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2018年 12月 31日

月曜社最新情報まとめ(ブログの最新エントリーは当記事の次からです)

◆公式ウェブサイト・オリジナルコンテンツ
◎2011年6月28日~:ルソー「化学教程」翻訳プロジェクト。

◆最新刊と近刊

◎2017年11月29日発売:ジャン・ウリ『コレクティフ』本体3,800円

◎2017年11月1日発売:南嶌宏『最後の場所』本体3,500円

◎2017年10月16日発売:甲斐義明編訳『写真の理論』本体2,500円

◎2017年10月6日発売:森山大道『』本体2,500円

◎2017年8月4日発売:ポール・ギルロイ『ユニオンジャックに黒はない』本体3,800円
酒井隆史氏書評「不変と変化、この30年――レイシズムとナショナリズムの不可分な力関係」(「図書新聞」2017年11月4日号)
石田昌隆氏書評(「ミュージックマガジン」2017年11月号「RANDOM ACCESS BOOK」欄)
野田努氏書評(「ele-king」WEB版2017年10月4日付「Book Reviews」欄)
無記名氏書評(「河北新報」10月1日付読書欄「新刊抄」)

◎2017年7月4発売:ジャコブ・ロゴザンスキー『我と肉』本体4,800円、シリーズ・古典転生第16回配本。
書評1⇒廣瀬浩司氏「あらたな思考の出発点をうちたてる――現象学的身体論の刷新へと波及する潜在性」(「週刊読書人」2017年9月8日号)

◎2017年6月2日発売:荒木経惟『私情写真論』本体1,500円

◎2017年5月30日発売:ソシュール『伝説・神話研究』本体3,400円、シリーズ・古典転生第15回配本。
書評2⇒千野帽子氏「伝承に象徴の意図は存在しない――ストーリーの大筋から逸脱した無意味そうな細部に〈歴史的事実〉の痕跡を見ようとする」(「図書新聞」2017年12月02日号)

◎2017年5月15日発売:金澤忠信『ソシュールの政治的言説』本体3,000円、シリーズ・古典転生第14回配本。
書評1⇒加賀野井秀一氏「〈一般言語学〉から遠く離れて」(「フランス」2017年9月号)

◎2017年5月12日発売:『鉄砲百合の射程距離』内田美紗[句]、森山大道[写真]、大竹昭子[編]、本体2,500円

◎2017年4月17日発売:『表象11:ポスト精神分析的主体の表象』本体2,000円。

◎2017年3月30日発売:上野俊哉『[増補新版]アーバン・トライバル・スタディーズ』本体3,000円。

◎2017年2月16日発売:松江泰治『Hashima』本体3,600円。
書評1⇒無記名氏(『CANON PHOTO CIRCLE』2017年4月号「今月の新刊」欄)
書評2⇒無記名氏(「信濃毎日新聞」2017年3月26日(日)付「読書欄」)

◎2017年2月10日発売:佐野方美『SLASH』本体4,000円。
書評1⇒『アサヒカメラ』2017年4月号「TOPICS/BOOK」欄「写真に封じ込められた一瞬の集積――時代の空気を写しとめた新作写真集を読む」(解説=山内宏泰、聞き手=池谷修一)

◎2017年2月8日発売:星野太『崇高の修辞学』本体3,600円、シリーズ古典転生12。
書評1⇒n11booknews_staff氏「「崇高」に惑わされないための丁寧な考察」(「Book News|ブックニュース」2017年3月4日エントリー)
書評2⇒中島水緒氏(「美術手帖」2017年5月号「BOOK」欄)

◎2016年12月26日発売:マッシモ・カッチャーリ『抑止する力』本体2,700円。
書評1⇒篠原雅武氏「オレンジとバカにされている偉そうなジジイのアポカリプスとともに、アメリカのいたるところは主の到来を待ち望む人たちによって埋め尽くされようとしている」(「図書新聞」2017年3月18日号)
書評2⇒中村勝己氏「「カテコーン」の概念の解釈を主題に――〈世界の再宗教化〉をどう捉えどう向き合うべきか」(「週刊読書人」2017年3月31日号)

◎2016年12月7日発売:荒木経惟×荒木陽子『東京は、秋』本体3,500円
書評1⇒山本アマネ氏(『FUDGE』2017年2月号「PICK UP NEW BOOKS 今月の新刊&注目作」欄)
書評2⇒山本アマネ氏(『men's FUDGE』2017年3月号「BOOKS」欄)
書評3⇒無記名氏(『母の友』2017年5月号「polyphony/Books」欄)

◆販売情報(重版・品切・サイン本、等々)
◎品切重版検討中:『ミクロコスモス第1集』2刷、ユンガー『パリ日記』2刷、ギルロイ『ブラック・アトランティック』4刷。
◎品切重版未定:『舞台芸術05』『舞台芸術08』『表象01』『表象04』『表象05』『表象08』、毛利嘉孝『文化=政治』、クリフォード『ルーツ』、スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』、ハーマッハー『他自律』、ブレイエ『初期ストア哲学における非物体的なものの理論』、片山廣子『燈火節:随筆小説集成』、片山廣子『新編燈火節』、竹内てるよ『静かなる夜明け』、ブランショ『書物の不在 初版朱色本』、ブランショ『書物の不在 第二版鉄色本』、高柳昌行『汎音楽論集』、大里俊晴『マイナー音楽のために』、大竹伸朗『ネオンと絵具箱』、森山大道写真集『新宿』『新宿+』『大阪+』『オン・ザ・ロード』『何かへの旅』、森山大道フォトボックス『NOVEMBRE』、やなぎみわ作品集『WHITE CASKET』、川田喜久治写真集『地図』、遠藤水城編『曽根裕|Perfect Moment』、熊木裕高写真集『吠えない犬』、瀬戸正人写真集『picnic』、菱田雄介写真集『ある日、』。※書店からの返品で在庫がまれに生じる場合があります。直接、弊社までお電話かメールなどでお尋ね下さい。

◆出版=書店業界情報:リンクまとめ
◎業界紙系:「新文化 ニュースフラッシュ」「文化通信
◎一般紙系:Yahoo!ニュース「出版業界」「電子書籍」「アマゾン
◎話題系:フレッシュアイニュース「出版不況」「電子書籍」「書店経営
◎新刊書店系:日書連 全国書店新聞
◎雑談&裏話:5ちゃんねる 一般書籍

