2010年 07月 12日
今年2010年上半期に出版された、人文系古典の翻訳書でベスト5を勝手に選んでみました。 ケインズ全集(8)確率論 佐藤隆三訳 東洋経済新報社 2010年6月 本体12,000円 A5判上製函入548頁 ISBN978-4-492-81148-1 ◆帯文より:待望の日本語版。G・E・ムーアやB・ラッセルの影響のもとに、若きケインズが書いた哲学の書。「確率の論理説」の立場から、確率概念の定義とその形式的体系化を試み、それを応用した帰納的推論の分析を行う。 ★1921年に初版が公刊され、のちの1973年に著作集第8巻に収められた"A Treatise on Probability"の全訳。前回配本から7年半を経て、ようやく全30巻のうち、第16回配本となりました。ケインズの確率論は哲学的著作として高名ですが翻訳がなく、このままずっと出ないのではと思っていた読者もいることでしょう。最新配本は今月(2010年7月)、第15巻「インドとケンブリッジ:1906~14年の諸活動」です。 ★本書周辺の上半期の収穫には以下があります。「確率論」は哲学書なのですが、ケインズの他の新刊との関連で主に政経書を列記してあります。 山岡洋一訳『ケインズ説得論集』日本経済新聞出版社 2010年4月 本体1,900円 四六判上製カバー装265頁 ISBN978-4-532-35411-4 マルクス『経済学・哲学草稿』長谷川宏訳 光文社古典新訳文庫 2010年6月 本体648円 296頁 ISBN978-4-334-75206-4 カール・マルクス『新訳 共産党宣言 初版ブルクハルト版(1848年)』的場昭弘訳 作品社 2010年7月 本体2,800円 四六判上製カバー装476頁 ISBN978-4-86182-291-9 ヴェルナー・ゾンバルト『戦争と資本主義』金森誠也訳 講談社学術文庫 2010年6月 本体1,050円 330頁 ISBN978-4-06-291997-5 マックス・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』中山元訳 日経BPクラシックス 10年01月刊 本体2,400円 四六変型判上製フランス装531頁 ISBN978-4-8222-4791-1 デイヴィッド・ヒューム『政治論集』田中秀夫訳 京都大学学術出版会 2010年6月 本体3,700円 四六判上製カバー装412頁 ISBN978-4-87698-962-1 マッツィーニ『人間の義務について』斎藤ゆかり訳 岩波文庫 2010年6月 本体660円 242頁 ISBN978-4-00-340271-9 ※ケインズ『説得論集』は1910年代から30年代にかけて書かれた経済時評をまとめたもの。 ※長谷川訳『経哲草稿』はたいへん読みやすく親しみやすい訳文で、今後も長谷川訳マルクスが刊行されていくことが期待されるのは間違いないでしょう。 ※『超訳 資本論』三部作を終えた的場さんの『共産党宣言』の新訳は、近年の新訳や旧訳の再刊書に比べて高価ですが、中身を見れば納得です。宣言を詳細に読み解いた解説編や、関連するテクスト(デザミ、カベー、ブラン、トリスタン、コンシデラン、エンゲルス、イェートレック、テデスコなど)を翻訳した資料編、さらに宣言の歴史的背景を解説する研究編と、実直な研究者・的場さんならではのボリューム満点の出来上がりです。これから宣言を読む人も、今まで何度も読んだ人も、手にとってみることをお薦めしたいです。 ※ゾンバルトの親本は論創社、96年刊。学術文庫ではすでに『恋愛と贅沢と資本主義』が2000年にやはり論創社からスイッチされています。このほか、学術文庫が他社本から今年編入したものの中にはデュルケム『道徳教育論』(5月)やマリノフスキ『西太平洋の遠洋航海者』(3月)、ダーウィン『ビーグル号世界周航記』(2月)などがあります。 ※ウェーバー『プロ倫』の訳者・中山さんは同時期に光文社古典新訳文庫で刊行開始されたカントの新訳『純粋理性批判』(全7巻)を手がけてもおられますが、未完のため、ベストからあえて除外しました。 ※ヒューム『政治論集』は"Political discourses"(1752年)の完訳。既訳書には、古くは土居言太郎訳『政治哲学論集』(日本出版、1885年)があり、戦後では小松茂夫訳『市民の国について』(上下巻、岩波文庫、1952年/1982年)や、田中敏弘訳『ヒューム政治経済論集』(御茶の水書房、1983年)があります。なおヒュームの主著『人性論』の抄訳が今月、中公クラシックスで『世界の名著』より再刊されています。 ※ジュゼッペ・マッツィーニは19世紀におけるイタリア統一運動で活躍した重要人物。岩波文庫でははるか半世紀以上前の1952年に、大類伸訳『人間義務論 他二篇』として、「「青年イタリア」加盟者への一般教程」と「一七八九年フランス革命の考察」の二篇とともに翻訳されています。 マラルメ全集(I)詩・イジチュール 松室三郎ほか編集 筑摩書房 2010年5月 本体19,000円 A5判上製函入2分冊1072頁(「詩・イジチュール」本編と別冊「解題・註解」)ISBN:978-4-480-79001-9 ◆帯文より:文学の極北に煌く〈詩〉の星座。究極の言葉が、いま読み解かれる。存在の極限に紡がれた〈詩〉、哲学的小話「イジチュール」、深い謎につつまれた「賽の一振り」、さらに「エロディアード」「半獣神の午後」「アナトールの墓」など、マラルメの最重要著作を画期的な翻訳・註解によって読み解く待望の書物。 ◆全5巻ついに完結です。こちらもケインズ同様に「ひょっとして未完のままになるのでは」という危惧がないわけではなかったので、驚嘆すべきことです。1989年に第II巻「ディヴァガシオン 他」が刊行されてから30年、前回の配本は2001年の第V巻「書簡2」でした。一巻ごとたいへん高価ではありますが、労力を考えればやむをえません。「賽の一振り」は清水徹さんの訳になるもので、柏倉訳『賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう』(行路社、2009年)や秋山澄夫訳『骰子一擲』(思潮社、1984年/1991年)などと比べて読んでみると非常に興味深いです。 ★本書周辺の上半期の収穫には以下があります。 ヴァレリー『コロナ/コロニラ』松田浩則・中井久夫訳 みすず書房 2010年6月 本体3,800円 A5判上製カバー装194頁 ISBN978-4-622-07545-5 鈴木創士訳『ランボー全詩集』河出文庫 2010年2月 本体1,100円 544頁 ISBN978-4-309-46326-1 高安国世訳『リルケ詩集』岩波文庫 2010年2月 本体780円 318頁 ISBN978-4-00-324322-0 ※ヴァレリーの本は詩集。エッセイの新訳では岩波文庫の『精神の危機 他十五篇』(恒川邦夫訳、5月)がありました。 ※ランボーの新訳という壮挙を成し遂げた鈴木さんは河出文庫ではジュネの『花のノートルダム』の新訳なども手掛けておられます。 ※リルケ詩集は、高安訳の二つの詩集から取捨選択して1冊にしたもの。岩波文庫は手塚富雄訳『ドゥイノの悲歌』の新組改版を1月に刊行し、茅野蕭々訳『リルケ詩抄』を二年前に刊行しています。リルケが好きなんですね。読者としては嬉しいですけど。他社本からスイッチされた今年の岩波文庫では、ル・クレジオの『物質的恍惚』(豊崎光一訳、5月)と『悪魔祓い』(高山鉄男訳、6月)が続いたのが印象的でした。 倫理学原理 付録:内在的価値の概念/自由意志 G・E・ムア(1873-1958)著 泉谷周三郎・寺中平治・星野勉訳 三和書籍 2010年3月 本体6,000円 A5判上製カバー装430頁 ISBN978-4-86251-076-1 ◆カバー紹介文より:リットン・ストレイチーはこの本の出版をもって、「理性の時代のはじまり」にすると宣言した。メイナード・ケインズは、これは「プラトンよりすぐれている」と書いた。 ★1903年に刊行された"Principia Ethica"に「第二版序文」(未公刊)と二つの論文「内在的価値の概念」「自由意志」、そして編者のT・ボールドウィンの「序文」を添えた改訂版(2000年)の全訳。巻末にはムアの1898年の講義『倫理学の基礎原理』とその改訂版である本書『倫理学原理』の内容の対応関係図があります。『倫理学原理』は初版と論文「内在的価値の概念」が1977年に深谷昭三訳で同じ版元から出版されており、82年に新版が出たあとは長らく絶版で、古書市場でもっとも入手しにくい哲学書となっていました。 ★本書周辺の上半期の収穫には以下があります。 ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン『原因と結果:哲学』羽地亮訳 晃洋書房 2010年4月 本体1,600円 四六判上製カバー装150頁 ISBN978-4-7710-2158-7 マックス・ホルクハイマー『理論哲学と実践哲学の結合子としてのカント『判断力批判』』服部健二・青柳雅文訳 こぶし書房 2010年5月 本体2,200円 四六判上製カバー装170頁 ISBN978-4-87599-249-5 シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと(上)』冨原眞弓訳 岩波文庫 2010年2月 本体780円 322頁 ISBN978-4-00-336902-9 虫明茂+池田喬+ゲオルク・シュテンガー訳『ハイデッガー全集(58)現象学の根本問題』創文社 2010年1月 本体5,000円 A5判上製カバー装286頁 ISBN978-4-423-19648-9 ※ウィトゲンシュタインの本は、「原因と結果――直感的把握」Ursache und Wirkung: Intuitives Erfassenと、「哲学」Philosophieの、二つの遺稿の翻訳。前者はウィトゲンシュタイン後期の『哲学探究』に先行する研究であり、後者は中期の『哲学的文法』の改訂される前の原稿の一部。 ※ホルクハイマーの本は、彼の教授資格論文を訳したもの。学位論文「目的論的判断力のアンチノミーのために」の要約も併録。訳者は2006年に同書肆から刊行されたアドルノの学位論文『フッサール現象学における物的ノエマ的なものの超越』の訳も手掛けています。 ※『根をもつこと』の既訳には春秋社よりたびたび再刊されている山崎庸一郎訳があります。冨原さんの岩波文庫でのヴェイユは2005年の『自由と社会的抑圧』に続く第2弾。なお今年の上半期に刊行された岩波文庫の新訳ものには、オットー『聖なるもの』(久松英二訳、2月)、セネカ『生の短さについて 他二篇』(大西英文訳、3月、ただしこれは『セネカ哲学全集(1)』からのスイッチ)などがあります。 ※創文社版『ハイデッガー全集』で2010年度の刊行が予定されているのは、28巻:ドイツ観念論と現代の哲学的問題状況、47巻:「認識としての権力への意志」についてのニーチェの教説、49巻:ドイツ観念論の形而上学(シェリング)、69巻:真有の歴史、とのことです。 ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統 フランセス・イエイツ著 前野佳彦訳 工作舎 2010年5月 本体10,000円 A5判上製カバー装878頁 ISBN978-4-87502-429-3 ◆帯文より:〈ヘルメス文書〉に始まり、ブルーノが導く、魔術的世界観の隠された系譜。ルネサンスにおけるヘルメス教の復興と終焉。 ★1964年に英米加で同時出版されたイエイツ(1899-1981)の主著"Giordano Bruno and the Hermetic Tradition"の待望の日本語訳。なおブルーノについては東信堂から著作集が刊行中です。 ★本書周辺の上半期の収穫には以下があります。 