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2010年 09月 05日

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍

弊社出版物の著者や訳者の方々の最近の御活躍の一端をお知らせします。

★サミュエル・ウェーバーさん(『破壊と拡散』著者)
月刊誌「みすず」584号(2010年7月)にエッセイ「ならず者民主主義(下)」が掲載されました。河野年宏さんと宮崎裕助さんの共訳で、「(上)」は583号(2010年6月)に掲載済です。なお、同号では、弊社『ブラジルのホモ・ルーデンス』の著者・今福龍太さんの連載「レヴィ=ストロース 夜と音楽」の第二回「夜と音楽」が掲載され、さらに弊社でアガンベンスピヴァクの訳書を刊行されている上村忠男さんの連載「ヘテロトピア通信」第12回「《あいだ》にとどまる」も掲載されています。

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★ヴェルナー・ハーマッハーさん(『他自律』著者)

以下の論文が翻訳されました。

民主主義についての講演のスケッチ――プロテスト可能性の発言(不)可能性
ヴェルナー・ハーマッハー:著 清水一浩:訳
『現代思想』2010年9月号(vol.38-11)特集「現代数学の思考法――数学はいかにして世界を変えるか」 青土社 208-245頁

原典:Skizze zu einem Vortrag ueber Demokratie(独原文未刊;仏訳2004年;英訳2005年)


★清水一浩さん(デュットマン『友愛と敵対』共訳者)

ハーマッハー論文の上記翻訳とほぼ同時に、タウベスの以下の訳書を上梓されました。単行本としてはタウベスは本邦初訳。『パウロの政治神学』は生前最後の講義が死後に刊行されたもので、アガンベン『残りの時――パウロ講義』(岩波書店)などに影響を与えています。『パウロの政治神学』の「訳者後書き」によれば、タウベスの著作は今後、47年の博士論文である『西洋の終末論』が翻訳されるとのことです(版元は明記されていません)。

パウロの政治神学
ヤーコプ・タウベス(Jacob Taubes, 1923-1987):著 高橋哲哉+清水一浩:訳
岩波書店 2010年8月 本体4,300円 四六判上製カバー装 本文371頁+索引10頁 ISBN978-4-00-024462-6

帯文より:パウロを、ユダヤ教の伝統から照らし出す。カール・シュミットとの対話を契機として生まれたパウロ講義。キリスト教的な解釈史を脱構築して、思想史に異質なヴィジョンを開く。危機の時代に、新しい共同性の創出を展望する渾身の遺著。

カバーソデ紹介文より:ローマ書の読みを転倒させる。メシアの論理と伝統に連なることで、新たな〈神の民族〉という普遍的な共同性の創始を目指したパウロ。信仰と法、召命と排除、精神性と世俗性……ユダヤ教の救済と解放のヴィジョンを参照枠として、プロテスタント的な解釈の礎石を突き崩していく。描き直されたパウロ像を起点として立ち上がる精神の系譜、ニーチェ、カール・シュミット、カール・バルト、フロイト、ベンヤミン――世俗化と啓蒙の「近代」という図式に穴をうがつ、一つの知の気圏と、知られざる思想史の風景。

原書:Jacob Taubes, Die politische Theologie des Paulus, Whilhelm Fink Verlag, 2003.

目次:
前書き (アライダ・アスマン)

序論
 一 ローマ書への自伝的アプローチ
 二 ユダヤ宗教史におけるパウロ――メシアの論理
第一部 読解 パウロとモーセ――新たな〈神の民族〉を創始すること
 一 ローマ書の宛先
  (a)ローマへの宣戦布告としての福音――ローマ書一・一~七の読解
  (b)イェルサレムと世界宣教の正統性――ローマ書一五・三〇~三三の読解
   補論 ユダヤ人キリスト教徒共同体の運命
 二 ノモス 法と正当化――ローマ書八および九~一一の読解
 三 選びと拒み――ローマ書八・三一~九・五およびバビロニア・タルムードのベラホート篇三二aの読解
 四 プネウマ 救済史における料が、現世の超克――ローマ書九~一三の読解
第二部 影響史 パウロと近現代――メシア的なものの形象変容
 一 この世の他所者――マルキオンとその後継者たち
 二 絶対的なものの熱心者と決断の熱心者――カール・シュミットとカール・バルト
 三 世界政治としてのニヒリズム――ヴァルター・ベンヤミンとテオドーア・W・アドルノ
 四 聖書宗教からの脱出――フリードリッヒ・ニーチェとジークムント・フロイト
補遺 ヤーコプ・タウベスとカール・シュミットの歴史