※このブログの最新記事は当エントリーより下段をご覧ください。 
※このブログについてネット上でつぶやかれていることをご覧になりたい方はYahoo!のリアルタイム検索をご覧ください。
※このブログがWWWにおいてどのような地位にあるのかについてはこちらをご覧ください。
※月曜社について一般的につぶやかれている様子はYahoo!リアルタイム検索からもご覧になれます。弊社が発信しているものではありませんので、未確定・未確認情報が含まれていることにご注意下さい。ちなみに弊社にはtwitterのアカウントを取得する予定はありませんが、当ブログ関連のアカウントはあります。

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# by urag | 2018-12-31 23:59 | ご挨拶 | Trackback(1) | Comments(21)
2017年 12月 13日

「図書新聞」に金澤忠信『ソシュールの政治的言説』の書評

弊社5月刊、金澤忠信著『ソシュールの政治的言説』の書評情報です。

松澤和宏氏書評「手稿の政治的言説から浮かび上がるソシュール像を慎重に素描しようとした貴重な労作――「現代フランス思想」風の華やかな像からは遠くかけ離れた、真理を追究するソシュールの姿」(「図書新聞」2017年12月16日付「政治的言説・ポピュリズム・難民問題――思想と現実政治の情況を読み解く三冊」欄)。

「貴重な労作〔・・・〕我が国では、ソシュールとはもっぱら言語学者、というよりはむしろ哲学的思想家として論じられてきたこともあり、こうした政治的言説の研究が本格的になされたことはこれまでなかった」。「ソシュールの冷徹な観察に明らかなように、現代は情緒的な正義感で政治を動かすことができる時代ではないとソシュールは考えていたのである。その意味でソシュールの政治的姿勢は徹底して現実主義的であり、人道主義的理想主義者の対極にある」。「ドレフュス派のレヴィルの『ある知識人の行程』を問題視するのは、その書き方のうちに事実を人道主義的な大義のもとに平然と歪めることをためらわない態度や風潮をソシュールは察知していたからではないだろうか」。「たゆまない探求心が本書の幹を支えている。到達点が定かではない研究の価値は、探究のプロセスそのものにあることを改めて教えてくれる本である」。

全文はぜひ掲載紙にてご覧ください。松澤先生、ありがとうございました!

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# by urag | 2017-12-13 18:59 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 13日

南嶌宏『最後の場所』の紹介記事と書評

弊社11月新刊、南嶌宏『最後の場所――現代美術、真に歓喜に値するもの』の紹介記事と書評が3本出ています。

村澤聡氏記名記事「自らの至上の表現スタイルで」(「南信州新聞」2017年11月18日付5面「BOOKS 書考」欄)。「阿南町出身の美術評論家、南嶌宏さんの評論集『最後の場所』が出版された。〔・・・〕その充実した仕事ぶりを故郷の人たちに知ってもらうすべがなかったのは、私たちメディアの責任ばかりではない。本人が、地球規模の仕事領域を持ち続けていたからにほかならない。そのことを再認識するためにも、本書が世に出た意義は大きい」。

小池一子氏記名記事「好奇心が強いキュレーター」(「朝日新聞 be」2017年12月2日(土)付b9面「めぐる 時間・空間・私」欄)。「これぞキュレーターという一人の友人を私は持っていた。その人は昨年急逝してしまい、彼自身が準備中であった著作集が遺作として出版された。〔・・・〕人、主題、社会へのむき出しの好奇心が彼を突き動かしていた。そうでなければ展覧会作りも執筆もこんなに熱い軌跡として残すことはできなかっただろう」。

無記名氏記事(「東京新聞」2017年12月10日(日)付読書欄「新刊」コーナー)。「作品と向き合い、時代と対峙した「本気」の対話の記録」。

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# by urag | 2017-12-13 18:20 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 10日

注目新刊:まもなく発売、グレーバー『官僚制のユートピア』以文社、ほか

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官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史訳、以文社、2017年12月、本体3,500円、四六判上製388頁、ISBN978-4-7531-0343-0
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(上)/クレイトポーン』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書20、2017年10月、本体3,200円、四六判並製417頁、ISBN978-4-434-23889-5
『プラトーン著作集 第八巻第二分冊 国家(中)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書21、2017年10月、本体3,000円、四六判並製386頁、ISBN978-4-434-23890-1
『プラトーン著作集 第八巻第一分冊 国家(下)』水崎博明著、櫂歌書房、櫂歌全書22、2017年10月、本体3,500円、四六判並製449頁、ISBN978-4-434-23891-8

★グレーバー『官僚制のユートピア』はまもなく発売。『The Utopia of Rules: On Technology, Stupidity, and the Secret Joys of Bureaucracy』(Melville House, 2015)の全訳。直訳すると「規則のユートピア――テクノロジー、愚かさ、官僚制の秘かな愉しみについて」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)は、アメリカ生まれの、イギリスで活躍する人類学者であり、社会運動家。著書の既訳書は今回の新刊で5点目になります。酒井さんは訳者あとがきで次のように紹介しておられます。

★「著者を一躍「国際的ブレイク」にみちびき、また、本人いわくイングランド銀行の貨幣史認識も一変させた――かもしれない――ほど、アカデミズムを超えて話題を呼んだ『負債論』から一転、本作は主要に原題を対象に、ラフで、手がかりにとりあげる素材も多種多様、だが、わたしたちの日常のなかの、だれも相手にしようとしない「つまらない」、しかしそこにこそわたしたちの世界の核心がひそんでいる「灰色」で覆われた領域を、劇的におもしろく、かつ、おそらく、同時代のほとんどだれよりも深くえぐりだしてみせた」(375~376頁)。

