、リトルネロ、戦争機械など新たな概念を創造しつつ、大地と宇宙をつらぬいて生を解き放つ多様体の思考。器官なき身体/存立平面から〈機械圏〉へ――来たるべき民衆のための巨大な震源。

※ついに、ついに、ついについに!『ミル・プラトー』が文庫化開始です。親本は94年の全一冊。文庫化にあたっては「一部改訂の上、三分冊にした」と奥付前の出版社注記に書かれてあります。今回発売された上巻に収められているのは「序――リゾーム」から「6 一九四七年十一月二八日――いかにして器官なき身体を獲得するか」まで。訳者解説は上巻にはついていません。おそらく下巻にまとめて新規原稿が掲載されるものと思います。なお、中巻は、来月(2010年10月6日)発売予定のようです。

※周知の通り「資本主義と分裂症」というのは副題ではなく、第一巻『アンチ・オイディプス』と第二巻『千のプラトー』を包括する総題です。『アンチ・オイディプス』はすでに宇野邦一さんによる新訳で、2006年10月に上下巻で文庫化されています。つい先日の出来事のように思っていましたが、もう4年も経つのですね。

※「序――リゾーム」より、『千のプラトー』の性格をもっとも如実に物語っている印象的な末尾のくだりを引用します。「リゾームには始まりも集点もない、いつも中間、もののあいだ、存在のあいだ、間奏曲〔インテルメッツォ〕なのだ。樹木は血統であるが、リゾームは同盟であり、もっぱら同盟に属する。樹木は動詞「である〔エートル〕」を押しつけるが、リゾームは接続詞「と……と……と……」を生地としている。この接続詞には動詞「である〔エートル〕」をゆさぶり根こぎにする十分な力がある。どこへ行くのか、どこから出発するのか、結局のところ何が言いたいのか、といった問いは無用である。すべてをご破算にすること、ゼロから出発あるいは再出発すること〔後略〕。中間で、中間から出発して、入ったり出たりするのであって、始めることも終えることもない。〔中略〕つまり、中間とは決して中庸ということではなく、逆に事物〔もの〕が速度を増す場所なのだ。事物〔もの〕のあいだとは、相互に一つのものからもう一つのものに及ぶ定位可能な関係を指すのではなく、一つともう一つを両方ともまきこんでいく垂直的方向、横断的運動を指すのだ。始めも終わりもなく、両岸を侵食し、真ん中で速度を増す流れなのだ」(60-61頁)。この最後のパートは『リゾーム』の原書が単行本として出版された際にはありませんでした。『千のプラトー』が出版された際に足されたもので、いわば、『千のプラトー』の政治哲学的/実践的なメッセージの核心である「リゾーム」の思想的境位を端的に説明したものと言えると思います。私自身にとっては以前と変わらず新鮮に感じる、驚くべきテクストであり、マニフェストです。

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by urag | 2010-09-05 05:58 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
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