後書き (ヴォルフ-ダニエル・ハルトヴィッヒ/アライダ・アスマン/ヤン・アスマン)
 序論
 第一部 読解 新たな契約-連合〔フェア・ブント〕の形成と正統性の主張
 第二部 影響史 パウロと近現代
 補遺 政治神学

編集後記
原註
訳註

タウベスの手紙
 アルミン・モーラー宛ての手紙
 カール・シュミットからアルミン・モーラー宛ての手紙――引用四篇
 カール・シュミット宛ての手紙
原註
訳註

訳者後書き


★江川隆男さん(ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』訳・解説者)

フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』(みすず書房)を論じた長編書評を発表されています。

機械論(マシニスム)は何故そう呼ばれるのか
江川隆男:著
『思想』2010年9月号(No.1037)特集「「高度必需」とは何か――クレオールの潜勢力」 岩波書店 153-162頁

目次:
Ⅰ 稲妻と避雷針――ただしこの稲妻は「どんなものでも引きずっていく分裂症の流れ」である
Ⅱ 〈機械論〔マシニスム〕〉の基本的な諸規律――『アンチ・オイディプス』のために

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+++++

※『思想』同号特集頁では、グリッサンらによる「高度必需品宣言」の翻訳や、訳者の中村隆之さんの解説「フランス海外県ゼネストの詩的背景と「高度必需」の思想」などが掲載されています。中村さんの解説によれば、「高度必需品宣言」とは、フランスの海外県(カリブ海のマルティニック島、グアドループ島、南米のギュイヤンヌ〔仏領ギアナ〕およびインド洋のレユニオン島)におけるゼネストを擁護する目的で、アンティーユ(マルティニックおよびグアドループ)の知識人9名が、2009年2月16日付「ル・モンド」紙に発表した共同声明のことです。「連名した著者は、作家エドゥアール・グリッサンとパトリック・シャモワゾー、視覚芸術家エルネスト・ブルルール、社会学者セルジュ・ドミ、劇作家ジェラール・デルヴァール、哲学教師ギョーム・ピジャール・ド・ギュルベール、情報科学のオリヴィエ・ポルトコプとメディア学のオリヴィエ・ピュルヴァール、政治学者ジャン=クロード・ウィリアム」(17頁)の9名。

※労働者たちのストライキを擁護する文脈での「高度必需品」とは何のことでしょうか。「宣言」12-13頁の示唆的な一節をを引用します。

「したがって、われわれカリブ海の人間がわれわれの死活にかかわる輸入と輸出のなかで生き、われわれアメリカスの人間がわれわれの必要を満たし、エネルギーと食料の自給自足を果たすために考えることという、高度必需がある。現代資本主義という、腐敗ではなくドクマのヒステリックな横溢に対する、根源的な異議申し立てに自ら加わることは、これに続くもう一つのたいへん高度な必需である。高度必需は、脱経済社会の基盤を築く試みをすかさず行うことである。〔中略〕そこには異なる陣営といったものは存在しない。われわれは誰もがグローバル化した不定形なシステムの犠牲者であり、われわれはこれに一丸となって立ち向かわなければならない。〔中略〕

健全に、そして今とは別様に食べることで、われわれは大規模流通業を跪〔ひざまず〕かせることができる。
一切の自動車を断つことで、われわれはSARA〔アンティーユ石油精製株式会社〕と石油会社を地下牢に押し戻すことができる。
ごくわずかな水滴でも貴重な食料品だと直ちに見なすことによって、われわれはこれを各所で守り、全員のものである宝物の最後の欠片〔シクタイユ〕であるかのように使用することによって、水道会社を、その法外な値段を堰〔せ〕き止めることができる。
散文的なるものの洞窟のなかに留まっているうちは、われわれは散文的なるものに打ち勝つことも、これを克服することもできない。必要なのは、詩的なるものへ、減少と節制へとこれを切り拓くことである。今日のきわめて傲慢かつ強力ないかなる機関(銀行、多国籍企業、大規模小売業、健康請負業、携帯通信)でさえ、われわれの試みに逆らうことはできまい。」

同特集では上記宣言のほかに、グリッサンの二篇のテクスト「剥奪」「為すことと創ること」(ともに星埜守之訳)も収録されています。
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by urag | 2010-09-05 01:34 | 雑談 | Trackback | Comments(0)
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