★グレーバーは「序」でこう書いています。「市場は政府と対立したり政府から独立しているという発想が、少なくとも19世紀以来、政府の役割の縮小をもくろんだレッセフェール〔自由放任主義〕の経済政策の正当化のために用いられたとしても、その政策が実際にそんな効果をもたらすことはなかった〔・・・〕。たとえば、イングランドのリベラリズムがみちびいたのは、国家官僚制の縮小などではなく、その正反対、すなわち法曹家、役所の記録係、検査官、公証人、警察官たちの際限のない膨張であった。自律した個人のあいだの自由な契約の世界というリベラルな夢をみることができるのも、かれらあってこそなのだ。自由は市場経済を維持するためには、ルイ14世風の絶対君主政の数千倍のお役所仕事が必要だったわけである。/この明白な逆説、すなわち、政府による経済への介入の縮減を意図する政策が、実際には、よく多くの規制、官僚、警察官を生みだす結果にいたるという逆説は、実はひんぱんに観察できるので、それを社会学的一般法則とみなすことも正当であるようにおもう。そこで、これを「リベラリズムの鉄則」と名づけたい」(12頁)。

★「リベラリズムの鉄則」は次のような内容です。「いかなる市場改革も、規制を緩和し市場原理を促進しようとする政府のイニシアチヴも、最終的に帰着するのは、規制の総数、お役所仕事の総数、政府の雇用する官僚の総数の上昇である」(13頁)。後段でグレーバーはこうも書いています。「申請用紙はますます長大かつ複雑なものと化している。請求書、切符、スポーツクラブや読書クラブの会員証のような日常的書類も、数頁にわたる細目の規定でパンパンになっている。〔・・・〕わたしは、このような様相を呈している原題を、「全面的官僚制化(total bureaucratization)」の時代と呼んでみたい〔・・・〕。その最初の兆候は、まさに官僚制についての公共の議論が消えはじめた1970年代の終わりにあらわれはじめ、1980年代に取り返しがたく浸透をはじめた。だが本当の離陸は1990年代である」(25頁)。

★続けてグレーバーはこう喝破します。「1970年にあらわれはじめ、今日にいたるまでまっすぐつなかっている事態には、アメリカ企業官僚制の上層による一種の戦略上の転換が文脈として作動している。すなわち、労働者から離脱して、株主に接近すること、そして最終的には金融機構総体へと接近することである。〔・・・〕かたや、企業経営がますます金融課していった。かたや、それと同時に、個人投資家にとってかわった投資銀行やヘッジファンドなどなどによって、金融セクターも企業化していった。その結果、投資家階級と企業の上級幹部職階級とは、見分けることもほとんどむずかしくなったのである」(27頁)。「万人が投資家の眼をもって世界をみるべし。これが、この時代のあたらしい信条である」(28頁)。

★序の末尾はこうです。「だれもがひとつの問題に直面している。官僚の実践、習慣、完成がわたしたちを包囲している。わたしたちの生活は、書類作成のまわりに組織されるようになった。〔・・・官僚制的なものに〕魅力があるとすればどこか、なにがそれを維持しているのか、真に自由な社会でも救済に値する潜在力を有しているとすればそれはどの要素か、複雑な社会であれば不可避に支払わざるをえない対価と考えるべきはどれか、あるいは完全に根絶できるし根絶さねばならないものはどれか、こうしたことを、理解しなければならない」(61頁)。序の途中に出てくる匿名エコノミストと著者の会話はドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ――世界不況の知られざる真実」(2011年)を思い出させました。このあとグレーバーの本論は、「想像力の死角? 構造的愚かさについての一考察」「空飛ぶ自動車と利潤率の傾向的低下」「規則(ルール)のユートピア、あるいは、つまるところ、なぜわたしたちは心から官僚制を愛しているのか」の三章へと続きます。訳者の酒井さんがお書きになった通り、本書は灰色の領域を明るみに出します。読者を冷めた覚醒へと導く重要書です。

◎デヴィッド・グレーバー(David Graerber, 1961-)既訳書
2006年10月『アナーキスト人類学のための断章』(高祖岩三郎訳、以文社)
2009年03月『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社)
2015年04月『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(木下ちがや/江上賢一郎/原民樹訳、航思社)
2016年11月『負債論――貨幣と暴力の5000年』酒井隆史/高祖岩三郎/佐々木夏子訳、以文社)
2017年12月『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』(酒井隆史訳、以文社)

★一方、水崎訳「プラトーン著作集」(実質的に全集)でついに『国家』の新訳全三分冊が刊行されました。なかなか書店さんで見かけないのでネット書店で取り寄せ購入。徳と正義について問うた短編「クレイトポーン」も併載されています。 第八巻は「人間存在の在るところ」という総題が付されており、その理由については第三分冊巻末所収のあとがきに記されています。2011年より刊行開始となった水崎訳著作集では残すところ、第九巻三分冊となる『法律』(付:「ミーノース」)の刊行を待つばかりとなりました。驚嘆すべき個人全訳全集です。

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# by urag | 2017-12-10 17:02 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 07日

近刊予定:「多様体」第1号

2018年1月末発売予定【人文・思想】

多様体 第1号:人民/群衆
月曜社 2018年1月 本体2500円 A5判並製416頁 ISBN978-4-86503-055-6

内容:創刊号特集は「人民/群衆」。ピーター・ホルワード来日講演のほか、ラミングの小説やドローモのエッセイなどの初訳、ルクリュの新訳などを掲載。連載や特別掲載では現役書店員3名と取次役員1名の寄稿あり。リプリントでは2007年に亡くなった出版人・中野幹隆による哲学書房関連のテクストを集めた。

アマゾン・ジャパンにて予約受付中

目次:
◆特集=人民/群衆
【特別掲載】進化と革命|エリゼ・ルクリュ|栗原康訳
【特別掲載】なぜ、はらわないのか?|栗原康

ドゥルーズ流の政治/ドゥルーズ後の政治|ピーター・ホルワード|小泉義之訳
自己決定と政治的意志|ピーター・ホルワード|田尻歩訳
ポスト構造主義から人民の政治的自己決定へ|佐藤嘉幸

勝利|C・L・R・ジェームズ|中井亜佐子訳
革命と日常|中井亜佐子
黒人作家とその世界|ジョージ・ラミング|吉田裕訳
私の肌の砦の中で 第一章|ジョージ・ラミング|吉田裕訳
群衆、あるいは脱植民地化の不確かな形象|吉田裕
民衆と芸術家|H・I・E・ドローモ|溝口昭子訳
アフリカ人のヨーロッパ人に対する考え|H・I・E・ドローモ|溝口昭子訳
「国民未満」から対自的民衆へ|溝口昭子