パラケルスス『医師の迷宮』澤元亙訳 ホメオパシー出版 2010年5月 本体3,800円 A5判上製函入223頁 ISBN978-4-86347-035-4 ペトラルカ『無知について』近藤恒一訳 岩波文庫 2010年3月 本体660円 254頁 ISBN978-4-00-327124-7 ピロストラトス『テュアナのアポロニオス伝1』秦剛平訳、京都大学学術出版会 2010年6月 本体3,700円 四六変上製カバー装250頁 ISBN978-4-87698-185-4 マルティン・ルター『心からわき出た美しい言葉』金子晴勇訳 教文館 2010年5月 本体2,500円 四六判上製カバー装233頁 ISBN978-4-7642-6684-1 長窪専三訳『ミシュナIV別巻 アヴォート』教文館 2010年5月 本体2,500円 A5判上製カバー装142頁 ISBN978-4-7642-1929-8 ドゥオダ『母が子に与うる遺訓の書』岩村清太訳 知泉書館 2010年2月 本体3,200円 四六判上製カバー装267頁 ISBN978-4-86285-077-5 ※パラケルススの訳者の澤元さんは、工作舎から2004年に刊行された同著者の『奇跡の医の糧』の共訳者でもあります。 ※ペトラルカの訳者の近藤さんは、岩波書店から刊行された同著者の『ペトラルカ=ボッカチョ往復書簡』(2006年)、『わが秘密』(1996年)、『ルネサンス書簡集』(1989年)も手掛けておられるほか、カンパネッラ『太陽の都』(1992年)も上梓されています。 ※アポロニオスは西暦1世紀のピュタゴラス主義者。全二巻。 ※ルターの本は旧約「詩編」講義。 ※『アヴォート』はユダヤ教の『ミシュナ』の要約である格言集。 ※ドゥオダはカロリング期の貴族の女性。息子に与えた人生訓=「手引書」。 ゲーテ地質学論集〔鉱物篇/気象篇〕 木村直司編訳 ちくま学芸文庫 2010年6月/7月 本体各1,500円 502頁/413頁 ISBN978-4-480-09293-9/978-4-480-09298-4 ◆帯文〔鉱物篇〕より:書斎を飛び出すゲーテ! 岩山をよじ登り、洞窟の奥へもぐり込む、ここに地球科学者ゲーテがいる。 ◆帯文〔気象篇〕より:雲の形態を解釈するゲーテ。透徹した知性が、紀行文に詩に照り映える。 ★木村直司編訳「ゲーテ自然科学論集」シリーズ完結篇。2001年3月『色彩論』、2009年3月/4月『ゲーテ形態学論集〔植物篇/動物篇〕』と併せ、全5巻の偉業です。 ★筑摩書房では創業70周年を記念して、9月15日まで文庫復刊リクエストをウェブ上で受け付けています。ガンガン復刊していただきたいものです。 *** ★このほか、創元社から刊行されたユング『赤の書』は奥付に従い7月の新刊とみなして、上半期ベストから除外しました。下半期のベストに入ることは間違いないと思います。 ★今月(7月)の刊行物を見ると、すでにサアディー『果樹園〔ブースターン〕』(黒瀬恒男訳、東洋文庫〔平凡社〕)、ヘルダーリン『ヒューペリオン』(青木誠也訳、ちくま文庫)、アルベルティ『家族論』(池上俊一・徳橋曜訳、講談社)などの注目新刊が出ていますし、現代寄りですが、サルトル『嘔吐 新訳』(鈴木道彦訳、人文書院)やジュネ『シャティーラの四時間』(鵜飼哲・梅木達郎訳、インスクリプト)も出ました。今年はジュネの生誕百年で、弊社でも年内に『公然たる敵』を刊行する予定です。 ★8月以降では、デカルト『方法序説』(山田弘明訳、ちくま学芸文庫、8月)ですとか、終了したばかりの東京国際ブックフェアで発表されたロールズ『正義論〔改訂版〕』(川本隆史・福間聡・神島裕子訳、紀伊國屋書店、11月中旬予定)やら、ベッカーリア『犯罪と刑罰〔決定版〕』(小谷眞男訳、東京大学出版会、12月以降予定)などがありますから、下半期もますます期待できそうです。
by urag
| 2010-07-12 04:15
| 本のコンシェルジュ
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