【特別掲載】嘘についての省察|アレクサンドル・コイレ|西山雄二/大江倫子訳
【寄稿】二つの「D・A・F・ド・サドの使用価値」|丸山真幸

◆連載
人質 ほか二篇|フリードリヒ・フォン・シラー|青木敦子訳
アクロアシス 第一章~第四章|ハンス・カイザー|竹峰義和訳
肉の形而上学【1】受肉と重化Ⅰ|山内志朗
後期資本主義期のなかの哲学【1】中野幹隆とその時代(1)|檜垣立哉
哲学ノート【1】真理と〈非〉解釈|三浦亮太
店長日記|佐藤健一
書店空間の定点観測【1】リブロからブックファーストへ|鎌垣英人

◆特別掲載
熊本地震の後に|児玉真也
自然の多様な混合物と構成物について|ジャン= ジャック・ルソー|飯田賢穂/淵田仁訳

◆リプリント
哲学書房を開く ほか七篇|中野幹隆

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◎多様体 第1号 寄稿者一覧

エリゼ・ルクリュ(Élisée Reclus, 1830-1905)フランスの地理学者。『19世紀世界地理』古今書院。
栗原康(くりはら・やすし、1979-)政治学者。東北芸術工科大学非常勤講師。『死してなお踊れ』河出書房新社。
ピーター・ホルワード(Peter Hallward, 1968-)イギリスの哲学者。キングストン大学教授。『ドゥルーズと創造の哲学』青土社。
小泉義之(こいずみ・よしゆき、1954-)哲学者。立命館大学教授。『ドゥルーズの哲学』講談社学術文庫。
田尻歩(たじり・あゆむ、1988-)美学研究者。一橋大学大学院博士課程在籍。
佐藤嘉幸(さとう・よしゆき、1971-)哲学者。筑波大学准教授。『新自由主義と権力』人文書院。
C・L・R・ジェームズ(Cyril Lionel Robert James, 1901-1989)トリニダードの作家。『境界を越えて』月曜社。
中井亜佐子(なかい・あさこ、1966-)文学研究者。専門は英文学。一橋大学教授。『他者の自伝』研究社。
ジョージ・ラミング(George Lamming, 1927-)バルバドス出身の作家。『私の肌の砦の中で』月曜社刊行予定。
吉田裕(よしだ・ゆたか、1980-)文学研究者。専門はカリブ文学及び思想。東京理科大学講師。
H・I・E・ドローモ(Herbert Isaac Ernest Dhlomo, 1903-1956)南アフリカの作家。叙事詩『千の丘のある谷』(1941年、未訳)など。
溝口昭子(みぞぐち・あきこ、1966-)文学研究者。専門はアフリカ英語文学。東京女子大学准教授。
アレクサンドル・コイレ(Alexandre Koyré, 1892-1964)フランスの科学史家。『ガリレオ研究』法政大学出版局。
西山雄二(にしやま・ゆうじ、1971-)哲学者。首都大学東京准教授。『哲学への権利』勁草書房。
大江倫子(おおえ・みちこ、1951-)哲学専攻。首都大学東京博士後期課程。
丸山真幸(まるやま・まさゆき、1974-)仏文研究者。津田塾大学非常勤講師。
フリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller, 1759-1805)ドイツの作家。『シラー詩集』月曜社刊行予定。
青木敦子(あおき・あつこ、1957-)文学研究者。学習院大学非常勤講師。『影像の詩学』月曜社。
ハンス・カイザー(Hans Kayser, 1891-1964)スイスの音楽理論家。『アクロアシス』月曜社刊行予定。
竹峰義和(たけみね・よしかず、1974-)思想史家。東京大学准教授。『〈救済〉のメーディウム』東京大学出版会。
山内志朗(やまうち・しろう、1957-)哲学者。慶應義塾大学教授。『湯殿山の哲学』ぷねうま舎。
檜垣立哉(ひがき・たつや、1964-)哲学者。大阪大学教授。『日本哲学原論序説』人文書院。
三浦亮太(みうら・りょうた、1982-)書店員。人文書担当。
佐藤健一(さとう・けんいち、1964-)書店狂人。『GOMES』誌(PARCO, 1989~96)ライター。
鎌垣英人(かまがき・ひでと、1961-)取次営業。大阪屋栗田執行役員。
児玉真也(こだま・しんや、1981-)書店員。長崎書店勤務。
ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)フランスの哲学者。『化学教程』月曜社ウェブサイト連載中。
飯田賢穂(いいだ・よしほ、1984-)政治思想史家。新潟大学特別研究員。
淵田仁(ふちだ・まさし、1984-)思想史家。立正大学文学部非常勤講師。
中野幹隆(なかの・みきたか、1943-2007)編集者。哲学書房社主。

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# by urag | 2017-12-07 12:00 | 近刊情報 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 06日

twitterのアカウントを取得しました

よろしくお願いいたします。徐行運転中です。

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# by urag | 2017-12-06 14:09 | ご挨拶 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 04日

まもなく発売、半世紀ぶりの新訳:バタイユ『有罪者』江澤健一郎訳、河出文庫

★江澤健一郎さん(訳書:バタイユ『マネ』)
河出文庫の今月新刊で、バタイユ「無神学大全」第二部の『有罪者』の新訳を上梓されます。河出文庫での江澤さんによるバタイユ新訳は2014年の『ドキュマン』に続く2冊目。まもなく発売です(明日12月5日以降)。

有罪者――無神学大全
ジョルジュ・バタイユ著、江澤健一郎訳
河出文庫、2017年11月、本体1,400円、文庫判512頁、ISBN978-4-309-46457-2

帯文より:「夜の思想家」バタイユの代表作、戦慄の新訳。「神なき神秘」の熱狂。世界を震撼させるおそるべき断章群。
カバー裏紹介文より:「生きることは、狂ったように、だが永遠に、サイコロを投げることだ」――いまなお世界を震撼させ続ける「夜の思想家」バタイユの代表作を50年ぶりに新訳。破格の書物が鋭利な文体と最新研究をふまえた膨大な訳注によって新たによみがえる。「神なき神秘」に捧げられた恍惚、好運、笑いをめぐる極限の思考がきらめくおそるべき断章群。

目次:

有罪者
 友愛
  Ⅰ 夜
  Ⅱ 「満たされた欲望」
  Ⅲ 天使
  Ⅳ 恍惚の点
  Ⅴ 共犯
  Ⅵ 完了しえぬもの
 現在の不幸
  Ⅰ 集団逃避
  Ⅱ 孤独
 好運
  Ⅰ 罪
  Ⅱ 賭けの魅惑
 笑いの神性
  Ⅰ 偶発性
  Ⅱ 笑う欲望
  Ⅲ 笑いと震え
  Ⅳ 意志
  Ⅴ 森の王
 補遺
  (ヘーゲルに関する講義の講師Xへの書簡・・・)
  (認識、行動への投入、問いへの投入についての断章)
  (人間と自然の対立についての二つの断章)
  (キリスト教についての断章)
  (有罪性についての断章)
  (笑いについての二つの断章)
ハレルヤ――ディアヌスの教理問答
訳註
訳者解題 誘惑する書物『有罪者』
訳者あとがき

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# by urag | 2017-12-04 15:40 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 03日

白水社『メルロ=ポンティ哲学者事典』および「異貌の人文学」第2シリーズ、ともに完結

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新版 アリストテレス全集 第4巻 自然学』内山勝利訳、岩波書店、2017年11月、本体6,000円、A5判上製函入496頁、ISBN978-4-00-092774-1
メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻 現代の哲学・年表・総索引』加賀野井秀一/伊藤泰雄/本郷均/加國尚志監修、白水社、2017年11月、本体6,400円、A5判上製564頁、ISBN978-4-560-093146
ボーリンゲン――過去を集める冒険』ウィリアム・マガイアー著、高山宏訳、白水社、2017年11月、本体6,800円、4-6判上製426頁、ISBN978-4-560-08310-9
安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説』藤巻一保著、戎光祥出版、2017年11月、本体2,700円、四六判並製411頁、ISBN978-4-86403-263-6

★『新版 アリストテレス全集 第4巻 自然学』は8か月ぶりとなる第16回配本。「自然学」は旧版全集では出隆/岩崎允胤訳で1968年刊の第3巻に収録。なお旧版全集は岩波オンデマンドブックスで、第13巻「ニコマコス倫理学」(加藤信朗訳、1973年)のみ現在も入手可能です。今回の新訳「自然学」の底本はウィリアム・デイヴィッド・ロス(Sir William David Ross, 1877-1971)による校訂版(Oxford Classical Texts, 1950)。訳者の内山さんは解説で次のように説明されています。「「自然」(ピュシス)なるものをはじめて学的対象として主題化し、それに明確な規定を与えて、「自然学」の学的領域とその内実とを確定したのは、まぎれもなくアリストテレスであった。その意味では、「自然学」はアリストテレスによってはじめて十全に確立されたものであり、またその後の長い歴史を通じてなされた自然学的考察や自然哲学は、およそ17世紀にガリレオらによる近代物理学への大転換が始まるまでは、すべて直接間接にそれを基盤とし、その大きな影響下に置かれていた、と言ってよかろう。アリストテレスにとって「自然学」が包括する領域には〔・・・大気圏内の諸事象に関わる〕気象論が加わるとともに、〔・・・動物学を中心とするきわめて浩瀚な〕生物学もそこに含まれ、また、『魂について』に纏められた考察も、その重要な一環をなしている。〔・・・〕近代的な「物理学」の領域を大きく越え出ていることが注意されよう」(448~449頁)。付属する「月報16」では、伊藤邦武さんによる「開かれた宇宙から閉じられた世界へ」と、リンゼイ・ジャドソン「アリストレテス『自然学』における素材-形相論、目的論、ゼノンのパラドクス」を収録。次回配本は2018年3月下旬刊行予定で第17巻「政治学 家政論」とのことです。新訳全集全20巻+別巻は残すところ、第17巻のほかは、第11巻「動物の発生について」と別巻「総索引」の刊行を残すのみとなりました。

★『メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻 現代の哲学・年表・総索引』は最終回となる第4回配本。帯文に曰く「ソシュールをはじめ20世紀現代思想の巨人たちから、サンデル、バトラー、メイヤスー、ピケティ、ガブリエルまで……290名超の「セレブな哲学者たち」を収録する別巻」と。事典全三巻を補完する、日本の書き手による大部な現代哲学者名鑑となっています。税込6912円とけっして安くはないですが、A5判で500頁を優に超える本書が版元さんの他の新刊と比してそれでもこの値段に収まっているのは、努力の賜物かと想像します。哲学を学ぶ大学生のみならず、書店員や編集者にとっても必携の一冊です。

★マガイアー『ボーリンゲン』は「高山宏セレクション〈異貌の人文学〉」の第2シリーズ完結となる一冊。『Bollingen: An Adventure in Collecting the Past』(Princeton University Press, 1982; 2nd edition, 1989)の全訳です。『メルロ=ポンティ哲学者事典 別巻』を買う方は本書『ボーリンゲン』も購読せねばなりません。なぜならそういう本だからです。巻末の訳者解説「出会いのアルケミア」の冒頭で高山さんはこう書かれています。「次々と人名が登場してくるが、なにしろ当時にして国際的な有名人、21世紀劈頭の今みて確かに20世紀人文学をこの人が変えたと納得できる面子が、平凡な言い方だが綺羅星のごとくに登場してくるわけで、次には誰がという興味だけでどんどん読み進めてしまう、一種の、ひとつの文化自体を主人公にした集合的伝記、とでも言っておこう」(331頁)。「各分野にまたがる世界的名士の名をたどるだけで20世紀文化の消長が追えたことになる。新しい学知の創発は人と人の出会いがうむケミストリー(化学変化に擬される人間と人間の関係)だということを圧倒的に教えられる。世界は関係だということを人と人との関係を通して知るあり方がとても錬金術的だ。ユングは会議〔ダーグンク〕を必要としていた、出会いのアルケミアを。そのことを『ボーリンゲン』は、1ページ1ページ繰り続けていく作業の中で教える」(343頁)。

★また、こうも評しておられます。「読み方はいろいろあるが、まず単純にはフィランスロピー(philanthropy)の事例研究ということである。つまり産業界の大立者の中に篤志家がいて、学術・芸術・文化事業を財政的に援助する営みを指す。広くはパトロンの事前行為ということでパトロネージュ(女性パトロンによるマトロネージュ)の研究書と言ってもよいが、20世紀の巨大産業・金融資本による大型のパトロネージュはもはやパトロネージュというよりはフィランスロピーの名で呼ばれるのが一般的である」(337頁)。「1980年代、いわゆるバブル経済期そのものの只中では余りフィランスロピーと言わず、「メセナ」というフランス語を使って議論したようにも思う」(339頁)。書店や出版社、図書館の活動を一種のフィランスロピーだ考えるならば、本書から偉大なる先達の足跡を学ぶ意義は小さくないと思われます。また、巻末付録の「ボーリンゲン叢書」や「ボーリンゲン奨学金受給者」を参考にすれば、興味深いブックフェアができるでしょう。

★『安倍晴明『簠簋内伝』現代語訳総解説』は、学研から2000年に刊行された『安倍晴明占術大全――『簠簋内伝金烏玉兎集』現代語訳総解説』の新版です。巻頭の「新版の刊行にあたって」によれば「今回、新版を出すにあたっては、旧版では割愛していた宿曜道(密教占星術)の巻も訳出して全訳版に改めるとともに、訂正補筆を行った」とのことです。目次は書名のリンク先をご覧ください。『簠簋内伝(ほきないでん)』全五巻の全訳ということになりますが、今回新たに訳出された第五巻「文殊宿曜経」の解説で、藤巻さんはこう述べておられます。「本書は複数の編術者の手になった別個の著述が合冊され、伝安倍晴明として権威付けられたもので、もとより晴明の著作ではなく、また純然たる陰陽師による著作ともみえない。法師陰陽師や密教の宿曜師らによる雑占集というのが実情に近いのではないだろうか」(351頁)。「本訳書の初版出版後、熱心な読者から占いの内実にかかわるご質問や相談などが多々寄せられたが、編訳者としては、ここに述べられている吉凶等にこだたっていただきたくはない。〔・・・〕本書は一切の矛盾を考慮の外に置いて占術にまつわる諸説を雑多に網羅した、ひとつの時代資料、民俗資料なのである」(352頁)。

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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『文学問題(F+f)+』山本貴光著、幻戯書房、2017年11月、本体3,600円、四六上製539+50頁、ISBN978-4-86488-135-7
戦争と虚構』杉田俊介著、作品社、2017年11月、本体2,400円、46判並製400頁、ISBN978-4-86182-660-3
バンコクナイツ 潜行一千里』空族(富田克也/相澤虎之助)著、河出書房新社、2017年11月、本体1,600円、46判並製304頁、ISBN978-4-309-02631-2
資本主義と死の欲動――フロイトとケインズ』ジル・ドスタレール+ベルナール・マリス著、斉藤日出治訳、藤原書店、2017年11月、本体3,000円、四六判上製264頁、ISBN978-4-86578-150-2

★山本貴光『文学問題(F+f)+』は、全三部の本編と三篇の附録から成ります。第Ⅰ部「漱石の文学論を読む」は夏目漱石の『英文学形式論』と『文学論』の読解です。こんにちの読者にとっては読みにくい二著の骨子を現代語抜粋訳と簡潔な解説で示します。第Ⅱ部「『文学論』で読む世界文学」は応用編で「漱石の『文学論』を念頭に文学作品を読むと同時に、文学作品によって『文学論』の不足を観察してみる」(「はじめに」より)というもの。取り上げられている作品10点は『ギルガメシュ叙事詩』『イリアス』「客中作[李白]」『アラビアン・ナイト』『源氏物語』『溶ける魚』『フィネガンズ・ウェイク』。第Ⅲ部「来たるべき『文学論』へ向けて」は「『文学論』をアップデートしようという試み」で「『文学論』以後の漱石が文学について考えたこと、漱石以後の文学理論で考えられたことを材料として、『文学論』に足りない点を補い、知見を更新して、来たるべき『文学論』の姿を浮かび上がらせてみたい」(同)というもの。三つの附録は「『文学論』――110年の読解史」「『文学論』以降の一般文学論の動き」「文学を考え続けるためのブックガイド」。さらに本書の予約特典として30頁もの別冊非売品冊子「メイキング・オブ・『文学問題(F+f)+』」があります。機能性と美を兼ね備えた小沼宏之さんによる非常にシステマティックな造本設計もさることながら、知のエヴァンジェリストたる山本さんの親切な情報共有愛が爆発的に横溢している、素晴らしい一冊です。

★杉田俊介『戦争と虚構』は、鮮烈な『ジョジョ論』(作品社、2017年6月)に続く杉田さんの最新批評集。帯文が熱いです。「災厄の気配――鳴り響く早朝のJアラート。力なき笑いに覆われた〈戦前〉――に満ちる転換期としての2010年代。『シン・ゴジラ』『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』、押井守、宮崎駿、リティ・パン、伊藤計劃、湯川遥菜、安倍晋三、東浩紀、土本典昭……、それらを星座のようにつなぎ合わせたとき、見えてくる未来とは。新たなる時評=批評の形」。杉田さん自身の言葉も熱いです。「暗い時代である。暗すぎる、と言ってもまだ足りない。しかし、破局的な危機の時代においてこそ、人類の芸術や思想、批評はその力を発揮してきた。そうやって未来の人類を豊かに底上げしてきた。今後もしていくだろう。ファシズムや全体主義や独裁体制が永続した時代はなかった。極右化やポピュリズムだってそうだろう。近代化やデモクラシーや平和思想はこの地球上で少しずつ陣地を増やし、低い呟きによって勝利し続けてきた。それを忘れないことだ。政治的人間であらざるをえないときにこそ、芸術的人間でもあろうとし、生活をよりよきものたちで満たしていくことだ」(「はじめに」5頁)。「平和にとってフィクション作品とは何か。/虚構は戦争に抗することかできるのか。/そういうことを愚直に考えてみたかった」(4頁)。

★映像制作集団「空族(くぞく)」の二氏による『バンコクナイツ 潜行一千里』は「boid」誌2014年4月号から2016年12月号に連載された「潜行一千里」(全44回)を加筆修正し、書き下ろしを加えたもの。帯文に曰く「映画『バンコクナイツ』に至る十年間の潜入が生み出した驚愕のドキュメント」と。さらに「バンコクの日本人向け歓楽街・タニヤ通りを舞台にした映画を撮ろうと目論んだ空族は、そこで出会った娼婦や出稼ぎ労働者たちが熱狂する音楽“モーラム”や“プア・チーウィット(生きるための歌)”の存在を知る。その魅惑的な旋律に導かれ、男たちはイサーン(タイ東北地方)の森へ、そしてメコン川を越えラオスの山岳地帯へと迷い込むことに。次第に明らかになるベトナム戦争の陰惨なる傷跡と、資本主義の下劣なる欲望。しかし、世界経済の暴力に覆い尽くされたインドシナの大地で、抵抗の音楽とともに生きる人々の姿は、その最深部にこそ“楽園”があることを示していたのであった……」。著者たちはこう書いています。「映画製作を作戦と呼ぶ空族にとって、本書はその全行程の記録を基に校正された作戦報告書と呼ぶことができる。〔・・・〕この作戦報告書は空族がこの20年間、とりわけ映画『バンコクナイツ』を製作する過程の10年間(2007~2017)において起こった事件、出来事などが詳細に記されている」(6頁)。「本書は。もはや決して若くはない二人がしばし日本を離れ、実際に21世紀の東南アジアに入り込んでその土地の風花、ジャングル、山々、大メコン川の流れ、経済によって急速に近代化する都市、そして何よりそこで生きる人々との出会いによって何を感じ、考えたのかを綴った路上の記録にもなっている」(6~7頁)。



★ドスタレール/マリス『資本主義と死の欲動』は、『Capitalisme et pulsion de mort』(Albin Michel, 2009)の全訳。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。訳者あとがきによれば本書は「21世紀資本主義が抱えている破局的な危機の実相を、フロイトの「死の欲動」という概念装置を通して読み解こうとする」もので、「資本主義が人類と地球に破滅をもたらすほどの危機を招いているという認識と、その破局的危機の根底に人間の無意識の欲動(死の欲動)が作動しているという独自の考察が語りだされている」とのことです。また「本書の魅力は、精神分析のフロイトと経済学のケインズをフランス独自の思想的土壌において節合し、現代世界の危機認識の理論として再創造しようとするところにある」とも紹介されています。「ジラールの模倣欲望論、バタイユの蕩尽論、コンヴァンシオン理論やレギュラシオン理論といった経済学説などが、フロイトとケインズの学説を節合するうえで重要な媒介装置として作用している」と。

★二人の経済学者、ドスタレール/マリスはこう書いています。「今日、われわれのコンドルセ、われわれのケインズ、われわれのフロイトはだれなのか。タイタニック号が氷山にぶつかったとき、すべての乗客は、船の部品よりも、自然よりも、船体が優位にあると信じ込んでいた。乗客が信じていたのは、技術が、不沈の船の素晴らしい技術が、乗客を救ってくれるであろう、ということであった。エリート――設計技師、船長、船主――は、壮大な船舶が沈み行くことを知って、愕然とする。船主は最初の救命ボートに飛び乗った。船主はわれわれの時代のブルジョアジーである。疑いもなく、ブルジョアジーはしゃにむにつき進んだあとに、卑劣な行為に走る。なぜ氷山で覆われた海に船舶という機械を押し出したのか。このエリートをそそのかしたのは、いかなる傲慢な無意識であり、そこにはいかなる破局の欲望が隠されていたのか。ケインズとフロイトは、この疑問を解き明かしてくれる」(30~31頁)。

★またこうも書いています。「本書で見るように、資本主義の壮大な企みとは、消滅への諸力を、つまり死の欲動を成長へと誘導し、転移させることである。その意味で、エロス〔生の欲動〕がタナトス〔死の欲動〕を支配し、利用し、従属させる。とりわけこのエロスによるタナトスの支配・利用・従属化は、自然を破壊することによっておこなわれる。だが、タナトスはエロスに住みつく。つまり、快楽は破壊のなかにある。そもそも快楽は消費のなかにあるが、消費は投資とは対立する破壊行為にほかならない。これに対して、投資は消費を拒絶する。現代の金融危機は、未曾有の危機に昇りつめた。北の諸国の住民は高齢化が進んでいるが、これらのひとびとはみずからの生活水準を譲り渡すことを拒んでいる。かれらの生活水準は無駄な消費という「呪われた部分」の発現であるというのに、である。他方で、中国およびその13億の人口のような超絶的な資本主義的エネルギーがたちあらわれている。そこから想像しうることは、おそらく中国にそのつもりはないであろうが、この超絶的なエネルギーが傲慢で好戦的なものになるという宿命であろう」(10~11頁)。本書は鏡のように現代社会の素顔を映し出します。それがいかにおぞましいものであれ、私たちはそれと向き合うべきです。

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★まもなく発売(12月6日)となる、ちくま学芸文庫の12月新刊から5点を紹介します。

『コミュニティ――安全と自由の戦場』ジグムント・バウマン著、奥井智之訳、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,100円、256頁、ISBN978-4-480-09825-2
『ロック入門講義――イギリス経験論の原点』冨田恭彦著、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,200円、352頁、ISBN978-4-480-09833-7
『ハーバート・スペンサー コレクション』ハーバード・スペンサー著、森村進編訳、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,400円、480頁、ISBN978-4-480-09834-4
『定本 葉隠〔全訳注〕下』山本常朝/田代陣基著、佐藤正英校訂、吉田真樹監訳注、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,700円、624頁、ISBN978-4-480-09823-8
『鉱物 人と文化をめぐる物語』堀秀道著、ちくま学芸文庫、2017年12月、本体1,300円、384頁、ISBN978-4-480-09835-1

★バウマン『コミュニティ』の親本は筑摩書房より2008年刊行(原著は2001年刊)。「文庫版への訳者あとがき」によれば、「今回の文庫化にあたっては全篇を通じて、訳文の見直しを図った」とのことです。「本書で著者は、コミュニティをめぐる人間の様々なドラマを描き出している。そのドラマの舞台装置あるいは時代背景として著者が設定しているのは、日増しにグローバル化し個別化する世界である。〔・・・〕本書で描かれるドラマは、いまもってわたしたちの目の前で上演中である。いや私たちの一人一人がそのドラマの登場人物であると言うべきかもしれない。〔・・・〕本書の記述がわたしたちの胸に「グサグサ突き刺さってくる」ように感じられるのは、偶然の産物ではない。要するに本書には、いまもって十分な存在価値があるのである」(244~245頁)。

★冨田恭彦『ロック入門講義』は文庫オリジナルの書き下ろし。目次を列記しておくと、はじめに|第1章 ロック略伝――1632年~1704年|第2章 観念はヴェールではない――仮説の論理の無理解に抗して|第3章 経験論――「白紙」からの出発|第4章 感覚と概念的把握――ロックを心像論者とする誤解に抗して|第5章 抽象観念論はナンセンス?――もう一つの流言|第6章 単純観念を求めて――可感的単純観念と可想的単純観念|第7章 観察の理論負荷性への視点――モリニュー問題|第8章 現代指示理論の二重のさきがけ――記述主義と反記述主義のはざまで|第9章 創造的変化の思想――ローティの批判にもかかわらず彼の先駆者として|あとがき。

★森村進編訳『ハーバート・スペンサー コレクション』も文庫オリジナルの訳し下ろし。19世紀イギリスの思想家スペンサーは日本では19世紀末にもっとも盛んに訳されていましたが、20世紀後半以降はずいぶん減っていましたから、初めての文庫本としてだけでなく新訳自体が非常に貴重です。帯文に曰く「歴史上、最も不当に批判されてきた「適者生存」の思想家の全貌! リバタリアニズムの原点」。収録されているのは『政府の適正領域』(1843年)、『社会静学(抄)』(1851年)、『人間対国家』(1884年)で、訳者解説「なぜ今スペンサーを読むのか」が付されています。参考文献、スペンサー年譜、人名と事項の索引あり。

★『定本 葉隠〔全訳注〕下』は全3巻の完結編。「葉隠聞書」八~十一を収録。上野太祐さんが解説「武勇と情念――女たちの『葉隠』」を執筆されています。なお、講談社学術文庫版の『新校訂 全訳注 葉隠』全3巻は上巻が9月に刊行されたのち、残り2巻はまだ刊行されていません。

★堀秀道『鉱物 人と文化をめぐる物語』は、今はなき「どうぶつ社」から2006年に刊行された『宮沢賢治はなぜ石が好きになったのか』に訂正を施し改題したもの、とのことです。文庫化にあたっての新たなあとがきは付されていません。もともとは雑誌や広報誌に長年にわたって寄稿されてきたものをまとめたのが本書です。堀さんの著書の文庫本は『「鉱物」と「宝石」を楽しむ本』(PHP文庫、2009年)以来久しぶりのもの。

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# by urag | 2017-12-03 22:30 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 28日

注目新刊:ブランショ『終わりなき対話』ついに全三巻完結

★郷原佳以さん(共訳:『ブランショ政治論集』)
★西山達也さん(訳書:サリス『翻訳について』)
★安原伸一朗さん(訳書:ブランショ『問われる知識人』、共訳:『ブランショ政治論集』)
ブランショ最大の評論集『終わりなき対話』(1969年)の翻訳が、今般発売された第三部の刊行をもってついに完結しました。郷原さんは訳者を代表されて「訳者あとがき」をお書きになっておられます。

終わりなき対話 Ⅲ 書物の不在(中性的なもの・断片的なもの)
モーリス・ブランショ著 湯浅博雄/岩野卓司/郷原佳以/西山達也/安原伸一朗訳
筑摩書房 2017年11月 本体5,200円 A5判上製352頁 ISBN978-4-480-77553-5

カバー紹介文:外へ、純粋なる外部へ――。語ること、書くこと。始まりも終わりもなく、痕跡を残すこともなく、肯定でも否定でもなく、あらゆる負荷と重力を逃れ、文学が切り開くものとは一体何か? 伝説の名著、ついに完結。

目次:
1 最後の作品
2 残酷な詩的理性――飛翔への貪欲な欲求
3 ルネ・シャールと中性的なものの思考
4 断片の言葉
5 忘れがちの記憶
6 夜のように広々とした
7 言葉は長々と歩まねばならない
8 ヴィトゲンシュタインの問題
 フローベール
 ルーセル
9 バラはバラであり・・・
10 アルス・ノーヴァ
11 アテネーウム
12 異化効果
13 英雄の終焉
14 語りの声――「彼」、中性的なもの
15 木の橋――反復、中性的なもの
16 もう一度、文学
17 賭ける明日
18 書物の不在
訳註
訳者あとがき

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筑摩書房さんのウェブサイトでは全巻完結の特設頁が解説されており、中山元さんや澤田直さんの推薦文(「webちくま」掲載)を読むことができます。澤田さんによる「遅配された伝説の書」の末尾には次のような印象的な言葉があります。「遅配された『終わりなき対話』。だが、それを開けた時、なんという初々しい相貌だろうか。モーリス・ブランショには「孤高の作家」というイメージが長らくつきまとってきたが、エンターテイメントに徹した文学と、象牙の塔に閉じこもった哲学との間にいかなる架け橋もないように思われる今日の日本でこそ、この本を読むことの意味がある。それは、哲学的思考と文学的エクリチュールを弁証法的に接続するためではなく、むしろ、その分化の手前に立ち戻るためだ。時間が熟成をもたらすこと、時間的にも空間的にも即座に繋がらないことの重要性について私たちはあらためて思いを巡らせるべきだし、amazonの即日配達の異常さに気づくべきなのだ。ほとんどタイムカプセルのように届けられたこの本を読む幸福を多くの人と分かち合いたいと思う」。

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# by urag | 2017-11-28 15:09 | 本のコンシェルジュ | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 27日

「図書新聞」にソシュール「伝説・神話研究」の書評

「図書新聞」第3329号(2017年12月02日号)に、弊社5月刊行のソシュール『伝説・神話研究』(金澤忠信訳)の書評「伝承に象徴の意図は存在しない――ストーリーの大筋から逸脱した無意味そうな細部に〈歴史的事実〉の痕跡を見ようとする」が掲載されました。評者は千野帽子さんです。「訳者は、編者たちがつけた註をきわめて詳細な訳註でさらに補い、訳者みずからも手稿にあたって、編者たちが省略した部分のなかから読解の助けになる部分を抜き出したり、ソシュールの手書き文字の編者たちとは違う読解を示したりする。根気強い仕事だ」と評していただきました。千野先生、ありがとうございました。

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# by urag | 2017-11-27 12:15 | 広告・書評 | Trackback | Comments(0)